Fate/Another Order   作:出張L

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第5節  箒星乱入

 ディルムッド・オディナが崖上から颯爽と飛び降りる様は、さながら夜空を両断する箒星のようだった。

 劉邦軍にとっても秦軍にとってもまったく想像もしなかった第三者の乱入。だがしかし動揺したのは人間の軍勢である劉邦軍だけ。人を模して作り上げられただけの戦う兵器たる傀儡兵に『感情』などという余計なバグはなく、彼等は指揮官の与えた命令を機械的にこなすのみである。よって戦場に降り立つや否や十数人の傀儡兵を鎧袖一触で薙ぎ払ったディルムッドを、直ぐに敵と認識すると一斉に殺到してきた。

 

「こうも大勢に囲まれるといつぞやを思い起こす。が、温い!」

 

 傀儡兵は一体の戦闘力は見積もって訓練を受けた精鋭一人分。傀儡故の恐怖のなさを考慮すれば、大体1.5人分とするのが妥当なところだろうか。

 けれどそんな数字はディルムッドという槍の英霊を前にしては、微塵も意味を持たぬ。

 紅と黄。

 魔力殺しの槍と、消瑕の槍の槍。

 それらを自分の手足の如く自在に操りながら、襲い掛かる敵兵を次々と仕留めていく。

 古来より箒星は多くの国で不吉の象徴とされた。この中華もそのうちの一つ。今宵、不吉の箒星は秦軍に落ちた。

 

「はぁぁぁあッ!」

 

 そしてディルムッドばかりではなく、共に戦場へ降り立ったマシュもまた負けじと身の丈以上の大盾を豪快に振るう。

 心の根っこにある『優しさ』から生身の人間相手では加減してしまう盾も、相手が無命の傀儡兵であれば情け容赦は不要だ。傀儡兵の胴体を叩き壊し、頭蓋を砕き英霊の力を継承したデミ・サーヴァントの名に恥じぬ活躍をする。

 常識的に考えれば軍団同士の合戦において、個人の武勇が全体の戦術・戦略を左右することはない。だが人類史には、いるのだ。人々が抱く当たり前の常識を踏み砕き、単騎で戦局を支配する者が。

 人々はそんな彼等に豪傑、猛将など多くの呼び名を与えるが、此度の場合もっとも相応しい表現は一つしかないだろう。つまりは、英雄だ。

 二人の英雄の加勢で、劣勢だった戦局は徐々にだが変わり始めた。

 劉邦軍の兵士達も最初は未知の乱入者に戸惑っていたが、やがて彼等が自分達の味方だと気付くと、彼等に続けと叫び敵軍に突っ込んでいった。

 流れが変わり始めたことを秦軍も気付かぬ筈がない。そして流れが変わった原因は明白だったため、原因廃除のため秦軍が動きを見せた。

 

「そこの槍使い! 私が相手だ! 真の槍の冴えを見せてくれよう!」

 

 秦軍から飛び出してきたのは一際立派な鎧に身を包み、手には槍を持った騎馬武者だった。

 勝利を渇望する生々しい感情。その肉体は傀儡兵と同じものだが、中身が決定的に異なっている。

 

「成程。傀儡兵の中にあって指揮官クラスは〝人格〟を宿しているというわけか。さしずめ傀儡将といったところだな」

 

 ディルムッドはそう当りをつける。

 考えてみれば至極当たり前のことだ。ただの一兵卒であれば与えられた動作をこなすだけの機械で良いだろう。だが機械に命令を与える者は、機械ではなく人間の頭と心を持たねばならない。

 

「ならば人として相手しよう」

 

 ディルムッドが突き出す紅槍による一突き。これまでの傀儡兵であれば成す術なく討たれるだけだったろうが、そこは指揮官クラス。どうにか紅槍の一撃を捌いてみせる。けれどそれに安堵を覚えたのも束の間。一撃目以上の速度をもって繰り出された黄槍の突きが、一瞬で傀儡将の心臓部を破壊した。

 傀儡将は恐らく自分が討たれた事実に気付く間もなかっただろう。人は死ねばみな等しく骨となるとは魏の文帝の言葉であるが、傀儡である彼等は骨も残さず土へ還るだけだ。

 指揮官である傀儡将が討ち取られると、劉邦軍の士気は大いに盛り上がる。普通の人間同士の合戦であれば、秦軍の士気も落ちて追討戦に移行するという段階なのだが、そこは恐怖を知らぬ傀儡兵の軍団。指揮官の一人が討たれようとも兵士達に一切動揺はなかった。

 ただし例外もある。傀儡兵の中でも一部の者、心ある傀儡将だけは仲間の将の死に動揺もするし――――怒りもするのだ。

 

「貴様! よくも我が軍の将を!」

 

「面妖な技を使いおって。許さん!」

 

「貴様の首級をあげて、我が勲章としてくれよう」

 

 先程倒した将軍より格上の傀儡将九人が、傀儡馬を走らせながら突撃してくる。しかも今回は単騎ではなく、九人の背後には数百の傀儡兵が追随していた。

 ディルムッドはフィオナ騎士団が一番槍を務めたほどの英霊。万の軍勢が相手だろうと負ける気はしないが、流石にこの数の騎兵による突撃を相手にするのは少し骨が折れそうだ。

 

「ただし俺一人であれば、だがな」

 

 ディルムッドが不敵に笑うと、騎兵達の前に飛び出したのはマシュ。

 騎兵の突撃する正面に、歩兵が立ち塞がるなど自殺以外の何物でもない愚行である。だがマシュは決して自殺する為に騎兵の前に飛び出したのではない。

 

「宝具、展開します……!」

 

 マシュが偽装登録された真名をもって、大盾の宝具を開放する。

 出現するのは嘗て最強の聖剣すら防いだ防壁。本来は防御一辺倒の能力であるそれ。けれど相手が騎兵で、尚且つその騎兵が自分に向かって全速力で突撃してきたのであれば話は変わる。

 謂わば猛スピードで走っていた自動車がビルの壁に激突するのと同じだ。敵を蹂躙する突撃力が、そっくりそのまま自分の身を滅ぼす凶器に変わる。そして壁に激突した自動車の末路は、大抵はぺしゃんこと相場が決まっている。

 まず犠牲になったのは一番先頭を走っていた大柄の傀儡将。更にその傀儡将が率いていた騎兵が次々に防壁へ激突し、砕け散っていった。

 続く第二、第三からの傀儡将達は流石に衝突寸前で馬足を止めたが、これで騎兵の最大の武器である突撃力は失われた。後は動きの止まった騎兵を屠るのみである。

 

「巨大な壁を即座に出現させるとは面妖な技を」

 

「手配書とは人相が随分違うが…………もしやこやつ等が陛下の御探しになられている入雲竜か」

 

「どうでも良いわ。我等をここまで愚弄したツケは――――」

 

 残った八人の傀儡将達は怒気を発しながらディルムッドとマシュの二人を睨みつけた。彼等からすればいきなり現れて優勢だった戦局を覆した怨敵。その怒りも当然だろう。

 だが彼等八人は忘れていた。自分達がそもそも誰と戦っていたかを。

 

「おい、」

 

 八人の隣から不躾に発せられた声。八人の傀儡将のみならず、ディルムッドとマシュも釣られるように声の発せられた方向へ見る。

 しかし八人のうち三人の傀儡将は声を発した人間を見ることは叶わなかった。何故ならばそれよりも早く雷霆の勢いで繰り出された戟が三人の将を挽肉にしてしまったからである。

 

「戦場で余所見をするな馬鹿者共め」

 

 不意打ちとはいえ一度に三人の将をなんなく葬ったのは、立派な髭を蓄えた精悍な豪傑だった。

 傀儡兵は三人の将を一度に討ち取った豪傑に群がるが、彼はまるで怯むことなく傀儡兵をミンチへ変えていく。その戦いぶりはバーサーカーの如き猛禽ぶりでありながら、眼に映るのは冷静にして沈着な内面だった。

 

「凄い……」

 

 思わずマシュが感嘆の吐露を漏らす。すると豪傑は戟を振り回しながら、

 

「それでお前達は何者だ? さっきまでの戦働きから察するに敵ではないようだが?」

 

「失礼。名乗るのが遅れた。俺はディルムッド・オディナ。こちらの乙女は」

 

「マシュ・キリエライトです。理由あって助太刀しました。迷惑でしたでしょうか?」

 

「いや、お蔭で楽に勝てそうだ。私は義兄上……沛公劉邦様の将、樊噲。礼を言おう」

 

 樊噲。その名はマシュは勿論、英霊として時空を超えた知識を持つディルムッドも知っていた。

 呂太后の妻に持つ劉邦の義兄弟にして、挙兵以来の腹心である。劉邦軍において最強の猛将といっていいだろう。

 

「ま、待て! まだ戦いは終わっておらぬぞ!」

 

 さも自軍の勝ちは決まったも同然という風の樊噲に激怒したのは、残る傀儡将達だった。彼等は怒りの儘に樊噲を襲うが、そんな彼等に樊噲は告げる。料理人が肉を捌く時のように淡々と。

 

「終わりだよ。全て、な」

 

 瞬間。残った五人の傀儡将に神速で飛来した矢が突き刺さり、次いで現れた鎧武者が傀儡将達に止めを刺した。

 

「やるな、曹参」

 

「元肉屋に負けておられんからな。それに半分は周勃の手柄だ」

 

 劉邦軍団最強の猛将の次は、後の漢帝国二代目相国の登場だ。

 傀儡将を射貫いた周勃も名将として有名であるし、後の中華史上最長の統一王朝の創始者の軍だけあって、後の世の英雄偉人が次々に現れるものだ。

 

「さて。ディルムッドにマシュとやら。その見慣れん恰好からなんとなく事情は分かるが、話は後片付けを済ませてからにしようか」

 

 樊噲が言う。相当数の傀儡将を討ち取られたことで、秦軍は撤退する気配を出し始めている。

 ここまでくれば後は本当に戦いを終わらせるだけだ。それから劉邦軍が秦軍を完膚無きに打ち破るのに、半刻とかかりはしなかった。

 

 




「呂雉」
 劉邦の妻であり皇后。呂太后とも呼ばれる。劉邦が死ぬと事実上の女帝として漢王朝の実権を握る。
 戚夫人を殺した人豚事件や、劉邦の子を次々に暗殺し、呂氏による専横を行ったことから中国三大悪女として悪名高い。
 だが悪女といっても一般にイメージされる悪女像のように馬鹿みたいな贅沢や暴政を行ったというわけではなく、寧ろ政治的にはかなり優れた人物だった。
 司馬遷がその治世を『天下は安定していて、刑罰を用いる事は稀で罪人も少なく、民は農事に励み、衣食は豊かになった』と評していることからもそれは明らかであり、政治に関しては劉邦を超える能力を持つ女性だったと言っても過言ではないだろう。
 劉邦に嫁いだ事から始まった波乱万丈の生涯は、夫と実の息子と娘が死んでも終わることはなかった。更には彼女の死後に呂一族はクーデターにより皆殺しの憂き目にあう。或は彼女こそ劉邦の最大の被害者と言えるのかもしれない。
 余談だが後漢書によれば光武帝が活躍する新末時代に、赤眉が陵墓から盗掘した彼女の遺体を犯したという。また光武帝は彼女から皇后の地位を剥奪し、文帝の母である薄氏に高皇后の諡号を贈っている。なにこの救い皆無の鬱END。
 どうでもいい事だが基本戦いが中心の本ssにおいて彼女の出番は一切ないのであしからず。よってぐだ夫による呂雉救済ルートとかはありません。

「人豚事件」
 猿でもできる三分クッキング。材料とするは新鮮ピチピチの戚夫人!
 両手両足を包丁で華麗にカットし、毒薬を少々。声も耳も潰した達磨の目を綺麗に刳り抜いてやれば、後はもう簡単。便所に投げ込んで世にも珍しい人豚の完成です。
 これには芸術界の権威である龍之介氏も『COOL!』と大絶賛。ワイン片手に愉悦に浸るも良し、息子に見せて寿命縮めるも良し。用法・用量を守ってお使いください。

「キングダム」
 ヤングジャンプで連載中の漫画。大将軍を目指す少年・信と後の始皇帝である政を主人公としている。
 始皇帝没後の未来を扱う都合上、キングダムのネタバレが含まれる恐れるがあるので要注意。

「曹丕」
 ドS。主な犠牲者は于禁。
 三国志で作者が二番目くらいに好きな人物だが、悲しいことに本作での出番はない。

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