Fate/Another Order   作:出張L

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第48節  絶対的な死

 予想もしなかった衝撃的な光景に絶句する。

 テセウスの西洋剣によって斬りつけられたカルナは、これまでの往生際の悪さが嘘のように、あっさりと自らの死を受け入れた。まるで最初からその為に生にしがみ付いていたかのように。

 

「……――――すまんな。汚れ仕事を押し付けた」

 

「気にするな。こういう役割は慣れている」

 

 一瞬同士討ちかと勘繰ったが、カルナには背後から自分を斬りつけたテセウスに怒りを向けるどころか、申し訳なさそうな表情をしていた。それはテセウスも同様で、とても裏切りによる同士討ちをしたとは思えない。

 英霊カルナが消える。絶望的な暴威を惜しげもなく見せつけた最強のサーヴァントの一角が、粒子となって消滅していく。

 何はともあれこれで敵側の最強戦力の一角を削げた。敵も残すは始皇帝と目の前のテセウスだけ。天秤はこちらに大きく傾いた筈だ。だというのに、

 

(なんだ、この胸騒ぎは)

 

 まだ何も終わってもいないし、天秤が傾いてなどいない。

 カルナという英霊は確かに消えた筈なのに、カルナの神威そのものが闇に潜んでこちらを伺っている。上手く言葉に出来ないが、そんな悪寒がするのだ。

 

「どう、して……」

 

「マシュ?」

 

 唇を震わせながら、マシュが大きく目を見開いてテセウスを――――より正しくはテセウスの持つ剣を凝視していた。

 マシュがここまで動揺するなど尋常ではない。あの西洋剣になにかあるのかと自分も視線を集中させる。

 黒い刀身とそこに描かれた妖精文字。どことなく見覚えがあったが、残念ながらそれを何処で見たのかは思い出せなかった。

 

「マシュ、あの剣がどうしたんだ?」

 

「有り得ないんです……テセウスが……いいえ、彼以外の騎士があの剣を持つことは有り得ないことなんです!」

 

「初見で気付いたか。これまでの特異点で知っていたのか、それとも」

 

「答えて下さい! どうして貴方がその剣を持っているんですか! 無毀なる湖光(アロンダイト)を!」

 

「!」

 

 マシュの言葉を起爆剤に、奥底に眠っていた記憶が猛烈な勢いで蘇ってくる。

 自分があの剣を見たのは第一特異点であるオルレアン。バーサーカーとして自分達に襲い掛かって来たサー・ランスロットが、最後の切り札に解放してきた宝具だ。

 

「どうしてって? これが俺の宝具だからだよ」

 

「誤魔化しは無意味です。無毀なる湖光(アロンダイト)は円卓最強を謳われたサー・ランスロットにのみ許された剣。貴方のものではないはずです」

 

 異なる英霊が同一の宝具を保有する事例は珍しいが皆無というわけではない。

 例えばジークフリートのバルムンクだ。あの魔剣はジークフリート死後も持ち主を次々と変えた曰くつきの宝具のため、ジークフリート以外にもバルムンクを宝具とする英霊は存在する。

 ギリシャ神話関連でいえばヘラクレスの剣であるマルミドワーズは、後にアーサー王の手に渡ったという伝承もあった。

 しかしだ。少なくともサー・ランスロットのアロンダイトを、嘗てテセウスが保有していたなんて事実は如何なる伝承を紐解いても存在しない。

 

「別に誤魔化しなんてしてねえさ。ちゃんと真実をあるがま――――ぐおっ!?」

 

 会話をぶった切るように、テセウスの眉間に毒塗りの匕首が命中する。

 下手人は言うまでもなく荊軻。テセウスが自分達と会話している不意をついた早業は、流石は暗殺者(アサシン)と言う他なかった。

 

「荊軻さん、まだ話の途中なのに!」

 

「すまんな。が、私は戦場にて敵を屠る将ではなく、闇にて命を伺う刺客。会話中だろうとなんだろうと隙を晒した敵を見逃すことは出来んさ。それに……まったく情けない。生前のみならず今生においても失敗するとはな」

 

 悔しげに吐息を漏らす荊軻にどういうことか尋ねようとするが、直ぐにその答えは現れた。

 

「その道理は理解できるが、せめて話し終えるまでは待ってほしかったなぁ。テティスの加護がなければ危なかったぞ」

 

 からん、と汚れ一つない匕首が床に落ちた。

 荊軻の投げつけた匕首は、傷一つで即死させるほどの猛毒が塗られている。しかしテセウスの肉体にはまったく毒が作用していなかった。

 何故かなど一目瞭然である。眉間に匕首を喰らいながら、テセウスには傷一つとしてついていなかったのだ。

 

「弾くどころかまったく通っていないな。無毀なる湖光|(アロンダイト)の次は……テティスの加護……まさかアキレウスの不死身の肉体か?

 私にはまったく意味が分からん。ディルムッド、そっちはどうだ? 体系は違えど同じ神話由来のサーヴァントだろう」

 

「同じくだ。ギリシャ由来のサーヴァントなら何か分かるのかもしれんが、俺には皆目見当がつかん」

 

 残念ながらこの特異点にいるギリシャ神話出身のサーヴァントはテセウスのみだ。

 こんなことならアステリオスやエウリュアレを始めギリシャ神話出身のサーヴァントが多くいた第三特異点で、ギリシャ神話の英霊について色々聞いておけばよかった。

 

「さて。ではカルナに代わり役目をこなすとしよう。話の流れをぶった切ったのはそちらだ。文句はつけるなよ」

 

 全身にはアキレウスの不死性。

 右手にはランスロットの魔剣。

 強力という以外には全く共通点のない二騎のサーヴァントの宝具を、如何な魔法か一つの身に宿したサーヴァントは、キメラすら逃げ出すほどの気迫で仕掛けてきた。

 

「ちっ! 良く分かんねえがやるしかねぇぞ!」

 

 サー・ランスロットの『無毀なる湖光(アロンダイト)』は決して刃毀れせず、その所有者の全てのパラメーターを1ランク上昇させる魔力を持つ。

 アキレウスの『勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス))』は神性を持つ者以外からの攻撃を無効化するという。

 最強の剣と、無敵の鎧。それを振るうはヘラクレスと双璧をなす武芸を誇るテセウス。下手すればカルナに匹敵しかねないほどの難敵だ。

 劉邦の『皇帝権限』で神性を付与することで『勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス))』は対処出来なくもないが、それとて決して万能ではないのだ。

 

「テェェェェェェェェェェセウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」

 

 厳しい戦いは避けられない――――という不安は、壁を粉砕した雄叫びによってあっさり吹き飛んだ。

 羅刹もかくやという形相で現れたのは、馬を喪失し孤高の覇王と化した項羽。その鬼気は真に一人となったことで、極限にまで高められもはや猛毒だった。ここに民草がいれば殺気を浴びただけで即死してしまったことだろう。

 

「ちっ。鬱陶しいのが追ってきやがったよ」

 

 夕食に蟲が混入していたのを発見したかのような顔を浮かべたテセウスは、アロンダイトを構え項羽を迎え撃とうとする。

 だが即座にアロンダイトだけでは凌げないと悟ったテセウスは、更なる驚天動地の宝具を行使してきた。

 

「『第六の応報(アブソリュート・デッド)』!」

 

 絶対的な死(アブソリュート・デッド)。そう叫んだテセウスの手より出現したのは、あろうことかカルナの神殺しの槍だった。

 魔剣と槍。長さの異なる得物を巧みに使いこなし、テセウスは項羽の矛を受けきった。

 

「今度はカルナの宝具まで!?」

 

 英霊の宝具は一人につき一人が原則だが、大英雄クラスになれば二つ三つ保有する者もザラである。

 だから大英雄であるところのテセウスが宝具を複数所持することは別に不思議ではないが、幾らなんでもラインナップが滅茶苦茶過ぎだ。

 しかも槍だけではなく、テセウスの全身を覆い始めたのは黄金の鎧。

 テセウスは魔剣と神殺しの槍を同時に振るい、全身から灼熱の魔力を放出させながら項羽の怒涛の連撃を防いでいく。項羽の超人的武勇はそれすら抉じ開けてテセウスの肉体に矛を届かせていたが、アキレウスとカルナの『不死身』がダメージを通さない。

 

『ふーん。そういうことねー。あれにはそういう意味があったわけだ』

 

 誰もがテセウスの使う宝具に首を傾げる中、ダ・ヴィンチ一人だけが一人でうんうんと頷いていた。

 

「ダ・ヴィンチちゃんにはテセウスの宝具が分かったんですか!?」

 

『もちのロンさ! あれは略奪の因果応報。英霊テセウスがアテナイへの旅路で行った六度の天誅が具現化した宝具だ。原理は極めて単純。自分が殺した相手のものを任意で奪い取る。宝具は愚か才能(スキル)さえもね。殺害必死でも問答は無用というわけだ』

 

「じゃあテセウスがカルナを殺したのは!」

 

『そう、同士討ちなんかじゃない。最初からカルナは自分の宝具とスキルを与えるために、わざとテセウスに殺されたんだよ!』

 

『待ってくれダ・ヴィンチちゃん! ということはテセウスはアキレウス、ランスロット、カルナの全てのスキルと宝具を兼ね備えているってことじゃないか! こんなの勝てっこない!』

 

『落ち着けロマニ。あれが六度による応報が具現化した宝具なら、奪える〝モノ〟も六つが限界のはずだ。七つ目を奪おうとすれば、奪ったものを一つ破棄しなくてはならないと見たよ。

 今から考えればアステリオスの「万古不易の大迷宮《ケイオス・ラビュリントス》」は生前に殺したことで、元々奪い取ってあった宝具なんだろうね』

 

『なら良かった――――って、全然気休めにならないよ! 六つだって十分すぎるほどヤバい相手じゃないか!』

 

 カルナや始皇帝のように最初から最強なのではなく、立ち回りによっては最強すら凌駕する力を得るサーヴァント。それが英霊テセウス。

 綺羅星の如きギリシャ神話の英霊達の中で、ヘラクレスと双璧をなすと謳われただけある。恐ろしいサーヴァントだ。

 今だって出鱈目な強さを誇る項羽相手に互角どころか優勢に戦っている。こうしてはいられない。自分達も項羽に加勢してテセウスを倒さねば。

 

「――――手を出すなぁ!」

 

「!」

 

 けど項羽は自分の考えを察したかのように怒鳴り声で制止してきた。

 

「こやつは俺の獲物ぞ! 騅の仇じゃ、誰にも渡さんわ。誰にも譲らんわ。こやつを(ころ)すのは俺じゃ。貴様等には始皇の首級を譲ってやるわ。そちらを(ころ)せい。無論、俺がこやつを(ころ)すまでに獲れればの話じゃがのう」

 

 項羽が愛馬に乗らず一人で現れたことから予想できたが、やはり騅はテセウスによって殺されてしまったのだろう。 

 人馬一体の馬術と神馬にも比肩するだけの疾さ。それだけあって尚も項羽には誰もついていけない。なんとなく悲しい気分になった。

 

「……ああなった項羽は誰にも止められねえよ。ここはあいつに任せて、さっさと始皇帝をぶっ殺すが吉だべ」

 

「そうだな」

 

 劉邦の言葉に頷く。今は押されている項羽だが、彼がそう簡単に負けるとも思えない。

 ここは項羽に従って、始皇帝を倒しに行くべきだろう。如何にテセウスが出鱈目だろうと、始皇帝さえ倒せば決着がつくのだから。

 項羽とテセウスの常軌を逸した激闘を後目に、始皇帝の待つ玉座の間へと急いだ。

 




【元ネタ】ギリシャ神話
【CLASS】アサシン
【マスター】始皇帝
【真名】テセウス
【性別】男
【身長・体重】230cm・147kg
【属性】中立・中庸
【ステータス】筋力A+ 耐久B 敏捷A 魔力B 幸運C 宝具B

【クラス別スキル】

気配遮断:A
 サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
 完全に気配を絶てば発見することは極めて困難である。
 ただし自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。

【固有スキル】

神性:B
 神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
 伝承において海神ポセイドンの息子とされる。

隠遁術:A++
 罠を掻い潜り、目的地に到達する才覚。同ランク以下の障害物を無力化する。
 迷宮攻略、敵拠点への潜入の際に大きな補正を得る。

心眼(偽):B
 直感・第六感による危険回避。

勇猛:B
 威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
 また、格闘ダメージを向上させる効果もある。

【宝具】

手繰りし活路への糸導(アリアドネ)
ランク:D
種別:対迷宮宝具
レンジ:1~10
最大捕捉:7人
 アリアドネがテセウスを助けるため渡した赤い麻糸。
 予め赤糸を結びつけておくことで、如何なる障害も無視してその座標軸に空間跳躍し離脱する。

第六の応報(アブソリュート・デッド)
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:―
最大捕捉:1人
 テセウスの真の宝具。自分が殺した相手の〝宝具〟または〝スキル〟を自分のものにすることが出来る。
 この宝具の効果で奪えるものは最大で六つまで。それ以上の獲得には、ストックしてあるものを破棄しなければならない。
 なお生前殺したアステリオスの〝大迷宮〟は、既に奪ったものとして初期状態からストックされている。

万古不易の大迷宮(ケイオス・ラビュリントス)
ランク:EX
種別:迷宮宝具
レンジ:???
最大捕捉:???
 ミノタウロスが封じ込められていた迷宮の具現化。
 一旦具現化してからは、「迷宮」という概念への知名度によって道筋が形成される。
 この迷宮から脱出する方法は三つ。
 一つ目は正規の手段で迷宮の出口を探し出すこと。ただしこの方法には同ランク以上の幸運、または迷宮攻略のためのスキルが不可欠である。
 二つ目は特別な対迷宮宝具を用いること。
 三つ目は発動者を迷宮内から排除、つまりは討ち滅ぼす事である。
 うち一つ目と二つ目の方法がとれるサーヴァントは極めて少ないため、事実上脱出するには発動者を倒す他ない。
 正確にはテセウスの宝具ではなく、生前殺したアステリオスの宝具である。









 テセウスは初期はヘラクレスやアキレウスほどぶっ飛んだ強さはないけれど、上手く立ち回ればヘラクレス以上のチートになれるかもしれない可能性のサーヴァントです。まあ七騎が基本の普通の聖杯戦争ではかなり難しいでしょうけど。けどムーンセルの聖杯戦争とはかなり相性が良いかも。
 補足すると設定上ランスロットとアキレウスを殺害していることになるテセウスですが、これは彼が別に二人を倒したとかそういう話ではなく、始皇帝がランスロットとアキレウスを自分の手駒として呼んだけど従う気がなかったので、令呪で拘束してからテセウスに殺害させて宝具だけ奪っただけです。


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