Fate/Another Order   作:出張L

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第42節  始皇迎撃

 自らに縋る声で始皇帝は眠りより目覚めた。

 

「おお、陛下! お目覚めになられましたか!」

 

 居並ぶ重臣達、自身を護る傀儡兵士。見慣れた光景だが、唯一の違いは群臣の恐怖が内にある主君ではなく外へ向けられていることだった。

 有事以外では決して起こすなと申し付けてあったにも関わらず、群臣達が自分を起こす事を躊躇わなかったことと、恐怖の方向性から始皇帝は状況を即座に理解する。

 

「叛徒共が攻めよせて来たか。この咸陽まで」

 

 忌々しさから玉座を破壊しそうな衝動にかられるが、始皇帝は「非合理だ」と強引に怒りを抑えつける。

 三国志演義の主役格というわりに劉備も案外と大したことがない。

 もし目の前にいれば八つ裂きにして責任をとらせたが、もういないのであれば是非もないだろう。先祖である劉邦を代わりに八つ裂きにして済ますだけだ。

 だが始皇帝は劉備に対して激しい怒りを抱きながら、同時に劉備の能力については正当な評価をしていた。

 あの劉備が時間稼ぎに徹したのならば、最低でも一カ月は保つ。しかもかんこくかんには六虎将最強の武勇を誇る蒙武もいたのだ。

 それがこうも短時間で突破されたということは、計算することも出来ぬ規格外の援軍が劉邦軍に加勢したとしか考えられない。

 つまりは――――

 

(項羽と劉邦が合流したか)

 

 史実において秦帝国を滅ぼし、その後の天下を争った二大英傑。その両雄が今正に手を組んで咸陽の外にいるのだ。

 想定しうる限り最悪の状況といえる。せめてチンギス・ハンの襲撃さえなければと思わずにはいられない。あれさえなければ始皇帝は万全の状態で項羽と劉邦を迎え撃つ事が出来ただろう。

 だが今の始皇帝はまだ万全ではない。これまで静養に努めた御蔭でカルナやテセウスといったサーヴァントの方は万全だが、肝心の始皇帝自身はまだ回復しきっていなかった。

 幸いにして気力体力の方は十全に戻りはしている。けれど項羽のような己の武こそを頼りとする英霊とは異なり、始皇帝は宝具の圧倒的物量で敵を制圧するタイプの英霊である。

 気力十分でも宝具が回復しなければ何の意味もない。

 水銀の海なんて殆どが蒸発したままだし、特に傀儡兵の消耗は顕著だ。

 傀儡兵は始皇帝にとって将棋でいう〝歩〟でありチェスにおける〝ポーン〟である。戦略の要ではないが、戦略を構成する上で欠かせぬ土台でもある。これが碌にないというのは大き過ぎる痛手だった。

 

「止むを得ん。忌々しいがアレを使うか」

 

 漆黒の軍団と六国に恐怖された秦兵の写し身たる傀儡兵は使えない。だが始皇帝にはまだ兵力の当てがあった。

 本来これは戦などに使うものでもないのだが、現有戦力がそれを許してはくれない。

 

「カルナ、テセウス」

 

「――――――」

 

「おう、遂に天下分け目の一戦だな」

 

 明朗快活に笑う巨漢の豪傑に対して、肉体と一体化した黄金の鎧を纏う槍兵は静かなものだ。

 これより人類史の未来を奪い合う戦いが始まるというのに、カルナはまったくの自然体のまま、最初出会った時から変わらぬ全てを見透かす双眸を始皇帝へ向けている。

 

「貴様等の役目は分かっているな。朕の命じた役目を各々こなせ」

 

「あいよ。ここまできたんなら俺も最後まで付き合うさ。不敬は特例で許せよ? 我が友は否定的な意見を持つかもしれんが、少なくとも俺もアンタの作る未来にはちと興味がある。存分に働くさ。宋江や他の連中がいないのがちと残念だが」

 

 テセウスはいい。テセウスは始皇帝が『聖杯』により召喚したサーヴァントの一騎である。

 なんだかんだで始皇帝の目指すものにも肯定的であるし、欲望を隠そうともしないことも分かりやすい。なによりルーラーたる始皇帝にはテセウスの令呪があるので、仮に裏切ったとしても即座に始末できる。

 けれど英霊カルナ、彼は違う。

 彼は始皇帝の召喚したサーヴァントではなく、聖杯によって招かれたはぐれサーヴァントの一騎。よって始皇帝はカルナの令呪を保持してはいない。

 では始皇帝の目指す未来に賛同しているのかといえばそうでもなく、大っぴらに否定もしていないが肯定もしない中立のスタンスを貫いている。

 始皇帝にとっての項羽が計算不能な敵ならば、カルナは最も理解不能な味方だった。

 今は自分に匹敵する規格外の力量を惜しむが故に生かしてはいるが、用済みになればいの一番に粛清するだろうと始皇帝は確信していた。

 

「カルナ、貴様にもう一度だけ聞く。貴様はどうして朕に従う?」

 

従僕(サーヴァント)が主人に従うのは自然なことと思うが」

 

「そういう意味ではない。どうして貴様は朕の臣下に甘んじている。人理修復が目的ならばチンギス・ハンがいなくなった時点で果たされているだろう。テセウスのように令呪の縛りもなく、六虎将のように傀儡の身でもなく、かといって宋江のように金、地位、女を求めるでもなし。朕には、貴様が分からん。何か朕には言えぬ野心でも秘めているのではないのか?」

 

「単純な命題を複雑に考えるな。お前はオレのことを過大に評価し過ぎている。オレはお前の理想を超える野心(ユメ)を抱くほど大した人物ではないし、そもそも深い考えなど何一つない。

 オレはただオレの槍を求めた主人のために働いているだけだし、それ以外の理由は特にない」

 

「ならお前は誰の言うことでも聞くとでもいうのか? どんな人間でも主人として認め、どんな命令にも従うというのか?」

 

「それも過大評価だ。オレは忠実な男ではない。前にも言ったはずだぞ、始皇帝。この世全てを憎みながら殺すのではなく治める事を選んだ孤独な男よ。お前がその矛盾を抱え続ける限りにおいて、我が槍はお前の敵を悉く焼き払うと」

 

「矛盾……矛盾だと? 阿呆か貴様は、無知蒙昧めが。朕に矛盾など欠片もない」

 

 この中華の誰もが始皇帝が殺意を向ければ、たちどころに平服して許しを乞うた。

 群臣や諸将は無論のこと、旧六国の王すらもが例外なく。

 ただし英霊カルナは濁流の殺意を真っ向から浴びながらも、柳のように佇むだけだ。鋭利な眼光はそのままに。

 

「いや矛盾は明らかだ。お前は明らかにおかしい行動をしている。武芸に生きた俺には上手く適当な表現が見つからないが、こういうものを『意味不明』というのか?」

 

「……余程、死にたいと見える」

 

 剣を抜刀すると、ぴたりとカルナの首筋へ当てる。

 暗殺されかけた教訓から始皇帝が鍛冶師に造らせた儀礼用の装飾が施されながらも、兵器としての切れ味を備えた名剣だ。黄金の鎧に身を護られていようと、カルナが無抵抗なら首を落とすくらいは容易だろう。

 

「自ら死のうとは思わんが、お前がオレの首を欲するなら持っていくがいい。余り値打ちなどはないので心苦しいが」

 

「落ち着きなって陛下。敵と戦う前に味方の戦力削いでどうするんだ」

 

 テセウスがやれやれと嘆息しながら割って入る。

 

「それにカルナ殿を殺すのは俺の役割だろ(・・・・・・・・・・・・・)?」

 

「……そうだな」

 

 義理人情の話は嫌いだが、合理性のある諫言ならば始皇帝としても聞き届ける事に否はない。

 剣を鞘へ納め、カルナを解放する。

 

「今は殺さん。叛徒共を鎮圧するのに貴様の宝具はまだ必要だ。しかしこの戦いが終われば……」

 

 もはや理解できない兵器などは不要。さっさと首を刎ねて始末する。

 

「承知した。であればこれが俺の最後の務めだ。望み通りお前の敵を全霊で打倒するとしよう」

 

「やれやれだよ、カルナ殿も不器用な。んじゃ陛下、俺も行ってきますよ」

 

 カルナとテセウスが並んで宮廷より出て行く。

 厄介物のカルナを追い払い始皇帝が一息ついたところで、おろおろとこちらを伺う群臣達が目についた。

 

「何をしている。貴様等もさっさと宮廷より出て行け。邪魔だ」

 

『ぎょ、御意!!』

 

 どうやら始皇帝の殺意に余程恐々としていたのだろう。群臣達は雲の子を散らすように退散していった。

 宮廷に残るは一人、始皇帝のみ。始まりの皇帝は玉座で静かに叛徒を待つ。

 

 




 とんでもないことに気付きました。今登場サーヴァントを見比べてみたら、なんとマシュを除けば荊軻さんしか女性サーヴァントがいません。原作の特異点は序章の冬木を除けば最低六人は女性サーヴァントがいたのに、幾らなんでも一人だけってどういうことやねん……。どんだけ女っ気ないねん。こないなもん喜ぶのホモの安珍だけやないかい。あ、そうか。だからディルムッドにとっては天国なんだ!
 とまあ女っ気のない本特異点ですが、もうラストバトルという終盤で女性鯖を追加する枠なんてもう皆無ですので、この作品は女っ気のないまま終わりを迎えそうです。

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