Fate/Another Order   作:出張L

51 / 77
第51節  ジョーカー

 咸陽内部では項羽と劉邦の二人が遂にやらかしたようだった。

 城壁を攻める劉邦軍も、それを守る秦兵達もまったく気づいていないようだが、同じサーヴァントである道術を極めた公孫勝にはそれくらい手に取るように分かる。流石に過去・現在・未来の森羅万象を見通す太上老君には到底及ばないにしても、遠見持ちの真似事程度ならば公孫勝にも出きるのだ。

 アーラシュが逝ってしまったのは残念ではあるが、感情を排して語るのであれば悪くない結果でもある。その代償としてカルナという超級サーヴァントを一人倒す事が出来たのだから。

 単純なサーヴァントの数では、カルデア・劉邦の連合軍は秦を凌駕している。例えこちらに犠牲を出す事になろうとも、一人一殺さえ成功すれば勝利は得られるのだ。いや今なら二人一殺だったとしてもお釣りがくる。

 

「いつか森で出会った時は取るに足らん力であったのに、あれよこれよと大陸を駆けずり回っているうちに至強をも倒しうる強さを得た……か。

 フフフフフフ。きっと汝等は他の特異点でもそうやって元凶を倒してきたのだろうな。もしも君がマスターではなく、一人の人間として戦乱の世に生まれれば、人類史がどんな色を見せたか気になるところだ。いや惜しい惜しい」

 

 単騎を呑み込む軍勢を呼び出す劉邦の宝具と、軍勢を超越する単騎を成す項羽の奥義。

 性質こそ対極なれどランクは共に評価規格外。これで戦力比は持ち直したといえるだろう。

 だがまだ足りない。項羽の方は公孫勝の目をもっても理解不能なので推し量ることは出来ないが、劉邦の方は分かる。

 劉邦は生き延びる能力こそ始皇帝を上回るだろうが、正面からのぶつかり合いでは始皇帝には勝てない。

 何と戦ったのか知らないが始皇帝は想像以上に消耗しているが、彼には聖杯という無限に等しい魔力を得ている。しかも秦始皇帝陵以外にもまだ宝具を幾つか隠し持っている節もあった。

 イレギュラーであるカルデアの面々がいるから100%負けるとは言えないが、劉邦の軍勢が完全だったとしても始皇帝の方がまだ優位だろう。

 自分が野次馬を止めて加勢すれば天秤を動かす事は出来るだろうが、

 

「くっ――――恨んでくれるな、カルデア。憎んでくれるな、高祖。私はそちらには行けんようだ」

 

 苦笑しながら公孫勝は空を見上げる。

 項羽の覇氣に慄いて雲は退散していたが、だからこそ徐々に蒼天に黒が滲んでいくのが一目で分かった。

 まるで青い画用紙に墨汁を垂らしたかのように、黒はみるみると蒼を浸食していく。

 現代より遥かに迷信が力をもつこの時代。こんな現象が起きれば驚きのあまり気絶する者くらい出そうなものだが、そういうような事は起きなかった。

 理由は単純。公孫勝以外の誰もこれに気付いていないのだ。きっとサーヴァントや魔術師にしかこれは認識できないのだろう。

 もしここに劉邦がいれば擬似サーヴァントである彼の影響を受けて、樊噲や曹参あたりは気付いたかもしれないが、そんな仮定に意味はなかろう。

 重要なのはこれに気付けているのが公孫勝のみということで、

 

「公孫勝! なにを一人でぼんやり空など眺めている! 手が空いているのならば加勢くらいしろ!」

 

 必然的に傍から見た公孫勝は回りが必死に戦う中、一人サボっているように映る訳で、樊噲から怒りの催促が放たれるのも当たり前だった。

 

「さてさて。盲目とは恐いもの、はて説明したものか」

 

 肩を竦める。公孫勝は人でなしの類ではあるが、自分を客観的に見ることは出来る。

 だから真実をありのままに説明しても、普段の行いのせいで単なる言い訳にしか聞こえないだろうということも分かっていた。

 

「さしずめ狼少年というやつだな。参った参った。人間とは目に映るものを信じるもの。目に映らぬものを信じさせる事は実に難しい。だから見えるようにしよう」

 

 ポンと樊噲の肩に手を置くと、公孫勝は道術をもって樊噲の内に眠る素養を引っ張り出す。

 魔術師ではないとはいえ樊噲もまた英霊の座に行く事の確定している英霊候補。道術でほんの少し背中を押してやれば『視力』を上げる事は造作もない。

 

「なにを――――なっ! なんだあの空は!?」

 

「漸く気付いたか。結構結構、百聞は一見に如かずとは至言よな」

 

「平静にしている場合か! あれはなんだ、天変地異の前触れか!?」

 

「惜しいな。天変地異ではなく人変人異、魔術王の前触れだ」

 

「魔術王というのは確か、この大陸を目茶苦茶にして人類史を焼き払ったという……」

 

「左様。全ての元凶だ」

 

「一大事ではないか! 始皇帝だけでも難敵というのに、そんな得体の知れん悪鬼の如き者まで現れれば我々はどうなる!?」

 

「楽観的に判断するに全滅だな」

 

 既に人類史焼却を終わった仕事として片付けた魔術王が、この段階で本腰を入れてカルデアを潰しにかかる筈はない。

 だとすれば第四特異点で現れたのと同じ、単なる一仕事終えた後の気紛れでここにレイシフトしようとしているのだろう。まったく傍迷惑極まりない。

 

「カルデア以外に人類史修復を行う始皇帝に目をつけたか、それとも項王の姿がその目に映らなくなった事に興味を覚えたか。どちらにせよ不味い事態よ。

 例え気紛れによる顕現に過ぎずとも、その気紛れで世界を滅ぼせるのがグランドキャスター。カルデアや項王と高祖は眼前の敵に精一杯でこれに気付いてすらおらんだろう。老子であれば対抗できそうなものだが、あの御方は例え宇宙が爆発しようが転寝しているような人。何もしてはくれんだろう。となると魔術王を止められるのは私一人だけということになるな」

 

 公孫勝は黒空の中心、レイシフトの基点を看破すると鬼の眼光を向ける。

 恐らくこれより這い出てこようとしているのは、生前どころか英霊になってからも御目に掛かった事のない強者。魔術師のサーヴァントの頂点、最強にして最悪の魔術王だ。

 本来グランドキャスターである魔術王には、魔術師である限り絶対的に立ち向かう事は出来ない。恐らく魔法使いと呼ばれる者ですら例外ではないだろう。

 しかし公孫勝はキャスターではあっても、魔術師ではない。西洋に根差した魔術とは根本より異なる神秘を操る道士だ。通常のキャスターのようにまったく手も足もでないという事にはならないだろう。

 

「……一人で大丈夫なのか? 相手は始皇よりも悪い相手なのだろう」

 

「加勢は無用。倒すことは出来ずとも、この時代に来させない事くらいは出来る。忘れたのか? 私はこれでも始皇帝が『絶対に生け捕りにしろ』とまで厳命した程の人物なのだぞ」

 

 全身から漲る内功はカルナを相手にした時以上の、嘗てない高ぶりを見せていた。

 一度目を瞑り気を全身に染みらせた公孫勝は、溜めこんだ気を全解放するようにカッと目を見開いた。

 公孫勝の指が目にもとまらぬ速度で印を結んでいく。カルナ戦で披露した奥義のものではない。これは師より授けられた門外不出の秘伝にして秘奥。道術の一つの到達点である秘奥義だ。

 

大鵬飛兮振八裔(たいほうとんではちえいのふるい)中天摧兮(ちゅうてんにくだけて)力不済(ちからすくわず)余風激兮萬世(よふうはばんせいにげきし)游扶桑兮挂石袂(ふそうにあそんでさへいをかく)後人得之伝此(こうじんこれをえてこれをつたう)仲尼亡乎(ちゅうじほろびたるかな)誰為出涕(だれかためになみだをでださん)

 

 ある詩人の臨終の作を詠唱として選んだのはどういう理由があったからか。詠唱を終えた公孫勝は天を挑発するように笑う。

 

「魔術王よ。御身の気分も理解はできるが、それは余りにも無粋というもの。やることがないなら、厠へ行ってさっさと寝るがいい。――――――最終口伝。天間星(てんかんせい)秘正法五雷天罡(ひしょうぼうごらいてんこう)

 

 遂に解き放たれた公孫勝最後にして最終宝具。

 神兵を始めとした数々の現象を目の当たりにした樊噲は、何が起こるのかと固唾をのんで見守っていたが、予想に反して何も起きる事はなかった。

 

「ど、どうした!? 何も起こったように見えないが、一体なにがあったんだ?」

 

「それでいい」

 

「は?」

 

「何も起きない。何も起こさせない事こそ我が秘奥義なのだから」

 

 怪訝な顔をする樊噲に、公孫勝は答えを教えるべく空を指差す。

 それで公孫勝の言葉の意味を悟った樊噲は「あっ!」と叫んだ。

 

「空が、元通りになっている」

 

「……我が秘奥義は、対象とした者の全ての術を一時的に封じる。魔術だの道術だのも霊基の差など問答無用で〝全て〟封じる。

 特異点へのレイシフトも、七十二の魔神を使役する召喚術も結局のところは全て魔術。我が秘奥には通用せん」

 

「…………あの始皇帝が『絶対に生け捕りにしろ』とまで厳命して、貴方を捜索した理由に合点がいった。正に魔術師殺し」

 

 魔術を用いないサーヴァントに対しては何の意味もない公孫勝の秘奥だが、魔術をメインに扱う魔術師にとっては天敵だ。それは魔術王とて例外ではない。

 始皇帝が魔術王を倒そうとしていたのであれば、公孫勝の秘奥はこれ以上のないジョーカーとして機能するだろう。

 

「そう褒めるな……魔術師殺しなど、過大評価は好かん。それ名乗るにはこれには幾つか致命的な欠点が二つほどあってな」

 

「欠点?」

 

「まず一つ。この秘奥は魔術を封じるだけで、宝具は封じられんこと。魔術王の武器は魔術だけではない。その規格外の宝具もまた魔術王の強味なのだ。魔術を封じようと宝具への対処法がなければ魔術王は倒せん。

 それともう一つ……………こちらがより致命的だが」

 

「っ! 公孫勝!」

 

 言い終えるよりも前に、玉のような汗を流した公孫勝が地面に倒れる。

 樊噲が慌てて駆け寄ると、公孫勝の顔色は真っ青で重病人そのものといった様子だった。

 

「相手の術を封じる代償に、私自身の術もまた封じられること。しかも内功全てを秘奥へ注ぐため、立っていることすら覚束なくなる。これでは到底魔術師殺しなど名乗れんよ……今の私なら……幼子だろうと殺せよう……。

 すまんが樊将軍、幕舎まで運んでくれ。日差しが強くて熱中症になってしまいそうだ。あと水をくれ……水を……」

 

「ええぃ注文の多い!」

 

 樊噲は倒れた公孫勝を米俵のように担ぎあげると、曹参に事情を説明して一人撤退した。

 余り納得はいかないが、公孫勝が戦いで重要な役割を果たしたのは間違いない。つまらない理由で死なすわけにはいかなかった。

 

「あとは任せたぞ……皆よ」

 

 最後に公孫勝らしからぬ真摯な応援な言葉を残すと、公孫勝の目蓋はゆっくりと閉じられた。

 

「………………くっ、公孫勝! らしくなく無理をして!」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「ZZZ……」

 

「って寝てるだけか!!」

 

 取り敢えず樊噲は自分の義務として公孫勝の頭をひっぱたいておいた。

 

 




【元ネタ】水滸伝
【CLASS】キャスター
【マスター】なし
【真名】公孫勝
【性別】男
【身長・体重】180cm・66kg
【属性】中立・中庸
【ステータス】筋力C 耐久D 敏捷C 魔力A+ 幸運B 宝具A

【クラス別スキル】

陣地作成:B+
 道士として、自らに有利な陣地を作り上げる。
 防衛に優れた“要塞”を形成することが可能。

道具作成:B
 魔力を帯びた器具を作成できる。

【固有スキル】

道術:A+++(EX)
 西洋魔術とは異なる魔術体系である道術をどれほど極めているかのランク。
 ランクA+++ともなれば神仙一歩手前といえる。

反骨の相:C
 一つの場所に留まらず、一つの主君に殉じることのできぬ運命。
 自らは王の器ではなく、また、自らの王と道を別つ運命を定められた孤高の星である。
 同ランクの「カリスマ」を無効化する。

神算鬼謀:A+
 軍師・参謀としてどれだけ策謀に秀でているかの数値。
 大軍師たる智多星には一歩譲るものの、ランクA+ともなれば十分に名軍師たる器量である。

【宝具】

天間星(てんかんせい)正法五雷天罡(しょうぼうごらいてんこう)
ランク:A++(EX)
種別:対国宝具
レンジ:2~99
最大捕捉:999人
 公孫勝が師より授けられた五雷正法の奥義。
 極まった内功により〝太極〟あるいは〝根源〟への回線を繋ぎ、
 自らの心象風景に思い描いた魔神、神将、竜を具現化し使役する。
 この宝具発動中、公孫勝は他一切の道術を発動できなくなる。

天間星(てんかんせい)秘正法五雷天罡(ひしょうぼうごらいてんこう)
ランク:EX
種別:対術宝具
レンジ:1~2
最大捕捉:1人
 公孫勝が師より授けられた秘奥義。
 自身の道術を封印することで、対象の術を封印する。
 この宝具を発動している間、公孫勝は一切道術を使うことが出来なくなるが、相手も魔術・仙術・呪術を含める一切が使用不能となる。
 なおこの宝具発動中、公孫勝は自身の内功全てを注いでいるため、子供にすら力負けするほど弱体化してしまう。










 ようやっと始皇帝が序盤から公孫勝を探してた伏線らしきものが回収できました。
 一見するとキャスターキラーな公孫勝の秘奥義ですが、作中で本人が言ってた通り、使うと自分が戦えなくなるので一対一が基本の普通の聖杯戦争じゃ完全に欠陥品です。自陣営が公孫勝以外にも戦力を有していて、尚且つ敵に公孫勝を術だけで凌駕する強敵がいて初めて割に合います。だからこそ始皇帝からしたら対ソロモン戦のために喉から手が出るほど欲しい人材なわけですが。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。