Fate/Another Order   作:出張L

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第16節  没羽箭

 立ち並ぶ街頭やコンビニエンスストアですっかり眠る事のなくなった現代とは違い、この時代では夜になれば街全体が寝静まる。それはヴェルサイユ市も例外ではなく、日中は活気に満ちている街中もすっかりと人気がなくなっていた。

 そんなヴェルサイユ市を遠方から観察しているのは、脱出作戦のために兵を率いてきたサー・トリスタンである。

 

「どうだい? ヴェルサイユ市の様子は? ボクの耳には特に妙な物音は聞こえてこないけど、視覚の情報も知っておきたいからね」

 

 この特異点に召喚されてからすっかりトリスタンの相方役に収まってしまったアマデウスが聞く。

 トリスタンは刃のように薄く鋭く開かれた視線をヴェルサイユへ向けながら、

 

「ヴェルサイユ市内に動きはありません。王党派のサーヴァントは私達のことに気付いていないようです。貴方の音楽魔術による偽装が上手くいったのでしょう」

 

 サー・トリスタンは東方の大英雄アーラシュに比肩しうるほどの弓兵である。スキルとして明文化されているわけではないが、その視力は望遠鏡要らずだ。市内の状況を外から掴むことくらい造作もない。

 王党派は実はトリスタン達に気付いていて、罠に掛けるために気付かぬ振りをして物陰に潜んでいるという可能性もないだろう。もしもそんなことをしていたのならば、その不審な動きをアマデウスの耳が聞き逃すはずがないのだから。

 まったく縁も縁もない二人だが、本当に能力的相性は抜群だった。

 

「それじゃ手早く仕掛けるとしようか。戦いなんて専門外な僕だけど、人の注目を浴びることは職業柄得意だ。しっかり陽動をこなすとしよう。……僕達が失敗したら、あのアサシンがまた碌でもない手を使いかねないし」

 

「あのアサシンにも事情があるのですよ」

 

 トリスタンのアサシンを庇う発言にアマデウスは目を丸くした。

 

「意外だね。君のような騎士は、ああいった類の男は嫌いと思っていたけど」

 

「……嘗て私は戦うだけの獣となるために、獅子王の祝福(ギフト)を必要としました。そうでなければ心が耐え切れなかったのです。ですがきっと彼は祝福(そんなもの)がなくても獣となれる鉄の心の持ち主なのでしょう。

 彼が辿った軌跡、選択してきたであろう決断の数々を思えば怒りよりも哀しさを覚えます」

 

 弦を鳴らしながらアサシンの哀愁のメロディーを奏でるトリスタン。

 その演奏を聞いて、アマデウスは彼の相棒役を買って出た自分の判断が正しかったと認識する。アマデウスは男の尻より女の尻のほうが勿論好きだが、音楽家としては良い尻をした音痴女よりも、音楽を知る優男のほうが百倍良い。素材は上等でも、それ以外は最悪なエリザベートは論外の極みだ。あんなのは音楽に対する冒涜である。

 

「義勇兵、貴方達は私が仕掛けたらヴェルサイユ市に攻撃を仕掛けなさい。陽動だからと手を抜く必要はありませんよ。むしろ本気で攻め落とす気でかからなければ敵を騙すことはできません」

 

『はっ!』

 

 トリスタンが命じると威勢の良い返事が返ってくる。

 聖杯をもつルイ16世の『生産』のせいで多くの革命家達が王家に寝返り、革命の灯を消すこととなった。実際ここにいる義勇兵は三百人程度。本拠地に残してきた兵士を含めても五百人が精々だろう。これは王党派どころか竜騎兵隊一つにすら及ばぬ少数だ。

 しかし逆にそれが生半可なものを振り落しをすることとなった。現在義勇革命軍に所属しているのは、全員が革命のためなら己の命や家族だって投げ捨てる生粋の革命戦士である。

 それを伝説の騎士が一人たるサー・トリスタンが徹底的に扱くことにより、五人がかりならシャドウサーヴァントくらいであれば戦える戦闘力を有していた。数こそ少ないが戦力としては十分だろう。

 

「始めますよ――――アマデウス」

 

「はいはい。それじゃ人を惹きつけて止まない壮麗で、だけど荒々しい音を奏でようか」

 

 トリスタンの瞳が捉えているのはヴェルサイユ市内。それも軍の詰め所などの政府施設だ。

 無意味な殺生をするつもりはない。だが少しばかり市民には恐怖を味わわせてしまうことになるだろう。

 

「ああ、世界を救うためには恐怖を振り撒かねばならないとは。世とはどうしてこうも悲しい運命を強いるのでしょう」

 

 沈痛な表情で嘆息しながらも絶技に曇りはなく。弦より放たれた音の魔弾は、一直線にヴェルサイユ市へと飛んでいった。

 

 

 

 デミ・サーヴァントは擬似サーヴァントの類は例外として、霊体であるサーヴァントは生きている人間が必須とする多くのものを必要としない。

 例えば食事だ。魔力さえしっかりと供給できていれば、サーヴァントは食べ物を摂取せずともまったく問題はない。食事をとることで得られる魔力など微々たるものでしかないので、よっぽどマスターがへっぽこでない限りサーヴァントはそれを頼ったりはしないだろう。

 そして最たるもののもう一つが睡眠だ。人間であればどんな体力自慢であろうと、一切睡眠をせずに行動し続けることはできない。一日二日眠らずにいたって人間は死なないだろう。だがずっと眠らずにいれば確実に集中力は擦り減っていき、死の原因にもなる。拷問の一つとして『眠らせない』というものがあるほどに睡眠は生物にとって必要不可欠のものなのだ。

 一方でサーヴァントは生物ではなく死者。魔力さえあるならば疲れることもなく、半永久的に活動し続けることが可能だ。だからヴェルサイユの市民が寝静まっていた時刻の夜襲にも、王党派のサーヴァントは直ぐに対応することができた

 ヴェルサイユ市へ降り注ぐサー・トリスタンの狙撃は、優美な音と破砕音を鳴らしながら軍施設などを破壊していく。円卓の騎士の高潔さ故か、民間の建物や人の命は奪ってこそいないものの市民達は大パニックだった。

 それも当然。トリスタンの音を刃とする矢要らずの絶技を知らぬ者からすれば、心を蕩かす音楽と共に建物が破壊されていくポルターガイスト現象なのである。これでパニックにならないほうがおかしい。市民の中には『メシアでもないのに蘇った王に対する神の裁きだ!』などと呻き散らす者までいる始末だ。いきなり現れた義勇革命軍が大仰に攻め立ててきていることが彼らの混乱を加速させている。

 これのせいでシュヴァリエ・デオンは王の親衛隊をも兼ねる自らの竜騎兵隊の大半を、迎撃ではなく市民の誘導に回す他なかった。

 

「テロリストめ。これまでせせこましい活動ばかりしていた癖に、いきなりこんな大胆なことを仕掛けてくるとはどんな心境の変化があったんだか」

 

「おやおやデオン。市民達のことはもういいのかい?」

 

 文字通り音速で飛んでくるサー・トリスタンの刃を拳で打ち落としながら燕青が言う。

 見えぬ刃を正確に捉えて拳で粉砕する技量は、一つの拳法の創始者たるに相応しいもので、彼のお陰で市内への被害は大分抑えられていた。

 

「信頼の置ける副長に任せてきたよ。サーヴァントである私はサーヴァント。サーヴァントはサーヴァントの相手こそをするべきだろう」

 

 サーベルで音刃を斬りおとしながらデオンが答える。

 デオンとて比較的神秘の薄い時代の英霊でありながら、最優のセイバーのクラスに収まっているわけではない。特に人を守る盾としての力量は、神話由来のサーヴァントに劣らぬものがあった。

 しかしそんなデオンと燕青の二人がかりでも、アマデウスの指揮を受けたトリスタンの狙撃を完全に相殺することは不可能だった。

 

「どうやら奴さんは動くつもりはなさそうだ。まったく弦を引いて音の刃を飛ばすなんざ、東洋の没羽箭は愉快な技を使う。埒があかんし後ろから忍び込んで頭蓋を砕くか? こういうのを元を断たないとにっちもさっちもいかないものだし」

 

 わざとらしく言う燕青を睨みつけるデオン。

 

「馬鹿なことを言うな。今直接攻めてきているテロリストはただの人間ばかりだが、敵にはナポレオンとロベスピエールもいるんだ。逃げたカルデアの面々もテロリストに合流しているかもしれない。

 特にナポレオンだ。奴はきっと闇夜に隠れて、私達がヴェルサイユから離れるのを今か今かと待っているに違いない」

 

 ナポレオン・ボナパルトのナルシストっぷりと派手っぷりは、ここ連日の襲撃のせいでデオンも身にしみて理解している。だからこそ彼がまったくこの戦場に姿を現さないことは、下手すればトリスタンの狙撃以上の恐怖だった。

 

「浪子と白百合の騎士が二人揃って見えぬ敵に足止めとは我が事ながら情けない。それじゃどうする? このまま音刃を打ち落とし続けるのも芸がない」

 

「心配はないさ。市民が襲ってきたら迎撃の決断ができなくても、市民が襲われたら迅速に決断するのがあの御方だ。きっと切り札を出すことを躊躇いはしないはずだよ」

 

「■■■■■■■ーーーーーっ!」

 

「ほらね」

 

 デオンの言葉を裏付けるように、月に吠える狂獣の咆哮がヴェルサイユを震わせた。

 とある事情により『聖杯』を所持するルイ16世以外の指示を聞きにくいオルランドは、月一度を除き地下に待機を命じられている。そのオルランドが常識外の巨大さの大剣を両手に握りながら、サー・トリスタンに突進していった。

 ヴェルサイユ市内に降り注いでいた狙撃が止む。

 幾らアマデウスのサポートを受けたサー・トリスタンであろうと、オルランドを相手に他のことに気を回す余裕はない。

 狂化によって最強を誇った技量は失われているが、不死身の肉体と猛竜を凌ぐパワーは健在だ。トリスタンはサー・ランスロットを相手にする覚悟で、オルランドを迎え撃った。

 サー・トリスタンとオルランドの激戦の波動は離れたヴェルサイユ市にも伝わってくる。

 

「オルランドとトリスタンは互角ってところか。対するこっちは……おおう、流石は陛下の親衛隊も兼ねる竜騎兵隊だ。優勢のようでなにより」

 

「そう褒められたことでもない。一部を避難誘導に振り分けて尚、数においてはこちらが勝る。寧ろテロリストの練度こそが驚きだ。認めたくないが兵士一人の力量では私の竜騎兵隊を上回っている」

 

「どんな地獄にも耐えられるって精神力さえありゃ、鬼教官さえいればあれくらいは仕上げられるさ。呼延灼の連環馬とか凄かったし。にしてもボナパルトやその他諸々はまだ出てこないのか?」

 

「ああ。まったく出てくる気配はない。だが気は抜けないぞ。相手はコルシカの人喰い鬼。こと軍略では私など及びもつかぬ天才。どんな奇想天外な行動に出ても不思議ではない」

 

「……………ナポレオン・ボナパルト、かぁ」

 

 アレクサンドロス大王、ユリウス・カエサル、リチャード獅子心王、カール大帝、チェーザレ・ボルジア、フリードリヒ大王。

 ナポレオンは間違いなくそれらの伝説的君主と同列に語るべき英雄だ。だからどんな手を使ってくるか分からないと警戒するデオンの気持ちは分かるが、燕青にはなにか引っ掛かりを覚えるのだ。

 燕青は梁山泊に集った百八の好漢で最も才気煥発な男である。相撲に拳法の達人で、弩を使えば百発百中。男ながら天女と見間違わんばかりの美貌を備え、音楽や舞などの芸術にも精通し、頭の回転も人の十倍だ。

 武勇では主人である玉麒麟、弓であれば小李広、歌であれば鉄叫子、顔であれば 白面郎君、智略では智多星に及ばないまでも、彼ほどの多方面に秀でている好漢は他にはいないだろう。風流双槍将も顔負けである。

 

「まてよ。ナポレオンの居場所……奴はどこにいる?」

 

 尚且つ山賊の頭領だった経験が燕青に気付かせた。義勇革命軍の本当の狙いを。

 

「デオン。手勢をちょっくら借りてくぞ。野暮用ができた」

 

「なっ! おい燕青、何処へ行く気だ?」

 

「市内だ! こいつ等は俺達の眼を惹きつけるための陽動で、奴等は脱出なんてしてなかったよ! ナポレオン・ボナパルトやカルデアはまだヴェルサイユ市内に潜伏しているはずだ! きっとこの機に乗じて本当に脱出しようって算段だろうさ!」

 

「なんだと!? 根拠はあるのかっ?」

 

「ない! 俺の勘だ! 間違ってたら笑ってくれ!」

 

「お、おい!」

 

 デオンが止める間もなく燕青はヴェルサイユ市へと飛んでいった。

 無理に連れ戻そうか。デオンは浮かんだ考えを即座に却下する。燕青は飄々としてはいるものの、彼の義理堅さと頭の良さは本物だ。ここは彼の判断を信用して、自分は引き続きここを警戒するべきだろう。

 もしも燕青の考えが不正解ならば、後日酒の肴にでもすればいいだけのことだ。

 

「しかしもし本当にナポレオン、ロベスピエール、カルデアが全部潜伏しているとしたら燕青だけでは厳しいな」

 

 仕方ないのでデオンは少しだけお節介をやくことにした。

 

 




 タイトルでまさかの張清登場と思ってしまった方にはすまない……本当にすまない……。
 没羽箭は張清じゃなくてトリスタンのことだったんだ、すまない……。

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