AKABAKO   作:万年レート1000

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いっそ後輩入れるのアブダク後でもよかったかなとか思いつつ、長きに渡るタイムアタック編を経てアブダク編開始です。


アブダクション編①:闇への墜落

「シズクってさ、リィンのことが好きなの?」

 

 言い方に多少の差異はあれど、似たようなことを何度か言われたことがある。

 

 それに対するシズクの答えは毎回「Yes」であり、この言葉が建前や誤魔化しではなく本音だということをシズクは誰よりも理解しているし誰よりも納得している。

 

 シズクはリィン・アークライトが好きなのだ。

《――本当に?》

 

 リィンの笑顔が好きだ。

《――本当に?》

 

 リィンの声が好きだ、安心する。

《――本当に?》

 

 リィンの背中が好きだ、あたしを守ってくれる、あの背中が。

《――本当に?》

 

 本当に、決まっている。

 本当の本当の、本当だ。

 

 頭に直接響く声を、シズクは否定する。

 

 生まれたときからずっとされてきた自己否定を、否定する。

 

《いい加減嘘を吐くなよ》

《いい加減目を逸らすなよ》

《■■■■ですら無いくせに》

《■■ですら無いくせに》

 

《心なんて――ましてや恋心なんてもの、あたしにある筈ないじゃないか》

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「うるさいっ!」

「痛いっ!?」

 

 叫びながら、シズクは目を覚まし、うつ伏せの状態から跳ね起きた。

 

 瞬間、シズクの後頭部とリィンの額が激突。

 鈍い音を立て、シズクは再びうつぶせに、リィンは衝撃で尻餅を付いた。

 

「…………」

「……痛い」

「……うばば、ごめん」

 

 謝りながら、シズクは顔を上げる。

 

 余程勢いよく跳ね起きたのか、後頭部がかなり痛い。涙すら出てきた。

 しかし痛いのはリィンも同じようで、辛そうに額を抑えている。

 

 防御特化vs攻撃特化の結果は、引き分けらしい。

 

 ……いや、不意の一撃だったというのも大きいか。

 リィンが本気で防御を固めていたらこの程度の打撃では痛みすら感じないだろう。

 

「うなされてたから心配したのに……」

「ごめんってば……ん?」

 

 キョロキョロと辺りを見渡して、首を傾げる。

 

 場所が、いつも寝起きしているマイルームじゃない。

 

 黒い大地。

 溶岩とも違う、赤く禍々しい池。

 

 天には逆さの摩天楼。

 

 辺り一面に、霧のように漂う大量のダーカー因子が、此処はダーカーの巣窟であることを主張しているようだった。

 

「此処は……?」

「どうやら私たちが乗ってたキャンプシップごと、この星に引きずりこまれたみたいね」

 

 背後を振り返ると、破壊されたキャンプシップ。

 

 かなり無残な姿だ。

 少なくとも、修理しないことには飛べそうも無い。

 

「シズクならキャンプシップ修理できそう?」

「うばー……流石に無理。あそこまで破壊されてたら、替えのパーツも必要だろうしね」

 

 となると、現状はわりかし絶望的である。

 

 見知らぬダーカーだらけの惑星に二人。

 キャンプシップは壊れているから脱出不能。

 

 オラクルとの連絡は……。

 

「……連絡も、無理ね。通信妨害でも敷かれているのかしら」

「そうみたいねー……うーん、これは、なんとも大ピンチだぁ……」

 

 こうしている間に、いつダーカーに襲われても不思議じゃない状況なのに孤立無援。

 

 大ピンチ中の大ピンチである。

 いやわりとマジで、ここまでのピンチは初めてといえるくらいに。

 

「どうしよう、シズク……」

「どうするにしても……体力のある内に何とかしないといけないね」

 

 とりあえず、この場で蹲って救援を待つというのは無しだ。

 

 待っていれば状況が好転すると言い切れるほど、楽観的にはなれない。

 

「何とかって……例えば?」

「通信妨害が薄いところを探して、どうにかオラクルと連絡を取る。または通信妨害を発生させている機構そのものを破壊する……ってところかな」

「? 通信妨害に厚いところ薄いところがあるの?」

「………………うん、あるんだよ」

 

 具体的な通信妨害の仕組みに関する説明をしてやろうかと数瞬悩んだ後、シズクは結局説明を省略した。

 

 今は、そんな場合じゃない。

 

「妨害が薄いところに入ればあたしが分かるから、兎に角歩こう」

「了解」

 

 頷いて、とりあえず二人は歩き出す。

 

 流石に二人とも、表情に陰りが見える。

 仕方ないといえば仕方ないだろう。出てくるエネミーも未知数で、帰還もかなり運要素が強いとなれば緊張しないほうがおかしい。

 

 自然と口数が少なくなっていくのを感じながら周囲を索敵しつつ歩く。

 

「…………囲まれてるわね」

「……うん」

 

 訂正しよう――索敵なんてするまでもない。

 

 敵なんて探すまでもなく、周囲に蠢いていた。

 

 ダーカーの赤い瞳が、闇の中から二人のことを見つめている。

 

「……まるで、ダーカーの巣窟ね」

 

 リィンがそう呟いた瞬間、闇が動き出した。

 

 周囲に溶け込んでいた闇が、無数の闇が、二人を喰らわんと動き出す――!

 

「「「キシャァアアアアアアアア!」」」

 

 現れたダーカーは、グワナーダを中心とした蟲系の群れ。

 

 ダガン、クラーダ、ヴィドルーダ、ディカーダ、プレディカーダ、カルターゴ、エル・アーダ。

 まるで蟲系ダーカーのオンパレードである。

 

「うっばー! 大規模防衛並みにエネミー湧いてるー!」

「やるわよ! シズク! 『ウォークライ』!」

 

 赤い光が、リィンから放たれた。

 

 瞬間、全てのヘイトがリィンに向く。

 ウォークライと呼ばれる、ヘイト操作スキルである。

 

 当然そんなことをすれば、ダーカーの攻撃は全てリィンへと向かう。

 けれどそんなこと関係なしとばかりにリィンは敵の中心へと突っ込み、剣を振るう。

 

「ノヴァストライク!」

 

 フォトンの多くを防御に振っているとはいえ、流石に最低限の攻撃力は残している。

 

 振り回した剣はダガンやクラーダの甲殻を削り、吹き飛ばす。

 

「エイミングショット!」

 

 そしてその、吹き飛ばされて無防備になったダーカーのコアを、シズクは打ち抜いた。

 

 相変わらず、正確無比な射撃だ。

 感心しながら、リィンはエル・アーダの突撃をジャストガードで受け止めた。

 

 そしてそのまま返す刃で、エル・アーダのコアにソードを突き刺す!

 

「クルーエル……スロー!」

 

 クルーエルスロー。

 刺した剣を振りかぶり、敵をぶん投げるフォトンアーツだ。

 

 そのPAで、エル・アーダをシズクの方角にぶん投げた。

 

「アディション……」

 

 そして。

 シズクの蹴りが、エル・アーダの顔面にめり込んだ。

 

 甲殻に覆われた蟲の首が折れる音が鳴り響き、エル・アーダは再びリィンの方向目掛けて吹き飛んで――。

 

「ノヴァストライク!」

「バレット!」

 

 リィンの振るった剣が、飛んで来たエル・アーダごと周りの敵を吹き飛ばした。

 

 さらに追撃として、吹き飛んだダーカーたちへと銃弾の雨が降り注ぐ。

 

 弾丸は彼らの甲殻を貫いて、その身を抉る。

 数多居たダーカーたちは、最早その殆どが霧状の姿へと還っていった。

 

 成長、している。

 一ヶ月前と比べたら、天と地のような差である。

 

「キシャァアアアアアア!」

 

 グワナーダが咆哮を上げる。

 

 そうだ、まだ雑魚を散らしただけ。

 中ボスであるグワナーダは健在だ。

 

 グワナーダは、アリジゴク型のダーカー。

 地面に半身を潜らせ、下半身から伸びる触手と強靭な大顎を武器とする強敵である。

 

 強敵、なのだが……。

 

 今の二人の、敵ではない。

 

「シャァアアアア!」

 

 グワナーダが、顔に付いた大顎以外の部位まで地中に潜った。

 

 同時にグワナーダを中心に砂地獄のような力場が発生。

 アークスを捕えるべく、本当のアリジゴクのように大顎で手招きしているようだ。

 

「よっと」

 

 その大顎に、リィンは躊躇無く突っ込んだ。

 

 当然、力場の助けもあって高速でリィンは二つの大顎に拘束されることになる。

 

 何やってんだこいつ、と思われるかもしれないが、実のところこの戦法は対グワナーダ戦では常套手段。

 

 何よりも地中に潜られると面倒なグワナーダが、アークスをこうして拘束している間は地中に潜ることもなく、他のアークスは殴り放題なのだ。

 

「レーゲンシュラーク! アディションバレット!」

 

 リィンを鋏み切ることに集中しているグワナーダの触手は、禄に動かない。

 

 格好の的である。

 シズクの弾丸は次々と触手を倒していき、そしてついには地上に出ている触手を全て倒しきった。

 

 触手を倒せば、グワナーダは弱点のお腹を晒しだしダウンする。

 

 そうなればもう、グワナーダは脅威ですらない。

 

「『ウィークバレット』」

 

 曝け出した赤いお腹に、シズクの放ったウィークバレットが付着。

 

 そしてそれと同時に、大顎から解放されていたリィンがグワナーダのお腹にソードを突き刺した。

 

 元々弱点である腹にウィークバレットが付着したのだ。

 今、腹部に与えられるダメージは文字通り桁違い。

 

 決着は、すぐ着いた。

 

「ふぅ……」

 

 闇に溶けていくグワナーダを見ながら、一息。

 

 周囲のダーカーはあらかた駆逐したけど、まだ油断はできない。

 此処は敵地のど真ん中なのだ。相変わらずダーカー因子は濃いし、敵の気配はそこらじゅうに蔓延している。

 

「うばば、ちゃんとここでも赤箱出してくれるんだね、よかったよかった」

「のん気な……」

 

 しかしそんなことお構い無しにとボス箱を喜んで割るシズクであった。

 

 レアドロは……一つ。

 

 赤いドロップボックスが、シズクの目の前に落ちていた。

 

「……………………うば?」

「シズク?」

「う、うばああああああああああ!? やったぁあああああああああ!」

 

 シズクの叫びが、ダーカーの巣窟に響き渡った。

 

 今こんな危機的状況なのだから叫んでわざわざ自分の位置を周囲に報せないでほしい――のだが、身体全てを使って文字通り全力で喜びを表現しているシズクに水を差すことを、リィンはできなかった。

 

 惚れた弱み……とはまた違う。

 

 むしろあんな『嬉しい』という感情を前面に出しまくった表情を見せられて、「いや嬉しいのはわかるけど周囲警戒くらいしようよ」と言える人間がどれだけ居るだろうか。

 

 なので、リィンはとりあえず一人で警戒を始めた。

 

 シズクはクールダウンするまで放っておくとして、その間にもまたダーカー共が襲い掛かってこないとも限らない。

 流石にエネミーが出たら戦ってもらわなきゃいけないが、それまでは久々のレアドロップに浸るくらいは許してあげよう。

 

(しっかしまあ……)

(自分の強化に繋がるようなレア武器なら兎も角、自分じゃ扱えないような武器種でも嬉しいっていうあのコレクター気質は未だに理解できないなぁ……)

 

 そこはまあ、個人の感覚というか育ちの違いだろう。

 

 『強さ』が全てのアークライト家で育ったリィンと、

 レアドロコレクターの父親に育てられたシズクの違い。

 

「……ん?」

 

 なんてことを考えながら辺りを見渡すリィンの視界にふと妙なものが入った。

 

 妙なもの。

 それは、アークスだった。

 

 アークスの男みたいな何かが、こちらに向けて歩いてきている。

 

 妙、と表現した理由は二つ。

 

 一つは、こんなダーカーだらけの場所にたった一人で歩いていたから。

 もう一つは、その男から隠し様もないほど強烈なダーカー因子を感じたからだ。

 

 ダーカー因子に侵食された人間、というよりまるでダーカー因子を固めて作ったような――。

 

「リィン、気をつけて」

「……シズク?」

 

 いつの間にか正気に戻っていたシズクが、真剣な表情で呟く。

 

 あれは。

 あの、アークスみたいな何かは……。

 

「『アークス模倣体』、だね」

「も、模倣……?」

「リィン、間違っても変な同情をしちゃ駄目だよ。あれは紛れもなくダーカーで、あたしたちの敵なんだから」

 

 シズクが、男に向けて銃を向けた。

 

 それと同時に、男はヴィタクレイモアと呼称されるソードを構え、駆け出す。

 

 殺意も無く。

 敵意も無く。

 

 ただアークスを殺すための機構であるかのように無感情に。

 

 男は、シズクに向けて刃を振り下ろした――!


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