Fate/Another Order   作:出張L

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第13節  揺れる心

 話しに聞くところによるとボナパルトは宝具『|余の辞書に不可能という文字はない《インポッシブル・ネスト・パス・フランセーズ》』によってEX級の皇帝特権スキルを保有しているらしい。

 皇帝特権はあらゆるスキルを本人が主張することで一時的に習得するという、数あるスキルの中でも特に汎用性の高いものだ。それをEXで保持しノーリスクで使用できるとなれば、おおよそあらゆる事は不可能ではなくなるだろう。

 マシュを金髪美少女に見事に変えたのも、皇帝特権で変装スキルを修得した賜物である。

 そして街へ繰り出すにあたりボナパルトは自分自身と藤丸立夏にも変装を施した。

 ボナパルトの方は普通に黒髪の青年で特におかしなところはない。問題なのは、

 

「なんで……なんで……」

 

 怒りで立夏の肩がわなわなと震える。

 

「アーハハハハハハハハハハ! 素晴らしい! 実によく似合っているよ、藤丸くん!」

 

「なんで普通の変装じゃなくて、よりにもよって女装なんだ!!」

 

 鏡に映っているのは、変わり果てた姿となった自分自身だった。

 それなりにガッチリしていた肩幅はきゅっと丸みを帯び、男性的な骨格が絶妙に女性的なそれへと偽装されている。自分で自分のことが女の子にしか見えないことが腹立たしかった。

 

「僕やマドモアゼル・キリエライトなら変装がばれてもどうにか対処できるけど、ただの人間の君がばれたら大変だろう。そのために君の変装には細心の注意を遊び心を心掛けたのさ! 王党派の連中もまさか人類最後のマスターが女装しているとは思わないだろうからね!」

 

「遊び心はいらなかった! 絶対にいらなかった!」

 

「先輩、よくお似合いですよ。時代が時代なせいでカメラがないことが非常に悔やまれます」

 

「全然嬉しくない!」

 

「まぁまぁ。いつかまた女装が必要になる時がくるかもしれないし、予行練習と思っておきなよ」

 

「そんな時はこない!」

 

 特異点を修復するにあたって変装を強いられる時もあるだろう。だが絶対に女装という選択だけは選んでなるものか。

 だから自分がまたこんな屈辱的な姿になることは絶対に有り得ないのである。天地神妙に誓って絶対に。

 脳裏に謎のアラフィフ紳士と探偵の良い笑顔(グッドスマイル)が浮かび上がったが、ただの幻覚だろう。

 

「準備もできたことだし、いざ街へ繰り出すとしようか!! ロベスピエール、メフィストフェレス! 留守番は任せたよ!!」

 

「ああ。コーヒー豆の在庫がないから買ってきておいてくれ」

 

「私もサドの新刊が出てるらしいので買ってきて下さい」

 

「僕はお菓子が欲しいかな。お願いね、お兄さん」

 

「任せておいてくれたまえ!!」

 

「呑気だなぁ革命軍!!」

 

 一応敵陣ど真ん中で潜伏中という極限状態でありながら余裕のある態度。清廉の士と謳われた革命者と、フランスの王太子殿下と、著名な契約悪魔だけあると称えるべきなのだろうか。それとも弛んでいると怒るべきなのだろうか。いやメフィストフェレスは兎も角、ロベスピエールはボナパルトのフリーダムっぷりに悟りの境地に達しただけかもしれない。

 ただルイにお菓子を強請れるだけの心の余裕ができたのは素直に嬉しいことだ。革命軍のアジトに連れてきた時は不安だったが、これならなんとかなるかもしれない。

 ロベスピエールとメフィストフェレスに頼まれたものはしっかりメモをし、青い空の下に出る。

 この隠れ家に潜んでいたのは一日だけだ。だが丸一日も外へ出ないだけで、外の空気は新鮮になるものである。

 

「それじゃお二人とも。最初はどこから回ろうか?」

 

 このナポレオン・ボナパルトはどうしようもないほど馬鹿だが救いようのない愚かものではない。

 自分が変装しているという自覚はあるらしく、濃い笑顔はそのままだがハイテンションっぷりは抑え気味にして言った。

 

「華のヴェルサイユ。正直見て回りたいところは山ほどありますが、先に三人のおつかいを済ませてしまうべきだと思います。先輩はどうでしょうか?」

 

「俺もそれがいいと思うよ。後回しにしてうっかり買いそびれたりしたら悪いしね」

 

「ならムッシュのコーヒー豆と王子様へのお菓子……それから本屋に寄るとしよう」

 

 フランスへはレイシフトして一度来たが、その時とは文字通り時代が違う。自分にもマシュにもヴェルサイユ市内の地理はさっぱりだったので、素直にボナパルトの案内で街を歩く。

 街頭でパンやワインを売る商人、政治の話を熱を入れてかたるオヤジ、新しく買った洋服を友達に自慢している少女、裏に入ったところでは男性を誘惑する娼婦。

 第六特異点の聖地のように正善とし過ぎていることもない。大統王領のアメリカ人のように、考える余裕すらないほど労働している訳ではない。

 当たり前に平和と自由と裕福を甘受している市民の姿がそこにあった。少なくとも特異点らしい〝歪み〟はまったく見受けられない。

 

「ふふっ」

 

 そうやって街並みをじっくり観察していると、ボナパルトがこちらに笑みを向けていることに気付く。

 

「どうしたんだ? なにか俺、面白いことしてた?」

 

「ううん、なにも。面白いことなんてないさ。ここにはどこにもね」

 

 含みのある言いようだがこんなところで問い詰めたって不審がられるだけだ。

 それよりも丁度商店街(パサージュ)へ着いたことだし、お買い物リストを消化してしまうとしよう。

 お菓子にコーヒー豆に本。おかしなものを頼まれているわけではないし、直ぐに済ませられるだろう。

 

「と、思ったんだけどなぁ」

 

「見つかりませんね。サドという方の新刊」

 

 お菓子とコーヒー豆は探すこともなく、ただ商店街を見て回っていたら発見することができた。

 けれど幾ら本屋を巡ってもメフィストフェレス所望の『サドの新刊』を見つけることはできなかった。

 

「もう七件目だよ。どうして何処のお店も売ってないんだ? サドって人の本、そんなに人気ないの?」

 

『マルキ・ド・サド。サディズムの語源となった小説家だね。残虐描写が多くエロティシズムや無神論などの独自の哲学を紡いだ小説は、シュルレアリストには高い評価を受けているとか。ボクは読んだことないけど、ダ・ヴィンチちゃんがやたら真面目な顔で読んでたよ』

 

 普段はおちゃらけているから余り実感できないが、カルデアにいるレオナルド・ダ・ヴィンチは間違いなく天才である。その彼女が熱心に熟読するということは、それだけの価値ある小説なのだろう。

 エロティシズムやサディズムの語源だとかいうフレーズだけでお腹一杯の自分には、余り読みたいとは思えなかったが。

 別に人の性癖についてとやかく言うつもりはない。というか一々そんなことを言っていたら、清姫を始めとしたちょっとアレなサーヴァントが一杯いるカルデアでマスターなんてやっていけない。けれど自分の性癖はノーマルだ。拷問だとかの残虐描写は遠慮したいところだった。

 

『というか他人事のような顔してるけど、歴史だと彼を監獄送りにしたのって貴方でしたよね、ボナパルト陛下』

 

「え? そうなの?」

 

「その通りだよ。僕はあの手の内容の小説は好かないんだ。それを書く神経をもった男もね。まったくあんな小説が蔓延するなんて世も末だよ。まぁ実際この時代は世も末なんだけど」

 

「いや、そんな麻薬みたいに言わないでも……」

 

 後の皇帝にここまで著作を批判されてしまったサド侯爵に少しだけ同情する。

 しかしボナパルトも本の在処を知らないなら手がかりはない。面倒でも虱潰しに探すしかなかった。メフィストフェレスも実に面倒な注文をつけてくれたものである。

 結局買い物リストにあったサドの新刊を見つけるために、丸一日費やすことになってしまった。

 

「なんだか後半は本屋巡りばっかであんまり街中を見て回れなかったね」

 

 買ったばかりの本を片手に溜息を吐き出すが、マシュは「いいえ」と微笑む。

 

「そんなことはありません。寧ろ目当ての本を探すためにあちこち回ったお蔭で、この時代に住んでいる普通の人たちの視線で街を見れた気がします」

 

「あー、それはそうかもね」

 

 もしも直ぐに本が見つかっていれば、自分達は聖堂だとか目立つ場所を重点的に回って、民衆が日常的に過ごす場所には疎かになっていたかもしれない。そういう意味では本探しのために街中を駆けずり回ったことは悪いことではなかったといえる。

 未来の人間としての色眼鏡ではなく、一人の人間としての視点でこの特異点を見極める。その目的を果たすことができただろう。

 

「態々ムッシュ・ロベスピエールの胃にダイレクトアタックしてまで君達を買い物に連れ出した甲斐があったようだね。それじゃ改めて聞こうか、カルデアのマスター達。この国を、どう感じた?」

 

 いつになく真面目なボナパルトの問いかけ。いつもはふざけているのに、偶にこういった顔を覗かせるから彼という人間はずるいものだ。

 しかし真面目に聞かれた以上は真面目に答えなければならない。

 

「普通に幸せそうだった。普通っていうのは平均的っていう意味じゃなくて、なにか特別ってわけじゃない当たり前の日常を享受しているというか……平和そのものだった」

 

 少なくとも不当に虐げられている人間はいなかったし、病的な正善が蔓延っているわけでもない。

 第六特異点のハサン達の村の住人のように、根のような逞しさは余り感じられなかったが、これはそもそも彼等が虐げられていないからだろう。感じとしては自分の故郷である日本に住んでいる一般人の暮らしぶりに近い。

 

「その通りさ。今のフランスは平和そのものだ。民が飢えることも、不当に虐げられることもなく日常を謳歌している。僕達が率いる革命義勇軍が消えれば、本当にフランスには平和が訪れるはずだよ。だがね、この時代においては異常がないということこそ最大の異常なんだよ」

 

「え? それはどういう――――」

 

「ナビゲーターをしている宮廷魔術師くんはもう気付いているんじゃないかな。説明してあげたらどうだい」

 

『…………』

 

 ロマンは言い難そうに黙り込んでいたが、自分とマシュの視線に耐え切れなくなったのかゆっくりと話しだす。

 

『前にも言ったけど、この時代のフランスはとても貧しかったんだ。民衆なんて毎日のパンにすら事欠く有様で、とてもじゃないが国民全員が平和で豊かな暮らしを享受するなんて不可能だったんだよ』

 

「それは王として復帰したルイ16世とマリーさんが善政を敷いた結果では?」

 

「マドモアゼル・キリエライト。善政っていうのはね。敷こうと思って敷けるものじゃないよ。善政を敷こうとしたけど裏目に出て、暗君と呼ばれることとなった君主なんて歴史上に山ほどいる。

 善人が国家元首になれば政治が良くなるなんていうのは愚かな民衆の浅い考えだ。民衆のことを屁とも思わない人間だって、結果的に善政を敷いて名君と呼ばれた人間はいるよ。そもそも政治が改善されたって、いきなり食料物資が湧き上がってくるわけじゃないしね。

 

 政治は良くも悪くも特効薬には成り得ないということだろう。

 ボナパルトの言葉には一理ある。フランス市民の満ち足りた暮らしぶりからもルイ16世が善政をしいているのは確かだろう。だがそれだけでは説明がつかないことがある。

 

「勿体付けないで教えてくれ。ルイ16世はどうやってフランスを救ったんだ?」

 

「聖杯だよ。ルイ16世は聖杯の魔力で食糧物資を『生産』することで、フランスの財政と食糧事情を改善させているんだ」

 

「なっ!?」

 

 食料を生み出す宝具なら俵藤太の『無尽俵』を思い出すが、あれだって――――サーヴァントの宝具という性質もあるかもしれないが――――村の食料を賄うだけで限界だった。フランスという一つの国家の財政・食糧事情を全て補填するなど出鱈目と言う他ない。

 

「聖杯ってそんなことが可能なのか?」

 

『――――問題ないと思うよ。聖杯っていうのは過程を省略して結果を得る魔力源だ。食料や富を吐き出させるなんて簡単なことさ。というか元々聖杯ってそういうものだしね』

 

 拙い知識から引っ張り出すと聖杯は神の子の血を受けた杯だったはずだ。だったらロマンの言う通り『食料生産』は、聖杯の最も正当な活用法なのかもしれない。

 これではっきりした。ルイ16世とマリーは単にこの地に蘇って支配者に返り咲いただけではない。聖杯で食糧を生産することで、このフランス全体を救ったのだ。

 今なら断言できる。ルイとマリーは紛れもなくフランスの救世主(メシア)だ。ではそんな二人を倒して、聖杯を取り上げようとしている自分達は果たして何物だというのか。

 

「迷っているようだね、ルイ16世を倒していいのかどうか。それでいい。いざ戦いになってしまえば悩んでいる余裕なんてなくなるんだ。存分に悩んで悩んで、答えを出すといいさ。

 この特異点はたぶん君達が修復してきた時代と比べれば難易度は低いだろう。なにせ聖杯を持っているのが、王としては特に仁弱ルイ16世だからね。でもその弱さが、君達のような人間には刺さってしまう。心と体で一心同体。心が陥落すれば、体のほうも落ちる。そうならないためにも君達には心の準備をしておいて欲しいからね」

 

 言外にボナパルトは悩みを持ったままなら役立たずだと告げていた。

 否定する材料はない。迷いが渦巻いた自分が戦場に立っても、きっといつものようにサーヴァントに指示を出すことはできないだろう。

 そんな自分の内心を見透かすように、ボナパルトは意地悪く笑った。

 

「ふふふ。悩める少年少女が判断を下しやすいように、もっと単純で身近な問題に置き換えてみようか」

 

「身近な、問題?」

 

 冷や汗が頬を伝う。

 彼の言葉を聞いてはいけないと心臓が早鐘を打って警鐘していた。けれどマスターとしての使命感が耳を塞いではいけないと囁いてもいた。

 そしてボナパルトは言い放つ。グランドオーダーを実行された果てに訪れる絶対的な史実を。

 

「――――人理を修復すればルイ・シャルルは死ぬよ」

 

 


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