Fate/Another Order   作:出張L

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第52節  秦王朝VS漢王朝

 戦争において数とは単純に強味だ。

 人類史において少数の兵力で大軍を打ち破った逸話が語られる事が多い。これはありがちな美談にも共通する事であるが、それらが脚光を浴びてきたのはそれが稀な事例だからだ。

 多少指揮官に差があろうとも、戦争は多くの兵を集めた方が勝つ。

 科学技術が著しく進歩した現代の戦争においては話は変わってくるのだが、少なくともそれがこの〝時代〟における常識だった。

 そしてサーヴァント、始皇帝の最大の武器の一つがそれといっていい。

 傀儡兵の圧倒的と形容するしかない物量は、一騎当千の武勇や対軍すらも呑み込むだけの〝力〟である。

 数々の戦いを通して総数はかなり目減りしたが、予備兵力を導入したことである程度は補填済み。更にその指揮をとるのは秦帝国最優の王翦将軍だ。

 無理な再生産のせいで戦闘スペックこそ通常の傀儡兵と同レベルしかない王翦だが、元より彼に個人的武勇などは不要。その頭脳のみが無事であれば、王翦は十分に実力を発揮する事が出来る。

 だが総数にして五十万という圧倒的物量による優位性は、百万というそれを超える物量によって覆されていた。

 

「これが……劉邦の…………いや〝大漢の高祖〟の最終宝具」

 

 味方だと分かっているのに、緊張から唾を飲み込む。

 嘗て出会ってきたサーヴァントの中には、自らの軍勢を呼び出す宝具を持つサーヴァントもいたが、純然たる〝数〟において劉邦の宝具は頭一つ飛びぬけていた。

 なにせ百万である。都市どころか一つの国家すら形成しうるほどの数が、唯一人のサーヴァントによって呼び寄せられたのだ。

 しかもこの軍勢はただ数ばかりに秀でている訳ではない。

 軍勢の殆どを構成するのは、英雄ですらない名もなき兵士達だったが、中には当然のように兵を率いる将もいる。

 樊噲、曹参、かこうえい、かんえいといった見知った将や、まだ見た事のない綺羅星の如き将軍達。

 いや将だけではない。一計をもって大事をなす軍師に、国家を運営する政治家、口先で国を転がす弁士の姿もあった。

 実感する。中華の礎を築き上げた、漢王朝建国の功臣達が一堂に介しているのだということを。

 

「〝逆転〟したな始皇帝。どうよ、これが仁徳の差ってやつだべ」

 

 欠片も自分が高徳の人とは思っていないだろうに、始皇帝をおちょくるため劉邦は得意顔で言った。

 だが劉邦が中華を統一した英雄ならば、始皇帝は初めて中華を統一した英雄である。物量を引っ繰り返されたくらいで動揺するほど軟ではなかった。

 固有結界によって、始皇帝の〝夢〟は絶対のものではなくなったが、未だに夢幻世界は健在である。更に言うならば傀儡兵は始皇帝にとって数ある手札の一つに過ぎず、彼には他にも武器があるのだ。

 

「下らん。百万の軍勢だと? それがどうした。その程度で〝朕〟を玉座より立たせるには足らんわ」

 

 玉座に座りながら始皇帝が肘を上げる。

 それが合図だということは一目で分かった。けれど五十万の傀儡兵は動く素振りを見せない。かといって陵墓内より新戦力が現れるというようなこともなかった。

 ならば始皇帝は一体なにに対して合図をしたのか。何を〝動け〟と命じたのか。

 解答はけいかにより齎された。

 

「マスター、上だ!」

 

「上って…………なっ!?」

 

 人でも地でもないならば、動いていたのは星だった。

 夢幻世界を覆う夜天。それを彩る星々が流れるように動き出している。劉邦の固有結界が夢幻世界と鬩ぎ合っているせいで、幸いにして自分達の頭上に星はない。

 だがそれでも数えるのも馬鹿らしい星が始皇帝の命によって動き、劉邦軍の兵士達を〝照準〟していた。

 

『なんてこった! 気を付けるんだ皆! あの光っているのは星なんかじゃないぞ!』

 

 誰よりも早く〝魔術師〟であるロマンが星の正体に気付き叫んだ。

 

『あれは全て魔力が込められた〝宝石〟だ! どうにかして防いでくれ!』

 

「宝石……ということは宝石魔術ですか!」

 

 第四特異点で戦った宝石魔術師(ヴァン・ホーエンハイム)の記憶があるからだろう。保存不能なはずの魔力を保存できる宝石魔術の強味はマシュも理解していた。いや盾持ちとして常に最前線に立ったマシュだからこそ誰よりも理解していたというべきか。

 劉邦軍を宝石魔術の一斉射撃より守るべく、マシュが最前線へと飛び出して盾を構える。

 

「頼んだマシュ!」

 

「はい先輩、宝具……展開します!」

 

 相性があったとはいえアーサー王の『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の一撃すら防いだ盾ならば、宝石魔術を防ぐ事は訳のないことだ。

 まして始皇帝はホーエンハイムのような『魔術師』ではない。ならば宝石の魔力を活かしきることは出来ず、やれるのは魔力をエネルギーとして放出することくらいのはずだ。

 その予想は正しく、夜天の宝石が放ったのは魔力を光線として放つ単純な攻撃だった。一本一本の光を束にしても『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の輝きには到底及ばない。

 これならば問題ない―――――その確信を、始皇帝は悪魔的に踏み躙ってくる。

 

「〝焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)〟」

 

 きっとそれは真名解放だったのだろう。

 秦始皇帝陵、万里の長城と並ぶ始皇帝を語る上で絶対的に欠かせぬもう一つの逸話。

 即ち、焚書坑儒。

 帝国にとって害となる学問思想を末梢しようとした弾圧行為の具現化。苛烈なる圧政の概念。

 聖杯戦争においてその力は、宝具封印という最悪の形で現れる。

 

「そん、な……盾が……」

 

 焚書坑儒の宝具としてのランクはA+。これを撥ね退けるには、それ以上の神秘(ランク)の宝具でなければならない。

 だからEXランクを誇る劉邦の固有結界を封印することは出来ないが、Dランクの『人理の礎(ロード・カルデアス)』を封じる事は可能だった。

 解放されかけた防壁が役目を果たす事なく輝きを消す。それはこれまで自分達を護ってくれていた『守り』が失われた事を意味していた。

 そして盾が消えたのならば、もはや宝石の光線を遮るものはなにもない。

 

「不敬であるぞ。皇帝の裁きとは絶対である。変更は……ない」

 

「盾持ちぃ! ともかく必死こいて守れぇ!」

 

 劉邦の悲鳴じみた号令で盾を装備した兵士達が光線を受け止める。とはいえ宝具でもないただの盾では光線を完全に防ぎきる事は出来ない。

 兵士達が次々に光線に貫かれて消滅していく。流石に将軍格は防いでいたが、英雄であっても戦士ではない政治家系の功臣達の中には光線で殺される者もいた。

 

「王翦、援護射撃はくれてやった。後はお前がやれ」

 

「はっ」

 

 王翦の号令で遂に五十万の秦軍が一斉に動き出した。劉邦の呼び出した百万と比べれば半数に過ぎないとはいえ、五十万もの傀儡兵が一糸乱れぬ動きで進軍する様は壮観である。

 合理性を極限にまで突き詰めた用兵はある種の芸術性すら持っていた。けれど劉邦とて王朝開闢の大英雄。決して負けてはいない。

 

「うぉぉおぉおおおおおお!? 楽勝モードと思ったらまたこれかよ!? ビームとか反則だべ!! インチキだべ!! レッドカード要求するべ! 退場しろやオラァ!!」

 

 負けてないはずだ、たぶん。

 

「先輩、顔が引きつってます」

 

「だ、大丈夫なはず……うん、きっと。これまでも危機は山ほどあったけど、なんだかんだで乗り越えてきたし。俺達も頑張ろう!」

 

「マスターの仰る通り。相手が始皇となれば打ち倒すのに劉邦は適任といえるが、だからといって何もしないというのも英霊の名折れ」

 

 有言実行。ディルムッドは疾風のように敵陣へ跳躍すると、手始めとばかりに十体の傀儡兵を破壊した。

 合理性を突き詰めれば無骨さにも芸術性が宿るのは、なにも用兵だけではない。ディルムッドの槍技の冴えもまた独特の美しさを滲みだしていた。

 中華に根付いたものとは異なる、流麗な武芸に劉邦軍の諸将達は息を呑む。

 

「一番槍は頂いたぞ。始皇の威に臆したのであれば、大人しくそこで見物しているといい。貴殿等に代わって、大将首も頂戴してくるとしよう」

 

 動かない劉邦軍に振り向いたディルムッドは露悪的に言った。

 ディルムッドは英霊の中でも特に誇り高い男であり、彼が悪意をもって人を侮辱するなどということは、相手が余程の外道でもない限り有り得ない。

 これはある種の鼓舞だ。敢えて挑発的発言をすることで負けん気を焚き付ける。戦場のみならずスポーツや勉強といった極々有り触れたものにおいても使われる手だ。

 だが単純だが効果は覿面。

 如何に殆どが〝利害〟で結ばれた軍といえど、劉邦軍の諸将は紛れもない英雄達だ。彼等は自分達が漢王朝建国を成し遂げた一人だということに誇りを抱いている。

 他国の騎士にこうも言われて黙っているようでは英雄たりえない。

 

「言われてしまったな。だが反論はすまいさ。我等が後世に語られるべき〝英雄〟たるならば、汚名は行動によって雪ぐべき。だろう?」

 

「まったくだ。兄貴の為とありゃ俺は火の中水の中。しかも人類史を守る戦とありゃな。やる気しか出ねえよ」

 

「相変わらずだな夏侯嬰、それに樊噲も。樊噲なんか粛清されかけたのに本当によく駆け付けたよな」

 

「誰しも過ちはあります。皇帝であれば過ちは深く取り返しのつかない事になるもの。恨みが皆無と言えば嘘になりますが、私はそれ以上の恩を義兄上に受けた事を忘れるつもりはありません。

 それにそう仰る盧綰殿こそ義兄上によって謀叛人の疑いをかけられ、匈奴へ亡命した口ではないですか?」

 

「俺はほら。勝手に疑心暗鬼になって敵と内通した俺自身にも責任はあったし…………なにより俺にとっちゃ劉邦は皇帝って前に友達だからな。友達を助けるのに理由はいらないだろ」

 

「貴方も変わりませんね」

 

 劉邦軍の中核を成した最古参の将達が旧交を温めながら、各々の武器を構える。

 居並ぶ一騎当千、百戦錬磨の猛将名将。彼等の陣頭に立ち、自ら剣を抜いて号令するは劉邦軍武官筆頭――――曹参。

 数十箇所の傷を負いながら最前線に立ち続け、漢王朝二人目の相国にまで登りつめた英雄。

 蒙武によって打ち負かされた未熟さは、膨大な実戦経験によって削ぎ落とされ、その風格は大将軍どころか一国の宰相たるに相応しいものとなっていた。

 

「――――四百年の歴史を築いた漢の勇者達よ、これは人類史救世の戦である! 秦帝国なにするものぞ! 全軍、突撃――――ッ!!」

 

 綺羅星の如き猛将に率いられ、百万の軍勢が五十万の傀儡兵に雪崩れ込んでいく。

 夜空の宝石により魔力光線を放つという予想外の攻撃に一時臆したものの、一度火がつけば劉邦軍の力というのは凄まじかった。

 兵士一人一人の力は傀儡兵に劣る。だが樊噲を始めとする猛将に率いられた兵卒は、気力で傀儡兵を上回る爆発力を発揮して、敵兵を駆逐していった。

 

「……いや。だけどまだ、足りない……。このままじゃ勝てない……」

 

 人知を超えたサーヴァント同士の戦いを目の当たりにしてきたからだろうか。こうして後方にいると、戦いの流れのようなものがなんとなく見えてきた。

 確かに樊噲などの猛将名将がいる場所でこそ劉邦軍は傀儡兵を押しているが、全体的には傀儡兵が劉邦軍をじわじわと呑み込みつつあった。

 原因は依然として続く宝石による光線……ではない。それだけならば互角にこそなれど、押されまではしなかっただろう。

 

「ひひひひひひひひ。人類最後のマスター殿の視線が痛いねえ。そうさ、押されてんのは俺のせいだべ」

 

「――――!」

 

 自分の心を読んだように、劉邦が自虐する。

 

「そんな、ことは……」

 

「世事はいらんべ。俺が満足に動かせんのは十万が限界。百万の軍勢は容量オーバーってやつだ」

 

「十万を満足に動かせるだけでも、十分に将としては立派と思います」

 

 マシュの言うことは自分も同意見だった。

 例え兵法を勉強して軍略を学ぼうと、並みの人間には千人を統率する事すら難しいだろう。ましてやこの時代には通信機のような便利な機械もありはしないのだ。

 一万を統率出来るならば将としては十分合格点。十万を統率できる劉邦は、十分に名将と呼ぶに値する軍略をもっているといっていい。

 

「マシュの嬢ちゃんは嬉しいこと言ってくれんな。まぁ褒め言葉は素直に受け取っておくべ。実際一流程度なら勝つ自信はあるし。けどちっとばかし相手が悪いべ」

 

 敵は王翦。数多の名将すら霞む六虎将最優の怪物(えいゆう)だ。

 名将(にんげん)では怪物(えいゆう)には勝てない。怪物(えいゆう)を倒せるのは、同じ怪物(えいゆう)だけだ。

 

「ま、だからといって負けるつもりはねえ。俺の指揮じゃ勝てねえなら、俺以外のやつに指揮させりゃいいんだからなぁ。手札はエースが沢山にジョーカーが三枚。だが百万の軍勢を口笛吹きながら操れるような怪物(えいゆう)は一人しかいねえべ」

 

 劉邦が口端を釣り上げる。楚漢戦争についてそこそこの知識がある者ならば、劉邦が誰に指揮を委ねようとしているかなどは考えるまでもないことだろう。

 漢の三傑。一人でも欠けていれば漢王朝成立はなかったとまで囁かれる大功臣が一人。

 軍略においてはあの項羽をさしおいて楚漢戦争において〝最強〟の称号を欲しいままにする大英雄。その名は、

 

「――――韓信」

 

 劉邦が名を呼んだ。だが反応がない。

 

「…………韓信!」

 

 もう一回呼んでみた。

 

「…………か、韓信?」

 

 更にもう一回、今度は恐る恐る呼んでみた。

 

「――――――韓信ンンンンッッ!!!!」

 

 最後に全力で叫ぶように名前を呼んでみた。

 けれど幾ら名前を呼ぼうと韓信は現れない。影も形も出てこなかった。

 

「どうなっとんじゃゴラァ! なんで肝心の韓信がいねぇんだべ! 自称百万の将なら百万の兵士用意してやったんなら来いや!!」

 

「韓信だけじゃありませんよ 主だったところでは他に英布と彭越もいません。あと呂氏一族全員も」

 

「ちょ、張良!」

 

 嘆息しながら劉邦に進言したのは、女人のように細い体の軍師だった。

 

「懐かしいなおい……って再会喜んでる場合じゃねえべ! 主君の俺とついでに人類史が大ピンチなのに、どうして来ねえんだあいつ等は!」

 

「…………貴方が粛清したからでしょうが」

 

 太公望、諸葛孔明に並ぶ神域の軍師は、目を半月にしながら容赦なく劉邦の非を指摘した。

 劉邦の最終宝具『大風歌(たいふうのうた)』は生前の自らの軍勢を呼び出すという規格外宝具だが、土方の『誠の旗』と同じで召喚されるか否かは相手側の裁量に委ねられる。

 樊噲は忠誠から、盧綰は友情から。其々生前に劉邦に粛清されかけながらも馳せ参じたが、全員に二人のような態度を期待するのは無理というものだろう。

 韓信、英布、彭越。将としての器であれば三者は曹参、樊噲すら及ばない。特に韓信に至っては皇帝たる劉邦すら軽く凌駕する戦争の怪物だ。

 だが忠誠心という観点で測るならば、彼等は樊噲に遠く及ばないだろう。

 そもそもこの三人は劉邦が好きだから仕えたのではなく、劉邦の出す恩賞目当てに従った者達。彼等に無私の忠節を期待する方が見当違いというものだ。

 

「まてまて。よく考えりゃ韓信粛清したのは俺じゃなくて呂雉と蕭何だし、英布の奴なんか自分から裏切った口じゃねえか!

 大体あいつ等も日頃の行動に問題があったからぶっ殺される羽目になったんだべ。俺だけが悪者扱いされんのは納得いかんべ」

 

「仰る通りです。ですが殺された側は理屈なしに殺した者を恨むものです。それに王翦に対抗するには韓信の力は不可欠。ここは陛下が大人になって頂かねば」

 

「その口振りじゃ策はあるんだな?」

 

 猜疑心深く人をよく罵る悪癖のある劉邦だが、正しい進言を見抜き柔軟に受け容れるのが最大の美点である。

 韓信達に対する苛立ちを封印した劉邦は、信頼する軍師に発言を促した。

 

「韓信とて人類史が焼却されるのは本意ではないでしょうし、始皇が覇権を握るのも避けたいことでしょう。無辜の民が幾ら犠牲になろうと韓信は心を揺らしませんが、自分の死後の名声が奪われる事は彼にとって許容できぬことですから」

 

 人類史焼却がなされれば韓信の功績も纏めて吹き飛ぶのは言うまでもないことだ。けれど始皇帝が首尾よく目的を果たした場合でも、確実に歴史は焼き払われるだろう。

 始皇帝の行うのはあくまで焚書坑儒(政策)の一貫としてであり、魔術王の人理焼却と違って比喩的なものであるが、韓信からすればどっちだろうと同じようなものだ。

 

「ここは陛下が下手に出て彼の自尊心をくすぐり、こんこんと利害を説けば必ずや韓信は馳せ参じるでしょう。さすれば秦軍五十万とて物の数ではありません。戦術的優位と戦略的優位を確保してしまえば、韓信が負ける事は天地が引っ繰り返っても有り得ないのですから」

 

「相変わらずの慧眼だね、張良殿。けど私なら〝必ず〟を〝確実〟にするのにもう一手加える」

 

 張良の隣に背の高い美しい容貌の男が並ぶ。

 軍師なのだろうと一目で分かったが、張良と比べると何処か妖しい色香を放つ男だった。

 

「陳平か。悪い予感しかしねえがどんな策だべ?」

 

「説得役は酈食其を推薦します。韓信は彼に負い目がありますから。自分の才をなにより誇る癖に小心なところがある韓信の罪悪感を良い具合に突いてくれるでしょう。

 ついでに粛清の実行者の蕭何様と呂太后様を見せしめに殺せば韓信も溜飲を下げるんじゃないかな? あ、呂太后様がここに来る筈ないですよね。なら代わりに息子の恵帝様を殺すというのがいいかもしれません。

 ここまでやれば韓信も絶対に重い腰あげますよ。蕭何様は正面きっての戦争じゃ直接役に立たないし、恵帝様は元から御嫌いでしょう?」

 

「っ!?」

 

 板を流れる水のように常人なら吐き気を催す策謀を語っていく。

 韓信との交渉役に酈食其を勧めたところはまだしも、善良な主君が後半の策を聞けば陳平を怒鳴り声で叱責したかもしれない。

 

「待って下さい! 恵帝というのは……沛公の、いえ高祖の実の息子だったと記憶しています。息子を殺せと進言するなんて、何を考えているんですか?」

 

「なにって、この戦に勝つことだよ。戦に勝つ為に息子を犠牲にするなんてよくある話じゃないか。子供なんて女さえいれば幾らでも増やせるんだし、一人くらい殺したって補填は効くよ。

 ああ。恵帝殺したら叔父にあたる樊噲が不満を抱く事を警戒しているのかな? けど樊噲がいなくなった穴なんて、韓信一人いれば埋めるのは容易だよ。韓信一人を得るは一国を味方にするより価値があるからね」

 

 陳平の悪辣な発言は止まらない。最悪なのは道徳や良識を無視するのであれば、それが極めて有効な策ということだった。

 劉邦は苦笑する。陳平の策の有用性を理解しながらも、それは出来ないと語るような笑みだった。……ただし良心の呵責とは別の理由で。

 

「蕭何は流石の俺でも殺せねえべ。あいつは無条件で信頼に値する人間じゃねえが、この場には来る程度の義理深さはあるし、功績が途方もなくデカすぎる。

 ついでに盈も駄目だ。韓信を得る為ならあれを殺す程度は安いもんだが、そもそも呂雉と一緒でこの場に召喚されてねえからな。だが酈食其に交渉役を任せるってのは良案だ。直ぐにやらせよう」

 

「陛下ならそう仰ると思って既に酈食其に伝えておきました。間もなく戻ってくるでしょう。韓信を連れて」

 

「仕事が早ぇな張良。あと陳平、進言が心なしか生前(まえ)より毒々しくなってねえか?」

 

生前(まえ)は保身とかも考えないといけないから、ちゃんと歯に衣着せてましたからね。だけど死んじゃった今で保身なんてしても仕方ないでしょう」

 

「頼りになる奴等だよまったく」

 

 戦う将ではなく知恵袋たる軍師や、交渉役までいる幅の広さがこの固有結界の強味だった。

 




 更新が遅れて申し訳ないです。現在「第三次」の更新再開にあたって大幅な改訂作業中でして。改訂だけなら直ぐ終わるだろと思われるかもしれませんが、キャラを増やしたり減らしたり、果ては主人公の名前や設定まで、現在の設定に合わせてリブートしているのでかなり時間をとられています。話の流れもかなり変わってるので、ぶっちゃけ改めて投稿し直すことを考えるレベルです。フ○ンチェ○カなんて書くのが結構大変で。
 というわけで次も遅れる可能性が大です。

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