Fate/Another Order   作:出張L

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第3節  再会の音色

 革命においてルイ16世が断頭台の露と消えたのは、世界的に有名な出来事である。

 政治体制が移り変わる際に旧体制の指導者が殺されるのは珍しいことではない。もしもルイ16世が救いようのない暴君の類であれば、ある種の歴史的必然として流されたことだろう。

 けれどルイ16世は王として欠点もあったが、人として素晴らしい人格者だった。生まれる時代が違えば名君として記録されていても不思議ではないほどに。

 だからこそこそルイ16世の処刑は『悲劇』として現代でも語られているのだ。

 しかし彼とブルボン家の悲劇は、それだけでは終わらなかった。

 ルイ16世の死より九か月後には妻であるマリー・アントワネットが処刑。王太子ルイ・シャルルは監禁虐待の末に病死。唯一革命を生き延びた長女のマリー・テレーズは自らが受けた仕打ちから、フランスそのものを激しく憎悪するようになったという。

 怯えながら自分の名前を口にしたルイの醸す、高貴でありながら幸薄そうな雰囲気。ルイ・シャルル――――ルイ17世の末路を思えば、成程と納得するものだった。

 ただまだ彼が本当にルイ17世だと決まった訳ではない。ルイというのはフランスでは有り触れた名前の一つだ。同名なだけの別人であることも考えられる。

 

「ルイくんって呼んでいいかな? ……うん、ありがとう。それじゃルイくん、質問したいんだけどさ。もしかして君のお父さんとお母さんってこの国の王様だったりする?」

 

「パパとママ……?」

 

 どうも様子がおかしい。自分がしたのは変な質問ではなかったはずだ。

 Yesなら頷けばいいしNoなら首を横に振ればいい。こちらを警戒してYesということを隠そうとしているのであるのでも、Noと首を横に振れば済むことである。

 なのにルイは頭を抱えながら、落とし物を探すように慌てふためいていた。

 

「だ、大丈夫ですか!? もしかして聞いてはいけないことを聞いてしまいましたか?」

 

「……分からない」

 

「え?」

 

「分からないんだ……自分の名前以外…………なにも。ねえお姉さん、お兄さん。俺はなんで兵隊達に襲われていたの? 俺のパパとママは、誰なの? 全部……分からないんだ……」

 

 涙を滲ませながらルイが言う。

 

「ドクター、もしかしてこれって」

 

『ああ、記憶障害の一種。いわゆる〝記憶喪失〟だね』

 

「わっ! だ、誰なのこのいかにも頼りなさそうで臆病そうなおじさん!? 透けてるけど幽霊!?」

 

『お、おじっ!』

 

 おじさん呼ばわりされたロマンが、ガーンという擬音が聞こえてきそうなほどショックを受けていた。

 ぶつぶつと『僕はまだおじさんじゃなくてお兄さんだよ……いやでも子供には30歳はもうおじさんなのかなぁ』と呟いているロマンには哀愁を誘われるが、残念ながら今は彼に慰めの言葉をかけている場合ではない。

 

「安心して下さい、ルイくん。これは立体映像通信、簡単に説明すると魔法のかかったお手紙のようなものです。印象通りドクターは虫も殺せないほどチキ……優しい方なので、恐がる必要は皆無です」

 

『変な単語が聞こえたような気がするけど、そこは気にしないでおくよ。あとルイくん、ボクのことは出来ればお兄さんと』

 

「そんなことよりドクター。そこからルイくんの治療のようなことは出来ないんですか?」

 

 最近忘れがちだが『ドクター』の呼び名に違わず、ロマンは医者だ。しかも若くしてカルデアの医療部門のトップを務めるほどの実力者である。

 専門は聞いたことがないが、地味に優秀なロマンなら記憶喪失の治療だって不可能ではないはずだ。

 

『うーん。ボクも医者として患者を診たいのは山々だけど、ここからじゃメディカルチェックはできても治療は難しいな。彼がサーヴァントなら藤丸くんと契約して貰ってからカルデアにきてもらうことも出来たかもだけど、彼はこの時代に生きているただの人間だし。一応念のため聞くけど、近くにナイチンゲールみたいな治療系サーヴァントはいたりするかい?』

 

「残念ながら」

 

『だよね。こんなことならレオナルドにもレイシフトしてもらうべきだったか』

 

 あらゆる分野において才能を発揮したレオナルド・ダ・ヴィンチは、医術に関してもまた天才的だ。記憶喪失の診察と治療も鼻歌を歌いながらやってのけただろう。

 

『あ。メディカルチェックの結果が出たよ。どうやら肉体的魔術的に外傷はないようだし、病気らしいものもない健康体だ。となると心因性の健忘症だろうね』

 

 心因性となると強いストレスやトラウマが原因ということか。十数人の兵隊に追われてきたことと何か関係があるのかもしれない。

 だがこうなると自分達にはお手上げだ。自分もマシュも医療知識なんて持ち合わせていないのだから。

 

「これから向かうヴェルサイユなら医者もいるはずです。そこで診て貰うのはどうでしょう?」

 

「それしかないかな。もしくはナイチンゲールや、第四特異点のメディアのような治癒系サーヴァントを見つけるかだけど、都合よくこの時代に召喚されてる保証はないし」

 

『……っ! 待ってくれ、二人とも! 敵性反応がそっちに近付いてきている! しかも……なんてことだ! サーヴァントが二騎いる!』

 

「!」

 

 タイミングを考えればあの兵隊達を率いていたサーヴァントとみていいだろう。

 まだ誰ともはぐれサーヴァントと巡り合っておらず、味方サーヴァントはマシュ一人だけだがやるしかない。

 

「マシュ、戦闘準備だ」

 

「はい、ルイくんは先輩と後ろに下がっていてください。絶対に指一本触れさせませんから」

 

「う、うん……」

 

 ルイが震えながら自分の背中に隠れる。

 蹄が地面を蹴る音が段々と近づいてくる。サーヴァントは二騎だけだそうだが、率いている兵隊はかなりの数だ。きっと百はいるだろう。

 

「ドクター。敵サーヴァントのクラスは分かりますか?」

 

『測定によるとアーチャーとキャスターだ。それもこの霊基はカルデアにログが残ってるぞ!』

 

「それって……」

 

 両方ともこれまでに特異点で邂逅したサーヴァントということだ。

 アーチャーとキャスターの組み合わせと聞いて直ぐに思い当たるサーヴァントはいない。

 

『ま、不味いぞ! 気を付けてくれ藤丸君! サーヴァントの一人は、』

 

「おや。王太子を探していたのですが、歓迎せざる者が――――いいえ、歓迎すべき者達が一緒でしたか」

 

 ロマンが霊基名を言うよりも早く、そのサーヴァントが姿を現す。

 肩まで届くほどある赤髪は日の光を反射してルビーのように輝き、細い目から覗く瞳は鷹よりも鋭い。外套を羽織る出で立ちは、伝説の騎士像そのままだ。

 忘れるはずがない。第六特異点において獅子王より『反転』の祝福(ギフト)を与えられた、円卓の騎士が一人。

 

「サー・トリスタン、この特異点にも召喚されていたのですか!」

 

「お久しぶりですね、我が同朋の継承者たる少女よ。それに人類最後のマスター。再びこのような形でお会いすることになって哀しい限りです」

 

 トリスタン。円卓一の弓使いにして妖弦使い。かのアーラシュに並ぶほどの弓術を誇る英雄だ。

 第六特異点で彼の所業がフラッシュバックして自然と拳に力がこもる。

 

「トリスタン、お前がこの子を拉致しようとしている兵隊たちのリーダーなのか?」

 

「正解は半分だけです。確かに私達はここにいる彼等は、貴方達に気絶させられた兵を率いる者です。しかしあくまで私は騎士であり将、今生においても誰かに仕える者でしかありません」

 

「まさかまた獅子王が……?」

 

 円卓の騎士が忠誠を誓う者といえば、アーサー王以外には思いつかない。

 だがトリスタンは首を横に振って否定する。

 

「いいえ、この特異点において我らが王は召喚されておりませんよ。私も彼も祝福(ギフト)にも契約にも縛られていない一介のサーヴァントに過ぎません」

 

「彼……?」

 

「ボクのことさ。やぁ、二人とも。同じ国の違う時代で再会することになるなんて、妙な『運命』を感じるね。といっても『運命』は僕じゃなくてルートヴィヒのやつの作品なんだけどさ」

 

「なっ!?」

 

 その顔を見た時、自分の全身を駆け巡ったのは電流だった。

 

「酷いじゃないか、トリスタン。僕を置いて先に行っちゃうなんて」

 

「申し訳ありません。貴方の馬が余りにも遅かったので」

 

「ははははははは。それは仕方ない。だって僕は君のような騎士じゃなければ、マリアのようなライダーでもない。音楽家に肉体労働求められても困るよ。これはたぶん僕以外の芸術系サーヴァント全ての総意じゃないかな? ユリウス・カエサルのような掛け持ちは例外だけどさ」

 

 陽気に自虐する姿は、オルレアンで出会った頃とまるで変わっていない。

 人類史において最も著名な音楽家の一人、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトだ。

 トリスタンにも驚いたが、アマデウスが敵として現れたことは驚き以上に信じられない。

 

「アマデウスさん! どうして貴方がこんなことをしようとしているのですか!? 貴方が拉致しようとしているこの子は」

 

「マリアの息子だろう。攫う相手の名前を知らない誘拐犯がいるはずないじゃないか。もちろん知っているとも。僕がマリアの敵側であることもね」

 

「そんな……信じられません」

 

 アマデウスという男は確かに人間の屑であったし、口を開けば下ネタが流れ出すセクハラ男だった。同時にマリー・アントワネットという一人の少女を、心から愛していたはずである。

 だからこそ彼がマリー・アントワネットの敵側に組してる事は受け入れがたいリアルだった。

 

「まぁ同じように召喚されたのがあの処刑人やデオンならマリアの側についただろうね。だけど同じ女性を愛する者同士の僕らだけど、一つだけ彼等と僕じゃ決定的に違うところがあるんだ。

 

「違い?」

 

「分からないかい? 三人の中で僕だけが、マリアより先に死んでいるんだ(・・・・・・・・・・・・・)

 

 処刑人であるサンソンは言うまでもなく、デオンもマリーより二十年近く長生きした。

 それは人類史にもしっかり残っている歴史的事実である。

 

「それは、そんなに重要なのか?」

 

「重要さ。だって先に死んだっていうことは、マリアを失う悲しみを味わわなかったということだからね。少なくとも生前には。

 だから僕は彼等よりちょっとだけ冷静になれる。そうでなければ僕は理屈なくマリアの下に馳せ参じていただろうね。きっと他の煩わしい何もかもを置き去りにできたはずだ」

 

 アマデウスの口振りはまるで冷静であれる己を呪っているように聞こえた。

 どうして彼がマリーの敵側に組したのかは分からないが、少なくともオルレアンのサンソンのように狂化させられているわけではないだろう。

 

「長話はここまでにしようか。僕らとしても余り時間をかけるわけにはいかないからね」

 

「人類最後のマスター、藤丸立夏。そしてサー・キリエライト。貴方達には前回の特異点での負い目もある。なるべくなら傷つけたくはありません。

 そこでどうでしょう? 貴方の背にいる少年、ルイ・シャルル殿下をこちらに引き渡して頂きたい。そうすれば互いを傷つけあう悲しい戦いを避けることができます」

 

「そんなことが出来るわけ――――」

 

「優しい貴方達のことです。殿下の命を心配されているのでしょう。ですがご安心を。我々は殿下に危害を加えるつもりは一切ありません。王族に相応しい遇し方をすると約束しましょう。

 元々フランス王とのある取引が終われば直ぐに解放する予定でしたし、交渉が失敗しても私の判断で機会を見計らって解放します。我々の仲間である『彼』は許さないでしょうが、そこは私の騎士としての誇りにかけて独断行動させて頂きます」

 

「………」

 

「と言っても前回の『反転』した私の所業を知る貴方達には、私との口約束など到底信じられるものではないでしょう。ならばこの約定を我が王、アーサー・ペンドラゴンの名に誓いましょう。これでも信用には値しませんか?」

 

「アーサー王に?」

 

 前回の特異点において獅子王の『祝福』により反転したサー・トリスタンは、慈悲深い騎士から敵を殺すための獣と化していた。そんな全てが『反転』したトリスタンが唯一不変に保ち続けたものが、アーサー王に対する忠誠心だった。

 円卓の騎士が、アーサー王の名に誓う。

 例えアーサー王と敵対する運命を辿った『裏切りの騎士(サー・ランスロット)』や『叛逆の騎士(サー・モードレッド)』であろうとも、それは絶対遵守の誓約として成立するのだ。

 王の名前まで出した以上、トリスタンは己の命に代えても約束を遵守するだろう。つまりルイの命の安全は保障されたといっていい。

 

「お兄さん、お姉さん」

 

 それを察したのか定かではないが、隠れるのを止めたルイが言う。

 

「俺のことは、いいよ。あの糸目の人も殺さないって言ってるし、それにこれ以上お兄さんとお姉さんに迷惑をかけるわけにもいかないからさ。

 王太子とかはまだよく思い出せないけど、ありがとうね。守ろうとしてくれて。本当に嬉しかったよ」

 

 気丈に微笑みながら、トリスタンの所へ行こうとするルイ。

 

「待つんだ」

 

 そんなルイの肩を掴んで引き留める。

 もう迷いはない。いや、元より迷う必要なんてありはしなかった。

 

「お兄さん?」

 

「言っただろう。俺達は君に酷いことをしないって。だから酷い事もさせないさ。マシュ!」

 

「はい! サー・トリスタン、アマデウスさん! 貴方達の目的は分かりませんが、子供を人質にとるやり方には賛同できません!」

 

「ふ、ふふふふふ。ははははははははははは!」

 

 交渉が決裂したにも拘らずトリスタンは喜び笑った。

 

「悲しいが、それでこそです。ギャラハッドの魂を継承した者とそのマスターであれば、相手の力に怯え竦み幼子を引き渡すなどあってはならない! 同じ円卓の騎士として貴方達を誇りに感じることをお許し下さい。

 だが私も騎士として与えられた命はこなさねばならない。悲しいことですが、お覚悟を」

 

 特異点にきて早々のサーヴァント戦。しかも相手の一人は円卓の騎士で、おまけに二対一だ。

 形勢は明らかにこちらの不利だが、降参という選択肢がない以上は戦うしかない。

 

「いくぞ! 戦闘開始だ!」

 

 そしてβ特異点における第一戦が幕を開けた。

 


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