「シャオ、それホント?」
『うん、こんな嘘吐かないよ』
惑星アムドゥスキア・龍祭壇エリア。
龍族の聖地たるその場所で、モノリスに腰掛ける少女が一人。
サラだ。
通信機の向こうから聞こえるシャオの言葉に、彼女は顔をしかめた。
『ルーサーの、シオンに対する"理解"がかなり進行している――想定よりもずっと早い』
「……そっちの準備は間に合いそう?」
『分からない。急ぐ必要がありそうだ』
シャオの声色に、いつもの余裕が無い。
本気で焦っているようだ。
『ぼくはこれからこっちの作業に集中するから、しばらく連絡は最小限にしようと思う』
「了解。あたしの方で特にやっておくことある?」
『今まで通りでいいよ。……ああでも、一つだけ』
「?」
『シズクとリィンの面倒を見てやってね。暇なときでいいからさ』
「…………ああ、そんな話もあったわね」
がくり、とサラは肩を落とした。
師匠なんて、ガラじゃないのだけれど。
『まあそう邪険にしないでよ。彼女たちの力は、きっとルーサーを倒した後のアークスに必要になる』
「……今は目の前のルーサーをどうにかするのが最優先でしょうが。それなのにあたしの余暇を潰してまで…………ああ、成る程。また何か企んでるわね、シャオ」
『察しがいいね……でも違うよ。企んでいるというより、念のためだ』
「ふぅん、どうだか」
吐き捨てるようにそう言って、サラは立ち上がった。
端末を起動させ、連絡帳を開く。
そして数少ない連絡先の中から、シズクを選択した。
「まあいいわ。どの道従うしかないしね……育て方はあたしがマリアにされた感じの修行でいいのよね?」
『……いや、まあ……死なないようにね?』
「他に人の育て方なんて知らないのよねぇ……」
不穏なことを言いつつ、サラは連絡帳が薄い割に慣れた手つきでメールを打っていく。
内容は、勿論昨日話した修行の件。
場所と日時の指定と、不要だろうけどやる気の確認。
『ま、折角同年代の同性と触れ合える機会なんだ。これを機に仲良くなれるといいね』
「う。べ、別にあたしは友達なんて要らないわよ。それに師弟関係になるんだから歳なんて関係ないわよ」
『そう? まあサラがいいならいいんだけど……』
「そういう含みのある言い方やめてくれる?」
メールを送信。
当然セキュリティは完備してるので、ルーサーに盗み見られる心配はまず無いだろう。
(まあ見られたところで、この内容ならあいつは動かないだろうけどさ――)
『……そういえばよく考えたら『リン』も同い年だよね』
「……え? あ、そういえばそうね……あの人何だか人妻っぽさが滲み出てる感があるせいかどう見ても二十代後半よね……」
『ははっ確かにそうとしか見えない……っと、つい無駄話しちゃったね。いけないいけない……話がすぐに逸れてしまうのは悪い癖だなぁ』
それだけ気楽な仲、ということだろうか。
つい会話が脱線してしまうシャオとサラであった。
『それじゃ、よろしくね』
「はいはいーっと」
通信を打ち切る。
回線こそ開きっぱなしだが、まあそれは二人の関係上仕方が無い。
『縁者』。
シャオとサラの関係を表すなら、その一言に尽きる。
詳しくは割愛するが――サラの体内にはシャオの因子が組み込まれているのだ。
なので通信回線は常に開きっぱなし。
相手の夢に乱入するとかもできるらしい。
独り言だってフリーパス状態だ。
……と、閑話休題。
「さてと……そろそろ採掘基地防衛戦は終わった頃かしらね」
ぐっと伸びをして、歩きだす。
ちょっとだけ、ちょっとだけだけど。
「同年代の、友達ねぇ……」
楽しみそうな、顔をしながら。
*****
気づけば、シズクは海の上に立っていた。
前後左右、海しかない寂しい風景の中。
ゆっくりと、目を開ける。
ああ、これは夢だなと理解するのに一秒すら必要なかった。
何故なら、"ここ"に来るのは初めてではないのだ。
「うばー……また、ここか」
たまに見る、この海しかない寂しい夢を前にしてシズクはため息を吐いた。
何せ、殆どが悪夢というか。
聞きたくもない言葉を、聞かされるパターンが殆どというか……。
「やあ、化け物」
「…………」
気づけば、背後にシズクそっくりの人影が立っていた。
ほら、ねえ。
人のことを化け物呼ばわりする、自分そっくりの変な奴が出てくるのだ。
良い夢な訳がない。
「ねえ、いつまでそうしてるつもりなの?」
「…………」
「いい加減さあ、あたしの言葉を無視しないでよ」
「…………」
無視無視。
妙な夢の言葉なんて無視するに限る。
目を瞑って、耳を塞いでしゃがみこんでいれば、いずれ夢は終わるのだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「……?」
…………。
しばらくそうしていると、突然背後から気配が消えた。
ゆっくり慎重に振り返る。
諦めたのか、何だかよく分からないが、シズクそっくりの人影は姿を消していた。
視界には、広大に広がる海のみが映っている。
「……新しいパターン。……うば?」
ふと、シズクは自分の身体を見渡した。
動かせる。
身体が、自由に。
いつもよりずっと早めの解放である。
こうなればただの明晰夢だぜうっばっば、とシズクは立ち上がった。
「……この海って、端とかあるのかなぁ」
ふと気になって、呟く。
夢から覚めるまであとどれくらいかは分からないけど、そもそも夢なんだから気にしてもしょうがないことかもしれないけど……。
「嫌な夢なんだから、少しは楽しまないとねー」
冒険気分冒険気分♪、とあえて軽い足取りで進む。
海の上を歩く、というのは案外新鮮で楽しかった。
「いつかウォパルの海の上とかも歩いてみたいなぁ……」
まあ尤も、夢じゃないんだから何らかの手段を講じなければいけないのだろうけど。
フォトンでどうにかなるかなぁ……と思案しながら歩くこと、数秒。
海の果てはいまだ見えなかったが、人影が見えた。
「う……」
嫌な予感がして、立ち止まる。
またあいつかもしれない、と思うと踵を返したくなるシズクであったが……。
「ん……?」
その姿には、見覚えがあった。
青い髪に、グラファイトローズ海というコスチュームを身に纏った女の子。
リィンが、そこに居た。
海の上に立っているのが不思議な様子で、キョロキョロと辺りを見渡しているようだ。
「うばー! リィンじゃんヤッター!」
「し、シズク!?」
躊躇なく、リィンに跳びかかり抱き締める。
悪夢かと思ったら、全然良い夢じゃないかとシズクは嬉しそうに顔をリィンの胸に埋めた。
「うっばばー」
「ご、ご機嫌ねシズク……」
「そりゃねー、んふふー……全く、悪夢にもたまには良いときがあるっていうかー」
「ふぅん……?」
ぎゅぅっと、リィンの両腕がシズクの背中に回る。
抱き締め返されて、シズクは嬉しそうに笑みを深めた。
「……シズクはさ」
「うば?」
しばらくそうして抱き合っていると、リィンが不意に口を開いた。
まるでシズクを逃がさないようにしているように、両腕の力を強めて。
「私のこと、好き?」
「うば!? え、まあ、うん。好きだよ?」
夢だというのに、ちょっと照れながらシズクは答える。
ついにやけてしまうのも仕方が無いだろう。
まあ何度も言うが夢なのだから、自分の根底にある願望とかが漏れ出ているだけなんだろうけど。
「……何で?」
「うば? いや、何でって言われても……」
「貴方は化け物なのに、ヒトを好きになるなんて感情があるの?」
シズクの、表情から、笑顔が消えた。
待って。
それは、駄目だ。
リィンにそれを言わせるのは、ずるいにも程がある。
「シズク、貴方にヒトを好きになる資格なんて、無い」
「リィ――んぐ……!?」
唐突に、シズクの言葉が止まった。
いや、言葉というより、息が。
呼吸ができない。
(なん、で……)
(これじゃ、反論すら……)
「今更言う■でも無く、分かっている■だ■ね?」
目の前が真っ暗になっていく。
リィンの声が、遠くなっていく。
夢からの目覚めが、近い。
「化■■■くせに。■■クス■んかじゃ■■■せに」
何もかも真っ暗になって。
リィンの口元だけが、シズクの耳に近づいていき……そして。
「■■■■■、無いくせに」
そして、シズクは目を覚ました。
*****
「…………むぐ」
目を覚ましたシズクの眼前に、まず飛び込んできたのはおっぱいだった。
寝ている間に、リィンの胸に顔を押し付けていたようだ。
道理で息が出来ないはずだよ、とシズクは納得するように頷いた。
「ぷはぁっ……すー、はー……」
胸から顔を離して、深呼吸。
おっぱいは時に凶器となりえることを、シズクは今日知ったのだった。
「……あ」
ベッドから身体を上半身だけ起こして、ふと気づく。
全身、寝汗だらけでびちょびちょだった。
いや、それだけじゃない。瞳から、ぼろぼろと涙まで零れ落ちている。
「うっば……うわー……」
目元をごしごしと拭って、ベッドから降りる。
シャワー浴びなくちゃ気持ち悪くてしょうがない……とシャワールームに向かおうとしたところで、
「……シズク?」
背後から、リィンの声がした。
リィンも目を覚ましたのだろう。
ベッドから上半身だけ起こして、まだ眠たげな目線でシズクを見ていた。
「う、うば、起こしちゃった?」
「いや別に……ん、シズク? どうしたの? 凄い汗ね……」
「え、あ、うん……ちょっと嫌な夢見ちゃってさー」
「ふぅん、どんな夢?」
「うばっ」
シズクは、言葉に詰まった。
どんな夢かなんて言われても、説明し辛い……ていうか。
説明したくない。
「えーっと……」
「…………」
「その……忘れちゃった」
所詮、夢なのだ。
忘れたことにしてやり過ごしてしまおう。
「忘れた?」
「ま、まあ夢なんてそんなものだよね」
「……そう」
上手く誤魔化せた(?)ところで、いい加減シャワーを浴びたいので着替えを取りに倉庫端末へ向かう。
そんなシズクの後ろ姿をしばらく見つめていたリィンは、ふと唐突に口を開いた。
「そういえばさ、私も嫌な夢みたわよ」
「うば? へえ、まあ夢は夢だしお互い気にしないで――」
「いきなりさ、海の上に立ってたの。見渡す限り周りが全部海の場所で」
シズクの動きが、ぴたりと止まった。
いや、いやいやいや。
偶然というのは、あるもので。
海を歩く夢なんて、そう珍しいものじゃないだろうし。
「それでしばらくしたら、シズクが駆け寄ってきたのね」
「…………」
「そこからはあんまり憶えてないんだけど……シズクに何か変なこと言ったみたいで……」
ああ、それは全く。
なんていう偶然なのだろう。
いやはや偶然とは恐ろしい。
事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。
「それで、シズクが泣いちゃって――」
「リィン、あたしシャワー浴びてくるね」
「え、うん……」
リィンの話を打ち切って、シズクはシャワールームへと小走りで駆けて行った。
その様子を見て、リィンは確信する。
さっきの夢は、やっぱり……。
「……シズクの根底に、関わるものなのかな……」
リィンとて、伊達にシズクと一緒に居てきたわけじゃない。
あの子に特別な能力があるのは理解しているし、根底に計り知れない何かを抱えているのも察している。
そしてその、『根底』に関わる話をするとき――または何かがあったとき。
シズクは、決して笑わないのだ。
あの冷たい無表情を浮かべるか、似合わない歪な笑顔しか、浮かべない。
「…………はぁ」
ため息を吐いて、ベッドに再度寝転がる。
シャワールームの方向を見ながら、リィンは静かに呟いた。
「……私には、話してくれないんだろうなぁ」
そりゃ、ヒトなのだから秘密の一つや二つあるだろう。
でも、それでも。
それが夢にも出てきてしまうくらい嫌なことなら。
悩みであるならば。
少しくらい、相談してくれたっていいのに。
「――シズクにとって、私は『何』なんだろう……?」
チームメイト? 仲間? 友達? ――うん、多分そのどれか。
ああ、何だろう無性に腹が立つ、と。
リィンは自分の中に生まれた黒い感情を自覚しないまま、再び眠りに付くのだった。
やだ、シリアスさんが後ろからジリジリとにじり寄ってくる……。