Fate/Another Order   作:出張L

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第8節  賊徒

 水滸伝の主人公にして、星主である天魁星の生まれ変わりたる宋江。困っている人がいれば我が身を顧みることなく救いの手を差し伸べることから及時雨――――恵みの雨という二つ名をとった仁徳の人である。

 その振る舞いによる名声は中華に轟く程で、皇帝にも傅かぬ荒れくれ者も彼には敬意を払った。他の好漢達を差し置いて梁山泊首領になったのは、星主の生まれ変わりというだけではなく、彼が高い求心力と人望を持っていたが故だろう。

 しかし北東の集落にて秦軍を統率する『宋江』には、梁山泊首領としての風格も、及時雨としての徳もありはしなかった。変わりに面貌に張り付いているのは、己の欲望を隠そうともしない悪徳。甲冑だけが官軍の将校が纏う立派なものである分、余計に盗賊然とした野卑な笑みが際立っている。

 自分が殺した無辜の民を椅子代わりに腰掛け、宋江は自分の手下達に命令を飛ばす。

 

「おい、テメエ等! 幾らでも殺していいが〝入雲竜〟について知ってる奴だけは殺すなよ! ああ、あと女だっ! 年頃の顔が整った女だけは殺さず生け捕りにしろよ! 女でもブスは要らねえから殺せ! 年寄りは念入りに殺せ! 餓鬼もぶっ殺しとけ!」

 

 宋江が率いる軍隊はその全てが主君である『始皇帝』からの借り物。命なき傀儡兵だ。態々口で命令し直さずとも、与えられた命令は決して忘れず正確にこなす。だからこれは実際には唯一人に向けての命令だった。

 

「聞いてんだろうなぁ! テメエに言ってんだぞ李逵ィ!!」

 

「えぇー。全員殺しちゃ駄目なのかよ兄貴ぃ~」

 

「バッキャロウ!! 都の遊女(おんな)を置いて糞辺鄙な村まで来たの何の為だと思ってやがるんだ! この村に公孫勝がいるって聞いたからだろうがっ! 略奪と殺しはオマケだボケェ!」

 

「ちぇっ。こっちの兄貴もなんだかんだで皇帝なんかにペコペコするんだからなぁもう」

 

「五月蠅ぇバッキャロウ! いいからさっき言った奴だけは殺すんじゃねえぞ! いいか? 絶対だぞ! 絶対殺すなよ? フリじゃねえからな!」

 

「しょうがないなぁ。じゃあ俺、あっちの奴だけ殺すから他は兄貴に任せたよ」

 

 そう言って李逵と呼ばれた巨漢は、農具で武装し必死に抵抗する男達に突っ込んでいく。

 傀儡兵に混じって殺戮の宴を繰り広げる黒肌の巨漢。李逵が二挺の斧を振るう度に、男達は耳を劈く絶叫をあげながら肉体を切り刻まれ血の雨が大地に降り注ぐ。運良く李逵から逃れた者も、傀儡兵が無慈悲に突き出す槍で次々に殺されていった。

 真っ当な人間がいれば、この世に神仏はいないのかと嘆きたくなる殺戮劇。

 しかし同じ殺戮でも李逵のそれは、傀儡兵のものとは決定的に質が違った。

 傀儡兵の殺戮は作業だ。人を殺す度に一喜一憂などせず、黙々と仕事を続ける。殺される人間が命乞いしようと泣き喚こうと表情一つ変化させない。

 対して黒肌の巨漢の殺戮は本能であり、生甲斐であり、情熱であり、宿命だ。

 相手が屈強な男だろうと、女子供だろうと、年寄りだろうと一切合財なんの関係もない。ただ殺す。ひたすらに殺す。

 我こそは黒旋風、二挺斧が紡ぐ旋風は血飛沫によって黒く染まる――――自らの異名の由来を全身で体現しながら、李逵は無邪気に暴れ回っていた。

 故に彼の宿星は天殺星。その所業を善悪で測ることはできず、止める事も叶わない殺戮の化身である。

 世界広しといえど李逵を制御できるのは、同じ魔星の生まれ変わりの中で特に相性の良いものだけだろう。そして完全に李逵を心服させることが出来るのは百八魔星の中でも唯一星、首領たる宋江だけだ。

 その宋江が李逵に『暴れろ』と命じているのだから、村民が必死に命乞いしようと李逵が止まる筈がなかった。

 

「宋江将軍」

 

「あぁ?」

 

 傀儡兵の一人が縄で縛られた少女を連れてやって来る。

 人格というものがない傀儡兵だが言語機能がない訳ではない。時に伝令役もこなす傀儡兵は、必要があれば喋ることも可能だった。

 

「なんだその餓鬼は? 餓鬼食う趣味はねえって言ったろうが。要らねえからさっさと殺せ」

 

「お言葉ですが将軍。この娘、入雲竜らしき道士を見たと言っていたのですが」

 

「バッキャロウ! それを先に言え! 傀儡ってのは命令には従順でいいんだが気が利かねえのが欠点だな」

 

 そう傀儡兵に怒鳴りながらも目当ての『入雲竜』の情報を漸く得ることが出来て、宋江の口元も自然と弧を描く。皇帝の勅命で公孫勝探しに出発して早二週間。漸く得た目撃情報だった。

 宋江は笑顔で少女の首筋に刃を当てながら、猫撫で声で語り掛ける。

 

「お嬢ちゃん。〝公孫勝〟を見たっていうのは本当かい? 嘘じゃないよね、嘘だったら目玉刳り抜くよ。呂太后リスペクトして人豚にしちゃうよ。あ、いけね。この時代にゃまだねえよなぁ。人豚事件」

 

「ひっ!」

 

 宋江から立ち昇るどす黒い気配に、まだ十五にもなっていない少女は涙目で狼狽える。

 

「わ、わた……」

 

「声が小さぁい!! もっとハキハキ喋ろゴラァ!! さもねえと首切るぞ!!」

 

「ひぃ! わ、私が……ど、道士様の事を話したら、村の皆を助けて……くれ、ます、か?」

 

「え? 村人? うん、分かった分かった。いいよいいよ助ける助ける、約束するよ」

 

「本当、ですか?」

 

「もちろん。宋江嘘吐かない、俺の約束遵守力は高球クラスだから。英雄の誇りに誓っちゃうよ」

 

 白々しいまでの棒読みで宋江は言った。勿論宋江にこんな心の籠らない約束事を守るつもりなんて毛頭ありはしない。そもそもこの宋江は『英雄』ではないのだから、誓う誇りなど最初からないのだ。

 けれど絶望の底にいる少女には、薄っぺらい空手形すら救いの糸に思えてしまったのだろう。目に微かな希望の光を輝かせながら少女は口を開き、

 

「そこまでだ。無垢な童女を誑かす非道、目に余る」

 

 閃光となって奔る黄薔薇。宋江は盗賊としての生存本能に従い飛びのくと、そこに音速を超える速度で投擲された黄色い槍が突き立てられた。

 宋江は悟る。自分と同じサーヴァントがこの場に現れたという面倒臭い事実を。

 

 

 

 村落を囲っていた傀儡兵を劉邦軍団に任せ、先に囲いを突破した自分が最初に目の当たりにしたのは、少女の首筋に剣を向ける敵将・宋江の姿だった。

 

「ったく。やっとこさ入雲竜の居所が分かるかと思ったってのに、人の仕事邪魔してくれてんじゃねえよ色男。村一つ潰すだけの楽な仕事が一気に難易度激増じゃねえか」

 

「……貴様。よもや『入雲竜』の居所を探る為だけにこのような蛮行をしたというのか?」

 

「バッキャロウ。ンなわけねぇだろ。話聞く為だけに村潰すとか勿体ねえじゃねえかよ。ちゃんと女も犯すし、物資も略奪するぜ。もっとも知っての通り俺の軍は人形ばっかだから、楽しむのは俺一人だがなぁ」

 

 ディルムッドが槍を握る手に力がこもるのが、マスターである自分にも分かった。気持ちは良く分かる。なにせ自分もディルムッドと同じように鬱血するほど拳を握りしめているのだから。

 これまでもオケアノスの海賊達のように『英雄』というより『反英雄』に近いサーヴァントと出会ってきたが、ここまで俗物的な欲を垂れ流す醜悪な魂の持ち主はいなかった。

 説得は不要。この男は一刻も早く倒すべきだ。

 

「信じられません……」

 

「マシュ?」

 

 だが自分よりも歴史や古典に詳しいマシュは、怒りより困惑が強いようだった。

 

「宋江といえば百八の好漢達を束ねた梁山泊の首領。身を削っても人を助けようとした義人がどうしてこんなことを!」

 

 マシュの疑問は言われてみれば至極尤もなことである。

 宋江は梁山泊を根城にした山賊の首領だが、彼はただの賊ではない。罪なき人々を助け、国に巣食う奸臣に立ち向かう好漢達の集団こそが梁山泊であり、その頂点に立つ宋江もまた好漢なのだ。

 だというのに今自分達の目の前にいる宋江は『好漢』ではなく、罪なき人々を苦しめる『悪漢』そのものだった。

 

「く、くくくくっ、かーははははははははははははははははははははははははははははははははははっっ!!」

 

 そんな自分の疑問を察してか、実に悪人染みた邪悪さで宋江は笑った。

 

「替天行道ぉ? 五月蠅ぇぞバッキャロウ。俺は、俺だ。好漢だの梁山泊だの、ンなの知ったこちゃねえんだよ。好き勝手に飲み食いして、好き勝手に生きれりゃそれでいい。まぁ名前貸してやってる代金に、李逵みてぇに利用できるもんは利用するがな」

 

 百八魔星としての宿命や、首領としての生き様。宋江はそれら全てを他人事のようにばっさりと否定した。

 実像と現実にギャップがあることは多いが、これではまるっきりの別物である。これにはディルムッドすら怒りを忘れ、驚きに目を見開いた。

 だがこの場を最も客観的に俯瞰しているロマンには宋江の発言の中に閃くものがあったらしい。

 

『――――そうか、そういうことか!』

 

「ドクター、何か分かったんですか?」

 

『ああ。僕も水滸伝における宋江と、そこにいる宋江の性格の剥離が気になってね。だけどこれでハッキリしたよ。あれは宋江だが水滸伝における宋江じゃない。水滸伝の宋江のモデルになった、史実における賊徒・宋江なんだ!』

 

 渇いた拍手が鳴る。

 

「大・正・解~。陛下が気にするだけあって知恵が回るじゃねえか、カルデア」

 

 





「朱仝」
 梁山泊序列十二位の好漢にして、騎兵軍八虎将の第二位。
 容貌や義を重んじる人格、そして美髯公という渾名から間違いなく関羽をモデルにしたキャラと思われる。ただし梁山泊には関羽の子孫の関勝という好漢がおり盛大にキャラ被りしていたりするが、そこは気にしちゃいけない方向で。
 基本的に本編の補足をするこのおまけ解説コーナーで、どうして本編で一度も名前が出てきてない彼の紹介をしているかというと、これには彼が梁山泊に入山した経緯が『宋江』というキャラを語る上で色んな意味で欠かせないものであるため。
 というのも朱仝は美髯公の名に恥じぬ義侠の人で、役人時代から晁蓋(梁山泊の二代目首領)、宋江を助けたりしているのだが、死刑になった友人の雷横を逃がしたことで自身も流刑に合う。だが流刑地の知事に気に入られ、四歳になる知事の坊やの子守役を任せられるなど、それなりに良い流刑ライフを送っていた。
 だがそこでやって来るのが朱仝に逃がされ、梁山泊入りした雷横。雷横は朱仝に梁山泊へ入山するよう誘うが、朱仝は『一年もすれば良民に戻れるから』と言って拒否した。一生を棒に振って山賊になるより、一年務めあげて綺麗な身に戻りたいという至極当然の反応であったがこれが悲劇の幕開けとなる。
 詳しい経緯は省くが朱仝をどうしても仲間入りさせたい梁山泊は『宋江の命令で』李逵に朱仝が御守りをしている坊やを殺害。朱仝の逃げ場をなくすことで強引に仲間に引き込んだ。
 誰がどう見たって宋江と李逵の非道っぷりが際立つこのエピソード。好漢達の集まりであるはずの梁山泊が、仲間を引き込む為に幼児殺害という手段をとったことは悪い意味で印象的である。この事で宋江と李逵を嫌う水滸伝読者は多い。
 梁山泊=正義の集団とするのならば滅茶苦茶といってもいい展開のため、その為に日本で水滸伝が描かれる際は必ず改変される話でもある。
 本作でもこのエピソードをそのまま導入すると、賊徒・宋江と水滸伝・宋江が両方とも外道という酷いことになるので、この手のエピソードは全てマイルドに改変されていると脳内修正をお願いしたい。坊や殺しの一件でいえば、坊やを殺したのは李逵の『うっかり』で宋江は関わっていなかったという具合に。


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