サラのセリフ考えるのが一番苦手です。
「五分前行動――っと、サラさんの指定した座標ってここであってるよね?」
「うん」
惑星ウォパル・海岸エリア。
見渡す限りの海と、砂浜によって構成されたエリアである。
あの後シャワーを浴びて、サラから来ていたメールに気づいたシズクとリィンは、メールで指定された場所であるここに出向いてきたのだ。
「うばー、まだサラさんは来てないみたいだねぇ」
「そうね」
「……あ、あーそういえば水着まだ買ってないねぇ、いつかウォパルの海で海水浴してみたいし、今度一緒に買いに行かない?」
「うん」
「…………」
ふすーっと鼻を鳴らして、シズクは苦笑いで海岸の向こう岸を眺める。
相変わらず綺麗だけど歪な惑星だなーとかなんとか現実逃避はほどほどにして……。
うん、なんていうか、うん。
リィンの、機嫌が、すこぶる悪い。
それはもう、研修生時代の再来かというくらいツンツンしている。
(うばー? 何で? 何でだ? あたし何かした!?)
「…………(つーん)」
(ああ、何だか『つーん』っていう擬音語が聞こえてくるようだ……)
地味にこういう状態のリィンと相対するのは初めてだ。
リィンが全力でツンツンしていた研修生時代は、全然関わってなかったし。
(原因を、察しようにも……)
(やっぱリィンの考えてることって察しにくいんだよなぁ……日を追うごとに分かり辛くなってる気がする)
初めて会ったときはあんなに分かりやすいツンデレ娘だったのに、今となってはあのハドレッドより分かり辛い子になってしまった。
正直、ここまで劇的に『分かりやすさ』が変化したヒトは今まで見たこと無い。
『分かりやすさ』の基準さえ判明すれば、その理由も判明すると思うのだが……。
(まあそれが分かれば色々と苦労しないってねー……)
「り、リィン。フォトンを足元に集中すれば海の上を歩けたりしないかなぁ」
「知らないわよ。やってみれば?」
「あー、やめときなさい。慣れてないなら専用の器具が無いと難しいわよ」
リィンの塩対応に被せるように、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
声のした方を振り向くと、そこには案の定と言うべきか今到着した様子のサラの姿があった。
「サラさん!」
「や。一日ぶりね二人とも」
手をひらひらと振りながら、サラは二人の元に歩み寄る。
しかし、リィンの表情を見た瞬間、ぴたりと足を止めた。
なんというか、そう、リィンが。
サラですら容易く見て取れる程の、不機嫌オーラに包まれていたのだ。
「…………どうもです、サラさん」
「え、ええ……」
表情こそ、いつもと変わらなかったが。
目が死んでいるし、言葉に何だか曇りがある。
そして何より、明らかに敵意を向けられている。
昨日とはまるで別人だ。
一体何があったというのか。
「ちょ、ちょっとシズクこっち来て」
「うば?」
シズクを手招きして、呼び寄せる。
そしてリィンに聞こえないように背を向けて、二人は顔を近づけた。
内緒話するように、ひそひそ声でサラは問う。
「(シズク、一体何があったの? リィンの機嫌が滅茶苦茶悪いんだけど……)」
「(うばー……それが、全然理由が分からないんですよね……)」
「(察しなさいよ! 得意でしょ!?)」
「(あたしのこれが万能じゃないの知ってますよね!?)」
「…………」
そんなサラとシズクの後姿は、リィンから見れば
リィンは眉間に皺を寄せて、ぷくーっと頬を膨らませた。
(また、私に秘密の話……)
(…………イライラするわ)
ああ、何だかこんな感情の名前を何処かで見たことがある。
でもそれが思い出せない。
というよりも、イライラが強くて上手く頭が回らない。
「…………」
「(兎に角、リィンの機嫌を取りなさいよ! これじゃ修行どころじゃないわよ!)」
「(うば!? そんなの無理ですよ! リィンの感情の影響を受けて荒ぶってるあのフォトンが見えないんですか!?)」
「(見えないわよ! フォトンが目に見えるくらいフォトン感受性が高いやつなんてアンタくらいよ!)」
「(そうなの!?)」
「サラさん、シズク」
まだこしょこしょ話を続ける二人の会話を打ち切るように、
ジト目でリィンは二人の肩を手で叩いた。
「内緒話も結構ですが、私はいつまで放置されてればいいんですか?」
「あ、あー……悪かったわね、もう大丈夫よ」
リィンの表情を見て、パッとサラはシズクから離れた。
何故か更に機嫌が悪くなっていることから、何となくその理由を察したのだろう。
内心でシズクに文句を言いながら、一つ咳払い。
「ごほん、……えーっと、じゃあ今日からあたしは貴方たちの師匠ってことになるんだけど……本当にあたしでいいの?」
「うば。勿論ですよ、ねえリィン?」
「…………まあ」
経験を積んだ戦士ならば、見るだけで相手の力量が分かるという。
幼き頃から鍛錬を積んでいるリィンは、アークスとしては半人前といえど、武人としてはそこそこの熟練者。
今目の前にいる同い年くらいの少女が、自分より遥か上にいる存在だということは肌で感じ取っていた。
だからこそ、思ってしまう。
シズクの正体を知っていて、自分より強い同性同年齢であるサラは――。
――自分より、シズクの隣にいる資格がある人物なのではないか、と。
(なんて……シズクはきっと一欠けらも思ってないんだろうけどさぁ……)
「よし。じゃあ短い間だけど、よろしくね」
「はい! よろしくおねがいしま……短い間?」
「ええ、二ヶ月もすればマリアも暇になるだろうし、そうなればマリアに引き継ぐつもりよ」
元々弟子にしてやるって言ったの馬鹿マリアなんだから、と。
サラはさりげなく毒を吐きながら言った。
その言葉に、リィンは首を傾げる。
サラの言い方には、命令されて仕方なくといった感じが滲み出ているのだ。
別に、二ヶ月くらいなら待てる。
嫌々師匠になられるくらいならマリアが暇になるのを待った方がいいんじゃないかと思うリィンだったが――。
「う、うばー……まじかぁ……」
「シズク……?」
シズクは、深刻な表情で額に汗を浮かべていた。
眉間に皺を寄せ、顔を引き攣らせている。
「…………」
その表情を見て、少しだけ深く考えてみる。
マリアがあと二ヶ月ほどで暇になる? ということはマリアが今携わっている案件があとそれくらいで終わるということで……。
その、案件っていうのが……。
「あっ……そうか」
「……リィンも気づいたみたいだね」
二ヶ月以内に、マリアが暇になるということは――二ヶ月以内に『何か』が起こるということ。
それもおそらく、アークスの存命すらかけた、何かが。
「うばー……Xデーは近い……だからその前に少しでも戦力増強ってことですか?」
「そんなところでしょうね。……まあ、あたしは貴方たちが戦うような事態にはならないと思うけど……」
「うばば……
ただ、それならば他に優先度の高いことが一杯あるんじゃないの? と思うシズクだったが、口には出さない。
多分、そんなこと言うまでも無く分かっているだろう。
その上で、シズクたちを育成することを選択してくれた筈だ。
「念のため……そうね、多分、その通りなのだと思う」
「……まあ、事情は分かりました。それじゃあ時間も無いでしょうし早速始めましょうよ」
「ええ勿論、でもその前にリィンに訊いておかなきゃいけないことがあるの」
まだ少しばかり機嫌が悪そうな、リィンに向かい合う。
訊いておくこと? とリィンは首を傾げた。
「ほら、宿題よ宿題。マリアの出したやつよ」
「宿題……あ、あれね」
『リィン・アークライトが、ライトフロウ・アークライトを越える方法が一つだけある。』
それを見つけて来い、という宿題をマリアから出されていたのだ。
「正直それが、貴方たちを強化するうえでかなり重要になってくると思うんだけど……どう? 答えは見つかった?」
「いえ、まだ……サラさんは分からないんですか?」
「まあ、憶測だけど答えは出してるわ」
マジか、とリィンは驚いたように目を見開いた。
「ようするに、『自分より才能があって、自分より努力をしていて、自分より経験も積んでる相手に勝つにはどうする?』って話でしょう? それなら色々思う浮かぶじゃない?」
「あー……」
「え? え?」
シズクは成る程なぁ、と頷いて、
リィンは全然分からないとばかりに首を捻った。
「何それ、才能と経験は兎も角……努力でも負けてたら勝ち目ないじゃん」
(リィンは純粋だなぁ……)
(この子素直ねぇ……)
暗殺だとか闇討ちだとか生き残った方が正義だとか、
そういった単語ばかり浮かんでくる汚れた心を持った少女二人であった。
「ま、あたしが出した答えが正しいとは限らないし、何よりマリアは自分で見つけろと言った以上自分で見つけるべきね」
「……はい」
頷いたものの、皆目検討が付いていない様子だ。
まあこればかりは悩んでもらうしかない。すぐに答えが出ればいいのだけれど……。
(でも、先は長そうねぇ……)
「うば、さてじゃあ時間もあまり無いことだし、リィンは修行と並行して答えを考えてもらうことにして修行を始めません?」
「そうね。じゃあ早速……」
サラの目の前に、端末のウィンドウが浮かび上がった。
クライアントオーダーの、発注画面である。
「とりあえず、貴方たちの力量がどの程度か計らせて貰うわ」
そう言って、サラは一件のクライアントオーダーを二人に申請した。
内容は、海王種とダーカーの討伐オーダー。
その指定討伐数は――各500匹。期限は、今日中。
*****
「アプちゃーん!」
惑星リリーパ・採掘基地跡地。
何者かに捨て去られた文明の跡地に、
白いダークファルスこと、ダークファルス【
「…………何よ【百合】、あたし今採掘基地を襲う準備をしているから近づかないでって言ったわよね?」
「それどころじゃないの! 聞いて聞いて!」
「……?」
ただならぬ様子の【百合】に、【若人】は思わず身構える。
いやどうせしょうもないことなのだろうけど。
「さっきそこで聞いたんだけどさ! ウォパルっていう海ばっかの惑星があるんだって!」
「…………」
「海水浴行こうよ! 海水浴デート!」
案の定、しょうもないことでしたとさ。
【若人】は頭を抱えて呆れながら、頑張って言葉を紡ぐ。
「ええっと…………嫌よ」
「えー!? 何で何で!? 海辺でデートは恋人同士の必修でしょ!?」
「色々つっこみたいけど……とりあえずその情報は何処から聞いたのよ」
このクレイジーサイコレズに余計な知識を与えたのは何処のどいつだ、と目を細める。
「えーっと、情報屋の双子姉妹を名乗るアークスが言ってたのを聞いたの」
「あんたアークスと仲良くなったの!?」
「違うよー、双子百合かな? って期待して後をつけてたら偶然そういう会話をしてるの聞いちゃってさー」
本当は濡れ場を期待してたんだけどねー、と【百合】はへらへら笑いながら言った。
「さ、というわけで行こう」
「行かないわ」
「うばー、何で? 水着ならあたしが作ってあげるよ?」
「能力の妙な応用方法を生み出してるんじゃないわよ全く……」
生み出した剣を水着に変形させながら言う【百合】に、呆れながら【若人】は呟く。
こんなやつと海水浴とかご免こうむるし、そもそも遊んでる暇があったら一刻も早く力を取り戻したいのが現状である。
「行こうよー海水浴ぅー」
「絶対行かないわ。あたしは一刻も早く力を取り戻したいの!」
「息抜きも大事だよー、ねーえー」
「しつこいわよ、いい? あたしは絶対、海水浴になんか行かないから!」
そう言って、【百合】に背を向け【若人】は歩き出した。
そんな彼女の背中を見て、【百合】は。
「…………絶対、諦めないから」
瞳からハイライトを消して、小さく呟くのであった。
エピソード2も、ようやく三分の一くらいかな。
第1章の名前変えて、第2章の名前をEpisode2 第2章:交鎖練撃にしました。
ちょっと第1章が思ったより長くなりすぎたし、交鎖練撃という名前にした理由はまだこれからの展開が基ですので。