サーヴァントは英霊をクラスという霊器に収めた人型であり、基本的には生前以上の力を発揮することは有り得ない。
けれど何事にも例外がある。その良い例が伝承や逸話を具現化した宝具を持つサーヴァントだろう。また実際の逸話ではなく、後世の脚色や捏造された伝承が高い知名度を持てば、それが宝具や英霊の人格にまで影響を与えることもある。ヴラド三世など正にその典型例といえるだろう。
だが中には史実と伝承でまったく異なる人物像を持つ英霊もいる。
ヴラド三世のドラキュラ像などは彼自身が生前に『
宋江という英霊もその一人。史実における宋江は北宋王朝末期に現れた盗賊の首領であり、それ以上でも以下でもなかった。もし水滸伝という物語が誕生していなければ、英霊の座に昇ることすらなかったかもしれない。そして賊徒・宋江は水滸伝における好漢・宋江とは相容れない人非人の類だった。
史実と創作は相容れることなく、こうして英霊の座には二人の宋江が生まれた。そして自分達の前で平然と非道をやってのけた男こそ、人非人たる史実の宋江なのだ。
もし召喚されたのが好漢たる宋江であれば頼もしい味方になってくれたかもしれないだけに、こんな畜生な男が宋江として召喚されてしまった事に残念さを覚えてならない。だが他にも気になることがあった。
「カルデアのことを、知っているのか!?」
特異点に召喚されたサーヴァントは、聖杯に必要な知識を与えられるが、カルデアの事までは知らされない筈だ。
なのに宋江は自分とマシュを見てはっきりと『カルデア』と断じたのである。これはおかしなことだった。
「そりゃ知ってるに決まってんだろうが。なんてったってお前らカルデアは、陛下が『敵』と定めた相手なんだぜ。俺の時代の馬鹿と違って、今の皇帝はちゃ~んと脳がある。敵の事くらいちゃんと教えてくれるさ。
女と酒だって浴びるほど供給してくれるし、この時代の人間ならいくら殺して犯そうとオールオッケーという太っ腹具合。まったく皇帝陛下様々だぜ」
『陛下だって……? そんな筈がない。確かに倫敦に現れたソロモン王は……その、未だに信じられないけど人類史焼却の元凶だったけれど、ソロモン王が略奪許可なんて命令を出す筈が……』
「は? 何言ってんだ優男、男根落とすぞオラ」
『っ!』
自分も男である。空間に映像が投影されていたわけではなかったが、ロマンが反射的に股間を庇ったのが分かった。男にとってナニを落とされるのは死刑宣告にも等しい。自分もこれには同意見である。
そんな中、男勢で唯一そんな間抜けな動作をしなかったのは、やはりというべきかディルムッド。ハンサム過ぎて人からモゲロと言われているから、この手の脅しには耐性があるのかもしれない。と、本人が聞けば血の涙を流して憤慨しそうな事を思った。
「ソロモンだかニョロボンだか知らねえが、そんな野郎に仕えた覚えはねえよ。楽しく生きるためなら俺は盗賊にもなるし招安受けて官軍にもなるが、小便臭い野郎に従うのは死んでも御免だね。なんたって俺が楽しめねえからな。つぅか仕えたところで最終的に殺される予感がプンプンするし。俺が今仕えているのは――――――」
「…………」
口の回りが良くなった宋江が、この特異点の黒幕の名を滑らせる瞬間を固唾を飲んで見守る。
「――――って言うわけねぇだろバッキャロウ!!」
しかし水滸伝の宋江と違って、賊徒である宋江は迂闊ではなかった。自分達の意識が宋江に集中したタイミングを見計らって、傀儡兵に背後を突かせたのである。
傀儡兵が狙うのはディルムッドでもマシュでもなく、マスターたる自分。サーヴァントを倒す手っ取り早い方法はマスター殺し、そんなセオリーに従った暗殺者のような奇襲だった。
だが傀儡兵にあっさり不意をつかれるほどディルムッドは愚かではないし、マシュも修羅場を潜りぬけてきてはいない。あっさりと背後の傀儡兵を一撃で粉砕してみせる。
「話が終わったのであれば、そろそろ獲るぞ」
正純にして正当な英霊であるディルムッドにとって、醜悪な賊徒の宋江は感情ではなく義務として滅ぼさねばならない敵だった。
待ち望んだその時が訪れた事で奮起したディルムッドは抉るほど鋭く地を蹴った。最速と呼ばれるランサークラスの中でも特に鋭い敏捷値をもつディルムッドの踏み込みから逃れられる道理はなく、一瞬でディルムッドと宋江の間合いは詰めた。
剣は届かず、弓を射るには近い――――槍の距離。この距離ではランサークラスの独壇場である。双槍の猛攻を宋江は冷や汗を流しながら手持ちの剣で捌くが、あの様子では三十秒も保たずに槍の餌食となるだろう。
だがサーヴァント同士の戦いにおいて白兵戦など単なる前哨戦。ましてや宋江はステータスと技量を活かした白兵ではなく、スキルと宝具に秀でたサーヴァント。よって追い詰められた宋江は早々に切り札の一つをきってきた。
英雄豪傑が跋扈する物語の主人公でありながら、宋江という人物は極めて能力が低い。
腕っ節は大したことはなく、頭脳も並みで、容姿が優れているわけでも、高貴な血筋をひいているわけでもない。
何故そんな男が梁山泊の首領たりえるのか? それは好漢達の魅力を引き出した上で活躍させるために、無能な首領という舞台装置が必要だったからだ。
宋江という首領がいるからこそ梁山泊は多くの苦難に合い、そんな駄目な宋江が彼等を用い助けられる事で好漢という星々は輝くのだ。
そして無能な宋江が好漢の力を用いる為の理由づけこそが分不相応な圧倒的名声であり、それは聖杯戦争においてスキルという形で具現化している。
即ち、
「――尉遅彦章、去来一身、長鞭鉄鋳、汝豈其人――」
英霊宋江は梁山泊百七星全員の宝具を使用する権利を持つということだ。
「
星主の権限をもって、好漢序列第八位〝双鞭〟呼延灼が頼りとした宝具が此処に稼働する。
「な――――っ! これは鋼鉄の、騎兵です。初めて見ます、こんなもの……っ!」
マシュが仰天したのは無理もない。自分だって同じ気分だ。
宋江が宝具の真名を解放して出現したのは三十騎一列の騎兵部隊。目を引くのが人馬共に顔まで覆う鋼鉄の甲冑を装備しているということだ。しかも馬同士が鎖で連結されているせいで横への逃げ道を封じてきている。
鋼鉄の騎兵部隊が突撃するのは無論のことディルムッド。鋼鉄の連環馬の突撃力は、通常の騎兵の突撃とは比べることすら躊躇う程のものがある。その桁違いの突撃力が直撃すれば、如何な英雄といえど死は免れないだろう。
「案ずるな。このようなもの横は無理でも上ならばどうかっ!」
鋼鉄の騎兵は重装備故に動きは遅く、上への跳躍には弱い。そのディルムッドの判断は当たった。宙を舞ったディルムッドは体を風車の如く回転させながら、騎兵たちへ朱槍の突きを馳走していく。
今度は宋江が驚く番だった。ディルムッドの朱槍は斬撃を容易く弾き返す重装備を容易くすり抜け、的確に騎兵の命を奪っていくのである。
これは比喩ではない。ディルムッドの持つ朱槍は魔力殺しの槍。連環馬の重装備がどれほど堅牢だろうと、彼の朱槍をもってすれば丸裸同然だ。
「つまるところ相性が悪ぃなこりゃ。にしても五虎将の宝具でこの体たらくとは、やっぱ借り物じゃ俺には性能引き出せねぇ。ま、性能引き出さねえでもやりようは幾らでもあるし、何より親分なら手下を使ってナンボだよなぁ。李逵っ!」
「おうよ! 呼んだかい、呼んでくれたのかい兄貴!」
宋江が名を怒鳴ると、喜び勇んで李逵が飛び出してくる。
李逵。梁山泊の好漢の中で最も宋江を愛し、宋江が好きだった男は、どうやら賊徒の宋江にも変わらぬ敬愛を向けているらしかった。
「用がねぇのに呼ぶかバッキャロウ! さっさとこの色男をぶち殺せ! さもねぇと俺が死ぬぞ! こいつ似非風流とは一味違ぇんだよ!」
「へへっ。兄貴の危機とあっちゃやるっきゃねぇな! おらぁあああああああああああああ!!」
虎のような雄叫びをあげて李逵がディルムッドに襲いかかる。これまで多くの無辜の民を無慈悲に刈り取った死神の斧はしかし、双槍によってしっかりと弾かれた。
「んおっ?
「人ではなく野獣の業だ。軌道は読みやすい」
「ごちゃごちゃ五月蠅ぇぞ! おらぁああああああああああっ!」
「――――!」
ディルムッドの言うとおり何の合理もない野獣の業。だがとにかくパワーとスピードが凄まじかった。更には天性の本能というべき心眼によって、修練で培ったディルムッドの心眼に対抗してくる。人の言葉を喋ってはいるが、李逵は狂戦士そのものだった。
双つ槍と二挺の斧。共に二つの得物が火花を散らし、剣戟音を響かせる。形勢はディルムッド有利だが、李逵も負けじと食いついていた。これは直ぐには決着はつかないだろう。
しかしディルムッドが李逵を抑えてくれているならば、首領の宋江を守るのは傀儡兵だけ。
「マシュ」
「はい、先輩。マシュ・キリエライト、いきます!」
ならば宋江を倒すのは、自分とマシュの役目だ。
「招安」
盗賊などを帰順させて官軍にすること。
梁山泊がこれを受け官軍として反乱勢力を討滅していくのが、水滸伝後半のストーリーである。
なお水滸伝の宋江のモデルとなった史実の宋江も、これを受け官軍として戦っている。
「董平」
序列第十五位の好漢で騎兵五虎将の一人。宿星は天立星。渾名は風流双槍将(笑)。そして水滸伝屈指のネタキャラ。そのネタ性の突き抜けっぷりは他の追随を許さない。
まず光るのは戦場で『英雄双鎗将』と『風流万戸侯』の旗を掲げて戦うという自己主張っぷり。うち渾名の双槍将はディルムッドと同じく両手で二つの槍を操った事に由来するのだが、問題はそれ以外の部分である。
というのも風流というのは彼が礼教・学問・管弦にも通じていたことに由来するのだが、水滸伝において彼が風流な描写を魅せる事は一切ない。あと旗印にしても董平は水滸伝作中で特に英雄らしい活躍もしておらず、言うまでもなく万戸侯になどなっていない。
そして席次・能力・人格・人気の全てで自分を凌駕する花栄を差し置いて、何故か五虎将の一人に加わっているところも解せない。三国志でいうなら黄忠の代わりに魏延すら差し置いて何故か王平が五虎将になるようなものである。
他にも太守の娘を娶るためにヒャッハーしたり、深入りした挙句に捕虜になったりと、その風流(笑)で英雄(笑)なエピソードには枚挙に暇がない。
「ニョロボン」
みず/かくとうタイプのポケモン。初代から登場している。
進化しようとオタマジャクシからカエルになることを良しとはせず、代わりに強靭な筋肉を得たポケモン界屈指のナイスガイ。
特技はさいみんじゅつ。
「索超」
コロッケ。