Fate/Another Order   作:出張L

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第56節  秦の始皇帝

 総身がささくれ立つ。握りしめた拳が小刻みに震え、心臓は十倍に膨れ上がった様に五月蠅く鳴っていた。

 オケアノスでヘラクレスと逃走劇を繰り広げた事はあったが、こうして自分が前へ出て直接戦うのはグランドオーダー開始から初めての事である。

 後方でサーヴァント皆の命を預かって指示を出すのもプレッシャーだが、こうして前線に立つのはまた違ったプレッシャーだった。

 

(マシュはいつもこんな緊張感の中で、敵と戦ってきたんだな)

 

 情けない事に恐怖感は嘗てないほどあったが、マシュの事を思えばそれを上回るほどの勇気が湧いてくる。

 特異点Fからずっと自分はマシュに守られてきた。だから今度は自分がマシュを守る番である。

 

「マスター、これを」

 

 ディルムッドが渡してきたのは破魔の魔槍――――ゲイ・ジャルグ。

 

「サーヴァントである始皇帝を討つとなれば相応の武器が必要でしょう」

 

「ありがとう。……ついでに出来ればコツとか教えて欲しい。槍なんてまったく扱ったことがないから」

 

「そうですね。ただ心臓目掛けて突き刺すことだけを御考えください」

 

「それだけ?」

 

「〝突き〟こそ槍の基本にして奥義です」

 

 ランサーであるディルムッドが断言するのだ。素人である自分は素直に従おう。

 ディルムッドから槍を受け取ると、黒い瘴気の渦を見据える。こちらの敵意を感じてか、瘴気から生える黒い触手がざわめき始めた。

 思考回路のない触手は周囲のものを手当たり次第攻撃するだけのものだが、攻撃を受ければ迎撃する程度の機能はある。始皇帝に向かって走っていけば、確実に触手は自分を狙い出すだろう。

 

「先輩の背中は必ず護ります」

 

 だが自分には頼りになるパートナーがいる。

 デミ・サーヴァントであるマシュはあの黒い瘴気に触れることは出来ないが、その盾による援護があるなら心配はない。

 最後に深呼吸して、頬をパンと叩き気合いを注入。そして、

 

「――――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 自らを奮起させるため雄叫びをあげながら突貫する。

 瞬間。黒い触手達は外敵の存在を察知して、攻撃のターゲットを自分に集中させてきた。

 残り3m。

 眼前に聳える死の絶壁。足を止めねば激突するのは必至。しかしここは敢えて突き進む。

 足を止めたところで自分には触手を迎撃する技量なんてないし、時間的に戻ってやり直している余裕もない。

 それに自分には命を任せられる仲間達がいる。

 

「せいっ!!」

 

 黒い触手が自分を捉える寸前、ディルムッドが投げた黄槍は流星のように飛来してこれを粉砕した。

 礼は言わない。言っている余裕なんてないし、ディルムッドには口にせずとも感謝の念は伝わっている筈だ。

 残り2m。

 黄槍によって一度薙ぎ払われた触手だったが、直ぐに新しいものが生え出してくる。

 ディルムッドの黄槍(ゲイ・ボウ)によるダメージは再生不可能だが、これは再生ではなく増殖。元あるものへの回帰ではなく、元あるものへの付け足しだ。よって黄槍の呪詛は通じない。

 フィオナ騎士団が一番槍ディルムッド・オディナは槍兵として隙のない能力を持っているが、逆説的には槍兵の分を超えた力を持っていないということでもある。ゲイ・ジャルグを貸し、ゲイ・ボウを投擲した今、ディルムッドはもはや触手に対して一切の攻撃手段を持たない。

 そのことを知ってか数十以上の触手がディルムッドにはまるで構わず、自分に殺到してきた。

 

「どぉりゃぁぁあ!!」

 

 それを迎撃したのは背後からの龍炎だった。

 魔力を吸収するという『黒い触手』の性質がここで仇となる。龍炎に込められた魔力を本能的に『吸収』してしまったことで、触手は内部から焼き払われていった。

 

「へへっ……正真正銘の最後っ屁だべ……これでもう、俺は鼻くそほじる力も残ってねえ…………漢の高祖をここまで連れまわしたんだ……やれよ、やって世界を救っちまえ! マスター!」

 

 劉邦。結局この特異点を通しても彼のことはよく分からなかった。マシュやディルムッドと比べると『仲間』と言えるかも怪しいものである。

 だがそんな彼もこうして力を貸してくれた。それがたまらなく嬉しくて、知らず口元には笑みが広がっていく。

 残り1m。

 最後の難関。黒い瘴気の渦より直接生える竜頭にも似た八つの首。

 本能だけだった触手とは格が違う、即席といえど本能と理性を有した最後の砦である。つまるところここを陥落せしめれば、もはや自分を邪魔する者はなくなるということだ。

 なんだ……ということは……勝ったじゃないか。

 

「擬似展開/人理の壁(ロード・カルデアス)!」

 

「マシュ!」

 

「センパイ! ご武運を!」

 

「大丈夫だよ。必ず戻ってくる」

 

 マシュの盾が偽装展開され自分を襲う一切の不浄を反射する。

 続くのは光の道。終点にて待つは瘴気の渦。

 残り0m。

 そして俺は全ての元凶の前に立った。

 確定した己の死を否定した始皇帝が、聖杯によって作り出してしまった具現化した心の壁。

 きっとこの瘴気の中は『触手』のような見た目のトラップとは比べものにならない精神的罠が幾つも仕掛けられているのだろう。

 自分はそれらを超えて、始皇帝の眼前に立たなければならない。

 その上で――――全てを終わらすのだ。

 覚悟はとうにしている。体を丸めると思いっきり瘴気の塊へ飛び込んだ。

 

『朕は……私は……俺は……』

 

『死ねん! 死んでたまるものか!』

 

『後継者になど期待できぬ! 家臣共は使えぬし、我が血を継いだ息子であろうと役に立たん!』

 

『俺だけだ……私は私のみを信じる。私だけが私の望みを裏切らずに叶えることが出来る唯一の私なのだ!』

 

 黒い触手は始皇帝の強烈過ぎる生存本能に聖杯が応じて形造られたもの。瘴気の渦とは剥き出しになった始皇帝の心そのものである。

 だからその中に突入した自分には、始皇帝の心の叫びが五月蠅いくらいに伝わってきた。

 

『生きる、生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる死なない死なない死なない死なない死なない死なない死なない死なない死なない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない』

 

 視界は完全に閉ざされた。一寸先には闇だけが広がっている。

 それでも手探りで一歩一歩進んでいく。この暗闇で導となるのは音だ。これが始皇帝の心の叫びだというのならば、その発生源には必ず心の持ち主がいる。

 進む度に大きくなっていく絶叫。

 大丈夫。声が大きくなるということは、自分が始皇帝に近付けているという証拠。

 心の最深部まではあと少しだ。

 

『全てが憎らしい』

 

『全てが恨めしい』

 

『全てが許せない』

 

 閉じた目蓋の裏側に映り込んだのは、始皇帝の幼少時代。趙国において人質であった当時の記憶だろう。

 そこは地獄だった。老若男女の区別なく、全ての人間が始皇帝に負の感情を向けている。本来であれば無条件で味方であるはずの母親ですら例外なく。

 

――――始皇帝(カレ)は憎悪を子守歌に育てられた。

 

 人格者と称えられる男性も、賢母と称えられる女性も。彼を目にした途端、その眼光には憎しみが宿った。

 この世全てに憎まれながら育った少年は、当然のようにこの世全てを憎む皇帝となった。始皇帝の生誕である。

 英雄王ギルガメッシュには唯一無二の朋友(エルキドゥ)がいた。

 太陽王オジマンディアスには好敵手(モーセ)最愛の妻(ネフェルタリ)がいた。

 だが始皇帝には誰一人としていなかった。

 もしたった一人でも彼に寄り添える人間がいたのならば、彼は暴君になどなりはしなかったかもしれないというのに。

 そしてこの世全てを憎む皇帝は決断する。

 

『下らん。この世全てが総じて下らぬわ。無辜の民などと笑わせる。暴君とは朕ではなく、己を律することすら儘ならぬ貴様等愚民共の別名であろうよ』

 

『貴様等が無能だから、あのような不合理不条理が公然と罷り通る世となるのだ。故に』

 

『天上天下悉く朕に統べられるべし』

 

『三皇五帝すら凌駕する唯一無二にして永遠至高たる始皇帝にしか成しえぬ』

 

『それこそが最善と知れ』

 

「…………――――――――」

 

 心の最深部まで潜り、漸く全ての大本へ辿り着く。

 確信した。始皇帝は決定的に『矛盾』している。

 この世全てを憎んでいながら、どうして始皇帝は世界を滅ぼすのではなく治めようとしているのか。

 本当に始皇帝が一切の矛盾なく世界を憎悪しているのであれば、合理的に考えて滅ぼそうとするのが自然のはずだ。

 世界の統一だとか人理の修復だとか、そんな労力を注ぐ必要性などありはしない。

 例え方法が独善極まるものだったとしても、人を治めるというのは人を救うことだ。

 だからきっと始皇帝は、

 

「お前は……きっと、世界を憎悪(あい)していたんだ……」

 

 彼に向けられた感情は憎悪ばかりだったけれど、彼以外へ向けられる優しさや慈しみに憧れ、尊いものと思ったから。それが例外なく与えられる世界を夢に見た。

 誰からも愛を教えられなかった男が、歪んでいても誰かを愛する事を覚えた奇跡。

 きっとあの高潔な英雄(カルナ)はこの小さな奇跡に気付いて、だからこそ命懸けで仕えていたのだろう。残念ながら彼の真心は、凍てついた始皇帝の心には届かなかったけれど。

 だから彼の分まで自分が始皇帝の心にきついやつを一発お見舞いしよう。

 目の前まで近づいた始皇帝にしっかりと槍の矛先を向ける。

 そして槍を握りしめる感触を確かめながら、ゆっくりと心臓に穂先を押し込んでいった。

 

「――――勝ったのは俺達だ、始皇帝」

 

「……………その、ようだな……にわかには信じられんが……認められんが……カルデアは朕よりも優れていたらしい……」

 

 核たる心臓の泥を破壊したことで、始皇帝の瞳に理性の灯火が戻ってきた。

 法家の権化、合理主義の始皇帝は過程ではなく結果のみをもって推し量る。つまり始皇帝にとっての敗北とは、自分の正しさの敗北でもあるのだ。

 そんな始皇帝相手だからこそ使える言葉(せっとく)がある。

 

「そうだ。だから――――約束してくれ」

 

「な、にを……?」

 

「もしもカルデアがお前の事を召喚することが出来たなら、今度は仲間として一緒に戦ってほしい」

 

「…………………」

 

 自分は凡人だ。孤高孤独に生きてきた始皇帝の凍て付いた心を溶かすようなセリフは吐けない。けれど仲間として一緒に戦えば、きっと多少なりとも届くものはあるだろう。

 それに身も蓋もない話をすると惜しいのだ。聖杯を手に入れながらも、魔術王の意向に決して揺らがず、その打倒を目指した強靭な精神力。なによりも本人ですら無自覚の世界への愛。きっと始皇帝はグランドオーダーを成し遂げるにあたって頼もしい力になってくれるだろう。

 

「下らんな……滅ぼした相手を家臣として従えるならまだしも…………〝仲間〟だとはな……だが」

 

 始皇帝の肉体が粒子となって薄れてゆく。

 霊核を破壊され、泥も払われたことで、始皇帝を現世に留めていた因果は全て失われたのだ。

 

「勝ったのは貴様だ……好きにしろ」

 

 最後に憎々しげに言うと、皇帝という概念を齎した始まりの男は消えていった。

 残ったのは1189年の特異点で始皇帝が回収した聖杯。無尽蔵の魔力にも僅かな陰りが見える。どうも始皇帝はよっぽど聖杯を荒っぽく使っていたらしい。

 

「そいつが聖杯か。項羽の言ってたチンギス・ハンも含めりゃ、天下の皇帝が三人も杯一つに随分と踊らされたもんだべ。まぁ、けどそれも終わりみてえだな」

 

 地響きが起こる。聖杯の暴走による崩壊のそれではなく、歪んだ歴史が元に戻る修復の揺れだ。

 二つの聖杯が拮抗することによって滅茶苦茶に繋ぎ合わされた混沌隔離大陸が、元の中国大陸へと戻っていく。それに合わせてこの特異点に呼ばれたサーヴァント達もまた役目を終え、消え始めていた。

 

「――――どうやら始皇帝は負けたようだな」

 

 薄まっていく自分の掌を眺め、テセウスは自分の主君が敗れた事実を悟る。

 社会的正義と道徳的正義が必ずしも一致しないと達観したテセウスは、聖杯戦争に召喚された場合はサーヴァントの立場として、どんな者がマスターであろうと従順に従うを良しとする。

 しかしテセウスにとって始皇帝は、サーヴァントの立場を超えて仕える理由のある主人だった。

 

「世界統一、絶対善の世界。届かぬ夢物語にも手が届くやもと思ったが…………やはりそう上手くは回らんなぁ、世界というやつは」

 

「待たぬかい貴様ァ。俺との決着はついておらぬぞ! 勝手に死ぬことなど許さんわ! 死ぬなら俺に殺されて死ねィ!」

 

「……無茶言うなよ。俺は始皇帝に呼ばれたサーヴァント。その始皇帝が逝っちまったなら留まる訳にもいかんだろう。

 まぁあれだよ。俺も背負ってるもの的にここでの敗北は認められんが、素の俺ならお前にゃ絶対勝ち目がないって断言するからそれで満足しておいてくれ。じゃあな。正直もう二度とお前さんとは戦いたくないから、絶対に同じ場所に召喚されるんじゃないぞー」

 

 役目がなくなったのであれば後は消えるのみ。テセウスは哀愁を漂わせながら笑みを浮かべ、英霊の座へと還っていった。

 百万の軍勢を一喝で慄かせる項羽といえど消えた相手を殺すことは出来ない。

 眼前の敵が消えたことで落ち着きを取り戻した項羽は、深く溜息をつく。

 

「結局またも劉邦の奴に美味いところを掠め取られてしまったのう。始皇の命だけは俺の手で奪いたかったが……是非もなしか。この地を守られただけで良しとすべきか」

 

 生前も主力を散々に打ち破り実質的な引導を渡しておきながら、秦を降伏させるという最後の大仕事だけは劉邦に持って行かれてしまった。

 因果は回るということだろう。もし『運命』に人格なんてものがあるとしたら、それはきっと最悪の下種に違いない。

 運命をなぞるがままというのも尺なので、ここらで一つ劉邦を殺しに行くのも一興であるが、

 

「過度な殺しはせぬとカルデアの者達と約束したしのう。見逃してやるわ」

 

 カルデアと交わした約束を破ることなく、誇り高い覇王は還っていった。

 項羽の消滅は樊噲により陣中へ運ばれていた公孫勝にも察することができた。公孫勝は〝魔術王〟の気配が完全に消えているのを確認してから、秘奥義を解除する。

 

「どうやら万事上手くいったようだな。やれやれ私の仕事はチンギス・ハンから聖杯を取り戻すまでだったのだが――――長く残業したものよな。これは手当を弾んでもらわねば」

 

「何を言っているんだお前は?」

 

「この時代の人間には意味が分からぬか。いや樊将軍も実に御苦労。我々と違いただの人間の身でありながら、英霊と比しても劣らぬ武勇。しかと拝見させてもらったよ。

 将軍とはこのような場ではなく、泰平の世で気の向くままに酒でも酌み交わしたかったな」

 

「……公孫勝?」

 

「おっと、そろそろ逝かねば。水の(ほとり)で兄弟達が待っている。良い土産話もできたことだしな」

 

 百八の魔星において第四位に名を連ねた好漢、公孫勝は朗らかに笑って元きた場所へ還っていく。樊噲は消えた公孫勝を見送ると、静かに悪戯好きな道士に黙礼した。

 土方歳三、公孫勝、アーラシュ、荊軻。

 宋江、カルナ、テセウス。

 この中華の地に招かれし英霊達が在るべき場所へと還っていく。

 そして彼等も、

 

「マスター。貴方には感謝せねばなりません」

 

「感謝って……お礼を言うのはこっちだよ。この特異点でディルムッドには助けられっぱなしで」

 

 勘違いから項羽と戦闘になった時、最初に自分達を助けてくれたのがディルムッドだった。

 彼が最初に仲間になってくれていなければ、きっとこうして人理修復を成し遂げることは出来なかっただろう。

 

「いいえ。俺は生前グラニアとの恋を優先し、結果として主であったフィンを裏切る事となりました。二兎を追う者は一兎をも得ず。愛と忠節は両立できぬもの。愛を選べば忠義は選べない。俺は生前の決断に悔いはありませんでしたが――――もしも二度目の生があるのならば、今度は主君への忠義を全うしたかった。

 不忠者の俺には分不相応な望みという自覚はありましたが、貴方が俺の願いを成就させてくれたのです」

 

「ディルムッド……」

 

「故に感謝を。もしもカルデアで我が身が召喚される栄誉あらば、その時は再びこの双槍を御身に捧げましょう」

 

 愛に生きた男ではなく、忠義を全うした騎士として勇壮に笑うとディルムッドもまた座へと戻っていった。

 そして残ったのは〝大漢の高祖〟たる劉邦一人。劉邦は罰が悪そうに頬を掻くと、

 

「ったく最後に良いところ持っていきやがって。どうせ消えるなら盛大に格好つけて逝きたかったのに計画ご破算だべ」

 

「そんなことはありません。劉陛下も格好良かったです……………半分ほどは」

 

「半分かよ!? むぅ~、だが否定できねえのが辛いところだな」

 

「冗談です。本当に、ありがとうございました。貴方の協力がなければ、きっと私達は碌に秦軍に対抗できなかった」

 

「マシュの嬢ちゃんにそう言われると照れるべ。どうよ? 俺の側室になったら毎晩飽きるまで可愛がってやるぞ」

 

「お断りします」

 

「くはーっ! こうもズバッと否定されるのも久しぶりだなぁ!」

 

 劉邦も本気ではなかったようで拒絶されてもおちゃらけるだけでショックを受けた様子はない。ただ冗談の類でも『飽きるまで』とつけるところに劉邦のロクデナシっぷりが現れていた。

 この安定の屑っぷりにずっと悩まされてきたが、いざ別れるとなるとほんの少しだけ寂しい気もする。

 

「っと。下らねえ冗談かましてたら限界みてえだな。俺も漢の高祖様として最後くれえは気の利いた台詞でも残しとくか」

 

 コホンと咳払いをすると、劉邦は皇帝らしい真面目な顔付になる。

 

「魔術王や人理修復やらで気負うのは仕方ねえが、義務やら責任やらの袋小路に入るなよ。もし迷ったなら取り敢えず『生き残る』ことを考えろ」

 

「それは、経験談ですか?」

 

「おおよ。人間、死んじまったらおしまいだからな。天下統一も人理修復も糞もねえ。生きて生きて生き抜けりゃなんとかなるもんだ。

 俺を見ろ! 秦に殺されるのが嫌で挙兵したらいつの間にやら漢王で、項羽に殺されるのが嫌で戦争仕掛けたら皇帝だべ。結果なんてものは死ぬ気で過程を生きてりゃ勝手についてくるもんなんだよ」

 

 生きる。それは人間のみならず、あらゆる生き物が当たり前にもつ原初の欲求。

 魔術王は死の恐怖を捨てきれないなら死ぬべきと語っていたが、自分は恐怖を捨てて素直に死ぬくらいなら、恐怖を持ったままでも無様に生きたい。マシュと一緒に。

 

「あ、そうだ! 今後お前達はカルデアで何人ものサーヴァントを召喚すんだろうが、絶対に俺のことを呼ぶんじゃねえぞ! 魔術王との決戦とか御免だからな! 項羽と始皇帝とまさかのエンカウントとか本気でお断りだからな! いいか? これは振りじゃねえべ! 絶対に呼ぶんじゃ――――」

 

「……劉陛下、消滅しました」

 

「本当に最後は締まらない人だったね」

 

 最後のサーヴァントである劉邦が消えたことで、自分達も元の世界へと帰還していく。

 遠方では勝利に沸く劉邦軍の歓声が、蒼天に反響していた。

 

 

 

 蒼穹のブラックホールのような空間を抜けて目を開けば、そこには慣れ親しんだカルデアの管制室だった。

 

「お帰り。まったくのイレギュラーな特異点だったけど、これで混沌隔離大陸も消去完了だ」

 

 ロマンの出迎えを受けると『帰ってきた』という感じがするのは、自分がいつの間にかカルデアに故郷にも似た感覚をもってるからだろう。

 初めての紀元前へのレイシフトということで緊張もあったが、どうにか無事に終えることができてなによりだ。

 

「次のレイシフトまで時間はあるから、部屋でゆっくり英気を休んでおいてくれ。部屋も掃除しておいたからね」

 

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 暴露するともう立っているのも辛い程に披露が溜まっていたので、ロマンの提案は渡りに船だった。

 この分だとベッドに倒れ込んだ瞬間に泥のように寝入ってしまうだろう。

 

「先輩。今回の旅は軍同士の戦いが多くて大変でしたけど、先輩はどうでしたか?」

 

「俺も大変だったかな。特に行軍とか」

 

「第四特異点は倫敦一都市でしたけど、今回は広大な中国大陸が特異点でしたからね」

 

「うん。次の第五特異点も倫敦みたく一都市限定とかならいいんだけど。そうでないなら自動車とかが欲しいよ」

 

「自動車ですか。確かにあれば便利です」

 

「無茶な話だとは思うけどね。ああでも特異点によっては自動車が普通に流通している時代とかだったりもするのかな」

 

 だが広大な特異点をマシュと一緒に車でドライブというのも乙なものだろう

 今度誰かに相談してみようか。自他共に認める天才のダ・ヴィンチあたりならなんとかしてくれるかもしれない。

 

「あとは他の特異点より物騒な思考する人が多かったのが大変だったかな。全体的に殺伐としているというか。土方さんとか宋江とか項羽とか」

 

「西洋と東洋では英雄観も別物ですから、そのせいだと思います」

 

「でも――――皆と出会って戦えて、良かったよ」

 

「はい。私も同意見です」

 

 まだ特異点は三つ残っている。グランドオーダーは終わらない。

 けれどこれからの特異点にも素晴らしい出会いが待っているのならば、きっとなんとかなるだろう。

 

 

 

 

 

人理定礎値 EX

第αの聖杯:“大漢の高祖”BC.0208 混沌隔離大陸 ファースト・エンペラー

 

定礎(Order)復元(Complete)

 




 これにて完結です。後日、全鯖のパラメーターとか諸々をのせた設定資料的なやつを投稿すると思いますが、ともかく本編完結です。
 作者の投稿してる『第三次聖杯戦争黙示録』もよろしくお願いします(露骨な宣伝)

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