AKABAKO   作:万年レート1000

138 / 188
こんな話数重ねてようやく彼女が登場するPSO2二次創作も珍しいんじゃないかと思ったけどここまで続いているPSO2二次創作がそもそも少なかった(自画自賛)。

遅くなって申し訳ございません。皆大好き天使ちゃんの登場です。



シズクの天敵

 突然だがアークスという人種は変人が多い。

 

 ……いや、変人は言いすぎか。

 個性的な人物が多いというべきだろう。

 

 個性的。

 

 代表的な例で言えば、ゲッテムハルトやメルフォンシーナ。

 それにパティエンティアの二人だってかなり個性的だろう。

 

 そもそも【ARK×Drops】の四人だって相当個性的だ。

 

 だが、何事にも例外は存在する。

 

 アークスの中にも凡百かつ平凡なやつは存在する――という方面ではなく。

 

 変人とか、個性的とか。

 

 そんな言葉で括り切れないような常軌を逸した存在というものが、アークスには一人だけ居るのだ。

 

 狂人。

 かつてのゲッテムハルトをそう称するのであれば――『彼女』は壊人……いや、機壊とでも呼称すべきか。

 

 壊れている。

 終わっている。

 

 なのに彼女は正しくて、生きている。

 

 その彼女の名は――――。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「お、リィンじゃないか。丁度良かった、今ちょっと時間いいか?」

 

 アークスシップ・ゲートエリア。

 

 その中央付近をシズクと共に歩いているところで、ふとリィンを呼び止める声が聞こえてきた。

 

 髪を後ろで一つに束ねている、青年の男性だ。

 名をオーザ。ハンタークラスの初心者指南も行っている、ベテランアークスの一人である。

 

「あ、オーザさんこんにちは」

「うばー、こんにちはー」

 

 ハンタークラスの指南役。

 ということで、流石のリィンも彼とは顔見知りだ。

 

 尤も初期のリィンは性格的にアレだったので、あくまで事務的な関係だったが……。

 

(しかしまあ、こいつ会うたびに性格というか表情が柔らかくなってるな……)

 

 そんなことを思いながら、オーザは宙にクライアントオーダーの発注画面を浮かべた。

 

「この前言ってた『ハンターの極致を目指して』の受注許可が下りたけど、今すぐ受けるか?」

「え? 本当ですか!? やった!」

 

 オーザの言葉を聞いた瞬間、リィンはパァッと笑顔を浮かべて喜んだ。

 

 『ハンターの極致を目指して』とは。

 ハンター用の、スキルポイント獲得オーダーである。

 

 スキルポイントは基本的にアークスとしての実力が基準値に達した時に1ポイント貰えるのだが、このクライアントオーダーをクリアするとなんと一気に5ポイントものスキルポイントが手に入るのだ。

 

 これは結構というか、かなり大きい。

 アークスの強みの一つであるスキルが増える又は強化されるというのは、大きなプラスなのだ。

 

「うばー、やったね、リィン」

「てことはシズクもそろそろレンジャーのオーダー受けられるんじゃない? 指南役のヒトに訊いてみれば?」

「えー? うん、そうだねあはは」

 

 リィンの言葉に、シズクは何とも歯切れの悪い笑顔で返した。

 

 怪しい。

 何かを隠している笑顔だ。

 

「…………」

「そんな顔で見ないでよリィン……別に変な話じゃないよ。単に何と言うか……その、レンジャーの指南役のヒトがちょっと苦手ってだけで」

「苦手?」

 

 意外な言葉が、シズクの口から飛び出した。

 

 9.9割のアークスが満場一致で『嫌な奴』だとか『性格捻じ切れてる』とかの評価を貰っているカスラを『良いヒト』と評したり、ゲッテムハルトを『可哀想』と言い切るシズクの、苦手なヒト。

 

 そんなものが存在したのか、とリィンは驚いた。

 

 ヒトの心理を簡単に暴けるシズクにとって、『他人に好かれる』ということは非常に容易である。

 

 つまりそれは『他人に嫌われる』だとか『他人に苦手と思われる』ことが(意図的にやらない限り)無く、加えて相手の心理を一方的に覗いているという優越感がシズクにはあるということだ。

 

 何が言いたいかというと――シズクが苦手とする相手、それは。

 

 本当の本当に根本から捻れ狂っている――それもゲッテムハルトのような単純明快な狂い方ではなく、見ているだけで気持ち悪くなってくるような、そんな狂気を持っている存在しかない。

 

 心理を見通すことで、気持ち悪くなる。

 

 特定のヒトに分かりやすく言うならば、SAN値がガリガリと減っていく。

 

「といっても、スキルポイントオーダーはアークスにとって非常に有用な強化要素だ。避けて通るのはお勧めしないぞ」

「うば……オーザさんから、あのヒトに発注をお願いしてもらうことは可能ですか?」

「うーむ……管轄が違うからなぁ……まあ確かにあいつは、なんというか、ちょっと変わったところはあるが悪いやつではない。そんなに怯える必要は無いぞ、うん」

「うう……絶対ちょっとどころじゃないんだよなぁ、あのヒトの……」

 

 オーザからの回答に落ち込みつつ、シズクは一拍置いて呟く。

 

 この場にいる、二人。

 つまりはリィンとオーザにだけ聞こえるような、小さな声で、彼女の名前を。

 

「リサさんの、狂人っぷりは――」

「リサのことを呼びましたあ?」

 

 突如背後から聞こえた声にシズクが、跳ねた。

 ぴょいんと変な擬音語を放ちながら、前方に飛び跳ねて、リィンの元へ。

 

 ねずみのような速さで彼女の裏に隠れて、焦る心と回らない滑舌を必死に抑えて回しながら、叫ぶ。

 

「り、りりりりりリサさん!?」

「『リ』は一個で充分ですよう。お久しぶりですシズクさん、元気にしてましたかあ?」

 

 シズクがさっきまで立っていた位置の、ほんの数cm後ろ。

 

 そこに、一人の女性キャストが立っていた。

 

 イオニア・シリーズと呼ばれるスーツのような見た目のボディを持つ、色白美人の女性である。

 

 色白というか――顔面蒼白というか。

 まあこれはキャストだからなので別段おかしなことではないのだが、そんな白い肌と、赤い瞳。

 

 そして、狂気を帯びた笑顔は。

 

 一目で「こいつはやべえ」とリィンが察するには充分だった。

 

 ダークファルスと同等か、それ以上の狂気。

 いや、ちょっと方向性が違う狂気だから比べ辛いが、それでも。

 

 確かにこれは――苦手になっても仕方ない。

 

「ふふっ、うふふっ。そちらの可愛らしいお嬢さんは……どこかで見たことありますねえ、シズクさんのお友達ですかあ?」

「は、はい。初めまして、リィン・アークライトです」

 

 自然と、シズクを庇うように前に出ながらリィンは名乗った。

 

 落ち着け。オーザさん「悪いヒトではない」と言っていた。

 こんなところで暴れだすようなことは無いはずだ、と自分に言い聞かせながら。

 

「ふぅん……あなたは、撃ち心地が無さそうですねえ」

「……?」

「まあいいです、今用事があるのはシズクさんの方ですしね。はいシズクさん、クライアントオーダー『レンジャーの極致を目指して』、発注しておきましたから是非是非是非是非受けてくださいねえ!」

「う、うばば……ありがとうございます。……もしかして、わざわざ探してましたか?」

「いえ別に? 歩いていたら偶然見つけることが出来たのでこれは幸い、と声をかけさせて貰いましたあ」

 

 おそるおそるクライアントオーダーを受注するシズク。

 

 本当にリサのことが苦手なのだろう。

 声は震えているし、身体は小刻みに振動している。

 

「……うふふっ」

 

 そんなシズクを見て、リサは嗤う。

 

 本当に楽しそうな笑みだ。

 そうまるで、獲物を前にした肉食獣のような。

 

「そんなに怖がらないでくださいよう……小動物みたいで、撃ちたくなっちゃうじゃないですか」

「っ!」

「リサ!」

 

 リィンが完全にシズクを自身の背後に隠し、オーザが釘を刺すように叫ぶ。

 

 しかしリサは、そんなもの何処吹く風とばかりに笑みを崩さない。

 

「冗談ですよお……あまり本気にしないでください。リサにだって自制心くらいありますよお」

「…………」

「アークスを撃ったことなんて、少ししかありませんから安心してください。尤も、アナタが本当にアークスかどうかは知りませんけどねえ」

「な……!?」

 

 リィンが、目を見開いた。

 

 今、このキャストは何と言った?

 『アナタが本当にアークスかどうかは知りませんけどねえ』?

 

 何だ、それは。

 有り得ないことだ。だってそれは、

 

 シズクの種族がアークスでは無い別の『何か』であることは、トップシークレットの筈だ。

 

 リィンに話すことすら、あれだけ嫌がって後回しにしていたというのに、何故リサがそのことを――と。

 

 リィンが彼女に詰問しようとした瞬間、シズクがリィンの袖を引っ張った。

 

 そして横目でオーザを見る。

 ああそうだ、ここはアークスシップ・ゲートエリア。秘密の話をするような場所じゃあない。

 

「ではっ! ではではでは! リサはこの辺りで失礼します!」

 

 訊きたいことは色々あったが、即座に元気よくリサは踵を返して何処かへ行ってしまった。

 

 どうやら本当に、偶然出会えたからクライアントオーダーの発注を伝えに来ただけらしい。

 テレパイプを通って、ショップエリアの方面へ行ったのを見届けて、シズクはようやく緊張を弛緩させた。

 

 追う気にはなれない。追いたくない。

 

「うっばぁ……やっぱあのヒト苦手だわ……」

「ちょっと分かるわ……あんな強烈なキャラクター、初めて会ったわよ」

「本当に、本当に悪いやつではないんだが……如何せん変わっていてな。実力も確かだから、頼りになるんだがちょっと変わっていてな……」

 

 変わっているというか、狂っているというか。

 多分、壊れているという表現が一番正しいのだろうけど、あえて誰もそう言わないのはシズクもリィンもオーザも根が良いヒトだからだろう。

 

「ま、まあ切り替えて本来の目的地へ向かいましょう。……ありがとうございましたオーザさん、オーダークリアしたらまた来ます」

「あ、ああ。達者でな」

「うば? 本来の目的地……? あたしたち何処に向かってたっけ?」

 

 去っていくオーザに向かって手を振りながら、シズクは首を傾げる。

 

 強烈すぎる出会いによって、少し記憶が飛んでしまったようだ。

 

「シズクがアブダクションで拾ったスペシャルウェポンを鑑定したいって言ったんじゃない……ほら、ショップエリア行くわよ」

「…………またリサさんに会うかもしれないから明日にしない?」

「どうせオーダークリアしたらまた会うんだから、少しでも慣れたほうがいいわよ」

 

 うばー! そうだったー! と頭を抱えるシズクであった。

 

 そんなことにも気付かないくらい緊張していたとか、いくらなんでも苦手意識高すぎだ。

 

「気持ちは分かるけど……いくら何でも苦手意識過剰じゃない?」

 

 変人なんて、アークス内には沢山居る。

 リサが頭一つ二つ抜けた変なヒトであることは最早言うまでも無いことだが……それでも、シズクの反応はちょっと過敏である。

 

 本人が言っていた通り、リサには自制心があるのだ。

 狂気に満ちた発言をしようと、トリガーハッピーエンドな発言をしようと、それを実行することは極稀にしか無い。

 

 そんな、怯えるほどではないと思うのだけれど……というリィンの思考は見事外れることになる。

 

 シズクが彼女のことを苦手な理由は、そんな一般論から来るものではない。

 流石と言うべきか何と言うべきか、常人にはおよそ理解できない理由で――しかして常人なら聞けば「ああ、成る程ねえ」となるような恐るべき理由で、シズクはリサのことが苦手なのだ。

 

「うう……だってさだってさ、あのヒト……ほら、ヒトのこと見透かしたような目で見てくるじゃん?」

「……うん?」

「観察力がありすぎるっていうかさー……ヒトの心理に土足で踏み込んでくるし隠してること見抜いてくるし、なんていうか、そう」

 

 察しが良すぎる。

 

 深刻そうな顔でそう言ったシズクとは対照的に、リィンはへにゃりと顔を歪ませた。

 

 そう。

 シズクがリサのことを苦手な理由――それはただの同属嫌悪。

 

 誰にでもある、普通の感覚である。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「リサが教えることはもう何も無いですねえ」

「うば?」

 

 それは、シズクがアークスに入隊して数日後のことだった。

 

 まだリィンにも出会っていないような、初期の初期。

 その頃に一度だけ、リサとクエストに出たことがある。

 

 新人研修的な意味合いを持った、指導しながらの森林探索だ。

 

 初期職にレンジャーを選んだヒトなら希望すればリサと一緒に指南されながらクエストを進めることができるのである。

 ちなみに当たり前だがハンターを選んだ場合はオーザと、フォースを選んだ場合はマールーと似たようなクエストを受けることが出来るという、まあ新人向けの演習訓練みたいなものだ。

 

 シズクも例に漏れずレンジャーなのでリサに指導をお願いし、そして森林に降り立った三十分後。

 

 リサにそう告げられた。

 

 教えることは、もう何も無い。

 

 それは聞きようによっては褒め言葉なのだが、今回ばかりは違和感しかなかった。

 

 だってまだ、何も教わって無いのだ。

 適当に雑談しながら、適当にウーダンやガルフルなどの新人でも容易に撃破可能な敵を殲滅していく。

 

 途中で指導らしい指導は何も無く。

 リサとの狂気染みた会話を楽しんでいたところで唐突にそんなこと言われても、戸惑うだけである。

 

 流石に何も教わっていないのに免許皆伝されるほど自分に才能があるとは思っていないシズクは、不安になった。

 

 もしかしたら、何か粗相をしてしまったのではないか。

 コイツを指導しても意味無いと思われてしまったのではないか。

 

 そんな不安がシズクを襲ったが、どちらも違った。

 

狙撃手(スナイパー)にとって最も大事なことは、『観察力』です。如何なる時も冷静に冷酷に、客観的でいることが出来ること。それがレンジャーというクラスに求められることです」

「は、はあ……」

「逆に照準の向こう側で仲間が死んでいくのを見て動揺したり、冷静さを失ったりするヒトはレンジャーを辞めたほうがいいですねえ……っと、それは今関係ないでした。うっかりうっかり」

 

 改めて、リサはジロリとシズクを見る。

 全てを見透かすような、赤い瞳を極限まで開いている様は、ちょっと怖い。

 

「シズクさんの『観察力』は、ハッキリ言って異常ですねえ。……はい、もうリサが言いたいことは全部分かりましたよね? 分かっちゃいましたよね? 察しちゃいましたよねえ!」

「…………っ」

 

 シズクは、絶句するしかなかった。

 

 リサが何を言いたかったかを察して、その内容に驚いたからではない。

 

 自身の『察しの良さ』を、披露する前に見抜かれたことに、である。

 

「……そんなわけ、無いでしょう。今の一言だけで何が言いたいか分かるやつが居たら、そんなの病気ですよ病気」

「そうですかあ? まあリサはどっちでもいいんですけどね。どっちにしろ続きを喋りますから」

「…………」

「リサはお喋りが大好きなんです。まあシズクさんとは会話しなくても会話が成立しそうですが……それはそれです。……さて、何処まで喋りましたっけ? ああそうそう、シズクさんの『観察力』は異常過ぎる程異常で――

 

 アナタのそれはもう、『観測』と言っていいレベルまで昇華しています」

 

 観察を超えた、観測。

 

 個人の俯瞰ではなく、全体の俯瞰。

 

「リサも観察眼には自身があるほうですが、シズクさんには敵いませんねえ。何せシズクさんがしているのは観察ではなく観測なのですから」

「……そんなの、大差ないですよ」

「大有りですよう。例えばリサはウーダンを撃つ時、相手の視線、動き、攻撃の予備動作なんかをしっかり観察してから外さないように撃ちます」

 

 相手の動きを冷静に観察して、撃つ。

 

 狙撃手としては基本中の基本だ。

 それ故に、観察眼は狙撃手にとって何よりの武器になる。

 

「ですが、アナタは違いますよね? ウーダンだけではなく、周りの環境。リサの動き。フォトンの流れ風の流れ弾丸の着弾速度、位置、曲がり具合……いや、もう面倒くさいから『全部』と言っていいでしょう」

 

 全部。

 全部、見ている。

 

 今この時周辺に存在している全ての物体を、事象を観察し、撃つ。

 

 そんなのもう、観察とかそういうレベルではない。

 

 ヒトには決して為し得ない、観測者の特権。

 

 観測。

 そして、演算。

 

 周囲の全てを観測、演算して、シズクは――。

 

「シズクさん、アナタには――――未来が視えているんじゃないですかあ?」

「…………」

「そんなヒト相手に指導できるほど、リサは凄くありません。だからもう、アナタに教えることは無いのです。ということで、ではではでは、またどこかで会いましょう!」

 

 散々好き放題言って、リサはパーティを解散しクエストリタイアをした。

 

 それ以来、シズクは何となくリサが苦手だ。

 いや、何となくなんてハッキリしない物言いはやめよう。ハッキリ苦手だ。

 

「全部……」

 

 一人になった森林の中。

 シズクはいつもの笑顔を消して、クローンが浮かべていたような無表情で、呟く。

 

「見当違いも甚だしい、なんて言えたら良いのになぁ……」

 

 本質を見抜かれるというのは、存外に嫌な感じなんだなぁと思うシズクであった。




リサとシズクを会話させたらどうなるだろうと前々から思ってたけど、思ってたよりシリアスに寄っちゃった感。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。