Fate/Another Order   作:出張L

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第40節  遅延

 最初の大苦境が嘘のように、鉄壁の函谷関はあっさりと陥落した。

 これで周文に続き劉邦は函谷関を突破した二人目の男になったわけだが、周文やそれ以前の挑戦者達の時とは条件が違い過ぎるので褒められたものではないだろう。

 なにせ蒙武と劉備という二人の守将を失い、函谷関に残っていたのは一般兵と僅かな傀儡兵だけ。数体の傀儡兵を侵入したディルムッドとアーラシュと荊軻の三人が始末して、公孫勝が道術で城門を吹き飛ばせば後は征圧して終わりである。カルナ、テセウスといった大英雄との死闘も覚悟していただけに、このあっさりとした陥落は拍子抜けだった。

 終わってみれば兵士に犠牲者は出たものの、将軍格とサーヴァントは全員無事。完勝、といってもいいだろう。

 ただ一つ完全勝利に水を差していたのは、

 

「項将軍はまだ戻らねえか?」

 

「はい」

 

 劉邦の問いに黙って頷く。

 事実上劉邦軍を勝利に導いだ最大の功労者である項羽は、劉備の固有結界に取り込まれたっきり戻ってはいなかった。

 劉邦軍が咸陽を目前にして進撃を中止したのも、兵士達への休息という理由は勿論だが、項羽が行方不明になっているからである。

 

「だがもうあれから二日経ってんだぞ。劉備とやらの〝こーゆーけっかい〟はそんなに凄ぇものなのか?」

 

『固有結界です、沛公。魔術師にとっての到達点の一つ、心象風景で現実世界を上書きする大禁呪。それに取り込まれた以上、脱出するには術を解除するしかありません』

 

 解説が板についてきたロマンが説明する。

 魔術について無知の劉邦は話の半分も分かってはいないようだったが、要点だけは呑み込めているようで無言でうんうん頷いていた。

 

「その呪いを解く方法は?」

 

『術者自身が解除するか、時間切れで自然解除されるのを待つか、もしくは術者を倒すか……その三つが現実的な方法ですね』

 

「ってことはなんだべ? その劉備ってのはあの項羽将軍相手に二日も殺されずに粘ってんのかよ。なにそいつ、鬼の末裔かなんかか? 先祖誰だよ」

 

 お前だよ、と声を大にして言いたかったが自重する。言っても信じてくれないだろうし、話が余計にややこしくなるだけだ。

 しかし幾ら固有結界という反則技を用いたとはいえ、秦国最強の武勇をもって知られる蒙武を一刀のもとに両断した項羽を二日に渡って足止めするとは信じられないことである。あの神越の武勇を目の当たりにしたからこそ、劉邦が戦慄する気持ちも良く分かった。三国志演義において主役格とされるだけはある。

 

「にしても参ったな。兵糧(メシ)の都合もあるし、いつまでも咸陽を目の前にしてグダグダやってるわけにもいかねえべ。早いところ決めねえとな」

 

「劉兄貴。項羽将軍を……置き去りにするのかい?」

 

 夏侯嬰が厳しい顔になって言う。表だって口にこそ出していないが、項羽に対して不義を働く事を反対しているのは明らかだった。

 これは夏侯嬰がなにも侠者で侠に反するから反対しているのではない。項羽も劉邦も楚の懐王に仕える軍閥の長ではあるが、懐王を主導的に擁立したのは項羽の叔父である項梁。劉邦は後からそれに加わっただけだ。

 実力、兵力、名声のどれをとっても項羽は劉邦の〝上〟なのである。しかも項羽は味方には優しいが、敵には想像を絶するほどの苛烈さで有名な男だ。

 もし置き去りなんてことをして項羽の怒りを買えば、劉邦どころか劉邦に付き従う家臣団全員が生き埋めにされかねない。

 

「いや」

 

 だが軍中で誰よりも我が身の愛しい劉邦がその危険性を把握していない筈がなかった。

 

「ちゃんと項羽将軍に事情を説明するための人間は残す。盧綰、お前に頼みたいんだがいいか?」

 

 外様であるカルデアとサーヴァントは秦攻略の戦力的にも論外だし、樊?や曹参のような将達も秦と戦うのに必須なので除外。

 その上で劉邦が選んだのは幼馴染であり兄弟同然に育った盧綰だった。盧綰であれば劉邦の代理が務まるだけの格はあるし、秦攻略に必須となる人材という訳でもない。現状で最適の人選だった。

 

「えー、俺かぁ」

 

 指名された盧綰といえば、困った表情で頭を掻いた。

 しかし残念ながら盧綰を庇う人間は誰もいない。盧綰以上の敵役がいなかったというのもあるが、それ以上にあの項羽相手に無礼の弁解をする役目なんて誰もやりたがらなかったのだ。

 

「下手すりゃ始皇帝を倒すこと以上に重大な役目だからな。親友のお前にしか頼めねえ。引き受けてくれねえか?」

 

 劉邦という男は決して高徳の人ではないし、世間一般に流布されるイメージほど愛嬌や魅力がある訳でもない。

 ただいずれ中華を統一する男だけあって、劉邦にもそれなりの魅力というのが備わっていて、利害など関係なくついてきてくれる人間もいる。

 樊?や果光栄がそれであり、親友の盧綰も同じだった。

 

「兄弟分のお前にそこまで言われちゃ断れないよ。任せておいてくれ。どうにか弁解してみせる」

 

「ありがとうよ。それに無礼を働くつっても理由が始皇帝打倒のためってなら項羽将軍もそう怒らねえだろ。あの御仁の秦への恨みは、俺達なんざとは比べ物にならねえんだからな」

 

「……そうだな」

 

 劉邦軍の中核をなす人物は、その殆どが劉邦が亭長(小役人)だった頃の友人知人だ。小役人の劉邦の友人なので項羽のように六国の重鎮の末裔なんている筈がない。

 勿論秦の苛酷な政治には苦しめられてきたので恨みが皆無という訳ではないのだが、やはり項羽や他の反乱軍の長達に比べると一歩引いた立場にあるのは事実だった。

 この秦に対する恨みの深さこそが項羽と劉邦に二雄の運命を分ける一因にもなるのだが、少なくともこの特異点においては関係のないことである。

 

「御蔭でちょっとは気分も楽になったよ。それにそうだよな、幾ら項羽将軍でも流石に味方をいきなり殺すほどじゃないよな?」

 

「いや、それはそうだろう」

 

「おい! そこは嘘でも頷いておくとこだろ!」

 

「悪ぃ悪ぃ。うん、項羽殿はお前のこと殺したりしねえべ。個人的な予想じゃ寧ろ『何を下らん議論で時間を無駄にしておったんじゃ貴様等は。そんな暇あるんならとっとと攻め入らんかい』って怒鳴ると思うべ」

 

「よう分かっておるのう。食えぬ奴じゃわい、貴様は」

 

「――――――――ひょ?」

 

 鬼がいた。訂正、項羽がいた。

 会議場の入り口で腕を組み立つ姿は、古の武成王の如き風格を漂わせている。

 劉邦のみならず諸将全員が口を縫うように会話を止めた。静寂の真っただ中を、項羽はゆっくりと歩き劉邦の眼前に立った。

 

「漢王」

 

「へ? 王?」

 

「間違えた、忘れよ。沛公、始皇帝打倒する気があるのならば直ぐに出立することじゃ。もしや手遅れになるぞ。

 貴様の言葉を借りるのであれば……何を下らん議論で時間を無駄にしておったんじゃ貴様等は。そんな暇あるんならとっとと攻め入らんかいってとこかのう」

 

「あー、早く攻めたいお気持ちは重々承知ですが、手遅れとは一体?」

 

 相手が年長者であろうと無礼で傲慢な態度をとるのが当たり前の劉邦も、項羽という不世出の超人相手には畏まった態度をとる。

 元々教養のない人間なのでお世辞にも見事とはいえないが、それでも必死に礼を取り繕おうとする必死さは感じられた。

 

「劉備の奴。この俺を桃園なんぞに閉じ込めおって何をするかと思えば、せせこましく立ち回るばかりで俺を殺す気がまるでない。御蔭で要らぬ時間がかかってしまったわ。

 令呪で縛られた奴が飼い主の意に反する事をするとは思えんし、始皇帝が奴に時間稼ぎを命じたんじゃろう。時間を稼ごうとするということは、始皇帝は早く攻められとうない理由がある筈じゃ。故に攻める、徹底して迅速に攻める。これぞ最適解よ」

 

 一理はある、あるが……余りにも単純な論理だった。

 しかし戦の流れを直感的に見抜くことにかけて項羽は天才的である。立場の差もあって劉邦には無碍には出来なかった。

 

「とはいえじゃ。これは貴様の軍であって俺の軍じゃない。俺に命令権はないのう」

 

「……!」

 

 項羽から僅かに殺気が立ち昇る。主君の窮地とみた樊?とかこうえいの二人が素早く立ち上がるが、

 

「早合点するでない」

 

 落ち着いた声に、割って入ろうとした二人が立ち止まる。

 

「なにも軍権を渡さねば斬るなどとは言わん。言葉通りの意味じゃ。俺は意見は言うが、決めるのはお前ぞ。貴様の軍の道は貴様が決めよ。

 出立せぬのであれば良し。その時は俺一人で咸陽へ乗り込み始皇帝を斬り殺すだけじゃ」

 

 他の人間がいえば絵空事でも、項羽が言うと真実味があるのだから恐ろしい。

 カルナやテセウスといった大英雄に守られた始皇帝をそう簡単に討てるとは思わないが、項羽ならばもしかしたらと思わせる迫力があった。

 

「……分かりました。出立しましょう」

 

 暫し目を瞑り塾考した劉邦は、十秒ほどで目を開き答えた。

 

「義兄上、宜しいので}

 

「ああ。こと戦に関しちゃ項羽将軍以上の人を俺は知らん。その将軍が早く攻める方が良いって仰るんだからそうだろう。

 曹参、聞いての通りだ。なるべく早く準備しろ。それが整い次第、秦帝国首都を陥とす」

 

「――――――御意」

 

 元々は庶民や小役人だろうと、これまで数々の修羅場を潜りぬけてきた事で劉邦軍も一端の『軍団』へ成長している。

 頭である劉邦が一度決断すれば早いものだった。武官筆頭の曹参を中心にして出立の用意が急速に整えられていく。

 

「そうじゃった沛公」

 

「なんです?」

 

「カルデアの連中と会いたい。以前一度迷惑をかけたことがあるのでのう。構わんな?」

 

「は、はぁ。構いませんけど」

 

 いつもなら少し考えてから決断する劉邦も、項羽の敵意すら感じさせる有無を言わさぬプレッシャーに即答してしまった。

 用は済んだとばかりに去っていく項羽の背を見つめながら、劉邦は素朴な疑問を感じた。

 

「なんか俺に対して当たりがきついなぁ。なんか俺、項羽将軍を怒らせるような真似したか?」

 

 残念ながら劉邦の疑問に答えられる人間は、この『時代』には誰一人としていなかった。

 

 




【元ネタ】正史三国志、三国志演義
【CLASS】セイバー
【マスター】???
【真名】劉備
【性別】男性
【身長・体重】173cm・54kg
【属性】中立・善
【ステータス】筋力B 耐久C 敏捷C 魔力A 幸運A 宝具A++

【クラス別スキル】

対魔力:A
 A以下の魔術は全てキャンセル。事実上、現代の魔術師ではセイバーに傷をつけられない。

騎乗:B
 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
 魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

【固有スキル】

カリスマ:A
 大軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
 Aランクはおおよそ人間として獲得しうる最高峰の人望といえる。

敗軍の雄:A++
 負け戦において消耗を最小限に留め、戦場から撤退する能力。
 ランクA++ともなると戦場で討ち取る事は限りなく難しい。

皇帝特権:B
 本来持ち得ないスキルも、本人が主張する事で短期間だけ獲得できる。
 該当するスキルは騎乗、剣術、芸術、カリスマ、軍略、等。

【宝具】

桃園結義(とうえんのちかい)
ランク:EX
種別:対軍宝具
レンジ:2~100
最大捕捉:1000人
 固有結界。
 展開されるのは三人の漢が義兄弟の契りを結んだ桃園であり、必然としてそこに在るのは劉備、関羽、張飛の三人の英雄である。
 この宝具は三人の英雄が共有する心象風景だが、同時に三国志演義の読者達の思い描いた心象でもある。魔術師ではない劉備が固有結界の発動を可能にするのはそれ故。
 なお同年、同月、同日に死せん事を願わん、という誓い通り固有結界を解除するには劉備、関羽、張飛を同時に倒すしかない。
 もし同時に倒さなかった場合、死した豪傑は死の淵より蘇る事になるだろう。
 ただし史実通りに関羽、張飛、劉備の順番で倒された場合はその限りではない。

『雌雄一対の剣』
ランク:C
種別:対人宝具
レンジ:1~4
最大捕捉:1人
 劉備が挙兵の際に作らせた双剣。
 自身の与えるダメージを倍加させ、自身の被ダメージを半減させる。

三国鼎立(てんかさんぶんのけい)
ランク:A+
種別:対国宝具
レンジ:???
最大捕捉:???
 結界、城塞、領土、拠点等の三分の一を自分の領土とし、パラメーターなどを向上させる。
 対結界・対要塞において極めて有用な宝具ではあるが、この宝具発動中スキル〝敗軍の雄〟は発動しなくなる。

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