AKABAKO   作:万年レート1000

134 / 188
EP2最終章、開幕です!
おでことおでこを合わせて熱を計るというシチュエーションを最初に考えた人は神に違いない。


Episode2 第4章:星光の残滓
声が聞こえない


「ごめんね、アプちゃん……」

 

 惑星リリーパ・壊世エリアにて、ダークファルス【百合(リリィ)】は突然口を開いた。

 

 白く長い睫毛を伏せて、申し訳なさそうに眉を八の字に曲げて、

 隣を歩く【若人(アプレンティス)】に向けて謝罪の言葉を言い放つ。

 

「あたしとしたことがうっかりして……あたしたちの結婚記念日を憶えておくことを忘れていたよ」

「…………」

「くっ……! 夫婦にとって大事な記念日である結婚記念日を記録していなかったなんて……! うばー! あたしは嫁失格だー!」

「そうね」

「塩対応すぎる!?」

 

 薄すぎる反応に、思わず叫ぶ【百合】である。

 

 もう、この程度で【若人】はツッコまない。

 慣れたというより諦めたという方が正しいだろうが……。

 

 ちなみに当然【百合】と結婚した覚えなど無い。

 彼女が勝手に言っているだけである。

 

「でもそんなとこも素敵ー! 大好きだよアプちゃーん!」

「はいはい、あたしもまあ嫌いじゃないような気がしないでもないわよ」

「うっばー♪」

 

 機嫌が良いのか、比較的デレ寄りの発言をする【若人】の腕に、【百合】は抱きついた。

 

 腕を組み、身体を密着させるような体勢だ。

 それを受け入れているのか、はたまた突っぱねても無駄だと諦めているのか、どちらにせよ【若人】は特に抵抗する素振りを見せず、「それにしても」っと話題を転換した。

 

「アンガ・ファンダージ……十体くらい『喰って』みたけど、力の戻り具合としてはこれくらいが限界みたいね」

「うばー、これ以上は本体が戻らないと駄目みたいね。どうする?」

「勿論、本体を取り戻しに行く」

 

 壊世区域を出て――採掘場跡エリアへと到着。

 

 極彩色の景色に慣れていたからか、青い空が新鮮だ。

 ダークファルス的には暗雲立ち込める黒い空が好みなのだけども。

 

「今度は本気の本気で行くわ。準備に二日かけて、確実にアークスの防衛を破る」

「うっばっば、じゃああたしはダーカーを生成しているアプちゃんの背中からそっと見守るように抱きしめて待ってるよ」

「それ、途中で飽きない?」

「飽きないよ! …………ん?」

 

 ちょっと待て。

 ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って。

 

 それってつまり、それはつまり。

 

 後ろからそっと抱きしめることを許可されたのか――、と。

 

 【百合】が衝撃的な事実に気が着いた瞬間だった。

 

 空気を読まぬ声が、【百合】の歓喜に水を差すように二人に届く。

 

「やっと、見つけた」

 

「……?」

 

 その少年は、真正面からやってきた。

 

 ダークファルス二人相手に物怖じながら、恐怖に足を震わせ、脂汗を額に浮かべながら。

 

 それでも譲れないものがあるとばかりに、金髪の少年は――アフィンは、

 

 二人のダークファルスの前に、立ち塞がった。

 

「あんたは……」

「ようやく会えたな、ダークファルス。あんたに訊きたいことがあるんだ」

 

「……うば? 何? この男――」

 

 緊張走る【若人】とアフィンの顔を交互に見て、【百合】は首を傾げる。

 

 金髪。

 ニューマン。

 よく似た顔立ち。

 

 そんな三拍子揃ったアフィンの姿を嫌々(男だから)認識して、呟いた。

 

「もしかして、アプちゃんの弟とか?」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 シズクが真っ赤な顔で自分の気持ちに狼狽している頃。

 

 リィンはシズクの部屋へ向かって、歩いていた。

 手には昨日の誕生会で出された食事の余りをタッパーに詰めたものを持っている。

 

 朝ごはんに昨日の余り物を食べようと思ったのだが、結構量が多かったのでシズクと一緒に食べようという算段だ。

 

「~~♪」

 

 鼻歌交じりに歩くこと数分。

 シズクとリィンの部屋は近場にあるので、すぐ着いた。

 

「シズク、入るわよー」

 

 ノックして扉を開く。

 まるで勝手知ったる我が家であるかのように手馴れた動きで部屋に入り、シズクを探す。

 

 シズクはすぐ見つかった。

 

 寝室のベッドの上。

 カタツムリのように丸まって、シズクは掛け布団の中に埋まっていた。

 

「シズク? どうしたのよ」

「ちょ、ちょっとあの、その、寝癖が酷くて!」

「そ、そう……朝ごはんに昨日の余りもの持ってきたけど食べる?」

「た、食べるよ。食卓に並べといて、あ、あたしはその間に寝癖直してくるから」

「……? 分かったわ」

 

 別に寝癖付きのシズクくらい今までにも見たことあるのに、と不審そうにしながらもリィンは言われたとおり寝室を出てリビングへと向かって行った。

 

 扉が閉まったのを確認して、シズクは布団から這いずるように出る。

 

「…………」

 

 いつも通り、普通に話せただろうか。

 

 そんな心配をしつつ、シズクは言ったとおり寝癖を直しに洗面所へと向かった。

 

 寝癖が酷いのは本当なのだ。

 前までなら、そんなの気にもしなかっただろうけど。

 

「…………よしっと」

 

 寝癖をバッチリ直して、頬の熱を冷ますように冷水で顔を洗う。

 

 ついでに歯磨きその他も済ませ、洗顔終了。

 目も醒めてきたし、あんまり長く寝癖直しをしてても変なのでそろそろリビングへ……。

 

 ……行くと、しよう。

 

「…………」

 

 洗面所から離れかけて、やっぱりと思い直して鏡の前に戻る。

 そして櫛を手に取り、普段は気にしないような細かい部分まで丁寧に髪を梳いてセットしていく。

 

(髪型は……縛れる程長く無いし、いつも通りでいいか)

(いや、ヘアピンとかしてみようか……いや、でも、うーん)

 

 などと試行錯誤したものの、やっぱりいつも通りが一番しっくり来た。

 

 ていうかヘアピンに可愛いのが無かった。

 今度アクセサリショップで良いのが無いか探そう、と。

 

 呟いて、櫛を元の場所に置く。

 

「……今度こそ、よし」

 

 最後に深呼吸して、洗面所から出て行く。

 

 いつも通りいつも通り。

 誕生会の時は、別に平気だったじゃないか。

 

 そう、そうなのだ。

 

 誕生会の時は別に平気だった。

 ドキドキが始まったのは、その夜からだ。

 

 一夜の過ち――はちょっと違うか。

 

 でも、あの気持ちが何かの勘違いの可能性だって、ある……。

 

「あ、シズク。飲み物はお茶でよかった?」

「ぁぅ――」

 

 リビングに入った瞬間かけられた声と、笑顔にドキリと胸が震えた。

 

 ぎこちなく、頷く。

 そしてこれまたぎこちない動作で、タッパーから皿に出された料理が並べられた席に着く。

 

 リィンと目が合わせられない。

 

 お腹は減っているはずなのに、食欲が湧いてこない。

 

 一緒にいるだけで、ドキドキする。

 

(……やっぱり)

(これが、恋なのかな)

 

 ていうか、恋以外に何と名称を付けろというのだ。

 

 もう間違いない。

 絶対的に間違いない。

 

 あたしは、リィン・アークライトに恋をした――――。

 

 

 

 

 

 

 

『――――本当に?』

 

 

 ふと、声がした。

 

 自分の中に居る、『誰か』の声が、耳じゃない何処かからシズクの奥へと語りかけた。

 

『本当に、それは恋なのか?』

『恋なんて、ただの性欲じゃあないのか?』

『そもそも化け物であるあたしに恋心なんて、ある筈がないだろう』

『変な夢を見るのは、よそう――』

 

「シズク? どうしたのボーっとして」

「…………ぅ、あ……」

 

 心臓が痛い。

 視界が揺れて、身体のコントロールがおぼつかない。

 

 また、こいつか。

 シズクがちょっと前向きになると、身体の奥や夢の中(・・・)から。

 

 語りかけてくる。

 化け物の癖に、調子に乗るなと。

 

「ぅ、ぅぅぅ……」

 

 違う、と。

 

 シズクは自身の中から聞こえてくる『誰か』の言葉を否定する。

 

 だけど、否定しても否定しても。

 その『誰か』はきっと自分自身だから。

 

 もう、分かっている。

 

 認めている。

 

 夢の中で語りかけてくるあいつも、

 ダーカーの巣窟で出会ったクローンも、

 今こうして感情や心を否定してくる『誰か』も、

 

 全部、あたし自身。

 

 感情なんて無い。

 心なんて無い。

 

 何を夢見ていたのだろう。

 

 思わず、笑ってしまう。

 

 恋心なんて――――、

 

「熱でもあるの?」

 

 と。

 

 リィンは心配そうにしながらそっと顔を近づける。

 

 そして。

 

 

 シズクのおでこと、自身のおでこを、くっつけた。

 

 

「ぁ――」

 

 瞬間、思考がぶっ飛んだ。

 逡巡する暇なく、吹き飛んだ。

 

 頭が真っ白になるというのは、このことを言うのだろう。

 

 何も考えられない。

 何も言葉を紡げない。

 

 文字通り目と鼻の先にあるリィンの顔と、声と、良い匂いが、シズクの思考の全てを奪う。

 

「んー……微熱? あるかも? 昨日は無茶したし、今日一日安静にしておいたほうがいいかもしれないわね」

「…………」

 

 心臓の音が煩くて、リィンの声がよく聞こえない。

 耳まで真っ赤に染まるほど頭に熱が集まって、何も考えられない。

 

 頭の中が、真っ白に染まって。

 目の前がキラキラして、焦点が合わない。

 

 嗚呼、泣きそうだ。

 

 嬉しくて、泣きそうだ。

 

 感情が無い?

 心が無い?

 

 そんな戯れ言を吐いたのは、何処の誰だったか。

 

 今こうして、シズクの胸に去来しているものは、どうしようもなく間違いなく。

 

 ちっとも論理的じゃない、『感情』だ。

 ただの淡くて切ない、恋心だ。

 

 

 『誰か』の声なんて、もう聞こえない。

 

 

 




何かやたら今日閲覧数多いなと思ったら日間ランキングに載ってました!!!!
なんかもう、ほんともうなんていうか、あの、ありがとうございます!(語彙力消滅)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。