Fate/Another Order   作:出張L

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※新宿のサーヴァントのネタバレが含まれます。


第7節  忠義故に

 ルイ16世は根っこから善良で良い人だった。

 これまでの特異点での聖杯の持ち主たちは殆どが世界を滅ぼそうと動いていたが、彼は貧困に喘いでいた民草を救うために聖杯を使ったのだろう。あの活気に溢れた街並みがその証だ。

 対してトリスタンやアマデウスの組しているテロリスト集団は、フランス王家に対する破壊活動を繰り返している。人倫にのっとれば彼等は悪と言えるだろう。だが、

 

「くそっ! こんなことって……っ!」

 

 道徳的正義と社会的正義は必ずしも一致するものではない。ここに正義と悪は逆転する。

 なにも世界を滅ぼすことだけが人類史の焼却に繋がるわけではない。

 人類史において欠かせないのは『フランス革命』が起こって、その革命の『精神』が世界へと伝わることだ。それには革命の原動力ともなった民草の貧困と、夥しいほどの流血が必要不可欠である。

 だからもしもフランス革命の途中で死んだ筈の王と王妃が蘇り国を救ってしまえば、その後の人類史が成り立たなくなってしまうのだ。

 

『藤丸くん。気持ちは分かる……なんて知った風なことは言いはしないよ。だけど僕はカルデアの責任者として君に命令しよう。

 この特異点の敵は目の前にいるルイ16世だ。彼の持つ聖杯を回収すれば、特異点は修復される。だから彼を、倒して欲しい』

 

「……っ」

 

 この特異点はキャメロットとは違う。特異点の基点にもなっている聖杯を回収しさえすれば、全ては元通りになるだろう。

 だったらカルデアのマスターとして自分がとるべき選択肢は一つだ。一つしかなかった。

 

「罪悪感など抱く必要はないよ」

 

 自分の心の迷いを振り払う言葉をかけたのは、意外なことに敵であるはずのルイ16世だった。

 

「え?」

 

「余は王としてではない個人的感情のために、自己と国の安寧のみを願い、人類史を犠牲にしている。つまるところ紛れもない悪だ。打ち倒すことに遠慮などする必要はない。そんな価値は私にはないよ」

 

「貴方だけに罪を背負わせるつもりはないわ。王妃としての役目を放棄しているのは私も同じ。一緒に背負うわ、そして一緒に戦うわ」

 

「陛下と王妃を守護するのは騎士たる我が務め。どうか御下がりを」

 

 マリーとデオンの二人が、ルイを守るように立ち塞がる。彼女達にはこちらへの悪意はなかったが、くるならこいという敵意はあった。

 それが説得して聖杯を渡してもらうなんてことが不可能であることを否応なく告げている。

 

「……悪いね。どうにも私は、戦いというものが上手く出来なくて。二人には無理をかけるよ。さあ、きなさい。カルデアのマスター。倒すべき悪はここにいる」

 

「先輩。敵サーヴァント、ルイ16世。戦闘態勢に入りました。指示を!」

 

 マスターとしての視認能力で判別できたルイ16世のステータスはそう高いものではない。筋力、敏捷、耐久は軒並み最低ランクだ。きっと戦闘力は低レベルで、味方のフォローに特化した能力を持つのだろう。基本的にマスターが一人につきサーヴァント一騎の聖杯戦争であれば、優勝どころか三日も生き残ることはできまい。

 しかしサーヴァント同士の連携が可能な特異点での戦いであれば話は別である。個人戦では噛み合わないサポート能力も、集団戦であればこれ以上ないほどに輝く。そしてこの場にはルイ16世以外に二騎のサーヴァントがいた。

 

「……ああ、分かってるよ」

 

 マシュが必死で前を向いているのに、マスターである自分がヘタレているわけにはいかない。

 迷いを吐き出すように、肺から空気を追い出す。

 やるべきことを見定めろ。やれないことを見極めろ。なすべきことを導き出せ。それがマスターの務めだ。

 

(相手はルイ16世、マリー・アントワネット、シュヴァリエ・デオンの三人。こっちはマシュ一人だけ。マシュの強さは信頼しているけど、三対一じゃいくらなんでも分が悪い。

 しかも門番をしていたあの黒いサーヴァントや、宮殿の外で待機してるオルランドまで援軍にこられたら流石に勝ち目はゼロだ)

 

 十二勇士最強のオルランドは言うまでもなく、真名不明の黒いサーヴァントも明らかに強者の気配を滲みだしていた。

 単騎にして圧倒的実力を誇る怪物を、両方同時に相手取るなんて不可能である。仮にやれるとしたら第六特異点の獅子王やオジマンディアスくらいだろう。

 なんとしても援軍が駆け付ける前にルイ16世を倒さねばならない。だとすれば採るべき手は一つだけ。

 

「マシュ。マリーとデオンの二人はいい、ルイ16世を狙うんだ」

 

 目尻に涙を浮かべながら感謝の言葉を伝えたルイ16世がフラッシュバックした。まだ出会ったばかりだが、彼のことを思い出すと決めたはずの覚悟が鈍りそうになる。

 しかし残念ながら状況は迷う時間も考える時間も許してはくれない。やるしかないのだ。

 

「いきなり王を狙うだなんて無粋なのね。ええ、それを卑怯などと言いはしないわ。だって本当に卑怯なのは、聖杯なんてものに頼って運命を捻じ曲げている私達だもの。

 だけど私だって死にゆく夫を二度も止められないのは嫌よ。今回は『夫より長生きしない』って決めているのだもの。使い古された言葉だけど、夫を倒したいのなら私を倒してからになさい!」

 

「……では、王妃様を倒す前には、私を倒してからにしてもらおうか。死にゆく運命をどうにもしなかったのは私も同じ。私の命ある限り、王家の白百合には指一本とて触れさせはしない」

 

 マリーとデオン。サーヴァントとはその多くが攻勢に秀でた者であるが、二人は守勢に秀でたサーヴァントだ。

 特にデオンの麗しの風貌は、戦場においては自らへ攻撃を集中させる魅惑の華となる。この二人が守りに入られたならば、そう簡単にルイ16世へ攻撃を届かせることは出来ない。

 それを突破して速攻を仕掛けるには、こちらも切り札を使わねばならないだろう。

 

「人類最後のマスターが令呪をもって命ず。マシュ、ルイ16世へ攻撃を届かせろ」

 

「――――命令、受諾しました。これより速攻作戦を実行します。背中はお任せしました」

 

「ああ」

 

 全身の魔術回路から魔術礼装へありったけの魔力を送る。

 三種類のマスタースキルを全装填。これでいつ如何なる時でも瞬時にスキルを発動することができる。

 

「平平凡凡な面構えかと思いきや、採る策は大胆不敵! 良いセンスしてるじゃねぇか! なぁ、おいカルデアのマスター! ま、ちっとばかし意識を正面に傾けすぎたな」

 

「え?」

 

 壁より死の予兆を纏いながら落下してくる黒影。

 それが反射的に気配遮断によって隠れ潜んでいたアサシンだと気付けたのは、これまでの戦いの経験の賜物か。

 落下の勢いをのせて放たれた拳打が向かう先は、人体の急所たる後頭部。容赦ない必殺の套路は、まともに喰らえば一撃で脳を内外から破滅させるだろう。

 余りにもルイ16世に気を取られ過ぎたのが仇となった。果たして凶拳はマシュの後頭部を正確に射抜いた。

 

「……っ! うぅ……」

 

「マシュ!」

 

 殴り飛ばされたマシュに駆け寄る。

 幸い致命傷には届いていないが、喰らった場所が悪かった。脳を振動させられ、マシュの視点は傍からも分かるほどに彷徨っている。

 

「ほほう。あれを受けて生きているとはねぇ。完全に殺った感触だったんだが。シールダーとしての防御力……いいや、違うなぁ。察するに俺の拳が入りきる前に、マスターが回避のスキルを付与したか。

 俺はそっちのマスターに足元を掬われ、デミ・サーヴァントは命を救われたわけだ。良い主人をもったなぁ。これは皮肉じゃない。心からの賞賛だ」

 

 パチパチと拍手をするのは、見事な刺青を体に彫り込んだ侠者だった。

 小柄ではあるものの鍛え抜かれた肉体は刃のようで、肌は絹のように美しい。それでありながら自分達に叩き付けてくる殺意は、猛虎すら凌駕するものだった。

 

「……そんな……もう一人、サーヴァントがいたなんて……」

 

「気付かなかったろう? なにせそこの王様にも黙って潜んでいたからな! 敵を騙すにはまず味方からってね」

 

 侠者のアサシンが言っていることは真実だろう。他ならぬルイ16世やマリーが驚きを露わにしているのがその証明である。

 これが他の者ならば演技を可能性の一つとして考えるところだが、明らかにあの二人はそういった嘘は苦手なタイプだ。

 

「さーて。残念ながら一撃必殺とはいかなかったから、ぼちぼち最後の仕上げに取り掛かるとしようか。サクッと息の根止めて仕事完遂ってね」

 

「せん、ぱいっ! 逃げ……」

 

「マシュ! 無茶しちゃ駄目だ!」

 

 朦朧とする意識でマシュは無理に立ち上がろうとし、よろめいて倒れそうになった。腕を掴んで支えようとするが、盾の重さのせいで危うく自分も一緒に倒れかかったところを、気合いで踏みとどまる。

 どうにかマシュを支えることができてほっと一息――――なんて、つける訳がない。侠者のアサシンはもう拳が届く距離にまで接近していた。

 

「そう、そこのマスターの言う通り。無茶する必要はない。人間の足で逃げ切れるほど俺はノロマじゃないし、その様じゃお前自身も戦えないだろう。

 要するに足掻いても無駄というわけさ。お前もデミとはいえサーヴァントなら、最期くらい潔く死ぬことをお勧めするよ。君個人が無様を晒そうと俺はどうでもいいが、君に宿った英霊まで巻き添えを喰らうのは心苦しい」

 

 悔しくてそれは違うと大声で反論したかった。それが出来ないのは、自分の冷静な部分がアサシンの言葉が正しいと認めていたからだろう。

 マシュは後頭部に一撃を喰らって碌に動くことができず、自分には他の味方サーヴァントなどいない。もはやこうなれば自分に出来ることなど、己の身を盾にしてマシュを守るくらいだ。

 

「主人が従者を守るとは奇怪なことをするな、魔術師。それとも……くくっ、そういう関係なのか? いいねぇ。そういう男気は嫌いじゃない、大好きだ! 敬意として先に殺してやろう!」

 

 侠客のアサシンが拳を振り上げる。

 反射的に目を瞑りそうになったが、背中でマシュが震えていることに気付いて、逆に目を見開いてアサシンを睨みつけた。

 もしも自分がここで死ぬのだとしても、最後の最期まで目を背けず前を向くのが、これまで頑張ってきた彼女(マシュ)のマスターである自分の務めだろう。

 アサシンの殺人拳が振り下ろされたのは自分の脳天。

 心臓ではなく頭を狙ったのは、苦しまずに殺すというアサシンなりの慈悲なのかもしれない。

 マシュに嫌な光景を見せたくないので、どうせなら殺すなら苦しませないことよりも、綺麗に殺すほうに慈悲を注いで欲しかった。拳が振り下ろされる前に注文をつけておけば良かったと少しだけ後悔する。

 

「待ちなさい、燕青」

 

 己の真名を告げる声に、侠者のアサシンが頭蓋寸前でピタリと拳を止める。

 

「待て? なにを待てと? 俺の拙い脳で思案する限りにおいて、ここで待つべきことなど何一つ存在しないと思うが」

 

「なにも、殺さなくてもいいだろう。彼等に罪はないんだ。寧ろ罪があるのは余の方なんだ。殺すことはない……殺してはいけない。捕まえて軟禁しておくだけでいい」

 

 例え聖杯の持ち主で特異点の元凶となろうとも、やはりルイ16世は根っからの優しい人だった。

 彼からすれば赤の他人でしかない自分達が死にそうになることを本気で心配して、動揺した挙句に汗までダラダラと流している。

 一筋の光明がみえた。マリーやデオンは言うに及ばず、この燕青というアサシンもルイ16世の配下なのだろう。だとしたら主君の命令には従うはずだ。

 生きてさえいれば、まだ道は開けるだろう。

 

「陛下の命令だ。手を引け燕青。二人を牢へ連れて行くぞ。無論、良からぬ企てをしないよう別々にな」

 

 そう言いながらデオンもサーベルをしまう。だが燕青は命令を受けても一向に殺気を引っ込めようとはしなかった。

 

「……おい燕青?」

 

「確かに従者は主に従うべきだ。だがね、主が火山に突っ込もうとするのを止めない従者はいないのさ。……止められなかったがね。

 だからこれは俺が人生で得た数少ない教訓だ。もしも主が火山に突っ込んでいくなら、今度は主をぶっ殺してでも止める。そうすれば主に無様を晒させることはないだろう」

 

「何をする気だ、やめろ燕青!」

 

「カルデアのマスターもそのデミ・サーヴァントも実に優秀だ。優秀な敵っていうのは味方にするのが最善。だがそれが無理なら綺麗さっぱり始末しておくのが次善だろう。ましてや捕虜として生かしておくなんて、考え得る限り最も愚劣な決断だ。

 というわけで王様。悪いがその命令は聞けないねぇ。〝天巧星〟燕青、利によってその命は無視させて頂く。命令違反の罪を問うならどうぞ事が終わった後で。どうせ一度死んだ命、惜しくなどない。ギロチンだろうとなんだろうと好きにするがいいさ」

 

 ルイ16世やデオンの制止も、燕青は完全に無視する。

 裏切りではない、反攻でもない。不忠故の命令無視ではなく、忠義を尽くすからの命令無視。自分の命すら賭した覚悟は、もはや令呪でもなければ止まりはしないだろう。

 そして最悪なことにルイ16世は燕青の召喚者ではあっても、マスターとしての令呪は持っていなかった。

 この場にいる誰にも彼を止めることは出来ない。

 

「アーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! いきなり主演男優と女優を纏めて退場させようなんて、それはこの華麗なる舞台劇への挑戦とみたよ!!」

 

 だからこそ燕青を止めたのはこの場にいなかった第三者だった。

 ヴェルサイユ宮殿に吹きすさぶ薔薇吹雪。スポットライトを浴びながらギターでどこぞの残念アイドルの歌声に並ぶ不協和音を奏でるのは、赤い舞踏服を纏った変人。

 

「トゥ! 待たせたね、皆! フランスの英雄! アウステリッツにて咲き誇る薔薇の大輪。ナポレオン・ボナパルト、ここに推参!!」

 

 空中で五回転半もの捻りを加えながら、自称ナポレオンは颯爽と舞い降りた。

 その口に赤い薔薇を加え、気障を通り越してコミカルなキメ顔のままに。

 


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