Fate/Another Order   作:出張L

45 / 77
第45節  大英雄との死闘

 ギリシャ神話においてメドゥーサと並び最も有名な怪物たるミノタウロス。彼を閉じ込めた大迷宮は取り込まれれば脱出不可能の牢獄だ。なにかしらの特殊スキルか、劉邦のような規格外の幸運でもない限り普通に脱出する事は不可能といえるだろう。

 そして宿敵の劉邦と違い項羽には規格外の幸運なんてないし、迷宮を攻略するようなスキルもない。よって項羽が大迷宮を脱出する方法は一つ。迷宮内に隠れるテセウスを探し出し、これを討ち取ることのみ。さすれば支柱を失った迷宮はたちどころに消滅するだろう。

 ここまでは始皇帝とテセウスの狙い通りに進んでいた。

 項羽は始皇帝と同じEX級のサーヴァントではあるが、始皇帝のような万能さはない。真っ向勝負ならば最強でも、搦め手には弱いのが項羽の最大の弱点である。

 確かにテセウスが項羽と正面から戦えば敗北は必至であろう。いや奇襲や暗殺という手段をもってしても限りなく不可能だ。

 しかし勝利を捨てて、ひたすらに足止めを狙うのであれば話は別。

 敵を逃がさないことに秀でた大迷宮(ラビリンス)

 敵から逃げ出すことに秀でた赤糸導(アリアドネ)

 この二つの宝具を同時に運用すれば、例え相手が項羽でも魔力が続く限り永遠に閉じ込められる。

 始皇帝とテセウスの狙いはまったく戦術的に隙がなく、半ば成功したといっていいだろう。敵が項羽でなければの話だが。

 

「どこじゃぁ! 何処におるかテセウス! 出てきて戦わんか匹夫めがっ!」

 

「おいおい、無茶苦茶というか滅茶苦茶だな」

 

 項羽はまともに迷宮を進むなんていう、真っ当な人間らしいことを端からやりはしなかった。

 あろうことか項羽は烏騅を全力で走らせたかと思うと、感じ取ったテセウスの気配目掛けて〝真っ直ぐ〟に向かってきたのだ。

 言うまでもないことだが、迷宮の道は直線ではなく入り組んでいる。真っ直ぐ進みなどすれば、直ぐに壁に激突してしまうだろう。

 実際激突した。そして突き破った。ミノタウロスの怪力が直撃しようとビクともしない迷宮の壁を、まるで障子か何かの如く。

 これには神代の英雄であるテセウスも唖然とせざるをえなかった。このようなインチキ染みた迷宮攻略法、他に出来るとすればテセウスの知る限りではヘラクレスくらいだろう。

 

「……ヘラクレスか」

 

 生前の友を思い出して、テセウスは一瞬戦いを忘れる。ギリシャの英雄ならば誰もが理想とする英雄の中の英雄。もしも彼が今の自分を見ればどう思うだろうか。

 

「らしくなく、女々しいことを考えた」

 

 気の迷いを振り払う。というより考えるまでもなかった。この場にヘラクレスがいたのならば、戦いの最中に別の事を考えるなと注意されるだけだろう。

 そう、己は英雄だ。世界が〝悪〟と判断した者ならば例え性根が〝善〟であろうと殺し、世界が〝善〟と判断した者ならば性根が〝悪〟であろうと命懸けで守る。輝かしい栄光を纏った、汚れ仕事の専門家だ。

 今の自分が属する世界の王――――始皇帝は自らに逆らう全てを〝悪〟と見做している。であればその走狗たる自分は、徹底して悪を殺すのみ。

 

「もっとも殺すことが出来ないのが情けない限りだが、与えられた命令くらいは果たさんと英雄の名折れなんでね」

 

 迷宮全体に反響する項羽の罵声から逃げるように、テセウスは『手繰りし活路への糸導(アリアドネ)』による空間転移を実行する。

 入れ替わるように先程までテセウスのいた場所に項羽が辿り着くが、既にテセウスは迷宮の反対側へ転移した後だった。

 

「しゃらくさいのう……」

 

 気配感知のようにスキル化された能力ではなく、一定以上の力量の武人ならば等しく保持する気配を読む力。中華史上最強の武勇を誇る項羽は、それもまた埒外の域に達している。項羽の重瞳子は即座にテセウスの転移した場所を捕捉した。

 

「行くぞ騅」

 

 頷くように嘶くと、騅は主の命じるがまま迷宮の壁へ突進していく。

 マッハを軽く突破する騅の突進は、それ自体が対城宝具のようなものだ。壁を粉々に粉砕しながら〝真っ直ぐ〟テセウスの所へ向かう。

 

「根競べだな、これは」

 

 迷宮の反対側でテセウスは溜息をつく。幸せが逃げていくような気がしたが、どうせ人並みの幸せなどサーヴァントの身の上で望んでいないのでどうでも良かった。

 自分が項羽をここに閉じ込めている間に、カルナがカルデアを始末してくれればそれで良し。作戦は滞りなく成功だ。

 しかし如何にカルナといえど、敵は四つの特異点を見事修復してみせたカルデア。万が一ということも十分あり得るだろう。

 もしもカルナが敗れるような事があったならば、

 

「つくづく面倒なもんだよ、英雄って職業は」

 

 欝々とした感情を振り払うため、もう一度テセウスは溜息をついた。

 

 

 

 全身から炎熱の魔力を放出させたカルナにとって『移動』一つですら命を奪う攻撃に化ける。背中に炎翼を現出させジェット噴射のように突っ込んでくるカルナは、さながらミサイル弾頭だった。

 カルナもまた大英雄。通常攻撃一つ一つが並みのサーヴァントの宝具に匹敵するだけの破壊力を秘めている。

 

「マシュ、ディルムッド! 頼む!」

 

「はい!」

 

「御意!」

 

 この中の面子で最も白兵に秀でているのは盾の騎士であるマシュと、槍の騎士であるディルムッドだ。

 カルナの槍をまともに防げるのはこの二人しかいない。

 そして序盤の戦いの流れを決定する初撃が、カルナより繰り出される。

 

「はっ――――!」

 

 突貫の勢いを乗せて放たれた突きは、閃光を置き去りにするような速度で容赦なくディルムッドを狙う。

 破魔と呪詛。異なる二つの効果を持つ双槍を変幻自在に操るディルムッドは、カルナのような一撃必殺の決定力こそないものの、堅実に強く厄介なサーヴァントだ。特に決定力のなさを味方が補ってくれる多対一の戦闘においては、嫌らしいほどの強味を発揮する。

 カルナは即座にそれを見抜き、まずはディルムッドから倒すことにしたのだろう。

 

「マシュ!」

 

「任せて下さい」

 

 だがディルムッドとマシュはこの混沌隔離大陸で出逢ってから、最も長くマシュと最前線で戦ってきた者同士。

 数々の激戦を潜り抜けたことで連携は熟練の域に達している。

 最小限の声かけとアイコンタクトでディルムッドの意思を悟ると、マシュはカルナの槍という死の入り口へ臆さず踏み出していった。

 多くのサーヴァントが攻めに秀でている中で、守りにおいてこそ本領を発揮するのがシールダーのクラス。

 マシュは盾を槍の進行方向上の左斜めから突き出し、槍の矛先を外す。ほんの僅かに軌道がずれてしまえば、最速のランサークラスであるディルムッドにとって躱すことは然程難しい事ではない。

 渾身の一撃を躱されるということは、自らの隙を晒すこと。如何なカルナといえど例外ではない。その出来た隙をディルムッドは瞬時に突いた。

 完璧なタイミングでのカウンター。超人的技量で黄槍はどうにか避けたが、もう片方からは逃れられなかった。破魔の紅槍がカルナの左肩を突き刺す。

 カルナの肉体と一体化した『黄金の鎧』は日輪の神威の具現。あらゆる干渉を十分の一にまで削減する最高峰の防御宝具だ。

 しかしディルムッドの『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』は、あらゆる宝具の効果を打ち消す宝具殺しの槍。黄金の鎧の防御効果を無視して、カルナに確かなダメージを与えた。

 先ずは一手、こちらが先取した。決着がついたわけではないが、これで流れは掴めたはず。

 

「不味い、下がれディルムッド!」

 

 そんな楽観はアーラシュの怒声によりあっさり打ち消された。

 左肩を突き刺されたカルナはしかし、まるで怯んではいなかった。炎熱の魔力を脚に集中させると、思いっきりディルムッドを蹴り抜く。

 

「かはっ!」

 

 蹴り飛ばされたディルムッドを一瞥することもなく、カルナが次に狙ったのはマシュ。

 カルナの片眼に魔力が集中していく。あれは間違いなく宝具が発動する兆候だ。

 

「マシュ、魔力を防御に全集中だ!」

 

「……っ! は、はい! センパイ!」

 

 反射的に飛び出した指示は、結果的にはこの上なく適切だった。

 ブラフマーストラ。インド神話の英雄にとって奥義たる技は、カルナの鋭い眼光から光線のように放たれる。

 必殺必中の奥義たるブラフマーストラだったが、発動速度を優先して炎熱の魔力が付与されなかったからだろう。マシュの盾はブラフマーストラをどうにか防ぎ切った。

 だがカルナは戦いでは徹底的に容赦という言葉がない。ブラフマーストラを防いだマシュへ更なる追撃をしかけてくる。

 

「させねえよ!」

 

 マシュを救うべくアーラシュが援護射撃に高速で弓を放った。カルナとしては護りの要であるマシュはディルムッドと並んで優先して倒したい相手である。けれど血気にはやって大事を見誤るほどカルナは馬鹿ではない。

 東方の大英雄の矢はカルナをもってしても片手間で防げるようなものではなかった。マシュへの追撃を放棄すると、カルナは槍で全ての矢を叩き落す。

 カルナが矢を叩き落すことに意識を向ければ、背中から斬りかかるのは暗殺者である荊軻だった。

 ただ人間なら即死させる毒塗りの刃も、鎧に守られたカルナ相手では分が悪すぎた。矢を叩き落しながらカルナは首を荊軻へ向け、その視線で姿を捉える。

 槍兵(ランサー)であると同時に砲兵(ランチャー)でもあるカルナにとって、視界に捉える事は砲口を向けるも同じ。

 必殺のブラフマーストラがまたしても放たれる――――寸前で。

 

「おらぁあああ! 俺のこと忘れてんじゃねえべ!」

 

 ここにきて伏兵・劉邦がカルナへ斬りかかる。

 擬似サーヴァントとして半覚醒している劉邦は、宝具の解放こそまだおぼつかないが身体能力は英霊のものとなっている。

 剣が龍炎を纏っていることも相まって、その斬撃は洒落にならない威力をもっていた。

 尤も覚醒しようとどうしようと劉邦が、武力でカルナに勝るなんて事が有り得る訳がなく、カルナが槍を一薙ぎするとあっさり吹っ飛んでいった。

 

「畜生~! なんか強くなったかと思ったけどこの様か糞野郎ぉぉぉお!」

 

 悪態をつきながら致命傷どころか重症すらないのは、劉邦の幸運と自己保存能力の高さ故だろう。

 それに劉邦の行動は無駄ではなかった。カルナがほんの僅かに劉邦に時間をとられている間に、カルデアの槍兵が戻ってきたのだから。

 

「おぉぉおおおおおおおおおおお!!」

 

 雄叫びをあげながらディルムッドは、バーサーカーすら圧倒する闘気を漲らせカルナに迫った。

 貴婦人の心を溶かす美貌と礼節ある態度から勘違いされがちだが、ディルムッドもまた命を賭けた闘争に血を滾らせる戦士である。その戦士の血がカルナという武人を前にして完全に目覚めていた。

 ディルムッドにはカルナの蹴りによるダメージがあるのだが、羅刹の気迫で槍を振るう姿には負傷による技の鈍りはない。

 神殺しの槍と双槍が火花を散らし、ディルムッドの奮迅を他全員でサポートする。

 早くも戦いは拮抗状態になりつつあった。

 

 

 




 感想欄でそこそこ指摘されてますが、第六章と本作で微妙に展開が被ってしまいました。具体的にはカルデア来る前に聖杯奪還とか、国同士の戦争状態とか。
 六章風に配役するならこんな感じでしょうか。

エジプト=秦帝国
ハサン村=劉邦軍
円卓=チンギス・ハン
十字軍=義経郎党

 六章と比べると項羽とかいうサイヤ人が味方にいるのと、チンギス・ハンの勢力がカルデアに関わる前に始皇帝にやられるので、難易度は六章より低いでしょうね。というか円卓が化物過ぎる。なぁにこれぇ。
 余談ですがオジさんの再臨素材が鬼畜です。もし当てて最終再臨までしようという方がいるのであれば、相当の時間を使うことは覚悟して下さい。めっちゃ辛いです、実体験です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。