Fate/Another Order   作:出張L

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第43節  過去・現在・未来

 秦帝国首都〝咸陽〟。この大陸の政治の全てを執り行われるそこは、中華の――――いや東洋世界の中心とすらいえるだろう。

 城壁の威容はそれだけで外敵の心を折るほどで、聖杯の存在する影響なのか周辺一帯の魔力が咸陽へと吸われているようだった。

 深く肺に溜まった空気を吐き出し、代わりに新鮮な酸素を流し込む。

 とうとうここまで辿り着いた。ここまでくれば余計な回り道も躊躇いも不要。後は攻めて、聖杯を持つ始皇帝を倒すだけだ。

 だが始皇帝側も攻められることを座して待つほど呑気ではなく、城門が開くとそこから黒衣の軍勢が現れる。

 

「傀儡兵じゃねえな。全員、人間の兵隊だ」

 

 千里眼で瞬時に正体を見抜いたアーラシュが言う。

 

「なんだ? また肉壁作戦か?」

 

「同じ手とは芸がないのう。章邯であればもっとマシな手を使おうぞ。秦は人を失ったようじゃのう」

 

 劉邦と項羽が二人して呆れる。

 生身の兵士を用いてアーラシュと公孫勝の対軍攻撃を封じる作戦は、確かに以前は上手く嵌まった。しかし相手が生身の人間であろうと欠片も手心を加える事のない項羽が仲間になったことで、そのような作戦はもはや殆ど意味をなさなくなっている。

 

「いやあながち無駄とも言えんだろう」

 

「荊軻殿は意味があるって?」

 

「ああ。確かに殆ど意味はないかもしれないが、逆に言えば僅かには意味がある。あの秦軍を蹴散らすのに時間をとられている少しの間に良からぬ事でも企んでいるのやもしれない」

 

『或はそうやって焦りを触発させておいて、城内部へ誘い込む罠か……だね』

 

 荊軻の意見にダ・ヴィンチが反対意見を付け足す。

 秦軍の数は然程多くはないし、サーヴァント抜きでも劉邦軍なら十分戦えるだろう。ならば秦軍は無視して自分達だけ先に城内へ突入するというのも一つの手だ。サーヴァントの跳躍力をもってすれば、城壁を飛び越えることだって容易いのだから。

 それに秦軍を倒してから全軍で突入するというのは安全策ではあるが、同時に無駄に被害が増える可能性が高い。サーヴァント戦に一般兵士が巻き込まれる危険性が高いのは勿論だが、都に入った劉邦軍兵士達が民衆に一切乱暴することなく紳士的に振る舞うと信じれるほど、この時代は甘くはないのだから。

 

「沛公。沛公はあの秦軍をお願いします。俺達はその間に城内に侵入して始皇帝を倒しますから」

 

「ほほう」

 

 自分の結論を聞いた項羽が、闘争心を剥き出しにしながら口端を釣り上げた。対する劉邦は腕を組みながら、

 

「手柄を独り占めするつもりか? …………と、普通の戦なら勘繰ったべ。だがどうせ始皇帝を討ち取りゃ全てがなかったことになる茶番で、欲の皮突っ張る必要はねえよな。

 ようし。ここは俺達に任せて先に行けぇ! ちゃっちゃと始皇帝倒して、世界を元通りにしてきてくれよな!」

 

 グッと笑いながら劉邦は格好良く自分達の背中を押してくれた。

 秦軍と対峙しながらそう言う劉邦は、正に英雄と呼ぶに相応しく颯爽としていて、もしこれが初対面であれば確実に騙されただろう。

 長い付き合いの自分はもう騙されない。どうせ咸陽へ突入して始皇帝と戦うより、外で秦軍相手にする方が楽だしいざという時に逃げやすい――――そんな打算が最近読めるようになってきた。

 劉邦といい宋江といい劉備といい、この特異点に来てからやたら生き汚いサーヴァントと出会ってきたせいで、汚れた方向に知恵が働くようになってしまった自分が憎い。果たしてこれは成長といえるのだろうか。

 

「カッカッカッカッカッ! やはり人類最後のマスターは言うことが一味違うわ。正直ありがたいわい。実はさっきから武者震いが止まらなくてのう。片時も忘れず憎悪した始皇帝が直ぐ近くにいるというだけで今にも飛び出しそうだったんじゃ」

 

 烏騅に跨る項羽は、自らの矛を握りしめ前へ進み出た。歯を剥き出しに激しく滾りながら咸陽を睥睨する様は、中華を震撼させた覇王の名に違わぬ迫力がある。

 

「どらぁああああああッ!」

 

 気魄一閃。項羽は大矛を渾身の力で振り下ろした。

 空間が拉げるかのような突風が吹き荒れる。地面へ叩き付けられた大矛の破壊力は電流のように地面を伝わり、衝撃波は地割れを起こしながら咸陽の城門目掛けて突き進んでいく。

 天災すら引き起こす武の進撃を人間が止められる筈がない。進行方向上にいた兵士は、咸陽の城門と共に吹き飛んでいった。

 

「血路は開いた。これで邪魔者はいなくなったのう」

 

「じゃ、邪魔者はいなくなったって? え? は? な、なんなんだべこれ!? 流石におかしいだろ!」

 

 劉邦も項羽の滅茶苦茶な攻撃に開いた口が塞がらないようだった。それは自分達も同じ。

 項羽の武勇がとんでもないことは知っていたが、流石にこれはぶっ飛んでいる。遠当てという次元ではない。

 

「ではな、カルデアよ。悪いが先に―――――おっと、忘れものをするところじゃった」

 

「は?」

 

 そう言って項羽は問答無用に劉邦の首根っこを掴むと自分の後ろに乗せる。余りの早業に樊噲と夏侯嬰も呆気にとられて対応出来なかった。

 

「こ、項羽将軍なにを!」

 

「火事場でないと目覚めんのなら火事場に放り込んでやるわい。騅よ、お前もこのような下品な男を乗せることなぞ不本意じゃろう。だがお前の苦しみは俺の苦しみよ。俺も耐える故に耐えよ」

 

 主の言葉に騅は了承するように嘶く。元より騅に否などはない。騅にとって項羽の行く道こそが己の道であり、項羽と別れる事こそが己の死である。

 劉邦の事は騅も嫌いだが、項羽と共に戦場を駆ける喜びと比べれば、劉邦を乗せることの不快感など微々たるものだ。

 だが騅は納得しても訳の分からない内に乗せられてしまった劉邦はそうはいかない。自分の命が惑星よりも大事な男は全力で抵抗する。

 

「項羽将軍、待った待った! 俺みたいな雑魚を連れてっても役に立たないべ! 連れてくんなら樊噲の方が一兆倍役に立つからそっちにしてくれ! というか俺、全軍の指揮とか――――」

 

「喧しい。仮にも俺を滅ぼした英雄ならばしゃきっとせんかい。覚悟を決めぃ! 行くぞ!」

 

「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 英雄らしく戦場を馳せる西楚の覇王と、英雄らしからぬ悲鳴をあげる大漢の高祖。

 まるで二人の性格の違いを如実に現すかのように、対照的な声をあげながら両雄は咸陽へと突入していった。

 

「くっ! 項羽の奴め、どんな考えがあるか知らないが義兄上まで連れて行くとはなんてことを! こうなれば私も」

 

「待て樊噲」

 

 激怒し項羽を追おうとした樊噲を止めたのは曹参だった。

 

「何故止める?」

 

「劉邦様が項羽将軍に連れて行かれた上に、お前まで追って行ったら全軍の指揮が滞る。そもそも咸陽の中にいるのはサーヴァントとかいう鬼神めいた奴等なんだぞ。人間のお前が行っても邪魔になるだけだろう」

 

「――――む」

 

 猪のような腕っ節の強さと落ち着いた理性を併せ持つ樊噲は、曹参の言葉にある理を認めざるを得なかった。

 曹参は疲れた顔でこちらに視線を送ると、

 

「劉邦様を頼まれてはくれるか? あんな人でも我が軍にとってはいてくれないと困る人なのだ」

 

「最初からそのつもりです。けど沛公を見つけてから一度ここに戻っている暇はないかもしれません」

 

「分かっている。敵将を前にして逃げる訳にもいかんだろうからな」

 

「じゃあそういうことで公孫勝」

 

「何用だ?」

 

「俺達全員が城へ突入して残った劉邦軍に秦がなにかしないとも限らない。だから公孫勝はもしもの時のために残って欲しいんだ」

 

「あい分かった。留守は任せろ、私もそちらのほうが楽ができる。……それになるほど私は万が一の時のために必要だ」

 

「?」

 

 含みのある公孫勝の言い方が気になるが、今はそのことを追及している場合ではない。

 今は急いで項羽と劉邦を追わなければ。

 

「マシュ、ディルムッド、アーラシュ、荊軻」

 

 この特異点で仲間になってくれたサーヴァント達の真名を呼ぶ。

 彼等の為にも、そして自分達へ未来を繋げるために散っていった土方のためにも――――立ち止まる訳にはいかないのだ。

 

「戦闘開始だ、行くぞ!!」

 

 

 

「項羽と劉邦、始皇帝。どっちが勝つにせよ負けるにせよ、とうとうこの特異点もおしまいだね」

 

 雲に浮かぶ霊山の山頂でその少年は、用意された台本を読み上げるような自然さで言った。

 いや果たしてその男は本当に〝少年〟なのだろうか。真っ白な白髪と全てを見透かすような眼、そしてなによりも大樹のように深く静謐な気配。見た目こそ中性的な少年のそれだが、雰囲気は百を生きた長老のようだった。

 少年の星のように黄色い双眸はぼんやりと雲海を眺めている。言うまでもなくそこに咸陽などはなく、戦の光景もありはしない。だがその程度の事は問題になりはしないのだ。なにせ少年の千里眼をもってすれば目の前を見るかの如き容易さで過去・現在・未来を見通してしまうのだから。

 だから少年は雲を眺めながら咸陽の景色を視ていたし、遥かな特異点の先にある〝神殿〟とそこにいる〝王〟の姿すら視認していた。もっともそれは向こうも同じだろうが。

 

「信」

 

「なんでしょう、老子」

 

 少年が名を呼ぶと、信と呼ばれた青年は書物を読み耽るのを止め振り返った。

 

「君は結局何もしなかったけど、これで良かったのかい?」

 

 少年は素朴な疑問から、一応自分の教え子となる弟子に尋ねる。

 

「構いませんよ。だって仮に僕の才能でこの特異点を修復したとして、それって最後には全部なかったことになるんでしょう」

 

 信はそういった方面の才能はなかったので、師匠のように仙術を自在に操る事も出来ないし、魔術や聖杯戦争についても詳しい訳ではない。

 ただ師から聞いたことで特異点についての具体的詳細は聞き及んでいた。

 

「だったら興味ないですよ。僕の望みは僕の才能を存分に振るい、才に相応しい地位へ至ること。一国の王となる事こそが我が願い。

 劉邦とやらに協力してやって秦を倒しても、事が終われば僕の功績はなくなってしまう。僕は元通りの股夫に逆戻りです。それじゃあ意味がないんですよ。

 僕は僕の王になる夢のためになら命だって懸けられますけどね、天下万民なんていう有象無象の凡夫のために命を賭ける必要性はないでしょう」

 

 信の言葉からは自分の『才能』に対する絶対的自信と自負に満ち満ちていた。

 老子はそれを増長とは思わない。増長とは自らの力に酔って、自らを身の丈以上のものと思い上がることを指す。信には当てはまらない。

 師匠といっても老子が信に教えを授けた事はない。老子がしたのは自分が持っていた兵法書を貸し与えてやっただけである。ただそれだけで信は水を吸うように兵法を吸収していき、文字を読むことすら覚束なかった男が一週間もする頃には内容を諳んじれるまでになっていた。

 無論兵法書を丸暗記するだけで名将になれるわけではない。趙の趙括の例を出すまでもなく、実勢経験や人の命の重みを知らなければそれは生兵法に過ぎず、本物の臨機応変の兵法を相手にすれば容易くボロが出る。

 そう、普通の天才ならば。

 信は単なる天才などではない。信じ難いことだが信は兵法書を丸暗記し幾つかの戦場を見て回っただけで、既に秦国六虎将をも呑み込むほどの将才を目覚めさせていた。

 森羅万象を識る老子をもってすら規格外と断言できる天賦。

 本人はまだ知らぬことだが――――後の世において〝国士無双〟と謳われるのは自然の道理というものだろう。

 

「そういう老子こそ手出ししなくていいんですか? 始皇帝だけじゃなくて、魔術王とかいうのとも老子なら戦えるんじゃないんですか?」

 

「遠見持ちは強者の別名じゃない。特にボクはね。ソロモンどころかボクじゃ魔神柱一つ倒せないよ」

 

「詭弁を。負けることもないでしょう」

 

「そもそも勝ち負けには然程意味なんてない。物事はどれほど些細なものだろうと巡り巡って循環する。負ければ敗北の運命が循環し、勝てば勝利の運命が循環する。辿り着く先は虚無、始まりの場所は虚無。起源と結論は常に同じ。ただそこに至る過程が無限連鎖するだけなんだ」

 

「相変わらず貴方の仰ることは理解できない。要するにソロモンを止める気はないと?」

 

「人類史焼却も一つの自然の摂理。それに抗うカルデアもまた一つの自然。この世に不自然なものはなく、万象全てが自然(ボク)だ。争う理由が見当たらないな」

 

「貴方は、ずっとそうして傍観者でいればいい。僕はそうはならない。いずれ地上へ下り、僕の才能で『韓信』の名を天下に知らしめてやる。

 過去大勢の凡夫共が僕の大望に気付かず笑ったが、いずれ至尊の座についた時は逆に笑ってやろう。そう、僕はいずれ王となる男だ!」

 

 だが今はまだこの男が世に出る時ではない。

 国士無双は未だ地に伏せ時を待つ。

 そして老子は今もこれからも自然と生きていくだろう。例え人類史が欠片も残さず燃え尽きようとも。

 下界では項羽と劉邦、始皇帝の戦いが遂に始まろうとしていた。

 




 尺の都合で出番がないんなら、マーリン的なゲスト出演だけでもやろうという……。
 すまない……韓信は単独鯖で出したかったけど尺がなかったんだ……本当にすまない…………。あと韓信の兵法の師匠が太上老君とか100%捏造設定なんだ……すまない……本当にすまない……。だからこの元ニートが一体どこで兵法学んだのか知っている人がいれば教えて欲しい……。

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