Fate/Another Order   作:出張L

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第11節  ルソーの血塗られた手

 メフィストフェレスに連れられてやって来たのは、ボナパルトが語ったという古の王が眠る城――――ではなくヴェルサイユ市内にある家だった。

 完全に街の景観に溶け込んでいる、とてもサーヴァントがアジトにしているとは思えないなんの変哲もない一軒家。

 家の中も外見のイメージ通り『普通』なものだった。適度に掃除され適度に汚れた室内からは、やる気が削ぎれるほどの生活感が漂っている。

 

「あら。お帰りなさい、メフィストさん。そちらはマクシミリアンさんの仰っていたカルデアの方達ね」

 

 極め付きには家の中にいるおばさん(推定年齢47歳)の存在である。

 おばさんからはサーヴァントどころか魔力反応すらなく、明らかにただの一般人だった。

 

「メフィストさん。もしかして家を間違えてはいませんか?」

 

「間違えてませんよ。そもそもですよ~。もし違う家に入っていたなら今頃大騒ぎになるでしょう」

 

「そりゃそうだ」

 

 自分やマシュ、それにルイはまだいい。だが明らかに不審者なメフィストフェレスがいきなり家に入ってくれば即座に通報待ったなしだ。

 こうして柔和な笑みを浮かべて出迎えてくれていることが、ここが本当にアジトである証だった。

 

「彼女はフランスがヴェルサイユ市在住のゴドーさん。気分で革命の徒になった(ワタクシ)説得(せんのう)で、自宅をアジトとして提供することを快諾してくださった同志なのです。あ、ゴトーさん。今晩のシチュー、ニンジン抜きでお願いします」

 

「……なんだか変な単語が聞こえたんだけど。洗脳とか」

 

「洗脳とは失敬な! 脳を洗うなんてグロテスクなこと悪魔はやりませんよ。精々心臓食べるくらいです」

 

「それはそれでどうなんでしょう?」

 

「まぁまぁ。積もる話は私めの『契約者』と会ってすればよいかと。地下室で首を長くしてお待ちですよ……ルソーの血塗れた手がねぇ」

 

 瞳孔を開かせて、メフィストフェレスは恐怖を煽る口調で言った。

 デオンが語っていたことを思い出す。テロリスト――――革命軍には二人のリーダーがいる。

 一人は言わずと知れたナポレオン・ボナパルト。そしてもう一人は、

 

「……きたか」

 

 地下室では一人の男が待っていた。

 サングラスをかけていることと薄暗い地下室なせいで表情は読み取れない。

 革命軍のリーダーという立場にありながら、腰掛けている椅子は木製の簡素なものだった。使っているペンも紙も必要最低限の品質のものばかり。なにもかもが煌びやかで美しいヴェルサイユ宮殿の内装とはまったくの対極である。テーブルに置かれているコーヒーが、唯一の贅沢品といえるものだった。

 この男がマクシミリアン・ロベスピエール。恐怖政治を断行した、人類史上初めてのテロリスト。

 

「よくきてくれた。もう知っていることとは思うけど自己紹介しよう。私はマクシミリアン・ロベスピエール。不本意ながら革命軍の長をしている」

 

 黒衣のサーヴァントのように威圧する気配はない。かといってルイ16世やマリーのような包み込む暖かさもない。冷たいギロチンの刃のような視線は、この男が油断ならない人物であることを教えてくれた。

 緊張を唾と一緒に呑み込むと、立夏も礼儀に倣って挨拶を返す。

 

「俺は藤丸立夏です。……カルデアでマスターをしています」

 

「先輩のサーヴァントのマシュ・キリエライトです。それでその」

 

「…………う」

 

 ロベスピエールの視線がマシュの背に隠れているルイ・シャルルの所でピタリと止まった。

 

「君達カルデアが人理修復のためにここを訪れることは分かっていた。情けないことを本音隠さず言うなら、私達だけでは王政を打倒し人類史を元通りにすることなど出来ないからね。

 だから私達は君達と協力体制を敷くために色々と準備をしてきた。このアジトもその一つ……。けど数々の人類史を救済した未来のマスターは、その肩書きに恥じぬ行動力を持っているらしい。まさか王太子を連れてここへやってくるだなんて夢想だにしなかったぞ」

 

「……ルイくんを、どうするおつもりですか?」

 

 マシュが盾を構え直し、ロベスピエールの前に立つ。

 ロベスピエール達革命軍にとってルイは、敵国王の息子である。もし彼等がルイを害そうとするつもりなら、自分達はそれに抗う用意があった。

 

「盾を降ろせ。私も子供一人を殺す為に、君達と敵対関係になる気はない。ただこうなるに至るまでについては説明して欲しい。共同戦線を張るにしても別々に戦うにしても、情報共有はしておいたほうがいいだろう」

 

「分かりました」

 

 ロベスピエールにルイへの殺意を確認すると、立夏はこのβ特異点にきてからのことを話し始めた。

 ルイとの出会いと記憶喪失。トリスタンやアマデウスとの交戦に、ヴェルサイユ宮殿での戦いまで。

 

「波乱万丈だな。まだこの時代にきてそう日も経っていないのに、よくもそれだけの事件に巻き込まれることができる。ここまでくると一種の才能だ」

 

「騒動を引き寄せる特有の運命力をもっているのでしょう。現代風に言うところの主人公体質というやつですかねぇ。英霊の座に招かれるほどの『英雄』になると、この手の運は結構持ち合わせていますよ」

 

「〝奴〟のようにか?」

 

「正しく! フランス皇帝! 偉大なる征服者! 近代最高の英雄! コルシカの人喰い鬼! この時代において誰か一人主人公たりうる人間をあげろと言われれば、多くの人間が迷いなく彼の名を口にするでしょう!

 ああいう人間を見ていると堕落させた挙句に破滅させたい衝動が悪魔的にムンムン沸いてきますねぇ。まぁ今の彼はサーヴァントなので、興味度ランクダウンですが」

 

 メフィストフェレスのナチュラルに邪悪な言動にも、ロベスピエールは慣れてしまったのか特に叱責は飛ばさなかった。

 それが正解だろう。この手のタイプと付き合うには、スルーが一番効果的だ。

 

「こっちの事情はこんなところです。今度は貴方達のことを教えてくれませんか? ルイ16世が聖杯をもっていることは分かったんですけど、それ以外はまださっぱりで」

 

「……長い話になる。順を追って説明しよう」

 

 そうしてロベスピエールは口を開き、聞き取りやすいようゆっくりと語り出した。

 まず最初にこの時代に起きた異常は、紫色の甲冑を装備した謎の騎士達が出現したことらしい。現れるや否やフランスの市民を無差別虐殺し始めた紫の騎士に、当時のフランス総裁政府は当然ながら対応に出た。

 だが紫の騎士達は一人一人が化物のような猛者ばかりで、フランス革命軍は太刀打ちできず連戦連敗。やがては市民の憎しみは紫の騎士ではなく、なんら打開策を打ち出せない政府へと向いた。

 そこに現れたのが処刑されたはずのルイ16世とマリー・アントワネット。古今無双のサーヴァントを配下にした王と王妃が現れると、たちまちのうちに紫の騎士達は姿を消した。

 この事態に嘗て王と王妃の処刑を笑いながら観賞していたフランス市民は、拍手喝采して復活した王と王妃を歓迎した。市民が革命政府打倒と王政復古を掲げて蜂起したのは、自然な流れだろう。

 こうしてフランスは再び絶対王政に突入し、逆にルイ16世を断頭台に送った多くは捕らえられるか処刑された。

 

「ダントン、デムーラン、サン=ジェスト……私の弟も含め多くの革命家が拘束された。ルイは甘い男だから処刑までいったのは私を含めた一部だけどね」

 

「一部ということは、処刑された人にはなにか特別な理由があったのでしょうか?」

 

「良い着眼点だ。そう、君の言う通り処刑された人間には一つ共通点がある。この時代を生きた人間でありながらサーヴァント化していたというね」

 

 ただの人間のサーヴァント化。英霊が自分自身が生きていた時代に召喚されたことによって起きる自己の上書きだ。

 普通は有り得ないことだが、特異点に限っては稀に発生しうる事象である。第六特異点の呪腕のハサンなどがそうだった。

 

『うん、間違いないよ。ロベスピエール氏からは、確かにサーヴァントの霊基反応がある。クラスはバーサーカー……。理性を失ってないみたいだけど、これは宝具の効果かな』

 

 浮かび上がったロマンの立体映像が、ロベスピエールの発言を裏付ける。ロベスピエールは『狂人になった覚えはないんだが』と頭を抱えていたが。

 バーサーカーは理性をなくす代わりにパワーに特化させたクラスであり、普通はまともに人間の言葉を喋ることも出来ない。実際ヘラクレスやランスロットなどは生前の高潔な人格を失い、荒れ狂う獣と化していた。

 一方で清姫やらナイチンゲールやらスパルタクスやらヴラド三世やら、特殊な理由があって喋れるバーサーカーもいる。

 元々狂っている。

 思考が固定されている。

 狂化のランクが低い。

 聖杯によるバーサーカー化。

 理由は様々だが、ロベスピエールもなんらかの方法で狂化しながら理性を維持しているのだろう。

 

「……ムッシュ・藤丸。余り失礼なことを言いたくはないんだが、彼はえー、頼れるのかい?」

 

『慎重に言葉を選んだ感じが酷いっ! どうして特異点で会う人は僕に対しては辛口なんだ! 藤丸くんは結構良い評価ばっかなのに!』

 

「まぁまぁドクター。俺だってあの黒衣のサーヴァントには酷評されてましたし。あとロベスピエールさん、ドクターはちょっと頼りないところはあるけど信用できる人ですよ」

 

「分かった、信じよう。元々こちらには味方を疑うほどの余力はないからね」

 

 嘆息したロベスピエールには疲労が滲んでいた。かなり厳しい戦いをしてきたのだろう。

 それ以前にサーヴァント化したということは、ロベスピエールは自分が辿る未来についても知ってしまった筈だ。人理が修復されれば、ロベスピエールは史実通り汚名を被せられ断頭台の露と消えることとなる。例え世界を救うためとはいえ、自分が死ぬ運命を確定させるために戦っているロベスピエールの精神的負担は如何程のものか。自分には想像もつかなかった。

 

『……革命軍はそんなに追い詰められているのか。デオンの発言だと結構王党派が押されていたイメージだったけど。ムッシュ・ロベスピエール、良ければ革命軍の戦力について尋ねても?』

 

「相手も打撃を受けたが、こちらはそれ以上の打撃を受けたということだよ。

 革命軍本隊は市外だけど、生き残っているサーヴァントはトリスタンとアマデウスとフードを被ったアサシンの三人だけ。革命軍に参加していたサーヴァントの九割は、王党軍のサーヴァントによって殺された。

 ヴェルサイユ市にいるのは私とメフィストフェレス、ボナパルトの三人だけだよ。といっても別に潜伏作戦というわけじゃなくて、ただ単にヴェルサイユ市から出られないだけなんだけど」

 

「出られないって、どういうことですか?」

 

「結界だよ。ヴェルサイユ市全域には結界が張られているんだ。もう死んだがルイ16世に召喚されたキャスターが作ったものでね。サーヴァントや魔術師が市内から出れば、即座にルイ16世に伝わるようになっている。気付かれずに市内を出入りできるのは、Aランク以上の気配遮断スキルをもつアサシンと、皇帝特権でそれを再現できるボナパルトだけだ」

 

 そんな結界が張られているなんて、自分もマシュも市内に入った時はまったく気付かなかった。

 自分の疑問を察したのか、ロマンが補足説明を入れる。

 

『一流の結界っていうのは、入ったことにすら気付かないものだからね。どれだけ強力な護りだったとしても、存在がバレバレなら結界としては二流だよ。

 封印指定級の結界術師になると、魔術的ものを一切使わずに異界を構築するなんてデータもある。きっとルイ16世の呼び出した魔術師は余程優秀だったんだろうね』

 

「ああ。実に優秀だったよ。死んだ同志の半分は奴に殺されたようなものだからね。アサシンが奴を暗殺しなければ、このアジトだって見つかっていただろう。

 だが王党派だって無能じゃない。あのキャスターほどの索敵能力の持ち主はいないが、いずれここも連中にばれるだろう。その前になんとしても私達はヴェルサイユ市を脱出して、市外の本隊と合流しなければ。そこで改めて君達カルデアに頼みたい。私達と共に戦って欲しい」

 

「…………それは、ルイ16世を殺すためにも?」

 

「法を無視した暴力は私の主義に反する行いだ。王を殺すのは暗殺のような不当な手段じゃなく、正当な裁判をもって行われるべきだろう」

 

 だが、とロベスピエールは続ける。

 

「今のルイ16世は死者だ。死んだ人間が生きているように振る舞って、世界の未来を食い潰そうとしている。それを糾すためであるならば、私は主義を曲げてこの拳を振り下ろそう」

 

 自分の死をも受け入れたロベスピエールの意思は鋼鉄だった。

 彼が革命軍のリーダーの一人なのは、きっと彼がこの時代の人間だからという理由だけではあるまい。

 ふと怯えながら話を聞いているルイと視線が合う。

 

「……少し、考えさせ――――」

 

「アーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 神妙な空気をぶち壊すように、扉が勢いよく開かれる。

 下手糞なギターを弾きながら入ってくるのは赤い舞踏服の男。今なおも信じたくないがナポレオン・ボナパルトだ。

 

「可愛らしい子猫(キティ)と風流な侠者(ジェントルマン)を撒くのに時間がかかってしまったよ! 薔薇の貴公子ナポレオン・ボナパルト、ここにただいまの挨拶を送ろう!! た・だ・い・まぁぁあああああああああああああああ! ハーハハハハハハハハハハ!! ところでなんの話してたんだい?」

 

「うるさい! 空気読め馬鹿!!」

 

 取り敢えずボナパルトの顔面にグーパンチを叩きこむ。

 視界の端ではロベスピエールがグッジョブと親指を立てている。真面目そうな彼のことだから、人一倍これには振り回されてきたのだろう。

 少しだけロベスピエールと分かり合えた気がした。

 




 今回はこれまでの流れの説明回。デオンくんちゃんの説明だと某魔術師殺しさん無双で王党派側がやられまくったイメージですが、実際には革命軍側の受けた被害の方が多かったりします。
 そして設定通りロマンは相変わらずサーヴァントからの評価が辛口です。まぁα特異点で小便ひっかけようとしたどっかの誰かと比べればロベスピエールは一兆倍紳士的でしょう。
 そういえばプロトセイバーが実装されたことで、遂に蒼銀のフラグメンツは七騎全員揃いました。ブリュンヒルデもってないので、七騎揃えられないのが残念です。
 体験クエでは露骨に新しいビーストフラグを残していきましたが、1.5部や2部では出番があるのでしょうか。しかもprototypeが正式に「異世界」と明言されたり結構重要な設定が色々と……。一つの謎が解決したら逆に謎が増えるのが型月クオリティーです。
 あとフランス編11話を記念しまして、最初のステータス公開。一番手はフランス編のナビゲーター役のボナパルト…………ではなくこの人。なおネタバレ防止のため一部パラメーターが伏せられています。








【元ネタ】史実
【CLASS】バーサーカー
【マスター】なし
【真名】マクシミリアン・ロベスピエール
【性別】男
【身長・体重】179cm・60kg
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力B 耐久C 敏捷C 魔力B 幸運C 宝具B

【クラス別スキル】

狂化:B
 本来であれば理性を代償に全パラメーターを1ランクアップさせるスキルだが、
 宝具の効果によって理性を保っている。

【固有スキル】

無辜の怪物:A
 ルソーの血塗られた手、人類初のテロリスト。
 生前の行いから生まれたイメージによって、過去や在り方をねじ曲げられた怪物の名。
 能力・姿が変貌してしまう。
 ちなみに、この装備(スキル)は外せない。

革命者:A+++
 王権など旧体制を否定し、新たな形を生み出すもの。
 自分より古い時代の存在に対して特攻性能を発揮する。
 最後まで革命の理想を持ち続けたロベスピエールは、これを高ランクで保有する。

カリスマ:E
 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において自軍の能力を向上させる。
 統率力こそ上がるものの、兵の士気は極度に減少する。

【宝具】

最高存在(ラ・フェット・ドゥ・)の祭典(エートル・シュプレーム)
ランク:C
種別:対心宝具
レンジ:2~50
最大捕捉:100人
 ロベスピエールが行った理性崇拝の具現化。
 精神干渉の一切を無効化し、如何なる状況に置かれようと理性を保つことを可能にする。
 基本的には自身のみに作用する常時発動型宝具だが、真名解放することで他者にも効果を与えることが可能。
 ロベスピエールが〝狂化〟によって理性を失っていないのはこの宝具のためである。
 基督教の信徒に特攻を得る効果もある。

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