Fate/Another Order   作:出張L

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第6節  沛公劉邦

 秦軍との戦いが終わると、そのままの流れで劉邦軍の大将――――つまり劉邦本人に面会することになった。

 定礎復元のために現地協力者が喉から手が出るほど欲しい自分達にとって、それは正に渡りに船。ローマのネロやオケアノスでのドレイクのように、劉邦が協力者になってくれればこれほど頼もしいものはないだろう。

 

「ここだ」

 

 樊噲の案内で劉邦が待つ幕舎に着く。秦軍と刃を交えていたディルムッドとマシュは勿論、崖上から二人に指示を出していた自分も、戦場が混沌としていた影響で劉邦の姿を見ることは叶わなかった。だからこれが劉邦とのファーストコンタクトである。

 今はまだ懐王の楚に仕える一介の将といえど、後には至尊の位に昇る人物。どうしても緊張してしまうが、そこは気合いでカバーだ。

 

「義兄上。我が軍に助力してくれた三名を連れて参りました」

 

「おう、通せ」

 

 幕舎から返ってきたのは一軍の将というより、山賊の親分のような粗暴さの交じった声だった。

 マスターである自分がここで躊躇している訳にはいかない。ゴクリと生唾を呑み込むみ幕舎を潜る。

 

「成程。曹参の言ってた通りだな。この国じゃ全然見ない異国の恰好だ」

 

 幕舎の中央にいるのは彫りが深く、美しい眉と口髭を生やした龍を思わせる顔立ちの男だった。身長はディルムッドとそう変わらないので180㎝あたりだろうか。合戦の直ぐ後ということもあり鎧を装備した出で立ちは、正しく秦に立ち向かう英雄そのものである。

 そして劉邦の周りには先の戦いでも姿を見た曹参や、劉邦軍団の中核を成す諸将が集まっていた。彼等も劉邦には劣るが、底知れぬ威厳を持っているように見える。

 

「にしてもそっちの嬢ちゃんはめんこい上に生脚が中々いい。お前さん達の国では女子(おなご)は皆そういう風に着飾っているのか?」

 

「い、いえ。これはデミ・サーヴァントとなった際に気付けばこういう服装になっていたといいますか。元の時代――――カルデアでは制服着用が基本です」

 

 垣間見えた英雄らしさはどこへやら。エロ爺そのものの視線をマシュの脚へ送った劉邦に、樊噲がわざとらしく咳払いする。

 

「おっと、すまねぇ。じゃあ一つ自己紹介でもしようか。俺は劉邦、楚の懐王様の将をやっている。後ろにいるこいつは蕭何。こっちが親友の盧綰で、奥にいるのが審食其だ」

 

「えと、俺は――――」

 

 自己紹介されたなら、こちらも自己紹介するのが礼儀というものだ。こちらも自分、マシュ、ディルムッドの順で名前を言ってから、その所属であるカルデアの事を話す。

 この時代にあると思わしき『聖杯』のこと。そして人類史焼却という未曽有の人災についても、こちらが知っていること全て。

 劉邦軍の面々もこの世界に異常が起きていることは知っているらしく『聖杯』について聞いても特に驚かなかったが、流石に人類史が焼き払われたという話にはどよめいていた。

 

「人類史が焼却ねぇ。驚くべきなんだろうが、話が大き過ぎてしっくりこねぇなぁ。この中華も訳の分からねえ事になってるが、なんだかんだで俺達は普通に生きてるし。本当に人類史が燃え尽きたりするのか?」

 

「信じられないのも当然だと思います。けど間違いないことです。私達がレイシフトした他の時代も一歩間違えれば崩壊してもおかしくない特異点ばかりでした。いえ何もせず放置していればきっとそうなっていたでしょう」

 

「この時代も放っておけばそうなる、って言いたげな表情だな」

 

「……はい。その通りです」

 

 マシュの説明に劉邦は顎を指で撫でながら考え込む仕草をする。人類史焼却などという突拍子のない話にどうリアクションすればいいのか悩んでいるようだった。

 

「ふー、平時なら良い子面した異民族の嬢ちゃんが胡散臭ぇこと言ってるってだけで済ませたんだがな」

 

「信じるのですか、沛公? 私には正直まったく現実的ではない妄言にしか聞こえないのですが。気の触れた狂人でもまだまともな事を言いますよ」

 

 居並ぶ甲冑を着た武官達の中にあって、数少ない文官風の恰好をした男。蕭何がそう進言した。

 マシュの説明を『妄言』と切り捨てる冷たさに一瞬ムッとくるが、自分達がこの時代の人間にとってどれほど突拍子のない話をしているかという自覚はある。直ぐに沸いた怒りを抑え込んだ。

 

「仕方ねえべ。現実的じゃねえ事が現実的に俺達に――――いや、この大陸に起きてるんだからな。思考回路も非現実的にいこうや」

 

「そう、ですね。それに未来と過去がどうであろうと、現在が無事なら私はいつも通りに仕事をするだけです」

 

 後の皇帝と宰相は、まだ一介の将と文官に過ぎぬ頃からも優れた情報認識力をもっていた。劉邦の柔軟な認識力に、蕭何は合理的に理屈をつけて納得する。

 蕭何が一度反対し、納得したことで他の諸将達の間にも『人類史焼却』という事実を受け入れる雰囲気のようなものが出来上がりつつあった。案外蕭何はこのためにわざと強い口調で反対意見を出したのかもしれない。

 

「それでいい。人類史どうたらなんざ俺達に調べようもねえし、それにあいつも似たようなこと言ってたろう? というわけだお前等。疑っても話進まねえから取り敢えずこの話は本当の事って仮定すんぞ」

 

 これで話の第一段階はクリアした。ここは少し踏み込んで、思いっきってこちらから質問するべきだろう。

 暴露すれば劉邦には聞きたいことが山ほどあるのだ。

 

「あの不躾ですまないんですけど、俺達にこの時代に起きている異常について教えてくれませんか? 俺達もこの時代へは来たばかりで良く分からなくて」

 

「異常、かぁ。そうさな、審食其」

 

「はい」

 

 劉邦が商人風の男に話を投げると、審食其と呼ばれた男は人の良さそうな顔で進み出た。

 

「説明とか俺より上手いだろう。お前から説明してやれ」

 

「分かりました。では御三名、この中華の大地の地理が著しく変容していることはご存知ですか?」

 

 頷く。ロマンの観測によって、その事だけははっきりと分かっていた。

 

「ならばその事については深くは説明致しません。が、その変容によって我々は彭城におわす懐王様や、趙救援に向かった宋義上将軍と項羽将軍とも連絡がつかなくなってしまっております。幸いこの変容が発生したのが軍団の拠点である碭にいたお蔭で、住む場所も食料もなくなるという最悪の事態だけは防げましたがね。

 そして御三方が最も気にしておられるであろう傀儡兵で構成された秦軍の事ですが――――残念ながらあれについては我々もはっきりとした事は掴めていません」

 

 宋義という男はよく知らないが、項羽といえばこの時代――――それどころか中国史上において最強の豪傑だ。味方になってくれれば非常に頼もしい存在になっただけに、連絡がとれないというのは残念である。

 

「そうですか……」

 

「しかし碭に流れてきた噂に一つ興味深いものがありました。曰く、秦の首都〝感陽〟において始皇帝が復活し、暗愚な二世皇帝と奸臣・趙高を粛清したと」

 

「っ!!」

 

 これまで各特異点で聖杯の所有者であった者達の顔が、電撃のようにフラッシュバックする。倫敦におけるマキリ・ゾォルケンは例外として、それ以外は全員が人類史に燦然と名を轟かす英雄ばかりだった。

 始皇帝。この世に初めて『皇帝』という概念を齎し、数々の偉業を成し遂げた星の開拓者。この中国史の始まりたる人物。そんな男が蘇って『聖杯』を手に入れていたとしたら、確実に世界は途轍もないことになるだろう。

 

「もしその噂が真実ならあの傀儡兵は天下に名高い兵馬俑ってやつだな。だがあいつ等に関しちゃもう一つ分かってることがあるべ。だろう?」

 

「はい。秦軍は手配書をばら撒いてまである男の事を探しています。生きて捕えた者は謀叛人や奴隷だろうと大臣として取り立てるという破格の報酬つきで。秦が狙う男の名は公孫勝。なんでも〝入雲竜〟という二つ名を持つ道士だそうで……」

 

「蘇ったってのが本当なら、また不老不死の探究でもやるのかねえ。死にたくねえって気持ちは分からんでも……いや、超物凄い滅茶分かるが、不老不死みてえな胡散臭ェもんはピンとこねえんだよなぁ。公孫勝ってやつも全然聞いたことねえ名前だし」

 

『――――〝入雲竜〟公孫勝。梁山泊に集った百八魔星の中で〝天間星〟の生まれ変わりである道士。序列第四位の好漢だね。その法術は竜を呼び、天雲すら操ってみせるという』

 

 唐突に響いた通信機越しの声に、幕舎にいる全員が十人十色の反応をする。

 

「あ?」

 

「この声は、」

 

「ドクター!」

 

 空間に浮かび上がるのは、随分と懐かしく感じられるロマンの姿だった。

 どうもかなり忙しく作業した後らしく、その頬には汗が滲んでいる。

 

『大丈夫かい、二人とも。いやぁ苦労したけど、どうにか通信を回復させることが出来たよ。ところで〝公孫勝〟なんて凄い名前が出たから反射的に答えちゃったけど、これはどういう状況だい?』

 

 劉邦軍団の諸将の困惑した視線の中、マシュと一緒にこれまでの流れを説明する。それと平行して劉邦軍団にロマンの事を紹介した。

 オカルトが強い影響力をもったこの時代である。ロマンの事を怪しげな悪霊などと勘違いされたら洒落にならない。

 

「ふーん。ドクターってのはちっと分からねえが、要するに学者様だろう。しかもなんか儒者っぽい臭いするべ」

 

 ロマンの紹介を聞き終えた劉邦は厭らしく嗤うと、何故か服をモゾモゾとして下半身を露出しようとした。

 完全に意味不明な展開に反応できなかったが、劉邦軍団の面々は違った。劉邦の親友である盧綰を始めとした人間が一斉に止めに入る。

 

「い、いかん!」

 

「やめろ劉邦! まだ年頃の女の子もいるんだぞ! お前の一物なんか見たら毒だ!」

 

「離せーーーーっ! 俺は儒者が大嫌いなんだよォーーーーッ! 儒者がいたらその冠に小便してやらねえとなぁ~~~~~! それがこの劉邦の流儀よッ! 文句あんのかコラァ!」

 

「文句だらけだよ! そこの三人と、なんか出てきた学者っぽい人も下がって! この人はやると言ったらやる人だ!」

 

 事態についていけないが取り敢えず劉邦の親友。盧綰の言う通り下がっておく。相手が見目麗しい美少女なら兎も角、中年のオッサンの小便なんて金を貰っても見たくない。

 

「…………主よ。これが我等英雄の中でも一層の輝きをもつ大英雄の一人というのが、どうにも信じられない……信じたくないのですが……」

 

「い、家康とかも戦争が恐くて脱糞したっていう逸話があるから」

 

「でも先輩。あの話は最近の研究だと捏造らしいですよ。それに本当だとしても、恐さでその……漏らしてしまうのと、沛公の下品さは全然意味合いが違うと思います」

 

「だよね」

 

『まぁまぁ、三人とも。彼のアレキサンダー大王だって長所と同じくらい短所が多かったんだ。沛公にもちゃんと長所があるから天下をとれたんだから、根気よく付き合っていってくれ。特異点修正に彼の助力は不可欠だしね』

 

 先の戦いでも劉邦軍は傀儡兵相手でも指揮官の力量で上手く戦っていたし、ロマンの言う通り劉邦は決して下品なだけの人物ではないのだろう。というより下品なだけの中年が天下を取ったなんて人類の一人として哀し過ぎるので、能力とか長所があってくれないと困る。

 

「はははははは。相変わらず軍中は騒がしい。また沛公様の悪い癖が出られましたか?」

 

 微妙なテンションで劉邦を眺めていると、そんな悪い空気を切り伏せるように爽やかな笑い声が響いてきた。

 

「ん、おう。戻ったか」

 

 入ってきたのは黒いロングコートにブーツという明らかな洋装の人物。劉邦はその人物を知っているらしく、軽い口調で言った。

 だが自分達はそれどころではない。なにせ聖杯戦争において時代錯誤な服装をしているということは、即ち。

 

「貴方って……その服装」

 

『ああ、間違いないよ。この人からサーヴァントの反応がする』

 

「サーヴァントを知っていて尚且つこの軍中にいるという事は同類は同類でも同志かね。これは僥倖、事態が事態なのに仲間になれるサーヴァントが一人も見つけられず困っていたところだ」

 

 菩薩のように染み入る笑顔を浮かべると、黒いロングコートを纏った男性は手を出し握手を求める。

 どうやら良い人のようだ。日本刀を腰に差しているので日本出身の英霊だと思うが、きっと笑顔をよく浮かべる心優しい人として有名な聖人系サーヴァントに違いない。

 

「私は土方、土方歳三だ。今はこの軍団の客将として世話になっている。沛公やディルムッド殿と比べれば碌な人物ではないが、私に出来る事であれば協力しよう」

 

 思わず吹き出す。菩薩と思った人は、よりにもよって鬼の副長だった。

 




「懐王」
 劉邦の現在の主君である楚王。
 楚が滅亡してからは羊飼いとして過ごしていたが、范増の進言を容れた項梁によって旗頭として擁立される。
 項梁を始めとした諸将(当然劉邦含め)にとって、楚の復興という大義名分を得るための傀儡君主に過ぎないのだが、本人は傀儡でいることに耐え切れなかったらしく、項梁死後は自分の実権拡大のために色々動いたりする。そして殆どが大失敗に終わる。更にその死後は項羽を倒すための劉邦の大義名分として利用されることになる。
 傀儡を嫌った懐王だったが、秦末に生まれた英雄達にとって、懐王は最初から最期まで大義の為の傀儡でしかなかった。

「懐王之約」
 楚の懐王が命じた先に関中に入った者をその土地の王にするという約束。別名、関中王争奪レース。
 劉邦が先に関中に入ったことから楚漢戦争の因縁は出来上がっていく訳なのだが、ぶっちゃけ条件的には劉邦が勝つ為の出来レースっていうレベルで劉邦超有利&項羽超不利なので、もはやレースとしての体をなしていない。
 もしかしたら劉邦を関王にする事で自分の影響力を増して、項羽の影響力を削がせるという懐王の策だったのかもしれない。或は項羽が虐☆殺しまくってることに頭を悩ませた懐王が、項羽に任せるのは不味いと判断して、劉邦に行かせたかのどちらかだろう。

「宋義」
 楚の将軍。旧楚国では代々令尹を勤めた名家だったが、項梁によって復興した西楚では高位ではなかった。
 そんな彼の運命が変わったのが項梁の戦死。彼は項梁が戦死する前、彼の驕りを諌めたが聞き入れられなかった。彼は項梁の敗北を悟り、斉への使者へ赴く際に出逢った斉の使者に『項梁は死ぬから遅れて行くように』と忠告する。
 このことが懐王の耳に入ると、彼は懐王に召し出されその信頼を得る。そして項羽、呂臣、陳嬰、英布、劉邦などを差し置いて懐王に抜擢され項梁の次の上将軍に就任し、全軍を統率することになった。
 しかし趙の救援に向かう途中で46日間も逗留するなど様々な理由があって遂に項羽がプッツン。息子共々仲良く殺害され項羽に取って代われた。なおこの項羽の行動に誰も異を唱えなかったあたり、宋義を上将軍と認めていたのは懐王だけだったのだろう。

「水滸伝」
 三国志演義、西遊記』、金瓶梅に並ぶ中国四大奇書の一つ。
 百八の魔星の生まれ変わりである好漢達が、宿命の地・梁山泊に集い、そして滅ぶまでを描いている。
 日本でも非常に有名であり、彼の里見八犬伝にも大きな影響を与えたとかなんとか。と、説明するまでもなく有名なことを説明する意義があるのかと思い始めたところで説明を閉じさせて頂く。







「後書き」
 史実通りの下品さを炸裂させた劉邦ですが、当初のプロットでは劉邦はチ○コ丸出しの状態で女に足を洗わせながらぐだ男達と面会する予定だったので、これでも結構マシになってます。

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