Fate/Another Order   作:出張L

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第46節  流星と日輪、そして龍炎

 戦いが始まってからどれくらいの時間が過ぎただろうか。

 マシュ、ディルムッド、アーラシュ、荊軻、そして劉邦。五人ものサーヴァント(うち二名はデミ・サーヴァントと擬似サーヴァント)で一斉攻撃しているのに、一向にカルナの武威が衰えることはない。

 それどころかカルナの灼熱はこちらの闘志を燃料にして更に燃え上がっているようですらあった。

 

「落ちろぉぉぉぉおおおおお!」

 

 アーラシュ渾身の一矢がカルナの腹部に突き刺さった。カルデアのある2016年においては旧時代の遺物に等しい矢も、アーラシュという神代の英雄が放てば大砲にも勝る兵器である。

 だというのにカルナはまったく怯まない。確かに矢は直撃してダメージも通っているのに、まったく槍を鈍らせず自らの命を奪いに来る敵を薙ぎ払う。

 こちらが攻めれば、カルナが押し返し、またこちらが攻め返す。そんな繰り返しが都合十度繰り広げられていた。

 だが城壁の外には万が一のために公孫勝が控えているし、テセウスを倒した項羽が駆け付けてくれる可能性もある。このまま粘って戦いを長引かせるというのも一つの手かもしれない。

 

『――――消耗戦を考えているならよしたほうがいい。そいつは悪手さ』

 

「ダ・ヴィンチちゃん?」

 

『超高速で戦闘してるせいで見難いかもしれないが、よく目を凝らしてカルナを観察してみるんだ。そうすれば分かるよ』

 

 調子の軽いダ・ヴィンチだが万能の天才と呼ばれた観察眼は本物だ。

 アドバイスに素直に従って五騎のサーヴァント相手に獅子奮迅の武勇を披露するカルナを凝視する。

 自分はお世辞にも優秀なマスターではないが、サーヴァントを見た数なら誰にも負けない自信があった。その経験のお蔭で直ぐに異常に気付く。

 

「これまでマシュ達が与えた傷が……なくなっている!?」

 

『カルナの〝日輪よ、具足となれ《カヴァーチャ&クンダーラ》〟はあらゆるダメージを九割削減するだけじゃない。鎧を纏う者に強力な自己治癒能力を与える効果を持っているんだ』

 

 ロマンが補足する。

 物理・魔力問わずあらゆるダメージを十分の一にし、尚且つ再生能力を与える。これではまるで、

 

「――――弱点が、ない。それじゃ……不死身じゃないか」

 

『そうだよ。だからこその死の征服者。単騎にて天・地・人の三界を征するとまで謳われた不死身の英雄なんだ』

 

「なにか攻略法はないんですか!?」

 

『あるよ。鎧によって不死身なら鎧を剥がしてしまえばいい。神話ではバラモン僧に化けたインドラが姑息な手を使って鎧をカルナより譲り受けたんだ」

 

「譲り受けたって、見返りもなしに!?」

 

 英霊にとって宝具とは己の半身である。鎧が肉体と完全に一体化しているカルナにとっては、もはや己自身といっても過言ではないだろう。

 それを譲るなんて、英霊ではない人間の自分にも到底信じられる話ではなかった。

 

『普通はやらないさ。私もやらない。だがそれをやるのが〝施しの英雄〟カルナなんだ。まぁインドラもその余りの高潔さに報いて、鎧の代償として〝神殺しの槍〟を与えたんだけどね』

 

「神殺しの槍?」

 

『神々の王であるインドラですら使いこなせなかった最強の槍だよ。まぁどう考えても割に合わない取引だね。なにせ鎧を失った事が原因で彼は異父弟であるアルジュナに敗死したんだし。しかも結局貰った槍は一度も使われることもなかったしね』

 

 それがカルナがランサーとして召喚された因果なのだろう。

 となると灼熱を纏った光槍というのが、インドラから与えられた一品ということか。

 

「ところでダ・ヴィンチちゃん」

 

『なんだい?』

 

「今の状況で俺達にインドラと同じことが出来ると思う?」

 

『無理だね!』

 

 天才は清々しいほどの笑顔で断言した。正直気休めでいいから5%は確率があるくらい言って欲しかったが、甘い妄想に逃げている場合ではない。

 マシュ達サーヴァントの役目が戦う事なら、マスターである自分の役目は突破口を見つけ出すことだ。

 

(考えるんだ……不死身の英雄も最強の英雄だっているかもしれない……でも完全無敵の英雄なんている筈がないんだ! 必ず何か倒す方法があるはず……っ!)

 

 カルナは鎧を代償として、インドラより神殺しの槍を得た。

 しかしサーヴァントであるカルナは〝黄金の鎧〟と〝神殺しの槍〟を同時に装備しているという反則状態である。

 

(まてよ)

 

 カルナは伝承において鎧の代償として、神殺しの槍を譲り受けた。

 そして黄金の鎧とは異なり、カルナは神殺しの槍をただの槍として操るばかりで、宝具としての真価たる真名解放をする気配が一向にない。

 単純に切り札を温存しているだけなのかもしれないが、もし迂闊に真名解放出来ない理由があるとしたら。その理由が自分の予想する通りだったのならば、突破口はある。

 

(だけどそれをやるには、カルナが〝神殺しの槍〟を使わざるを得ない状況に追い込まないと駄目だ。でも公孫勝の神兵や四神だって独力で倒す英雄なんだぞ。それを超える宝具なんて――――――)

 

 ある筈がない。そう、ないのだ。カルナをもってして切り札を使わずにはいられない宝具なんてある筈が、

 

「マスター、嬉しいが余計な気遣いは不要だぜ」

 

「アーラシュ!?」

 

「これでも千里眼持ちなんでな。マスターの狙いは分かった。心配するな、俺に任せておけ」

 

「駄目だ!」

 

 朗らかに笑うアーラシュだが、許せる筈がない。

 なるほど以前に聞いたアーラシュの〝宝具〟ならば、カルナの神殺しの槍を引き出すことも出来るだろう。これが真っ当な宝具ならば自分からアーラシュに宝具を使うよう頼んでいたかもしれない。

 だけど駄目なのだ。他のサーヴァントなら兎も角、アーラシュだけには宝具を使わせてはいけない。だってそれは、

 

「気にするな、俺は何もお前の為にやるんじゃないんだ。英雄としてだとか関係なく、俺は人間が好きだから好きなようにやってるんだよ」

 

 多くの敵を殺すのではなく、敵味方の殺し合いを止める為に自らの命を捧げた男は、今再び人類史を救うために弓をとる。

 アーラシュとは沛からの付き合いだが、一緒に戦った掛け替えのない仲間だ。だから分かってしまう。この覚悟は止められない。

 

「全員、下がれ! いっちょデカいのぶっ放すぜ!」

 

 アーラシュの宝具がどういうものかを知るのは自分だけではない。マシュやディルムッド達、そして劉邦も予めアーラシュ自身により教えられていた。

 同じ正純な英霊としてアーラシュの覚悟に誰よりも共感するディルムッドは意を汲んだ。自らもまた命を賭して大事をなそうとした侠者である荊軻もそれに倣い、劉邦は真っ先にに避難した。

 だがマシュだけはその場に留まって叫ぶ。

 

「アーラシュさん、けどそれは!」

 

「マシュ、アーラシュの言う通りに……」

 

「!」

 

「……マスターとして命、」

 

「いえセンパイ、分かりました」

 

 マスターではなく敢えてセンパイと言ってマシュは遅れて退避した。悔しさで強く噛まれたせいだろう。下唇からは血が滲んでいた。

 そしてアーラシュの覚悟を察したのは味方ではなく、敵対者であるカルナもまた同じ。

 

「自らの命を賭すか、アーチャー。お前の献身にはブラフマーストラでは届かんな。ならばこちらも命を賭そう。お前の献身は尊いものであるが、オレにも譲れぬものがある。我が槍をもってそれを薙ぎ払おう」

 

 カルナの黄金の鎧が肉体より剥離していき、代わりに〝神殺しの槍〟が圧倒的熱量と共に真の力を目覚めさせていく。

 幸か不幸か予想は正しかったらしい。黄金の鎧の代償に得た〝神殺しの槍〟の真価を発揮するのは、鎧の喪失こそが条件だったのだ。

 

「陽のいと聖なる主よ。あらゆる叡智、尊厳、力をあたえたもう輝きの主よ」

 

「神々の王の慈悲を知れ」

 

「我が心を、我が考えを、我が成しうることをご照覧あれ」

 

「インドラよ、刮目しろ」

 

「さあ、月と星を創りしものよ。我が行い、我が最期、我が成しうる聖なる献身(スプンタ・アールマティ)を見よ」

 

「絶滅とは是、この一刺」

 

 照らすは日輪、夜空を流れるは星。ここに万象は慄き、宿命は結実する。

 インドとペルシャの大英雄が、自らの秘蔵秘奥をここに解放した。

 

「────流星一条(ステラ)ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 先に放たれるはアーラシュが流星。文字通りの命を賭した一矢は星となって、日輪を堕とすべく奔る。

 嘗て十年以上もの戦乱に苦しむ国を救うため、アーラシュは究極の一矢によって大地を割った。割れた大地は『国境』となり国には彼の願い通りの平和が齎された。

 だが大地を割るという神ならぬ身以外には許されぬ絶技を行った代償に、アーラシュは自らの肉体を五体四散させ息絶えたという。

 自らの命を代償として発動する〝特攻宝具〟。それがアーラシュが象徴とする宝具(きせき)だった。射程距離2500㎞。最も速き流星をも超える速度で、アーラシュの魂は一条の光となって日輪(カルナ)へと向かっていく。

 アーラシュが罅の入った顔で笑う。これでいいのだと。これは自分が望んだ結末だから気にするなと。救国の英雄は死の間際でも自分ではなく他者を気遣っていた。

 だが次の瞬間アーラシュの笑みが凍りついた。

 

「灼き尽くせ、日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)!」

 

 背より噴出するは眩き炎翼、射貫くは刃の眼光、顕現するは神々の王(インドラ)すら持て余したほどの絶望(きせき)

 神の如き絶技を、神をも殺す暴威が蹂躙する。

 流星が削り取られていく破砕音。核融合にも等しいエネルギーを稼働させた光槍は、加速度的にアーラシュの流星を呑み込もうとしていた。

 決して侮っていた訳ではない。

 英霊カルナが鎧を代償に得た光槍。であればその威力もまた相当のものだということは覚悟していた。けれど一方でこうも思っていたのだ。アーラシュの命を賭した一矢に勝る威力ではないだろうとも。

 楽観のツケはここに払われる。神殺しの業火は流星を呑み込み、そして自分達をも焼きつくさんと迫っていた。その光景はさながら太陽が地表に墜落しているかのようである。

 逃げ場はない。天災に対して人間がとれる対抗策は〝避難〟だけだ。だからこそ逃げ場がない事は、自分達が確実に死ぬという未来をこれ以上なく教えていた。

 

「もう諦め――――ら、れるかぁぁぁあああ!」

 

 逃げ場所がないのならば、立ち向かうだけだ。

 目の前に障害物があるのならば、叩き壊して前へ進む。

 

「マシュ、宝具の解放を! アレを相殺するんだ!」

 

「先輩……。はい、了解しました! 真名偽装登録、いけますマスター!」

 

 アーラシュの流星は完全に呑み込まれたわけではない。カルナの光槍の破壊力をマシュの盾で削減する事が出来れば、まだ押し返す可能性はある。幸いマシュはまだこの戦いの最中に一度も宝具を使用していない。発動条件は整っている。

 アーラシュの横に並び立ったマシュは、デミ・サーヴァントとして継承した〝宝具〟を展開する。

 

「擬似展開/人理の礎《ロード・カルデアス》」

 

 マシュは未だ自分に力を託した英霊の正体を知らないが故に、宝具の真名も偽装登録されたものに過ぎない。

 されど特異点Fにおいてアーサー王の『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を防ぎきった防御性能は最高峰のものだ。

 エクスカリバーほど最高の相性というわけではないが、見事に〝神殺しの槍〟の威力を削減する。だが、

 

「そんなっ! まだ……!?」

 

「マシュの盾の力が加わっても、止められないのか?」

 

 なんという出鱈目か。灼熱の輝きは盾によって一時的に堰きとめられはしたものの、尚もこちらを喰らいつくさんと迫ってきた。

 心が折れる。今度こそ〝詰み《チェック》だ。対軍・対城規模の宝具に対抗策があるのはアーラシュとマシュの二人だけ。ディルムッドと荊軻の宝具は共に対人宝具。あの灼熱に対しては無力だ。

 

「おいおい。なんだよ諦めちまったのか?」

 

 膝をつきそうになったその時、それを引きとめるように飄々とした男の声が背後にかかる。

 

「……沛公?」

 

 劉邦は背中で剣を担ぎながら、まるで軽く一仕事するかのような気楽さで前へと躍り出た。

 

「けどまあ仕方ねえべ。〝諦める〟ってのはネガティブな響きだし、諦めなって応援はよく聞くけど、実際問題なんでもかんでも諦めねえのは無理だべ。かくいう俺も皇帝になって死ぬまで(・・・・・・・・・・)小さいことからデカいことまで何百回何千回は諦めた。でもな」

 

 劉邦の剣に龍炎が宿る。轟々と森が焼けているかのように鮮烈に。

 

「――――俺は俺の命だけは、絶対に諦めねえ」

 

「さっき皇帝になってって、まさか沛公」

 

 項羽は言っていた。劉邦は自分の命が危険に晒されないでもしない限り覚醒することはないと。であれば死に直面し、剣から炎を発している劉邦は。

 それを裏付けるように劉邦の鎧が変化していく。楚の一将軍のそれだった鎧は、皇帝が纏うのに相応しい武神が如き赤き甲冑へ。

 

「スキル〝皇帝権限〟発動。対象アーラシュ、付与スキル:魔力放出」

 

「なっ――――!」

 

 劉邦が二本の指で罅入ったアーラシュを指差した途端、消滅しかけていた流星が一気に輝きを増す。

 これが劉邦のサーヴァントとしてのスキル。恐らくは自身が様々なスキルを獲得する〝皇帝特権〟とは反対に、劉邦の〝皇帝権限〟は味方にスキルを付与する能力なのだろう。

 流星が力を取り戻したのは、アーラシュが魔力放出スキルを獲得したことによって、出力が上昇したことが原因に違いない。

 魔力放出スキルによって傾いていた天秤が水平になる。流星と灼熱は互いが互いを喰い合うように拮抗していた。

 

「まだだ!」

 

 故にここはもう一手加え、天秤を完全にこちらへ傾けさせる。

 劉邦の剣を覆っていた龍炎が更に火力を増していく。それはきっと白帝の子である大蛇を殺した逸話が具現化した、劉邦の剣士(セイバー)としての宝具。

 であればその刃には神殺し、竜殺し、蛇殺し、王殺しの特攻効果をもつ。英霊カルナは竜でも蛇でもないが、太陽神スーリアの子である半神。特攻効果は十二分に効果を発揮する。

 

「――――斬白蛇剣《せきていはくじゃをきる》」

 

 流星に龍炎の力が加わり、灼熱を逆に押し返していく。

 カルナに退却の意思はない。悟るように痩身は流星と龍炎に呑み込まれていった。

 




【元ネタ】史記
【CLASS】セイバー
【マスター】???
【真名】劉邦
【性別】男
【身長・体重】180cm・72kg
【属性】中立・悪
【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷B 魔力A 幸運EX 宝具A++

【クラス別スキル】

対魔力;B
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

騎乗:B
 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
 魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

【固有スキル】

自己保存:B
 高い幸運と生き汚さにより、マスターが無事な限り殆どの危機から逃れることができる。

カリスマ(偽):A
 大軍団を統率する人心掌握術。
 Aランクはおよそ人間が出来得る限り最高峰の手腕といえよう。
 劉邦が持つ天性の才能としてのカリスマ性はDランクである。

単独行動:A
 マスター不在でも行動できる。
 ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。

皇帝権限:EX
 本来持ち得ないスキルも、本人が主張する事で短期間だけ対象とした相手に付与できる。
 該当するスキルは騎乗、剣術、芸術、カリスマ、軍略、等。
 ランクA以上ならば、肉体面での負荷(神性など)すら付与させられる。
 なお付与するスキルのランクは、対象となった人物の素養に左右される。

【宝具】

斬白蛇剣(せきていはくじゃをきる)
ランク:A+
種別:対軍宝具
レンジ:1~50
最大捕捉:500人
 赤帝(赤龍)の子である劉邦が、白帝の子である大蛇を切り伏せたという後世の逸話が昇華された宝具。
 猛り狂う赤龍の赫焉が如き息吹により、敵対者を殲滅する。
 伝承により王に類する者や、神性を持つ者、蛇・竜属性の持ち主に対してはダメージが増加する。








……一応この作品のナビゲーター枠なのに、終盤になって漸くステータス公開されるのが劉邦クオリティ。ステータスがまずまずなのは、白蛇を斬ったという逸話とセイバークラスによるブースト。だけど王妃のマリーすら筋力Dなので、生涯にわたって前線で戦い続けた劉邦はCくらいあっても罰は当たらないと思うのですが……どうじゃろ。え? ガチムチな癖に筋力Dの弓兵がいるって? 知ら管。
 なおサーヴァントとしての劉邦は絶対生き残るマン。しかも兄貴のような純粋なしぶとさではなく、単独行動スキルもあってマスター死んでも自分だけは生き残るような奴です。

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