Fate/Another Order   作:出張L

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第53節  西楚の覇王

――――垓下歌(がいかのうた)

 

 項羽は神をも超えた武勇を誇る代償として、彼が英霊として本来持ちうる宝具を全てオミットされている。

 魔術師が魔術を行使するため自身に語りかける言葉を詠うように、項羽は自らの詩を詠ったが『垓下歌(がいかのうた)』は項羽の宝具ではない。

 生涯を唯一つの目的に捧げた武芸者が『分身』という解答へ到達したように、これは生涯の最果てへと至った項羽が目覚めさせた解答である。

 人々の信仰によって成り立つ宝具とは違う、本人のみに由来する武の究極。種も仕掛けも信仰すら存在しない奥義ともいうべきものだ。

 

〝我を滅ぼすは劉邦に非ず、我を滅ぼすは天である〟

 

 そう信じて疑わなかった項羽が開眼させたのは、自らをこの世の摂理より解き放つ力。

 項羽の内包した気を哀しみと嘆きにより無限大に増幅させ、自らを星という頸木から外れた地球外生命体(インベーダー)と化すある種のバグである。

 なるほど凄まじい。元より項羽の武は理屈を超越してきたが、言うなればこれは自らを理屈の対象外とする外法だ。

 運命干渉、未来予知。そういったものから解き放たれた項羽は無敵にすら思えるだろう。もしもこの奥義を宝具のようにランク付けするのであれば、評価規格外(EX)の判定を得るは確実だろう。

 だが実のところこの奥義は、戦争における〝手札〟として押し並べて強力という訳ではない。

 気の完全開放により身体能力こそ向上したが、逆にいえばそれだけである。運命干渉が効かなくなったとはいうが、純粋なる破壊力に対する耐性はまったくありはしない。

 弱いとはいえないし平均的でもないだろう。けれど例えば始皇帝のようなEX級のサーヴァントの有する宝具と比べれば、かなり見劣りするのは否めない。

 

(あくまで計算上は……そうなんだ、が!)

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 項羽の仕掛けてくる猛攻撃を全身全霊で捌きながら、余りにも単純明快な武力に冷や汗を流す。

 中華の中心たる秦の王宮は、既に影すら見えぬ有り様だった。

 重さ、速さ、そして技巧。全てにおいて英霊の究極たる項羽の攻撃は、余波だけで宮殿を破壊するには十分過ぎた。場所が場所のため無辜の民の犠牲こそないが、兵士や官吏の何百人かは瓦礫の下敷きになっているはずだ。

 真っ当な英霊としては――――というより秦の将軍としての良心に従うならば、テセウスは彼等を助け出すべきなのだろう。

 しかし生憎とテセウスにそんな余裕などなかった。もし欠片でも人助けなんて余分なものに気を回せば、その瞬間テセウスの肉体は細切れに引き裂かれるだろう。

 

「おい項羽。お前も英霊なら、ほんのちょっとは回りの被害を考えて戦ったらどうだ?」

 

 苦しむ人間に手を差し伸べる事が出来ないなら、せめて口くらいは出しておくべきだろう。テセウスは咎めるように項羽へ言い放った。

 これで敵がディルムッドやマシュ・キリエライトだとかいうデミ・サーヴァントなら罪悪感によって技を鈍らせたかもしれない。しかしテセウスの戦っているのは項羽だった。

 

「――――知らぬわ」

 

 考える素振りすらなく、項羽はテセウスの追及を斬り捨てた。

 

「無益な殺しはせぬとマスターと約を結んだ故、やたらと殺すことは勘弁してやるわ。じゃが殺さないよう加減して不利益を被る状況であれば、躊躇う必要などありはせん。

 秦の狗共が瓦礫に押し潰されようと知ったことか。運悪く巻き込まれたのなら、それは楚人に代わって天が下した裁きじゃ。苦しみながら死ねばよい」

 

 項羽の口元は歪な三日月を描いていた。

 こういう性質の〝笑み〟にテセウスは覚えがある。これは復讐という極上の甘味を味わう鬼の笑みだ。

 

「そういえばこの国で最も有名な復讐者(アヴェンジャー)はお前と同郷だったか。色々と……納得したなァ!!」

 

 ランスロットより奪った剣を振って近づく項羽を跳ね返す。

 剣に宿るのはカルナの有した日輪の灼熱。絶対的な死(アブソリュート・デッド)によってテセウスが奪えるのは宝具だけではない。カルナの保有スキルである『魔力放出(炎)』もまた、テセウスの血肉となって息づいていた。

 運命干渉の無効化なんていう限定的過ぎる護りを度外視すれば、身体能力向上なんて有り触れた効果しかもたない奥義。だがそれを発動させたのが項羽というだけで、下手なEX宝具を超える脅威となる。きっと今の項羽なら、万全の始皇帝とだって自らの武のみで互角に戦えるだろう。

 ギリシャ神話最強たる親友(ヘラクレス)ならまだしも、自分(テセウス)では中華最強の武に届かない。

 だが――――、

 

「悪いがな、俺も色々と背負いこんでるんだよ」

 

 自分のなした偉業(罪業)の象徴であるアステリオス。

 トロイア戦争にて名高き俊足のアキレウス。

 華のキャメロットにおいて理想と称えられたサー・ランスロット

 そして己の意思で力を託してくれたカルナ。

 テセウスの身には四人の英雄の力が宿っている。

 アキレウスとランスロットからは文字通りに奪っただけに過ぎないが、令呪の縛りに屈するを良しとはせず始皇帝に抗った高潔な精神には敬意を持つ。

 彼等の力の一部を奪った自分が無様に負ければ、それは彼等に対しても申し訳がたたない。

、自分が汚れる事は一向に構わないが、それだけはテセウスにとって許容出来ぬことだった。

 

「貴様の事情なぞ知らぬわ。貴様が誰であろうと、俺は秦に組する連中を皆塵す。それだけじゃ!」

 

 剣戟がテセウスの肩を掠める。

 地球外生命体(インベーダー)に等しい項羽は一撃一撃が、この星の概念上からすれば観測不能な正体不明(アンノウン)だ。

 神性をもたぬ者からの攻撃を無効化する『勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス)』は碌に機能を発揮していない。

 敵が神性持ちでなければ絶対的な無敵性を発揮する『勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス)』も、それが通用しない相手にはアキレス腱という致命的急所を作るデメリットとしてしか機能しないのだ。

(不死身は惜しいが、使えんものを纏っていても仕方ないな)

 

 決断は即決。テセウスは『勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス)』を一時的に解除する。

 本来なら外せぬ装備ですら、一時解除が可能なのが『絶対的な死(アブソリュート・デッド)』の強味の一つだ。これでアキレス腱は弱点ではなくなった。

 ならばもはや恐れるものは何もない。

 テセウスの全身を覆うは、絶対無敵の日輪の神性。

 例え首を落とされようと、残った頭で喉元に喰らいついて殺してみせよう。

 

「攻守逆転だ小僧。こっからは限界無視でいくぞ」

 

 自分自身に流れる悉く炎へと変換し、体内で循環させていく。

 聖杯のバックアップを受けたテセウスの魔力は無尽蔵。汲めども汲めども魔力は尽きない。灼熱はテセウスの全身を覆い尽くし、炎翼を背中より放出させた。

 太陽の高温はテセウスの武具のみならず、思考回路まで沸騰させる勢いだったが、驚異的な集中力で自らの意思を繋ぎとめる。

 

「喰らいなァ――――ッ!」

 

「ぬっ!」

 

 これまで怒涛の猛攻を続けてきた項羽が、初めて受けに回る。

 炎を槍に纏わせての刺突。技と呼ぶには躊躇われる槍において基本的過ぎる一撃はしかし、今のテセウスが行えば対軍宝具級の必殺へと化ける。

 槍から伸びた炎は一条の光線となって伸び、蒼天を真っ二つに引き裂いた。

 サーヴァントといえど扱える魔力量は差がある。テセウスの扱える魔力量はカルナのそれには及ばないため、これまでテセウスは魔力放出(炎)を自分の限界域に抑えて扱ってきた。

 だがそのリミッターをテセウスは外す。自分の限界域を超えた、カルナの神威を再現するために。

 無論代償は大きい。自分の限界を超えた魔力放出は、テセウスの魂そのものを削る行為だ。このまま魔力放出を続ければ肉体がオーバーヒートして再起不能、下手すれば消滅する危険性だってある。

 しかしそれがなんだというのだ。

 自分の命こそ至上というのは一つの真理ではあるが、勝利の為なら真理すら薙ぎ倒すのが英雄というもの。

 項羽を殺せるならば、安い犠牲だ。

 炎翼で超高速で飛び回りながら、無毀なる湖光へ炎熱の魔力を流し込んでいく。

 カルナの魔力を最大で流し込めば、大抵の宝具は耐え切れず砕けるのがオチである。けれど『無毀』という単純明快なる概念を有する神造兵装は、どれだけ魔力を流し込もうがビクともしない。

 アロンダイトに内包されていた湖の乙女の魔力と、カルナの有する太陽神スーリアの魔力。

 湖光と日光。

 二つの光が混ざり合い、蒼い炎がアロンダイトを覆った。

 

「――――オモシロイ」

 

 復讐の悦楽ではなく、武人としての本能が項羽の口端を釣り上げさせた。

 天地すら震えあがった項羽の氣、それが手に持った剣へと集約されていく。

 

縛鎖全焼(アロンダイト)廃塵極光(クンダーラ)!」

 

「――――――ッ!」

 

 高らかに宝具の名を開放するテセウスと、無言のまま裂帛の気合いで剣を振るう項羽。

 ここに対極至高の〝斬撃〟が激突した。

 

 

 

「箒星が……咸陽内より天へ昇ったのか……? それにこの只ならぬ振動……城壁の中では何が起きているのだ?」

 

 テセウスと項羽の激戦は、公孫勝を連れて戦場を離れた樊噲にも感じ取る事が出来た。

 先程から断続的に揺れる地面。咸陽から響き渡る衝撃音。そして天を覆い尽くすほどの熱気と、まるで呼応するかのように輝きを増す太陽。

 明らかに異常だった。

 

「…………カル、ナではない……な……これは、くくく……テセウスめ、大層な事をやらかしたな」

 

「公孫勝! 目を覚ましたのか!?」

 

「直ぐ近くで神々の戦い――――いや、それすら置き去りにした何かが行われているというのに、怠惰に微睡めるほど私は肝は据わっておらんよ」

 

「中のことが分かるのか?」

 

「今の私は遠見の術も使えぬが、これでも〝軍師〟なのでな。見えずとも推理はできる」

 

 神算鬼謀。名だたる軍師の証たるスキルをA+ランクで保有する公孫勝は、道士であると同時に知恵者でもある。

 諸葛孔明や張良に及びはせずとも、持っている情報の断片から答えを導き出す事は容易いことだった。

 

「この異常の原因は……テセウスと項羽の戦いによって引き起こされたものだ……。沛公は今頃はカル…デアの面々と共に……始皇帝と……相対しているだろう。これには……巻き込まれて、おらぬと……思う」

 

「そ、そうか」

 

 劉邦とカルデアは始皇帝。項羽はテセウス。

 上手く分かれたものだ、と公孫勝は思う。項羽とテセウスの戦いがどうなるかは未知数だが、こちらは言うなれば局地戦。どちらが勝とうと大局にさしたる影響はない。

 こちらの『王』とあちらの『王』のどちらかが勝つか。即ち始皇帝との戦いの趨勢が、この星の未来を決める事になるだろう。

 

「……やれやれ。魔術王なんぞが余計な野次馬根性を出さねば観戦できたのだがなぁ。………すまんが将軍……そろそろ起きているのが怠くなってきた……眠らせて、貰うぞ……」

 

 目蓋を閉ざす。

 きっと次に目を覚ました時には、全ての決着がついていることだろう。


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