AKABAKO   作:万年レート1000

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二度目の温泉回

 まあ、こんなもんか。

 

 リィンが今目の前で上映しているホラー映画に関して抱いた感想は、その一言だった。

 

 別につまらないわけではなく、それなりに面白いが別に怖くない。

 アークスも怖がる、というのは誇大広告かなぁ程度の物語だ。

 

「…………」

 

 まあ尤も、両隣で怖がっている後輩を思えばその考えも撤回しよう。

 

 こんなことで怖がるなんて情け無い、なんて言うつもりも無い。

 怖いものは怖いし苦手なものは苦手でいいと、リィンは思っている。

 

 少なくとも、自分以外は。

 怖いものを恐れずに、苦手なものを克服しようというアークライトの基本姿勢を他者に強いるつもりは無いのだ。

 

『キシャァアアアアアアア!』

『うわぁーっ! ジョニー! ジョニーィイイイイイイ!』

『リカァアアアア!』

 

 さて、映画はもう佳境。

 ラストが近いのか、登場人物が次々と悲惨な最期を迎えている場面だ。

 

 最初にインパクトがある登場をした、頭の上部が無い化け物を筆頭に次々とグロテスクな化け物が出てきて人間を食い殺す。

 

 これホラーというよりグロ映画なのではと思うリィンであった。

 

「…………」

 

 ちらり、とリィンは一つ離れた席に座るシズクを横目で見る。

 

 シズクは気持ちよさそうに寝ていた。

 やっぱり怖がっているのはイズミとハルだけである。

 

「ひぃっ!」

「ぐえ」

 

 悲鳴をあげながら、リィンの右腕を折らんとばかりに力を込めてくるイズミ。

 ちなみに左腕はハルによって最早感覚が無くなってきているので痛くはない。

 

 痛くは無いが…………。

 

「う、ぅぅぅ……」

「ぶるぶるぶるぶる」

 

 呻くような悲鳴をあげるイズミと、

 小刻みに震え顔を真っ青にしているハル。

 

 ここまで怖がっている姿を見ていると、なんだかこう、その、言い辛いんだけど。

 

 いたずら、したくなってくる。

 

「イズミ、ハル、ちょっとトイレ行ってくるから離してくれる?」

 

 にっこり笑顔でそう言って、リィンはそっと二人の拘束から離れた。

 

 腕を引き剥がす時、凄い顔をされたがそこは見えなかったことにしてトイレへ…………向かうフリをして、こっそりと壁に隠れて二人の様子を伺うようにする。

 

 にんまり笑うその姿は、まるでメイのようだった。

 

 子は親に似るというが……。

 

「…………」

「…………」

 

 イズミとハルは、顔を見合わせた。

 

 その表情に浮かんでいるのは、不安と恐怖。

 それと、こいつより先に根をあげてたまるかという意地。

 

 しばらくにらみ合っていた二人は、やがて視線を画面に戻した。

 

「…………」

「…………」

 

 そして。

 

 少しずつ、本当に少しずつ。

 二人の距離が、物理的に縮まっていく。

 

 プライドと意地。

 不安と恐怖。

 

 その二つの感情が戦いあって、どうやら二人とも――恐怖が勝ったようだ。

 

 イズミとハルの、手と手が重なり合った。

 

(……えーっと、こういうとき何て言うんだっけ?)

(……キマシタワー?)

 

 漫画知識を掘り起こしながら、リィンはそろそろ戻らないと怪しまれるかなと足音を立てぬように動き出す。

 

 映画はもう終盤も終盤。

 登場人物が全員死んで、悲惨な最期を迎えた辺り。

 

 すなわち、二人の気が緩んだ瞬間。

 

 リィンは二人に気付かれぬように背後に立って、おもむろに両手を彼女らの背に添えた。

 

 もう、何をやるかはシズクで無くても察せるだろう。

 

 音が出ないように深く息を吸って、軽く二人の背を押しながら、叫ぶ。

 

 

 

 

「わっ!」

「ぎゃぁああああああああああ!?」

「にゅぁあああああああああ!?」

 

 イズミは女性らしさの欠片も無い悲鳴を挙げながら、

 ハルは良く分からない生物のような悲鳴を挙げながら、

 

 放たれた銃弾のように、高速で前方へと吹き飛んでいった。

 

「……うば?」

「あっはっは、どれだけびびってるのよ貴方たち」

 

 その叫びでシズクは目覚め、リィンは笑った。

 

 まさかここまで良い反応をすると思っていなかったが、いたずら大成功と言うべきだろう。

 

 イズミとハルは、もみくちゃになって地面に横たわっていた。

 

 だが、様子がおかしい。

 中々起き上がってこないのだ。もしかして何処か頭でも打ったかと心配するリィンだったが……。

 

 それは違った。

 角度的に、シズクにもリィンにも見えていないけれど。

 

 二人の唇と唇が、重なっていた。

 

 キス、していた。

 俗に言う事故チューというやつだ。

 

 イズミが上で、ハルが下。

 つまり一見したらイズミが押し倒しているような感じで、二人の唇は重なっていたのだった。

 

「イズミ? ハル?」

「うば? 何? どういう状況?」

 

 二人は、やがてゆっくりと無言で起き上がった。

 

 無表情のまま互いに顔を見合わせ、拳を握り締め、

 

 

 互いの顔を、クロスカウンター気味に殴りあった。

 

 

「何で!?」

 

 リィンのツッコミの最中、スクリーンに映った映画はエンディングを迎えていた。

 

 最後になんだか不思議なことが起こったが、何はともあれホラー映画鑑賞会終了である。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 チームルームには様々な機能がある。

 

 ミーティング用のスクリーンだったり、フォトンウォーターを与え育つフォトンツリーだったり、

 

 チームポイントを払うことで受けられる恩恵は、本当に多岐に渡る。

 

 そして、今回【ARK×Drops】が使ったチームルームの機能は『拠点変更』。

 

 そう、つまり。

 懐かしき温泉拠点が四人の目の前に広がっていた。

 

「おー! すげー!」

「これが温泉……何だか独特の香りがしますね」

 

 さっきのいざこざが何も無かったかのようにはしゃぐ後輩二人。

 

 子供は元気だ。

 まあ初めて温泉を見たときは私も感動したししょうがないね、とリィンは同じようにはしゃいでいるであろうシズクの方に視線を向けた。

 

「……あれ?」

 

 シズクは、女子更衣室に入っていった。

 てっきり前みたいに女子ばっかなんだから別にいいじゃんとばかりに全裸へキャストオフ、から温泉へダッシュすると思ったのに。

 

 現にハルなんかはもう既に温泉へと肩まで浸かっていた。

 脱ぎ捨てられた服がそこら中に散らばっている……。

 

「? どうしましたリィンさん、私たちも早く入りましょうよ」

「え、ええ……」

 

 そんな散らばった服を拾い上げながら、イズミと共に更衣室へ向かう。

 

 更衣室では、シズクが既に裸になっていた。

 

 ただし、バスタオルをその身に巻いて。

 その華奢で小さな肢体を隠すようにしていた。

 

「…………」

「な、何? リィン……そんなジロジロ視ないでくれる?」

「え、あ、ごめん?」

 

 頬を赤く染めて、リィンと目を合わそうとしないシズクに首を傾げながら、リィンも自らの服に手をかけた。

 

(むぅ)

(なんだろう、もしかして温泉嫌いだったのだろうか)

 

 ちなみに何故一行が突然温泉に入ろうということになった経緯を説明すると、まずシズクが「チームのミーティングがしたい」と言い出して、リィンが「じゃあ折角だし温泉に浸かりながらとか風流じゃない?」とかなんとか言い出して、こうなった。

 

 以上である。

 

 実は前々から温泉拠点に皆で入る機会をうかがっていたリィンである。

 

 だって、気持ちいいし。

 

「ふぅ……」

 

 温泉拠点の山の頂上で、お湯に肩まで浸かる。

 疲れた身体に沁みるこの感じが、たまらないとばかりにリィンは頬を緩めた。

 

「うばば。さて、じゃあミーティングをやっていこうか」

「別にいいですけど、突然どうしたんですか? いきなりミーティングなんて」

「あたしたちとイズミたちはさ、力量が離れすぎてるからね。一緒にクエストに行ったりし辛いからお互い何をしているのか分からなくなるのはなぁって」

 

 力量が離れている、という言葉にぴくりと反応したイズミだったが、事実なので何も言わない。

 

 シズクとリィンはベリーハード。

 イズミとハルはノーマル。

 

 この差は大人と子供のような差である。

 

「というわけで、月一くらいで集まって、今何をしているのか、エリアの解放は今どんな感じかとか、チーム同士の交流を深めながら報告会をしようと思うの」

「へぇ、色々考えてるのね、シズク。まるでリーダーみたいだわ」

「書類上はリィンがリーダーなんだけどね……」

 

 リィンと目を合わせないまま……というかリィンのほうを向かないまま、シズクは応える。

 

 リィンは今、バスタオルこそ巻いているがそんなものであのリィンの大きな二つのモノは隠しきれていないのだ。

 よって谷間が、谷間が……!

 

(……リィンのほうを、向けない……!)

 

(……?)

 

 しかも温泉によって紅潮した肌+水が滴っているというおまけ付きである。

 

 端的に言って、エロい。

 特に今のシズクにとっては、直視すら出来ないほどにエロティック……!

 

「と、兎に角。折角のチームなんだからこういう集会は定期的にしないとね。前の時はメイ先輩たちにすぐ追いつけたから一緒に戦うことも多くてあんまり気にならなかったけど、さっきも言った通りあたしらとイズミたちには実力差があるから……」

「……ちょっといいスか?」

 

 ハルが、シズクの言葉を遮って手を挙げた。

 

「先輩らの先輩……そのメイ先輩ってヒトはお二人の一期上なんですよね?」

「ええ、そうよ?」

「先輩たちが出会ったとき、そのヒトはベリーハード級だったんですか?」

「いや? 確かノーマル……いや、ハードに上がりたてだっけ?」

 

 そこまで答えたところで、ハルの言いたいことが何となく分かった。

 

 そう。

 本来一期上の先輩というのは、もっと身近な存在なのだ。

 

 実のところ、シズクとリィンみたいに数ヶ月でベリーハードに昇格するなんて珍しい。

 というか殆どいないと言ってもいい成長速度である。

 

 レアドロ掘りのためオーバーワークといえるレベルで日々戦い。

 六芒均衡マリアの弟子であるサラから師事を受け。

 『連携特化』という一つの結論に辿りついた二人の戦闘力は――実のところ、『新人』という括りの中ではトップクラスなのだ。

 

 それこそ、今年入隊したアークスを強さ順に並べたとき、『リン』の次に名前が挙がる可能性があるくらいには。

 

 実際本人は知らないが、『リィン・アークライト』の名は既にもうちょっとした有名人だ。

 

 戦技大会での活躍もあって、大手のチームから目星を付けられている程度には将来を期待されてるアークスなのだが……。

 

 そのパートナーである、シズクという少女の存在を知る者は。

 

 はっきり言って異常であると断言できるくらい、少ない。

 

「……もしかして先輩たちって凄いヒト?」

「今頃気付いたの? 馬鹿ハル。私はちゃんと調べて目標とするのに相応しい人物だからチームに志願したのよ。……それにしてもシズクさんの資料が少なくて調べるのに手間取りましたけどね。情報誌とかリィンさんのことしか載ってなかったんですけどなんですあれ」

「リィンが美人だから仕方ないネ!」

 

 美人でスタイル良くて名家の出身のリィンが前面に押し出されることなんて、当たり前だろう。

 

 まあそれにしたっていくらなんでも不自然なレベルでシズクの存在が消されてるっていうか、明らかに情報隠蔽されてるっぽいんだけど。

 

 まあ、カスラさんの仕業だろう。

 

 そう判断している以上、シズクには「リィンが美人だからだよ」と言って誤魔化すしかない。

 

「じゃあまあ、いい加減に本題に入ろうか。今二人は何処まで行った? 何か困ってることはある?」

「そうですねー……」

 

 そうして、【ARK×Drops】の第一回ミーティングが始まった。

 

 とは言っても特筆することなんて何も無い。

 イズミとハルは今、火山洞窟の自由探索解放の試験が目前だということで、ヴォル・ドラゴンに対する情報や対策を教授したり、武器や防具を新調すべきだとアドバイスしたり。

 

 ただ一つ。今後の反省とするべきことは……。

 

「温泉で長話とか……するもんじゃないわね」

「うばー……そだねー」

「頭くらくらするぅ……」

「…………」

 

 のぼせてしまい、床に寝そべる半裸の少女四人はもう二度と温泉でミーティングなんてしないと固く誓うのであった……。

 

 




リィンの性格はメイとアヤに結構な影響を受けていたりするというあれ。

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