あの後ディルムッドと情報交換をしたが、本人の言う通りディルムッドは召喚直後だったせいで、この時代の事はさっぱりだった。寧ろロマンがシバを用いて観測したことなどを聞いていた自分達の方が、この時代における情報量は多く、ディルムッドにはすまないが有意義な時間だったとは言えないだろう。
しかし情報面では無意義でも、有意義だった事もある。そう、ディルムッドが仲間になってくれたことだ。
「盾の乙女のマスターよ。貴方の人柄は以前の共闘で知っている。人を評せるほど大人物になったつもりはないが、騎士として貴方は信用に足る御方だ。故にどうだろうか。この特異点の乱れを治めるため、貴方を正式に我が
「ああ、勿論だ!」
断る理由なんてない。ディルムッドは武勇が優れているのもそうだが、決して戦い一辺倒の猪武者ではなく、騎士としての高い武略を備えた知勇兼備の英傑である。
あの豪傑や〝入雲竜〟とかいう道士のように一癖もある連中が蠢く時代において、ディルムッドの助けを得る事は万の軍勢を得るに等しいだろう。
「快活で気持ち良い御返事だ。では改めて。フィオナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナ。貴方を今生の主として忠義を誓いましょう」
「こちらこそ。改めて宜しくお願いします、ディルムッドさん」
「フォウフォウフォーウ!」
ディルムッドの誠実な人柄にマシュも喜んで仲間入りを歓迎する。フォウも嬉しそうに跳ねている。
「して。これから如何しましょうか、我が主よ」
「……俺はドクターの指定したポイントへ行って、ターミナルポイントを設置するのがいいと思う。マシュ、ドクターとの連絡は」
「駄目です。途絶えたまま応答がありません」
紀元前を観測するのは難しいとロマンは言っていた。やはりその影響で通信が途絶えてしまっているのだろう。
頼りないところもあるが、なんだかんだでロマンのアシストに助けられた事は少なくない。秦末時代についても然程詳しくないので、やはりカルデアとの通信は出来るだけ早く安定させたかった。
それに情けない事だが、現状自分達には他にやるべき事も見つからない。ここはロマンのオーダーに従うのがベストだろう。
「分かりました。ならば先導はこのディルムッドにお任せを。幸い俺が召喚されたのもこの森。ある程度は地形も把握しています」
「ありがとう。頼むよ」
ディルムッドの先導で森を進んでいく。地形を把握しているのは本当で、ディルムッドはまるで自分の庭を進むように、すいすいと木々の合間を擦り抜けていった。
そういえばディルムッド・オディナは、グラニアとの逃避行で長い間サバイバル生活もしていたそうなので、この手の事には慣れているのかもしれない。
歩いて十数分だろうか。ロマンが言った通り森は大した深さではなく、あっさりと外に出ることが出来た。
そして外に出た自分達を待っていたのは――――見渡す限りの広大な大地だった。
青々とした緑色の大地は千里に渡った広がり、万里先には巨大な山脈が聳えたつ。
こうも広大な地平を眺めていると、思わず衝動に任せて叫び出したくなるほどだった。いやもう我慢できない。叫ぶとしよう。
「やっほぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「せ、先輩!?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「いきなりどうしたのですか。まさか敵サーヴァントの精神干渉……いえ、メンタルチェック問題なしです。ディルムッドさん、これは一体なにが」
「盾の乙女よ。そなたのような貴婦人には分からぬかもしれないが、男子というのは広大な景色を見れば叫びたくなるもの。マスターは男子の心を解されておられる」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「そうなんでしょうか。男心は複雑怪奇です。ミステリーです。まるで向日葵です」
マシュの冷たい視線を感じるが、敢えて無視する。男子には女子に白い眼されても馬鹿になりたい時があるのだ。
広大な大地に反響する叫び声。こうしていると自分が自然という大きな塊と一体化したような気分になる。
そうして叫んでいると大地が自分の想いを受け止めてくれたのか、向こうからも叫び声が上がってきた。熊のような怒声に、苦痛でのたうつ断末魔。まるで戦場のような喧騒は、自分達の所までよく響いてきて、
「って戦争?」
「マスター、静かに。息を潜めて、耳を澄ませて」
一転して深刻な顔になったディルムッドに従い、慌てて口を閉ざす。
余計な
「この時代の軍勢同士の戦いでしょうか。ドクターによればこの時代は戦乱記。聖杯とは無関係に軍同士が衝突していても不思議ではありません」
「分からない。ディルムッドは?」
「……生憎とアーチャーの千里眼のような遠視スキルを、俺は保有しておりません。どうされますか、マスター。ターミナルポイントの設置点へはやや遠回りになりますが」
自分の任務はあくまで聖杯を回収し、人理を修復することだ。それ以外でこの時代に関わるべきではない。
なのであれが聖杯とは無関係の戦いだとしたら、行っても骨折り損のくたびれ儲けになる。
「――――行こう。無駄骨になるかもしれないけど、少しでも聖杯が関わっている可能性があるなら行くべきだ」
未熟とはいえ自分はマスターだ。だから二人の主人として強く自分の意志を伝える。
「やはりスカサハの目に狂いはなかった。マスター、その御言葉を待っていました」
なにが嬉しいのかディルムッドは微笑むと、手を差し出してきた。
「マスターの移動速度では間に合わなくなるかもしれません。どうか俺にお掴まりを。我が敏捷値はA+、マスターを背負っても盾の乙女と容易に並走できましょう」
「ありがとう。マシュもそれでいいか?」
「え、ええ。了解しました、マシュ・キリエライト発進します」
頷くと、ディルムッドの肩に掴まる。合戦をしている場所は人間の足では遠いが、サーヴァントの足なら直ぐに着ける距離だ。十分も経たずに目的地に着くことが出来た。
息を呑んで傾斜の下を見下ろす。そこでは『秦』の旗を掲げた黒衣の軍団と『劉』の旗を掲げた軍団が戦いを繰り広げていた。
見た限り優勢なのは秦軍。劉の軍勢は指揮官の巧みな指揮で統率されているのだが、対する秦軍へ兵士一人一人がまるで死など恐れぬかのように、腕が千切れても足が吹っ飛んでも襲い掛かっている。劉の軍団の末端兵士からすれば、妖怪でも相手にしている気分だろう。
死兵となった無秩序な軍団は、時として統率された秩序ある軍団を上回る。眼下で起きているのはそういう戦いだった。
チラっと横にいるマシュを見る。すると彼女の目は『劉』という旗に釘づけになっていた。
「先輩。秦末期の時代で『劉』の旗とくれば、やはりあの軍団の指揮をとっているのは」
「ああ。たぶん間違いないと思う」
高祖皇帝〝劉邦〟。項羽を破り、漢王朝を開いた自分のような人間でも知っている中華の英傑だ。
その霊格はユリウス・カエサルやロムルスといった西の皇帝たちにも引けをとらない。
「それだけではありません。劉邦軍と戦っている黒衣の軍団、あれは人間ではない。人間を模して作り上げられた傀儡兵です」
「ということは、あの黒い軍団は聖杯の関係者!」
「恐らくは」
だというのならば話は早い。やることは一つだけだ。
「二人とも、劉邦軍を助けよう!」
マシュとディルムッドは頷き、両軍入り乱れる戦場に突っ込んでいった。