「
サラ師匠との修行が中断した、翌日の朝。
当たり前のようにリィンのマイルームに居るシズクが、深刻な顔をして呟いた。
端末には貯金通帳が映し出されている。
その画面に書かれている数字は…………。
「…………今、全財産いくら?」
「5メセタ……」
「うわぁ……」
5。
『全財産』という単語の後には逆に中々見られない数字だ。
どうやったらそこまで散財できるのだろうか――ああいや、察しが付いた。
どうせドゥドゥかモニカ、またはクラフトだろう。
アークスが異常なほど散財する理由なんて、それしかない。
「うばば……や、まあ最近修行に忙しくてクライアントオーダーをあんまり受けてなかったからなぁ……リィンはどう?」
「私クラフトやってないし、ドゥモニに惨敗したことってないからなぁ……」
「いいよねおっぱい大きいとドゥドゥから贔屓されて……」
「されてないわよ」
多分。
流石にそんな個人的嗜好で強化成功率を変えてはこないだろう。
というかそもそも変えられるものなのか……?
「兎に角、このままじゃお昼ご飯も食べられないから至急クエストに出てお金を稼ぐ必要があるね……」
「お昼ご飯くらいなら、この前あげた黒ウサ耳を付けてくれればいくらでも奢るわよ?」
「兎に角、このままじゃお昼ご飯も食べられないから至急クエストに出てお金を稼ぐ必要があるね……!」
大事なことになったから二回言うシズクであった。
朝ごはんは冷蔵庫の中身でどうにかなったが、昼飯を作るには材料が足りない。
もうあの羞恥プレイを受けるのはゴメンな以上、どうにかするしかないだろう。
「じゃあ、海岸探索でも行く? ドロップアイテムを拾って売ればそこそこお金になるだろうし」
「ドロップアイテムねー……何か、ある日突然実入りが悪くなったよね、あれ」
「いきなり売値がやたら安くなってびっくりしたわね……」
なんて雑談をしつつ、二人は準備を整えていく。
幸いモノメイトとかの消費アイテムは十全とは言わずとも十分貯蓄があったので、回復アイテムの心配は無さそうだ。
武器を装備し、ユニットの付け忘れが無いか確認し、マグに餌をやる。
とりあえず出撃準備完了だ。
流石に毎日のように出撃しているだけあって、手馴れたものである。
「うば。さてさて今日は何処に行こっか。海岸? 遺跡? いやその前にデイリーオーダーのチェックか……」
「うーん……あ、そういえば【ARK×Drops】宛てに面白そうなオーダーが来ていたような……」
「チーム宛てに? うばー、どんなのどんなの?」
自分の貯金残高を映し出していた端末を閉じ、シズクはリィンの背後に跳ねるようにして回った。
期待たっぷりといった表情をしながら自分の端末を覗き込んでくるシズクの姿に萌えのような感情を感じながら、リィンは端末を操作してウィンドウにメール画面を映し出す。
アークス上層部からの、お知らせメールとして先日送られてきたものだ。
それを、二人仲良く読み上げる。
「アークス研修生修了任務……」
「の、監視及び護衛?」
アークス研修生修了任務の監視及び護衛。
それは名前どおりの任務内容だった。
アークス研修生の修了任務で、『予想外』の被害が出ないように研修場所付近でモニターしながら待機してくれる人員を募集しているとのことだった。
「ふぅん、そういえばメイさんたちの代にナベリウスでダーカーが出現して修了任務中に死者が続出したんだっけ」
「らしいわね。あれ以来、研修生には手が余るような大型ダーカーもナベリウスに出現するようになったんだよね」
だから、監視と護衛がいるのだろう。
滅多に出てこないファング夫妻を除けばロックベア程度のエネミーがボスをやっていた頃とはもう事情が違うのだ。
何だかんだナベリウスより危険度の低い惑星は無いわけだが、実戦経験の無い研修生が何のバックアップも受けずに歩くには十二分に危険と言えるだろう。
「報酬もちゃんと出るし……うん、いいんじゃない? リィン、これ受けよう」
「ん、了解。……でも何でこんな依頼が私たちみたいな無名の新興チームに?」
「無名の新興チームだからでしょ。まだ何処のチームにも属していない新人ちゃんの実力や性格を間近で見て欲しいならスカウトでもなんでもすればいいってことじゃないの?」
「ああ……成る程」
【銀楼の翼】や【大日霊貴】のような大型チームならば入団希望者は溢れるようにいるだろうが、新興チームでそんなもの望めるわけがないのだ。
【コートハイム】が偶然シズクとリィンに出会えたように、『出会い』が大切になってくる。
そしてこの依頼はその『出会い』の場を設けてくれるということなのだろう。
「それは有難いわ。チームを作ったはいいものの、何もチームらしい活動をしてなかったものね」
「二人じゃねー、チームらしさも何も無いよね」
正直言って、どちらがチームリーダーだったかすら記憶が曖昧なほどチーム活動を行っていないシズクとリィンであった。
勧誘とかもしてないし、チームツリーと呼ばれるチームルームに存在する便利アイテムすら育てていない。
「ええっと、チームリーダーって私だったわよね……」
「そのレベル!? ま、まあそうだけど……これは確かに有難いクエストかもね」
ごほんと一つ咳払いし、シズクは言う。
それは果たして、遅すぎる決意表明だった。
「これよりチーム【ARK×Drops】、本格的に活動開始だ!」
「スカウトは全面的に任せるわね、副リーダー」
「リーダーがコミュ症気味だけどメンバー募集中だぜうばー!」
誰に伝えるわけでもなくそう叫び、シズクたちは行動を開始した。
結成から一ヶ月とちょっと過ぎた6月のことだった。
「ところで修了試験、今日の午前中からみたいなんだけど受注間に合うかしら……?」
「うば!?」
*****
間に合った。
とは言い難い、受注可能期間は過ぎていたのだから。
しかしコフィーさんが気を利かせてくれたのか、単に集まりが悪く人員が不足していたのか――あるいはその両方か分からないが、なんとか二人は研修生の護衛任務を受注することに成功した。
滑り込みセーフ……いや、滑り込みセウトか。
「うばー……いやはやコフィーさんに迷惑かけちゃったね」
「今度何かお礼しなくちゃね」
「いや多分『いえ、仕事ですから』とか言ってやんわり断られちゃうけどね」
「意外と声真似上手いわね……」
というわけで、現在地、ナベリウス上空。
試験中の研修生たちに悟られないように光学迷彩が施されたキャンプシップの中で、シズクとリィンはモニターの前で雑談に興じていた。
とはいっても仕事をサボっているわけではない。
単にまだ修了試験が始まっていないだけだ。
今頃レギアスによる録画されたありがたいお言葉を待機中のキャンプシップ内で見せられているところだろう。
「ええっと、それで、あたしたちの担当する研修生はどんな子だっけ?」
「確かこの資料に……あったあった」
依頼を受けたときに貰った資料データを空中に浮かび上げる。
資料には、二人の少女の写真と簡単な個人情報。
それと研修における成績が映し出されていた。
眼鏡が似合う、委員長みたいな娘――イズミ。
快活そうな、いかにもスポーツ少女な娘――ハル。
「イズミちゃんと、ハルちゃんか。どっちも十三歳、成績は……ふんふん……ん?」
写真をから成績まで順に見ていって――リィンの目は最後に書かれた備考欄で止まった。
「……ねえ、シズク。これ見て」
「うば? ……ああ、成る程。通りですんなりと割り込み受注できたわけだよ……」
押し付けられたってわけだね、と。
シズクは相変わらず察し良く、苦笑いをしながら呟く。
備考欄には、二人とも同じことが書いてあった。
ただ一つ、ただ一言。
『超問題児』、と。
「――ったく、何でボクがてめぇなんかとペアを組まねぇといけねぇんだよ……それも修了試験っつー大事な大事な時にさぁ……」
「ええ、全く同感だわ。同感すぎて憎たらしく思えてくるほど同感だわ。お願いだから、私の足を引っ張らないで頂戴ね?」
と、互いに愚痴りながら、二人の少女はナベリウスに降り立った。
片や、爽やかなスポーツマンのように快活な、ボクっ娘金髪ショートカットの研修生。
片や、知的な眼鏡をかけた黒い髪の優等生っぽい――委員長っぽい姿の研修生。
しかし、どちらもその見た目にそぐわない罵詈雑言をお互いに浴びせていく。
「は? ボクの台詞を取んなよ手足骨折して死ね」
「あん? じゃあ手足骨折してあげるから頭蓋骨陥没させて死ね」
「頭蓋骨陥没してやるから真っ二つに切り裂かれて死ね」
「豆腐みたいにサイコロ状に分割されて死ね」
死ね死ね言い合いながら、二人はナベリウスを歩き出す。
イズミとハル。
――流石のシズクも、まだ知る由も無いだろう。
今思いつく限りの罵詈雑言を互いに浴びせ続けている彼女らが――二人とも【ARK×Drops】に入団することになるなど。
流石にまだ、予見できない。
というわけで、シズクとリィンの後輩(ようやく)登場です。
シズクとリィンは『凸凹コンビ』、
メイとアヤは『百合夫婦』がカップリングのテーマだとすると、
イズミとハルのテーマは『喧嘩ップル』です。
しばらく後輩関連の話が続くと思います。
可愛く書けたらいいなー。