AKABAKO   作:万年レート1000

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ありふれた御話

「シズク、誕生日おめでとー!」

「先輩おめでとうございます!」

「まあ……おめでとうございます」

「うばー、ありがとね、皆」

 

 クラッカーの音が、リィンの部屋に響き渡る。

 

 今日はシズクの誕生日。

 【ARK×Drops】の四人で、お祝いパーティ開催である。

 

 シズクの好きなもの中心の豪華な料理に、誕生日ケーキ。

 

 蝋燭の数は14本。

 

「しかしまあ、先輩たちがダーカーに拉致されたって聞いたときは心配しましたよー、イズミなんて心配で泣いちゃって」

「泣いてないわよ! テキトーなこと言わないでくれる!?」

「ボクにテキトーなこと言うなとは無茶言うなよ……まあイズミが泣いていたことはどうでもいいとして、ダーカーの巣ってどんなところだったんですか? どうやって脱出を?」

 

 興味津々、とばかりにハルはその藍色の瞳を輝かせた。

 興味があるのはイズミも同様なようで、「本当に泣いてないし……」とぶつぶつ言いながらもそれ以上ハルに突っかかることなく、視線をシズクとリィンの方に向ける。

 

「うばー、あそこはねー……」

 

 誕生日ケーキを切り分けながら、シズクは語りだす。

 

 あの後。

 シズクが自らの戒めを解き、能力を解放させた後。

 

 二人は容易く、あのダーカーの巣窟から脱出を果たした。

 

 やったことは、あの廃棄されたアークスシップの管制を全て掌握し、通信妨害を切断。

 シンプルだが、何よりも有効な手である。これによってアークスとの通信が可能になって、空間転移によって近場に来ていたキャンプシップへと帰還したのだ。

 

 勿論。

 廃棄されていようがいまいが、アークスシップの管制を掌握することなど、普通のアークスには不可能である。

 

『イズミとハルには、あたしの正体をまだ明かさないでくれる? リィン』

『何で? まさかまだその時ではない……とか言うの?』

『いやそうじゃなくて、何の脈絡も無くあたし人間じゃないの! とか言ってもただの痛い子でしょう』

 

 そりゃそうだ。

 

 とまあそんな感じの会話を事前にしていたので、シズクの正体に関しては伏せつつダーカーの巣窟であったことを二人は話し終えた。

 

「へぇ、廃棄されたアークスシップをダーカーが巣に……なんだかおぞましい話ですね」

 

 そうして、イズミはそんな感想を漏らした。

 

 それはそうだろう。

 廃棄されたアークスシップ、つまりは自分たちがかつて住んでいた場所ですら、ダーカーに侵食され尽されてしまえば奴らの巣窟になってしまうのだ。

 

 今こうして誕生日会なんていうほんわかしたイベントを開催しているこのアークスシップも、例外ではなく廃棄されれば……または侵攻に負け侵食されてしまえば、同じような末路を辿るのだろう。

 

「ボクはクローンのほうがよっぽどかおぞましいと思うけどねー、クローンかそうじゃないかってすぐ分かるものなんすか?」

「ダーカー因子の塊みたいなものだもの、見れば分かるわよ。……まあそれでも知り合いに本気で切りかかるのは躊躇するヒトも居そうよね」

「先輩はしないんすか?」

「全然」

 

 シズクのクローンにすら、容赦も躊躇もしなかったリィンである。

 

 『躊躇するヒトも居そう』、と理解しながらもこうやって断言できる辺り、リィンは人間味が薄いというかなんというか……。

 

「メイ先輩が現役だったら危なかったかもね。あのヒト絶対あたしやリィンのクローン相手に戦えないでしょ」

「いや、どうだろ。案外平気で斬りかかるかも」

「……メイ先輩?」

 

 イズミとハルが、首をかしげた。

 ああそういえば、まだ話してはいなかったか。

 

「メイ先輩っていうのはね……」

 

 【コートハイム】時代のことを思い出しながら、シズクは語りだす。

 

 と、その時だった。

 ……いやまあ大したことではないのだが、シズクがお茶を飲もうと何気なく伸ばした手の先に、同じくお茶を飲もうとして手を伸ばしたリィンが居たのだ。

 

 当然、二人の手がぴたりと触れ合った。

 

 それだけ。たったそれだけの、何てこと無い出来事である。

 

「――っ!?」

「?」

 

 それだけなのに、シズクは思いっきり慌てて身を引いた。

 

 背の壁に頭突きをかますほどの勢いだ。痛そう。

 

「あ、あいたーっ!?」

「シズク!? 急にどうしたのよ!?」

「え、えと、んと……あ、あたしにも分からない」

 

 びっくりしたのかなぁ、なんて呟きながら、シズクは身を起こす。

 

 今、自分の心臓がバクバクと音を立てていることと。

 今、自分の頬がリンゴのように赤く熱を持っていること。

 

 その二つの理由が分からずに、首を傾げて。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 誕生会が終わった。

 

 心配していたリィンの料理もルインが監修していたということで思ったよりも酷くは無かったし(むしろ美味しかった)、

 後輩二人の喧嘩も(比較的)少なかったし、何よりお祝いしてもらえるというのはやはり何だかんだで嬉しかった。

 

 嬉しかったし、楽しかった。

 

「……ヒトならきっと、こういうときそういう感情を抱くんだろうなぁ」

 

 そう呟いて、シズクはベッドに潜り込んだ。

 

 場所はシズクのマイルーム。

 別にリィンの部屋に泊まってもよかったのだが、お互い疲れているということで徹夜パーティなどはせずに身体を休めようという話になったのだ。

 

 ちなみにイズミとハルは、ハルが遊び足りないと言ってイズミを連れボーリングに行った。

 

 あいつら本当は仲良しだろ。

 シズクが今まで見てきたヒトの中でも相当特異な関係だ。

 

 あの二人が互いに向けている『感情』はシズクであっても察せないし、シズクでなくとも察せないだろう。

 

「うばー……流石に疲れたなぁ……」

 

 ダーカーの巣窟での強行軍、その後ちょっと休憩して誕生日パーティで大はしゃぎ。

 

 流石にもうヘトヘトだ。

 ベッドに潜り込んだ途端、強烈な眠気がシズクを襲いだす。

 

「…………」

 

 目を瞑る。

 

 心地よい眠気と疲れが相まって、めくるめくる夢の世界へと意識が落ちていく――――。

 

 …………。

 

 ――『大丈夫、シズクが後ろに居てくれるなら――私は戦える』

 

 ふと。

 

 リィンの背中と言葉が、脳裏に浮かんだ。

 

「……?」

 

 それと同時に、ドキリと胸の奥が鼓動を鳴らした。

 

(……何? 今の……)

(それにしても……うっばっば、リィンの言葉、嬉しかったなぁ……)

 

 眠気に誘われながら、シズクはダーカーの巣窟での出来事を思い返す。

 

 正体を知っても決して変わらなかった彼女の笑顔。

 いつも通り頼もしさを感じる、彼女の背中。

 『生まれてきてくれて、ありがとうと』いう、何よりも心に沁みた彼女の言葉。

 

 リィン。

 リィン。リィン。リィン。

 

 リィンの姿が、目蓋の裏に張り付いて離れない――。

 

「…………」

 

 むくり、とシズクは布団を剥いで上半身を起こした。

 

 その顔は、暗闇で分かり辛いが真っ赤である。

 

 熱い。顔が、熱い。

 しかし熱を確かめるように両手をぺたりと頬に添えると、風邪というほどではない熱量しか感じない。

 

 身体じゃなくて、身体の内側……というよりも、胸の奥が熱い。

 

 それに加えて心臓の音が煩くて、眠れそうに無かった。

 

「……? ……? ?」

 

 熱を、鼓動を抑えようとしても、抑えられない。

 

 自分の身体なのに、全くもってコントロールが効かない。

 

 これは――これって、まさか……。

 

「……落ち着けー、落ち着けー、あたしー……」

 

 深呼吸。

 ……しても全く胸の高鳴りが抑えられない。

 

 焼け石に水である。

 

 こうしている間にも脳裏にリィンがちらついて、とてもじゃないけど寝られない。

 

「……ホットココアでも飲んで一旦落ち着こうか」

 

 疲労感も眠気もMAXなのだ。

 胸のドキドキさえ抑えれば、即座に眠れる筈。

 

 そう考えて、シズクは一旦ベッドから降りてベッドサイドランプの電気を点けた。

 

 冷蔵庫から牛乳を取り出して、マグカップに注ぎココアを混ぜ温める。

 

 その間も、脳裏に浮かぶのはリィンの顔ばかりで。

 

「……ふーっ」

 

 気持ちを落ち着かせるように、一息。

 

 ココアの温かさと甘さに、胸の奥が和らいでいくようだ。

 

「……よし、今なら眠れそうだ」

 

 いい感じに眠気が再来してきた。

 ココアに安眠作用があるというのは本当かもしれない。

 

 マグカップを水に漬けて、再びベッドに向かう。

 

「…………」

 

 極力リィンのことを考えないように、目を瞑る。

 

 流石に眠気と疲労が限界だったのか、最早目蓋は開けることすら困難な程重く、重く、重く――。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

「シズク」

 

 唐突に、リィンの声がした。

 

 聞き慣れた、優しい声があたしを呼んでいる。

 

「…………リィン?」

 

 おぼろげな頭で、目蓋を少しだけ開けて、呟く。

 折角いい感じで眠れそうだったのに、とんだ妨害が入ったものだ。

 

 ていうか何でリィンが、ここに?

 今夜はお泊り無しだった筈なんだけど……。

 

「決まってるじゃない、夜這いよ夜這い」

「よばい……? ふぅん、それはそれは…………夜這い!?」

 

 気付けば、リィンはシズクの布団に潜り込んでいた。

 

 全裸で、である。

 いつの間に潜り込んできたのか、ていうかいつの間に脱いだのか。全然分からなかった。

 

「ま、待ってリィン! タンマ! タンマ!」

「あら、私とは嫌? でもシズクの心臓、ドキドキ言ってるけど……」

「うばー! 胸! 胸触ってる! ゃ、やめてリィン待って待って!」

 

 さらにいつの間にか、シズクまで服を脱がされていた。

 

 肌が外気に触れて、少しひんやりする。

 

 いや、ていうか、それよりも、

 リィンの指が、シズクの大事なところに触れて――――!

 

 

 

 

 

「ま、あたしまだ14歳だから! そういうのは後4年ほど待って頂けると――!」

 

 と、いう叫びと共に、シズクは目を覚ました(・・・・・・)

 

 ベッドの傍らに置かれた時計は、朝を示している。

 服は乱れてなどおらず、当然リィンも傍には居ない。

 

 夢オチ。

 

「……………………」

 

 シズクは。

 

 ゆっくりと、自身の両手で顔を覆った。

 

 顔は、真っ赤だ。これ以上無いくらい、羞恥に染まっている。

 心臓は早鐘を打ってて痛いくらいで、煩い。

 

「……あた、あたしは……なん、て、夢を……!」

 

 これはもう、そういう(・・・・)ことなのだろうか。

 どうしようもなく、そう(・・)だというのか。

 

「……恋?」

 

 改めて口に出すと、羞恥心が身体の奥から湧き上がってくるようだった。

 

 リィンのことを考えると、胸が熱い。

 リィンのことを思うと、胸が苦しい。

 

 なのに、リィンのことが頭から離れない――。

 

「う、ばぁ……」

 

 掛け布団を抱くように埋まりながら、シズクは呻く。

 

 頬の熱さが、信じられないとばかりに。

 胸の鼓動が、幻覚ではないのかと言いたげに。

 

 だって、感情なんて。

 無かった、筈なのに。

 

「まじかぁー……」

 

 A.P.238/6/15、早朝。

 ヒトデナシの化け物は、ヒトに恋をした。

 

 なんとも良くある、ありふれた御話だった。

 




シズク、乙女モード突入。

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