Fate/Another Order   作:出張L

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第44節  咸陽突入

 項羽の起こした地割れで城門が吹き飛んでいたこともあって、城内への侵入は容易だった。

 中へ入ってからは生前にもこの特異点でも咸陽へ来た事のある荊軻の出番である。既に咸陽内の秘密通路に至るまで調べ尽くした荊軻の案内で、真っ直ぐ秦の王宮へ走った。

 自分達に気付いた衛兵が気付いて襲い掛かってきたりもしたが、それはアーラシュとディルムッドが手早く片付けてくれた。結果的に無関係な民を恐がらせてしまっているが、状況が状況なのでそこは目を瞑るしかない。

 欺瞞だとは思うが、恐がらせてしまった民には心中で詫びる。

 

「アーラシュ! カルナとテセウスが襲ってくる気配は!? 特にテセウス!」

 

 全力疾走しながら横を並走するアーラシュへ聞いた。

 規格外の存在密度を誇り隠しようのない魔力を持つカルナは兎も角、テセウスは気配遮断スキルを保有するアサシンのサーヴァントである。この街中で移動中の不意をついてこないとも限らない。

 

「少なくとも近くに気配はないから心配しなくていいぜ。アーチャーの〝眼〟を信頼してくれ。仮にテセウスがどこかしらに潜んでいようと、攻撃してきた瞬間に矢を喰らわせてやる」

 

「頼もしいな」

 

「ええ、まったくです。相手がギリシャ神話の大英雄ならアーラシュさんはペルシャの大英雄です。まったく負けてません! むしろ私の主観では勝ってます!」

 

「期待が重いな。だがそれに応えてこその英雄だ。任せときな」

 

 アーラシュは元気づけるように胸板を叩き人を安心させる笑みを浮かべた。

 そう、自分達は決して孤立無援などではない。人類史を巡る長い旅路には常にアーラシュやディルムッド、そして荊軻のような仲間達との出会いがあった。彼等の力こそがこれまでの特異点を攻略できた原動力であり力なのである。

 カルナとテセウス、更には未だ姿を見せぬ始皇帝。

 いずれも強力無比な敵ではあろう。だが幾ら強くても相手が〝個〟に過ぎないのならば勝ち目はある。

 相手が単騎でくるならばこちらは群騎で。敵が己が力を頼るなら、こっちは皆の力を頼るのだ。

 きっとそれが始皇帝を倒す最適解であろう。

 

「止まれ! これより先を何処と心得る!」

 

「陛下の住まわれる皇宮なるぞ!」

 

 傀儡兵ではない近衛兵がこちらを認識するや槍を突き出してくる。

 やはり皇帝の身を守護することを任とする近衛兵は、傀儡兵とも他の一般兵とも迫力からして違っていた。立派なのは鎧だけではなく中身もだろう。槍を構える姿一つすらが洗練されていた。

 彼等は始皇帝の敵であれば一人が十人を斬る猛者である。彼等の瞳には自らの主君を守るという強い決意が宿っていた。

 分かっている。彼等にとって悪とはこちらだ。何も知らない彼等にとって――――いや、仮に全てを知っていたとしても、彼等からすれば自分達は薄汚い侵略者に過ぎないのだと。

 だが既に覚悟は済ませた。躊躇いや甘さはもう置いてきている。ならば、

 

「マシュ!」

 

 そこで敢えてディルムッドや他のサーヴァントではなく、マシュの名を叫んだのはどうしてか。

 

「はい! 押し通ります!」

 

 マシュは悲壮な覚悟を込めて返事をしながら、盾を前に突き出し近衛兵を突き飛ばす。

 命はとりはしない。殺さず後遺症も残らぬよう絶妙な手加減のされた峰打ちだ。

 それを偽善だと、傲慢だと笑うなら笑えばいい。覚悟を決めようとどうしようと、これがカルデアの、

 

(いや俺達のやり方だ)

 

 否定されようと、覆すつもりはなかった。

 近衛兵を気絶させ、邪魔する者はいなくなった。ならば後は本丸へ乗り込んで始皇帝を討つのみ。一気呵成に皇宮へと飛び込んだ。

 

「――――おぉ! お前ぇらか! 来ると思ってたぞ畜生! 待ってたべ!」

 

「…………え?」

 

 皇宮へ突入して最初に目に飛び込んできたのは、カルナでもテセウスでも始皇帝ですらなく、壁を背に剣を構えている劉邦だった。

 項羽に連れ去られてから酷い目にあったらしく、顔面中から汗が垂れている。正直汚い。

 

「あの。沛公、ここで何をしているんでしょう? 項羽将軍の姿も見えませんけど」

 

「それなんだけど聞いてくれよマシュの嬢ちゃん! 項羽の野郎、皇宮に入った途端に俺のことほったらかして一人で行っちまったんだぜ! 四面楚歌に追い込まれれば貴様も目覚めるかもしれんとか言ってよ! つぅか四面楚歌ってなんだべ! そんな言葉聞いた事ねえべ! 四面から楚の歌が聞こえるからなんだってんだよ!」

 

「そりゃそうだ」

 

 なにせ項羽と劉邦の最終決戦が元ネタだ。四面楚歌なんて言葉はまだ誕生すらしていない。

 しかしどうやら項羽は劉邦を敢えて敵中に孤立させることで、劉邦の生存本能を刺激し、憑依しているサーヴァントの力を目覚めさせようとしたのだろう。

 強引過ぎる上に滅茶苦茶な荒療治だが、一定の効果はあったらしい。

 視線を劉邦の足元で土塊と化している傀儡兵達へ向ける。数はざっと五十といったところだろうか。樊噲や曹参といった猛将ならこのくらいの数は平然と倒しそうだが、少なくとも『人間』の劉邦に出来る事ではない。

 

「これだけの数の傀儡兵を一人で倒したんですか?」

 

「ん、おお! そうだべ。これが火事場の馬鹿力って本当にあるんだな。もしかしてこれが俺も豪傑の仲間入りか? 隠された自分の才能に惚れ惚れしそうだぜ。

 というか見てくれよ。前にデカブツに襲われた時に出た火! 気合い入れたら出せるようになったべ」

 

 劉邦が自慢げに剣から龍炎を灯す。どうもまだ自覚はないが、意図的に力を引き出せるようになっているらしい。項羽のやったことはあながち間違っていなかったのかもしれない。

 本当ならロマンやダ・ヴィンチの指導で劉邦には完全に力を引き出せるようになって貰いたいのだが、今は敵の居城のど真ん中である。そんな暇はない。

 一刻も早く始皇帝の所へ行かなくては。

 

「でもそう簡単に辿り着かせては、くれないよな」

 

 余りにも絶望的障害の登場に絶句するを通り越して笑ってしまう。

 刃のように鍛え抜かれた痩身と、肉体と一体化した黄金の鎧。手に持っているのは神々の王(インドラ)すら持て余した神殺しの槍。

 マハーバラダにおける不死身の英雄。死の征服者(カルナ)が始皇帝への道を塞ぐように現れた。

 

「カルナ……、先に行った項羽将軍はどうしたんだ?」

 

 中華最強の項羽が遅れをとることなど普通では有り得ないが、カルナは普通とは対極に位置するサーヴァントである。もしやの不安から訊いた。

 

「あの男の相手はテセウスが担当することになっている」

 

「テセウスが?」

 

 ということは此処にいるのはカルナだけで、他のサーヴァントはいないのだろう。

 取り敢えず安心する。カルナと一緒にもう一人のサーヴァントを相手にするなんて難行、とてもではないがやってられない。

 

「視界の端には捉えていたが、こうして顔を突き合わせるのは初めてだな、施しの英雄よ。インドの大英雄同じ弓使いとしちゃ弓の腕を競い合ってみたかったが、見たところ槍兵(ランサー)の召喚らしいしまたの機会に預けておくぜ」

 

 自分と同じ『大英雄』と称えられる者との対面に、アーラシュは一人の英霊として喜びを隠せてはいないようだった。

 カルナにもアーラシュの裏表のない賛辞は届いたようで、ほんの微かに笑みを浮かべたように見えた。

 

「それはこちらも同じだ、人の世に生まれた最後の神話を具現する男よ。オレの弓と貴様の弓、どちらが勝るか願わくば存分に試し合いたいものだ。

 だがオレが始皇帝より命じられた事はお前達の抹殺だ。ここは通さぬし逃がしもできない。悪く思え」

 

 奇襲姦策など不要。最強の英雄は真正面から堂々と闘気でこちらを呑み込んでくる。これがサーヴァントの中でも規格外のEX級サーヴァントの迫力なのだろう。

 気力で負ける訳にはいかない。自分を奮起させ、カルナの濁流のような闘気を受け止める。

 

「迷いのない瞳だな。己の中の正しさを疑わぬ――――――よくない目だ」

 

「なんだって?」

 

 迷いのない瞳がよくない。カルナの言っている事の意味が分らず間抜けにも聞き返してしまう。

 

「〝一言少ない〟という嘗ての主人の教えを実行するため、念には念を入れ一時間ほどお前の時間を貰いたいところだが、現在の主人はせっかちでな。オレがお前達と要らぬ会話をする事が許せぬらしい。

 尤もな意見だ。これから殺し合う敵と情を芽生えさせるような真似をすれば、オレの槍も或いは鈍るやもしれん。マスターが的確な助言を与えてくれたのであれば、サーヴァントであるオレは従うだけだな」

 

 カルナの全身から発せられるのは、鋼鉄すら溶かし尽くす灼熱だった。人々に豊穣の恵みを与える日輪の神性が、ここに敵となって牙をむく。

 冷や汗が止まらない。カルナは白兵一転特化型の項羽とは違い、武芸と宝具が両方とも並はずれたサーヴァント。項羽ならば通じる絡め手も一切通じないと覚悟したほうがいい。

 はっきり言ってこの特異点で出会った中で最強のサーヴァントだ。純然たる戦闘力で互角に戦えるのは項羽くらいだろう。

 

「なぁおいどうすんだべ!? 敵さんやる気満々だけど、あれってもしかしなくても公孫勝の神兵軍団と一人でやりあってた怪物じゃねえか。どうすんだよ、勝ち目はあんのか?」

 

 劉邦が震え声で情けないことを言う。

 こちらの戦力はマシュ、ディルムッド、アーラシュ、荊軻の四人。擬似サーヴァントとして目覚めつつある劉邦も加えれば五人だ。対する敵はカルナ一人、テセウスの姿は見受けられない。

 となると五対一でこちらが優勢なのだが、カルナという大英雄にとって五対一程度の不利など誤差のようなものだ。

 カルナがもしあの『神殺しの槍』を解放すれば、敵が千だろうと万だろうと燃やし尽くせるのは道理なのだから。

 

「沛公、覚悟を決めて下さい。相手は逃げる事なんて許してくれませんから、倒して突破する以外に生き延びる道はありません」

 

「だよなぁ。逃げたところをあの光線みたいので撃たれちまったら仕方ねえし。しゃあねえべ」

 

 逃げることに活路はないと悟った劉邦は、さっきまでの慌てようが嘘のように剣を構え冷たい殺気を剥き出しにする。

 これまで散々無様を晒してきた劉邦だが、仮にも身一つから天下をとった男だ。いざという時の肝の据わりようと度胸は並み大抵のものではなかった。

 

「殺さねえと生きられねえってんなら殺ってやらぁ! 野郎共、カルナをぶっ殺して始皇帝の首級獲るぞぉぉぉぉおおおおおおおおお!」

 

 生の感情を丸出しにした一括。果たしてそれが開戦の号砲となった。

 カルナという一人の英雄を倒すため、五人の英雄が地を蹴った。

 

 

 

 劉邦を傀儡兵のど真ん中へ放り込んだ項羽は、騅が駆けるがままに宮中を疾走していた。

 荊軻と同じく項羽も生前この皇宮に入った事はあるが、生憎と昔のことなので道順などまるで覚えてない。ために項羽は敵の気配する方向へ突進しては、目についた秦人及び敵を見敵必殺するという方針をとっていた。

 まともな人間ならば不可能な選択も、項羽という埒外の超人にはあっさり可能不能は引っくり返る。

 結果的に皇宮の壁という壁は烏騅の突進で穴だらけになり、床には秦人の死体と傀儡兵の残骸が死屍累々としていて、この皇宮を建造する事に勢力した大臣が生きていれば卒倒するような惨状となっていた。

 

「……怪しい個所をこうも潰しても、見つけられんとは妙じゃのう」

 

 始皇帝もまたカルナと同じくEX級のサーヴァント。その巨大過ぎる気配は隠すという次元を超えている。

 それでもやろうとすれば始皇帝は皇帝特権のスキルを用いた気配遮断も可能なのだが、項羽は本能的に『あの傲岸な始皇帝が暗殺者のようにコソコソと闇に隠れる真似はしない』と直感していた。

 

「となると奴め。なんかよう分からん呪いの品でも用いて気配を錯覚させておるのかのう。奴の墓を暴いた時、宝物と一緒に使い道のよう分からん道具も出てきおったし……その類か」

 

 腕を組んで項羽は深い溜息をつく。

 戦争や一騎打ちでは無敵の強さを誇る項羽も、生憎と魔術だの呪いだのは完全に無知だ。

 アサシンの使う気配遮断なら、幾らサーヴァントのスキルとはいえ究極的には本人の技だ。こちらも気力で見破る事は出来る。魔術や宝具を使った気配の隠蔽ともなると、完全な門外漢の項羽ではお手上げだった。

 

「止むをえんのう。いの一番に始皇帝を殺すため抜け駆けしたが、一度カルデアの連中の所へ戻るとしようかのう。あそこにはケイかもおるし、まどろっこしい魔術が相手でもなんとかなるじゃろ」

 

 学はなくとも頭は悪くない項羽は、自分にはお手上げと悟ると退くことを選ぶ。

 どうやらカルデアは敵のサーヴァントと交戦状態にあるようだし、援軍にもなるだろう。

 

「――――む」

 

 しかし項羽は背後から良からぬ気を感じると、取り敢えずそこへ矛を振り下ろしておいた。

 項羽の腕力に耐えきれず粉砕される柱。だがその寸前、巨影が飛び出すと地面にシュタッと着地した。

 

「危ない危ない。逃げるのが一秒でも遅れてれば脱落だったぜ。まったく攻撃する前に気付くなんて、噂には聞いていたがおっかない御仁だよ」

 

「貴様ぁ。始皇帝の飼い犬じゃな。名乗れぃ……いや、名乗る必要などないわい。狗に墓標なぞ要らん。死ね、死ね、これより(ころ)すぞ貴様」

 

「おっかないもんだ。バーサーカーより狂ってるね。ただ余り俺を舐めないことだ。断言しよう、お前は俺を殺せない」

 

「良くぞ言った。ならば証明してみるがいいわい!」

 

「おうとも。万古不易の大迷宮(ケイオス・ラビュリントス)!」

 

「――――!」

 

 項羽を喰らうように、怪物(ミノタウロス)を封じた迷宮が展開される。

 英霊の座において宝具を持たず、魔術を知らず、ただ武のみで最強の頂きに君臨する項羽。

 だがしかしそれ故に空間を犯す迷宮より逃れる術もありはしなかった。

 




『次章予告』

 嘗て悲劇があった。

「人民よ、私は無実のうちに死ぬ」

 革命の狂乱により、

「私は私の死を作り出した者を許す。私の血が二度とフランスに落ちることのないように神に祈りたい」

 フランスは国を最も愛した王を、自らの意思のもと断頭台へかけた。

「ごめんなさいね、わざとではありませんのよ」

 国王と同じほどに国民を愛した王妃もまた、断頭台の露へと消えた。

共和国万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)! 共和国万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)! 共和国万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)!」

 王と王妃を死に追いやった国民は満面の笑みで拍手喝采を送り、一人の死刑執行人は黄昏に馳せる。

「認めない……」

 待ち受ける悲劇に声をあげたのは果たして誰だったのか。
 魔術王より〝聖杯〟は彼の地へと届けられ、果たしてここに王政復古はなった。

「国王万歳! 王妃万歳! フランス万歳!」

 パンがないのであればパンを与えよう。ワインがないのならばワインを。偽りとはいえ神の子の血を受けた杯。それくらいはやってのけよう。
 王と王妃の処刑、恐怖政治、粛清の嵐。
 それらは全て忘却へ葬られ、革命の精神はそのままに誰よりも国民を愛した王により完結する絶対革命王政。
 理想国家は誕生した。

――――人類史焼却を代償として。

「子が母を愛するように、余は余を生んだフランス革命を愛している。だがそれがフランスという国を愛する理由にはならないだろう?」

「人類史救済! 人理修復! これなる大義と比べればフランス一国の平和と安寧など塵芥(ゴミ)同然! くひひひひひ、どうですかぁマスター。悩む事すら許されない絶対的正義に身を置く感想は?」

 フランスという舞台を用いて、人類史に己を咲き誇らせた皇帝。
 悪辣に美徳を囁き、美麗に悪徳を囁く営業悪魔(メフィストフェレス)
 人喰い鬼と悪魔を従え、ここにグランドオーダーは始まる。

――――築かれるは屍山血河、ここに正義と悪は逆転する。

 より大いなる大義のために、正義を駆逐せよ。
 例え哀れな犠牲者の抱いたほんの細やかな幸せを踏み躙ることになろうとも。
 それは残酷なまでに正義の行いなのだから。

「マシュ……俺は……人類史のためにという大義のために、この国を滅ぼすよ」

――――これは未来を奪い取る物語。

人理定礎値 A
第βの聖杯:“コルシカの人喰い鬼”AD1793. 絶対革命王政 ヴェルサイユ

紀元前2016年7月26日投稿開始予定!








……という夢をみたのさ!
 ごめんなさい。石を投げないで下さい。
 まあ真面目な話をするとフランス革命編の構想自体はあるのですが、楚漢戦争編が終わったら第三次聖杯戦争を再開する必要があるので、フランス革命編はやるとしてもかなり先のことになりそうです。

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