AKABAKO   作:万年レート1000

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アブダクション編②:模倣体という闇

 結論から言えば、一蹴だった。

 

 何が? と思うかもしれないので一応説明すると、シズク&リィンvsアークス模倣体の結果である。

 

 何と言うことは無い。

 先だってダーカーの群れ相手に素晴らしい連携を見せてくれた連携特化のお二人だったが、そもそもあれは本領ではない。

 

 リィンが雑魚を浮かしたところをシズクが撃ち抜くとか。

 エル・アーダを吹き飛ばしあってラリーするとか。

 迷い無くグワナーダに捕まってその隙に相方に攻撃させるとか。

 

 充分連携しているように見えたが――勿論考えていた連携の一種ではあるのだが。

 

 彼女たちの本領は、対多数ではない。

 

 二対一。

 特にヒト型との戦闘こそ、最も連携特化の本領が活かせる形なのだ。

 

 もし育成が間に合えば、ダークファルスのヒト型形態や、ルーサー側のアークスの相手をさせようというサラ&マリア&シャオの魂胆もあっただろう。

 

 アークスには、地味にヒトの形をした敵と戦うプロフェッショナルがいないという欠点があるのだ。

 

 原生種や龍族、機甲種、ダーカーといったモンスターが主な相手だから仕方ないといえば仕方ないのだが、兎も角。

 

 閑話休題。

 

 つまり、アークス模倣体――クローン一体を相手取るのはシズクとリィンにとって、『楽勝』の一言であった。

 

「ツイスターフォール」

 

 掠れた声でそう言い放ち、ヴィタクレイモアを振るってきた男の剣を、リィンはあっさりと止めた。

 

 ジャストガード。

 見慣れたソードによるフォトンアーツなんて、ダガンの攻撃よりも受け止めるのは簡単だ。

 

「――ふっ」

 

 反撃として、大げさな動作で横にソードを振るう。

 

 テレフォンパンチにも近い、当たればでかいが簡単に避けられるような攻撃だ。

 

 クローンといえど基本戦闘技能は基となったアークスと遜色が無いのだろう。

 男は虚ろな目でリィンの攻撃を捉えた後、その攻撃をかわすべく上半身を軽く仰け反らせた。

 

 ――瞬間、シズクの弾丸が男の右膝を撃ち抜いた。

 

「む――」

 

 男の体勢が、崩れる。

 

 基となったアークスが、防御力の高めなハンターだからその一撃で足がもげることは無いが、それでもフォトンを攻撃力に全振りしているシズクの銃弾を受けてノーダメージとはいかないようだ。

 

「ノヴァストライク!」

 

 横薙ぎした体勢から繋ぐように、身体を回転させもう一度横薙ぎの全方位攻撃を繰り出す。

 

 足を撃たれ、機動力を削がれ――しかも体勢を崩している男にそれを避ける術は無く、ならば受ければよいとばかりにソードをガードの形に構えた。

 

 剣と剣がぶつかり合い、受けた男が一歩下がる。

 

 今のを受け止めるとは――中々やり手のアークスを基にしてるみたいね。

 

 そう呟いて、リィンは彼に向けて剣を投擲した。

 

 投擲。

 矢のような速度で、アリスティンは刃を前にして男へと飛来した。

 

「ぬ?」

 

 本来、アークスが武器を投げるという行為は余程のことがないと有り得ない行為である。

 

 何故なら、アークスの戦闘技能の基本は武器を用いた戦闘だからだ。

 フォトンをエネルギーとして、武器種ごとに『設定』されたフォトンアーツを使用するのが、近距離戦闘における基本中の基本。

 

 武器を手放したアークスは、実質フォトンなしで戦うことになるようなものなのだ。

 

 パルチザンのフォトンアーツに『セイクリッドスキュア』と呼ばれる投槍の技があるが、あれも投げた槍からフォトンの槍を放ち、遠距離攻撃をするというだけで、その後すぐさま槍を回収している。

 

 故にリィンのしたことは愚行でしかなく。

 クローンは困惑しながらも、飛来してくる剣を容易く剣の腹で受け止めようとした。

 

 結果、受け止められなかった。

 リィンのアリスティンは、男のヴィタクレイモアを中心から真っ二つにぶち割ったのである。

 

 男はクローンのくせに、理解不能とばかりに固まった。

 何せまがい物とはいえ、硬度で言えば普通にアークスが使っているものと同等の剣だ。

 

 投擲された剣を受け止めた程度で、折れるはずがない。

 

 勿論、そんな理解不能なことが実現してしまった理由はある。

 

 投擲した剣の柄に、シズクが後を押す形で爆裂弾(グレネードシェル)を放ったのだ。

 

 矢のような速度で飛ぶ剣を。

 銃弾のような速度で飛ぶ剣に変えてみせた。

 

 破壊力というのは、重さと速度の掛け算である。

 

 爆風に後を押され加速したアリスティンの威力は、ヴィタクレイモアを真っ二つにへし折るだけの威力があった。

 

「くっ……!」

 

 これで男は武器を失ったことになる。

 クローンの戦闘方法がアークスと同じであるなら、彼はもう無力同然だ。

 

 だがしかし、だからといって退くような思考はプログラムさせていない。

 

 彼は飛来してきたアリスティンを利用してやろうと手を伸ばし――考えを変えてそれを自分の遥か後方へ投げ捨てた。

 

 アークスの武器は、アークスにしか扱えない。

 クローンの武器は、クローンにしか扱えない。

 

 見た目や性能は同じでも、原理は違うのだ。

 

「他人の武器を、勝手に捨てないでよね……!」

 

 わりと勝手なことを言いながら、リィンは男に突貫を仕掛けた。

 

 その手には、何も持っていない。

 テクニック補助用のタリスすら持っていない、完全な素手である。

 

「素手で突貫とは、なめられたものだ……!」

 

 さっきから短い一声しか発していなかったクローンが、ようやく言葉を紡いだ。

 

 もしかしたら言葉を有さない存在なのかと思っていたが、基となったアークスが無言の武人みたいな性格だっただけのようである。

 

「これは、実のところ最近気付いたんだけどね……!」

「?」

 

 拳同士、足同士の打ち込み合いをしながら、リィンは言う。

 

「私に攻撃力なんて要らないから……正直武器なんて無くても問題ないのよ」

 

 リィンの役割は、シズクを守ることだ。

 

 敵を倒すのは、シズクの役割。

 故にリィンは剣を持とうと素手だろうと関係ない。

 

 敵の足止め。

 隙の作成。

 視界のコントロール。

 

 それらは、別に素手でも出来るのだ。

 

「それに何より……」

「っ!?」

「私は――アークライトの人間は、徒手空拳の訓練もやらされるのよ。空手とかボクシングとか」

 

 私は合気道が得意だったわ、と。

 

 リィンが言った瞬間、男の視界は上下が逆になっていた。

 否、視界だけではない。身体全体が、一瞬で横に半回転しているのだ――!

 

「――な、ぁあ!?」

「正直当時はこんな訓練してどういうときに役に立つんだなんて思ってたけど、人生何があるか分からないものね。普通のアークスは、素手の訓練なんて――ましてや対素手の訓練なんてしないから、クローンの貴方も慣れてないでしょ」

 

 強く在るために。

 例え素手だろうと、強く在るために。

 

 そんな理念を掲げて徒手空拳の訓練を家庭内で行っている家なんて、アークライト家を除けばいないだろう。

 

 だからこそ、それはアークスの弱点になりうる。

 

 ヒトを壊すために関節の駆動を調べ、

 ヒトを倒すために人体の構造を解析し、

 ヒトを守るために人体の限界を目指す。

 

 フォトンすら無かった……いや、フォトンが無かったからこそ開発された、遥か昔フォトナー時代の遺物。

 

 格闘技。

 

 まあ尤も原生種やダーカーを相手取るにあたって、ほぼ無意味な技術なのだが……。

 

 連携特化の性質も相まって、ヒト型には滅法強いシズクとリィンであった。

 

「ぐっ!」

「サテライト……カノン!」

 

 身体の上下を逆さまにされては、誰だって立っていられまい(というか立つ立てないの話じゃない)。

 

 そうして地面に横たわった男の腹に、極太のレーザーが降り注いだ。

 シズクのアサルトライフルPA、『サテライトカノン』である。

 

 最大チャージまで五秒ほどかかる、高火力PA。

 さっきからシズクの援護射撃が途絶えていたのはこれをチャージしていたからである。

 

「がっ……は……!?」

 

 アークスと同等の耐久力があろうと、地面が罅割れるほどのレーザーを腹部に照射され無事でいられるわけがない。

 どてっぱらに穴を開けて、クローンは口から血を吐いた。

 

 体組織とかもアークスのものを再現しているのだろう。

 

 身体的にはヒトと変わらない。

 故に、これはもう致命傷である。

 

 致命傷、ではあるが、致命傷なだけだ。

 

 死力を尽くせば、まだ動ける。

 

 ので。

 

「とどめっと」

 

 ぐしゃり、と。

 リィンは男の頭を踏み潰した。

 

 『頭を踏みつける』、という攻撃の攻撃力に関しては、有名だろうからあえて言うまでもないだろうが一応説明しよう。

 小学生女子だろうと、寝転んでいる成人男性の頭を全力で何度も踏みつければ容易く殺人事件に発展する程の威力を持っています。

 

 実際にやってみちゃ駄目だよ。

 

「さて、と」

 

 クローンを文字通り一蹴して――リィンは再び辺りを警戒する……前に、投げ捨てられたアリスティンを探す。

 

 武器が無くても戦える相手は、ヒト型だけだ。

 ダーカー相手に素手で戦おうとは流石に思わない。

 

「シズクー、武器何処に投げ捨てられたか見てた?」

「うばー、流石に戦闘中にそんな余裕なかったよー」

「だよねぇ。えーっと……あっ」

 

 見つかった。

 剣は禍々しい壁に刺さっていた。

 

 床に落ちているものかと思って発見が遅れたが、何はともあれ見つかって一安心。

 

 潜在解放までしている武器なので、結構金が掛かっているのだ。

 

「あったあった、ふぅ、とりあえず一安心……」

「ん」

「ん? シズク、ありがと」

 

 壁に向けて歩き出したリィンに先んじて、赤髪の少女がアリスティンを壁から引き抜き、リィンに差し出した。

 

 ……ん?

 

 赤い髪の毛に、細く小さい矮躯。

 髪型も服装も顔つきも見慣れたシズクのものだ。

 

 だけど。

 

 今、目の前にいて剣を差し出してくるシズクに、何か違和感があった。

 

 剣を受け取ることを、躊躇うほどの違和感。

 

 そしてその違和感の正体は、すぐに分かった。

 

 気付いてみれば、一目瞭然だった。

 

「リィン!」

 

 背後から(・・・・)、シズクの叫び声が響く。

 何をやっているんだ、と叱責するような、叫びだ。

 

 一方で、目の前にいるシズク――瞳の色が黒色(・・・・・・)のシズクは剣を振りかぶった。

 

 リィンを殺すべく、刃を光らせる。

 使えるはずの無いアークスの武器を、振り上げてみせる。

 

「――っ! シズクのクローン……!?」

 

 そして、剣は振り下ろされた。

 

 シズク&リィンvsアークス模倣体。第2ラウンドの始まりである。

 




フォトン無しでの戦闘では作中最強クラスのリィンさんでした。

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