あくまで悪魔   作:会田

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集いの泉にて

 

 ガリューに案内されるままに進んだ結果、私は更にかなりの時間をかけてようやく森を抜け、綺麗な泉を見つけた。泉の水面は太陽の光を受けて輝き、風が吹くたびにさらさらと鮮やかな波紋を生み出している。森の中も独特の風情があったが、こちらはそれ以上に私の心に安らかなものを感じさせた。

 そして、偶発的にかそれとも誰か意図したものなのか、そこでは四色のマナが鮮やかに混ざり合い、なんとも言えない不思議な風景を作り出していた。

 

 ……しかしそんな幻想的な光景を目前にして、私は未だ森の中で息を潜めて隠れていた。

 それもこれも、あそこにいる人達のせいだと、私は恨めしく思いながら泉のほとりから中へとせり出すように建てられた、唯一の人工物を見つめた。

 ガリュー曰く、あそこには今あの天使、並びにこの辺りでも特に力の強い人達が集まっているのだという。

 

〈天使を含めて、気配は5つか。全くよぉ、間が悪い事この上ねぇぜ〉

 

 

 

 

 

 

 さて、名も無き世界のしがない高校生、早渕奈々が人知れず木陰でぎりぎりと歯軋りする中、“集いの泉”の集会場で、6つ(・・)の人影が集まっていた。

 

 一人は、奈々も森の中で一度ははっきりと目にした、大きな白い鎧。その時はまだ奈々も気付かなかったが、その鎧は全身に色濃いサプレスの魔力を纏っていた。

 一人は、そんな鎧の後ろに従者よろしく立っている天使。輝くような金色の髪に、純白の翼。しかし、その天使の美しい顔に浮かぶのは険しい表情だった。

 一人は、額に二本の角を持つ東洋風の武者装束の男。この場においてもその立ち居振る舞いに隙はなく、何が起きても即座に動ける、そんな体勢を保っていた。

 一人は、白と黒の体毛を全身に生やし、儀装を纏う亜人。誰もが背を伸ばす中、一人だけ頭で腕を組み、気だるげに欠伸をしながら椅子の背にもたれかかっていた。

 一人は、亜麻色の長髪を背中まで波打たせた眼鏡の女性。天使に負けぬ美貌でありながら、その顔に浮かべる表情は果てしなく冷たく、どこまでも機械的だった。

 そして、ガリューの気付かなかった最後の一人は、眼鏡の女性の後ろに立つ看護師風の少女。まるで人形のように整ったその少女の顔は、女性とは違った意味で機械的だった。

 

「それで? 私達をこうして集めたからには、相応の理由があるのでしょうね。是非、お聞かせ願いたいのだけれど?」

 

 重苦しい雰囲気の中、最初に口を開いたのは眼鏡の女性――機界集落・ラトリクスの護人、アルディラだった。言葉はともかく、その口調には含むものはなく、ただ単調に機械的に情報を求めていることが分かる。アルディラはその瞳を、巨体ながら異様に気配の薄い白い鎧に向けた。

 

「イワズトモ、キヅイテイヨウ……」

 

 幽鬼のような白甲冑の騎士――霊界集落・狭間の領域の護人、ファルゼンが片言で、全員に語りかけるように話す。その声はまるで、空洞で反響するかのようにその場に響いた。

 

「無論です。急に活性化を始めた、“喚起の門”の件ですね」

 

 ファルゼンの特異な声を気にした風もなく、丁寧な言葉で返答したのは武者装束の鬼忍――鬼妖界集落・風雷の郷の護人、キュウマだった。彼も、そして彼以外の護人も、不気味に小康状態を続ける“喚起の門”には常に注意を払っていた。故にこうして、全員が喚起の門の異常に気がついたのだ。

 

「俺達が知りたいのは、具体的な話だ。“喚起の門”で、何があった? いや、まさか何か喚ばれたのか?」

 

 白と黒の呪術師風の虎亜人――幻獣界集落・ユクレス村の護人、ヤッファが、後頭部で組んだ腕を解き身を乗り出しながら言った。護人四人の中で、喚起の門の異常を察知しながらも実際に現地まで赴いていたのは冥界の騎士ファルゼンのみ。ヤッファがファルゼンに詳細を求めるのは、当然の流れだった。

 

「…………」

 

 うめき声のような、溜息のような空洞音が、ファルゼンの甲冑から発せられる。その様子に気がついた、白磁の天使、ファルゼンの補佐・フレイズは、護人達から一歩引いていた立ち位置から一歩を踏み出し、口を開いた。

 

「ここからは、私がファルゼン様に代わり話させていただきます」

 

 誰一人文句を言うことはなく、黙してフレイズの方へ視線を移したのを確認し、フレイズは喚起の門のことについて話し始めた。

 

 そもそも“喚起の門”とは、召喚獣を大量にこの島に喚び寄せるための召喚装置だった。本来人である召喚師が、召喚獣一個体ごとに誓約を交わし異界から喚び出す機構を、この装置は全て独自に行ってしまうのだ。

 かつては実験体としての召喚獣を欲したとある召喚師集団によって作製された装置であったのだが、今では中枢を破壊され、制御のきかない暴走装置と化している。無秩序に異界のものを喚び出してしまうために、場合によっては得体の知れない存在をこの島に出現させてしまう可能性を帯びた、大変危険なものなのだ。

 

 護人たちが常にこの門に注意を払っているのも、そんな理由からだった。

 

「皆さんの推測通り、喚起の門から新たな者が召喚されたようです」

「……早いな」

 

 ヤッファが獣相に渋面を浮かべながら唸る。他の護人たちも、それに頷いた。

 

「前回は確か、名も無き世界から来た老人だったわね? 今はキュウマのところで暮らしている」

「その通りです」

 

 しばらく前にも、喚起の門は異界から召喚獣を喚び出していた。その際喚び出された存在は彼らからすれば完全に無害だったため、特に大事になることはなかったが。問題は、前回と今回のその間の時間が、彼らの経験からすれば早過ぎることにあった。

 

「それで? 今回は一体どんな新入りが来たんだ? それとも、この場に連れて来てないってことは、そういうこと(・・・・・・)なのか?」

「……今回、喚起の門に喚び出されたのは、悪魔です」

「! なるほど……それでフレイズが過剰に反応しているわけか」

「過剰ではありません。当然の反応です。それに、ただの悪魔ではありません。相当高位の、場合によっては上級悪魔クラスの可能性もあります」

 

 ざわっと、会議場が一瞬ざわめく。喚起の門は、喚び出す存在の基準は無作為であるが、その機構上強力な召喚獣が喚ばれることはそうそうない。得体の知れないものを喚ぶのは確かだが、それは有する能力や特性、本能が危険視されるのであって、直接的な力はそれほど強くはないことがほとんどだった。そのはずが、今回喚ばれたのは条件次第では単騎で都市一つを壊滅させる上級悪魔クラス。

 そして、そんな存在が今この島にいること、それ自体も彼らには憂慮すべきことだったが、それ以上にそんなものを喚び出してしまった喚起の門こそが問題だった。

 

「それで、その喚ばれたという悪魔は今はどうしているのですか?」

「不明です。私達が門に辿り着く前に、気配を消し身を隠してしまいました。上空から捜索しましたが、どうやらよほどうまく隠れているらしく……」

「まだ、見つかっていないのね」

「ええ、残念ながら」

 

 フレイズは、咎めるようなアルディラの視線にも動じずに涼しい顔で頷く。とは言え、それは表面上のこと、内心では忸怩たる思いを抱いていた。

 

 悪魔とは天使にとって不倶戴天の敵。特に理由がなくともいがみ合ってしまうレベルの犬猿の仲であり、本能で互いの嫌悪感が染み付いている。

 悪魔は、全般的に清く正しい天使と違い狡猾でずる賢い。そのため隠蔽技術も天使とは比較にならず、それに長けたものが本気で隠れれば、どれほど高位の天使でも索敵に特化したものでなければまずその影を掴むことすら叶わない。

 オールラウンダーなフレイズが本来得意としているのは、どちらかと言えば戦闘だ。索敵もできないことはなかったが、その能力を専門とする天使達には大きく劣ることも事実だった。

 

 押し黙るフレイズに、アルディラは何も言わなかった。アルディラとしても、フレイズ達よりも出遅れたことは事実。悪魔を逃したこと自体をそれほど重大なことと捉えていなかったという事情もあり、それ以上彼を追求することはなかった。

 

「だが、悪魔とはいえ、俺達に対して理由もなく敵意を向けてくることはないんじゃないか? 天使のフレイズは別として、だが。それなら、向こうから接触してこない限り放置でもいいと思うが」

「一理、ありますね。警戒はするとしても、絶対的に狩り出さなければならないというわけでもないかと。むしろ、こちら側から明確な敵対行為を取ることは危険です」

 

 面倒くさがりなヤッファと、己が主と仰ぐ鬼姫とその子息の守護を第一としているキュウマは、喚ばれた悪魔に干渉することには消極的だった。

 そしてフレイズも、ファルゼンの代弁者としてこの場で発言している以上、個人的な感情を混じえた意見を述べることはなかった。ここに来るまでに、既にファルゼンからその意志は確認していたのだ。ファルゼンの方針は、相手に極端な敵対意志がない限り、融和を旨としている。そんな理由もあって、フレイズも一人反対意見を叫ぶわけにはいかなかった。

 

「あるでぃらハ、ドウオモウ」

 

 長い語り口はフレイズに任せ黙していたファルゼンが、まだ意見を述べていなかった護人、アルディラに聞いた。聞かれたアルディラは、小さく肩をすくめて答える。

 

「既に四人のうち三人の意見が揃っているのだから、私が何を言ってもあんまり変わらないと思うのだけど。……けど、どちらにせよ私の意見も皆と同じね。ラトリクスは例え襲撃を受けたとしても、それほど大事にはならないでしょうし。ねぇ、クノン?」

「はい。アルディラ様。悪魔の得意とする精神撹乱は、私達機界のものには無力です」

 

 アルディラの問いかけに滑らかに、しかし抑揚薄く返答したのは、ナース姿の人形少女、アルディラの側近・クノンだった。

 アルディラが護人をする集落、ラトリクスは機界の者達の集落である。当然、そこに住む住人達はどれも機械仕掛。融機人(ベイガー)であるアルディラを除き感情を持つ者はおらず、例え直接攻撃を受けても痛苦を感じることはない。またクノンの言う通り、悪魔の奸計にはそもそも聞く耳を持たない。悪魔側としても、大部分が感情を持たない機界・ロレイラルのロボット達に一々ちょっかいをかけることもないだろう。

 

「それでは、今回喚起の門に喚ばれたものに関しては、あちらから接触がない限り放置、ということでよろしいですね?」

 

 フレイズがそう締めると、護人たちはめいめいに頷いた。

 

「では、次の議題……むしろこちらが本題ですが、沈黙していた“喚起の門”が活発に動き出したことについてです――」

 

 名も無き島を護る者達の会議は、まだ終わりそうにない。

 

 

 

 

 

 

「何やってるのかな……」

〈案外、お前の話だったりしてな。ハハハハハッ〉

 

 木陰から目だけを覗かせて、泉にある建物を見つめる。中で何をしているかまでは見えないが、しばらく待ってみても彼らの会合は未だ終わる気配を見せない。

 待ちくたびれて半ば木に凭れていると、ガリューが笑いながらちょっかいをかけてきた。

 

「他人事じゃないよね。ガリューは私と一蓮托生だよね」

〈どうだろうなぁ。こっちの俺が消えたら、もう半分に移るかもしれん〉

「私が消える前提での話は止めてくれないかなぁ」

 

 万が一死ぬようなことがあれば、意地でもこいつを道連れにしてやろう。私は心の中でそう決めた。

 

「ねえ、それより移動しない? この泉の場所はもう分かったわけだし、周辺地理もある程度押さえとかないと」

 

 正直に言えば待つことに飽きてきていた私は、ガリューにそう提案した。

 

〈おお、そうだな。そういやぁこいつらがここに固まってるのなら、今は逆に好都合じゃねぇか〉

「じゃ、行こっか」

 

 意外と乗り気なガリューの賛成ももらい、私はまた森の中に入っていった。もちろん、最初の場所とは違う方向にだが。

 


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