Fate/Another Order   作:出張L

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第38節  最強の武将

 劉邦軍が函谷関に押し寄せてくる暫し前。六虎将最強で知られる蒙武は、咸陽より援軍を率いてやってきた一人の将軍(サーヴァント)を出迎えた。言うまでもなく劉備のことである。

 

「玄徳か」

 

「久しいな将軍。俺が召喚されて以来だ」

 

 厳めしい顔で出迎えた蒙武とは対照的に、劉備の態度は飄々としたものだった。正規の将軍と客将の差が如実に現れている。

 

「……貴様はモンゴル軍を倒すまでの客将だったと記憶しているが?」

 

「残念ながら契約変更だ。モンゴル相手にちょっとばかし不甲斐ない戦をしちまったんでね。最後にもう一働きすることになったのさ」

 

「例の敗戦の事は聞き及んでいる。李信や倅なら兎も角、〝王翦〟が項燕の孫に遅れをとるとは信じられん」

 

「信じられん気持ちは分かるが事実だよ。項羽の武勇は俺も見たが、あれは反則ってもんじゃない。呂布は俺と義弟達の三人で十分抑え込めたが、あれを相手にするとなるなら更に三倍は要るとみるね」

 

「お前にそこまで言わせるか……玄徳」

 

 剛力無双にして剛健な武人である蒙武は、劉備に対しては欠片も好意を抱いていない。

 劉備が客将という立場であることも一つだが、最大の理由は劉玄徳という男が生前裏切りと離反を繰り返したからである。

 しかし蒙武は猛将ではあるが、断じて武勇だけの猪ではない。将軍としての冷静で客観的な視点が、劉備の将才と武勇を正しく評価していた。

 その劉備がこれだけ言うのだから、項羽という男の武は相当のものなのだろう。自然と武人としての血が熱を帯び始めた。

 

「で、貴様が引き連れてきた兵隊はなんだ?」

 

 蒙武は親指で劉備の連れてきた援軍、傀儡兵ではない生きた秦兵達を指さす。

 通常の軍隊である劉邦軍が、傀儡兵とそれなりに戦えたという事実だけを抜き出しても、傀儡兵一体と生身の兵士一人の戦闘力はそこまで隔絶した差がある訳ではない。腕っ節の強い兵士ならば一人でも傀儡兵を倒すことは可能だろう。

 しかしこれから秦が主に相手にするのは人間の軍隊ではなく、サーヴァントの集団である。魔力を持たない兵士が百万いようと一兆いようと、霊体であるサーヴァントに傷一つ負わせることは出来ない。他ならぬサーヴァントである劉備がそれを知らぬ筈がないだろう。となれば、

 

「仮にも陛下に将として任じられた男が、態々役立たずを連れてくる筈がない。なにを考えている?」

 

「肉壁は無力であればあるほど良いからな」

 

「……肉壁?」

 

「アンタもアーラシュや公孫勝が高祖の軍に加わったってのは聞いてるだろう。聞くところによれば件の二人は対軍・対城級の攻撃を素でやる化物だそうだからな。そいつらにかかれば天下の函谷関もデカい的さ。だが城内に傀儡兵やサーヴァントのみならず、生きた人間もいるとなると……どうなる?」

 

「どうもせん。傀儡(にんぎょう)だろうと兵士(にんげん)だろうと敵兵ならば討つだけだ。討って戦手柄とするだけだ。なんの違いがある? 寧ろ敵が傀儡(にんぎょう)である方がやる気が出んわ」

 

「アンタならそう答えるだろうな。だがアンタ以外の――――清廉潔白にして高潔な英霊様はそうじゃあない。例えば……カルナだ。英霊には死者(サーヴァント)生者(人間)を殺すことに忌避感を持つ輩がそこそこいる。話を聞く限りじゃカルデアもその性質だろう」

 

「読めたぞ。そういうことか」

 

 生身の兵士達は対サーヴァント戦において限りなく無力だろう。聖杯戦争においては明確な弱者といっていい。

 だが相手が高潔な英霊であればある程に、その無力さが長城すら超える鉄壁の守りとして機能するのだ。

 

「俺が長坂坡で曹操から逃げる時に使った手でな。曹操にゃあんまり通用しなかったし、高祖相手にゃ意味もねえことだろうが、カルデアの甘ちゃん相手なら効果覿面だろうよ」

 

 この策が悪辣なのは弱者を盾にするところもそうだが、もし形振り構わず襲ってきたのならば『虐殺者』の汚名を被せてしまえることだろう。

 肉壁に躊躇したのならそれで良し。覚悟を決めて攻撃したとしても、肉壁を削り切るのに相応の時間がかかり、しかも虐殺者として名を穢されてしまうという三段構え。

 

「仁徳の君子とは持ち上げられたものだな。後世の人間が貴様の素顔を知れば自刎するやもしれん」

 

「本物の悪党ってのは、善人面してるもんさ。往々にしてな」

 

 劉備が懐より煙草を取り出すと、慣れた手つきでマッチで火をつけた。

 

「なんだそれは?」

 

「討伐軍にいたキャスターに作らせた。俺のいた時代にはなかったものだが悪くない。制作者死亡で生産停止しちまったのが難点だが。吸うかい?」

 

「要らん」

 

「そう。…………――――って、戟なんて持って何処へ行く気だい?」

 

「武人が己の武具を持つのならば行き先は一つ。貴様も分かるだろう」

 

 蒙武の視線は劉備ではなく、城壁の外へ向けられていた。

 王翦が統率された軍団と緻密な計算を武器とする将なら、蒙武の強味はなんといっても隔絶した武勇にある。自ら先頭にたって敵兵を薙ぎ払い、敵将を討ち取る事で流れを引き寄せる――――腕に覚えのある将であれば誰もが理想とする戦法こそが、蒙武を六虎将の座に押し上げたのだ。

 しかし籠城戦においては残念ながら蒙武の強味はまったく活かせない。ならば強味を活かせる戦いをするだけだ。

 

「打って出るのか。だったら傀儡兵と生身の兵士の混成軍で行くといい」

 

「人形は要らん。連れて行くのは生きた兵士だけだ」

 

「……なんだって?」

 

「劉備。貴様の小狡い策は気に入らんが、真っ当な兵隊を連れてきたことは感謝する。不敬を覚悟で言うがな。傀儡兵なんぞ下らん人形遊びよ。

 俺は戦場で血反吐を吐き、部下を地獄へ同道させ、殺した敵兵の憎悪を一身に浴びながら戦ってきた。その痛みこそが、戦争の証よ。そして痛みを覚える行為だからこそ、それは人間がやるべきだ」

 

「理解はできるが、それをよりにもよって傀儡将のアンタが言うかい」

 

「俺は将軍――――軍人だ。陛下が望むのであれば、気に入らん命令だろうと従おう。それに血なんぞ通っておらんはずなのに熱く滾るものがあるのだ。この熱さが、俺が人形(にんぎょう)ではないと教えている」

 

 血の通わぬ傀儡の肉体、傀儡兵を用いて戦う始皇帝の戦略。その全てが蒙武は気に入らない。それでも軍人としての『矜持』と武人としての『本能』が、蒙武という豪傑を留めている。

 実際その面貌に浮かび上がった修羅の如き戦気は実に生々しいものだった。

 

「出陣する。留守は任せたぞ」

 

 城門が開き、秦国最強の猛将が討って出る。付き従うのは全てが血肉の通った生身の兵士達。

 傀儡を使った遊戯(ゲーム)ではない、本物の戦争が始まった。

 

 

 

 これまで飛竜(ワイバーン)やホムンクルスの軍団と散々戦ってきたので、どんなものが出てこようと驚かない自信はあったが、ここにきて人間の軍団というのは一周回って驚愕だった。

 秦にはもう前線へ送り出せるほどの傀儡兵はいないのか、はたまた他の理由なのかは分からない。だが下手に魔獣魔物の軍団が出てくるよりは数段厄介な事になった。

 相手が人間ならアーラシュや公孫勝に纏めて一掃して貰う訳にもいかない。これまでの特異点でもやってきたように追い払うか気絶させるかするのが吉なのだが、万を超える数がその難易度を著しく跳ね上げていた。

 

「面倒なことになってきやがったな」

 

 軽く舌打ちしながらアーラシュは矢生成スキルで鏃が丸くした矢を生成する。そして一秒に数十発という人間の限界を完全に超えた早撃ちで、兵士達を次々に昏倒させていくが、それでも秦兵の突撃を止める事は叶わない。

 蒙武という秦人にとっては伝説の猛将に率いられた軍勢は、異様なほどの戦意で矢にも怯まずに突き進んでくる。

 

「まったくだ。本当は咸陽まで休みたかったが、この分だとそういうわけにもいかなそうだな」

 

 億劫そうに馬より降りた公孫勝は、内功を練りながら印を結ぶと術を発動させた。術によって現れたのは、劉邦軍とまったく同じ鎧を纏った数万の兵士達。

 体色や雰囲気は人間と寸分変わらないが、内実は公孫勝の術によって幻を実体化させた幻影兵である。神兵や神獣の類では不殺なんて器用な真似は出来ないが、この幻影兵ならば劉邦軍の数を補填できる上に器用に戦えて一石二鳥だ。

 

「沛公。手数は揃えた。これなら戦にもなろう。だから撤退という考えは捨てて頂けるな」

 

「人の脳内読むなよ、道士ってのはおっかねえな。ったく、にしても矢の雨なり神兵なりで吹っ飛ばしゃ終わりだってのに英霊ってのは面倒臭ぇ生物だよ」

 

「そう言ってくれるな。貴方もいずれ成るのだから。――――尤も、貴方なら英霊になっても殺人を躊躇などすまいが」

 

「えー、陳勝や項羽ならまだしも俺みてえな小悪党でも英霊になっちまうのかよ。英霊ってのも安いもんだ」

 

「………………まぁ、そういうことにしておこう」

 

 知らぬとは本人とばかり。流石の公孫勝もこれには口ごもった。

 だが今の劉邦に将来皇帝になって王朝を開くなどと教えても信じられるものではないだろう。なにせ史実を知っている自分もコレが皇帝になるなんて信じられない。

 

「だが出来ねえっていうのに無理強いしても仕方ねえか。ただし言っとくがカルデア。俺はお前等の流儀には合わせねえぞ」

 

 劉邦は己の死の気配に冷や汗を滲ませながら剣を抜き放って、自らの軍団に合図する。

 アーラシュや公孫勝とは異なり劉邦はこの時代の人間。それも元々が楚の将として秦打倒のため戦ってきた男である。相手が生身の兵士だろうと殺すことになんの躊躇もない。

 

「敵は傀儡じゃねえ、これまで通りの人間だ! 恐れる必要はねえ、以前のように戦って殺せ!」

 

 人間であるが故に纏めて一掃できなくても、人間であるが故に傀儡兵よりは脆く弱い。

 劉邦のみならず誰もが抱いたその考えは、直ぐに打ち破られる事になる。

 最初に劉邦軍に到達したのは、駿馬に跨った蒙武。

 

「ふんっ!!」

 

 馬で劉邦軍兵士を踏み殺しながら、蒙武は気魄と共に戟を一閃。五人の兵士を纏めて斬り殺した。

 将が最初に戦手柄をあげれば、付き従う兵士も熱狂的にそれに倣う。

 劉邦軍も迎撃するのだが、驚くべきことに秦兵は槍を突き刺したくらいでは止まらなかった。致命傷を負っても眼光が消えることはなく、逆に最期の力を振り絞り一人でも多くの兵士を道連れにしていく。傀儡兵相手の戦では見慣れた光景だが、それを生身の兵士がやると底冷えするほどの鬼気があった。

 それに輪をかけているのが最前線で暴れ回る蒙武だった。六虎将最強の評判通り、李信を超える武勇で次々の兵士を薙ぎ払う姿は、神話の英雄と比してもなんら劣るものではない。

 秦兵の想像を絶する士気に、真っ当な神経の劉邦軍は散々に破られ、持ち場で踏ん張っているのは人格のない幻影兵だけという有様だった。

 

「畜生。なんなんだよ秦兵のこの強さは。まるで項羽将軍に率いられた楚兵じゃねえかよ」

 

 全軍の指揮を執っている劉邦は、今にも撤退命令を下しそうなほど顔面を蒼白にしながら言う。だが劉邦をここまで震わすほどに秦軍の強さは異常なのだ。

 猛将・ 蒙武の獅子奮迅の活躍に全軍が狂奔した結果というだけでは説明がつかない。一体全体なにが秦兵達をここまで奮起させているというのか。

 

「難しく考える必要はないさ、マスター」

 

「荊軻さん……?」

 

「特異点だ人理修正だのと言っても、それを知っているのはサーヴァントや極一部の人間だけだ。事情を知らぬ民草からすれば我々は単なる侵略者に過ぎん」

 

「そ、それじゃ秦の兵士達があんなに強い理由っていうのは!」

 

 目を見開くマシュに、荊軻は重々しく頷いた。

 

「自分の生まれた国を守るためだよ」

 

 合点がいく。現代のように戦時国際法なんてものがない古代中国において、滅ぼされた国に住む民衆がどういう目に合うかなんて分かり切ったことだ。

 親を守れ。

 子を守れ。

 友を守れ。

 皆を守れ。

 そして秦帝国を守れ。

 彼等の魂の雄叫びが聞こえてくるかのようだった。

 人はなにかを得ようとするより、元からあるものを守ろうとする感情が強いという。ならば国を守るという彼等の精神力は如何程のものがあるだろうか。

 あの秦兵達は間違いなくただの人間だが、その精神はこの一時のみに限り英雄と化していた。

 

「先輩、このままでは持ちません。私も行きます」

 

「マシュ……――――分かった、頼む」

 

 正直な話、ああも生々しい殺し合いにマシュを行かせる事には抵抗があった。だがマシュの決意は覚悟に満ちていて、マスターである自分には止めることは出来なかった。

 マシュは凄惨な殺し合いを前にしても目を背けず、それどころか「はい!」と強く言うと、地獄の最前線へと突貫していく。

 

「うら若き乙女に戦わせて己は安穏としていては男が廃りますな。マスター、どうかこのディルムッドに御命令あれ。見るに敵軍の主柱はあの猛将。あの男さえ討ち取れば流れを引き込むことも出来ましょう」

 

 ディルムッドの言う通りだ。一人一人が英雄に比する精神の輝きを放っているとはいえ、それを支えているのは蒙武という一人の大将軍だ。

 蒙武さえ倒す事が出来れば、あの恐るべき軍勢相手でもなんとかなるだろう。

 

「荊軻、マスターの身は任せたぞ」

 

 最速のサーヴァントの名に違わぬ俊足で、ディルムッドは戦場を縫うように駆けていく。

 狙うは大将・蒙武の首ただ一つだ。けれどディルムッドを妨害するように、巨漢の将軍が立ち塞がる。

 

「カルデアのディルムッド・オディナだな」

 

「我等が将がお相手するまでもない。我等でその小綺麗なそっ首落としてくれるわ」

 

 生前から蒙武に付き従い、今生においても傀儡将として蒙武の麾下にある二人の巨漢は、大槌と大斧でディルムッドを妨害する。

 

「邪魔を」

 

 敵が人間ならまだしも、傀儡将であるなら素通りする訳にもいかない。

 将を射んとする者はまず馬。足を止めたディルムッドは目にもとまらぬ見事な槍捌きで巨漢が乗る馬の足を払った。

 

「うおおっ!?」

 

「なんと――――!?」

 

 余りにも素早い攻撃に二人の巨漢は受け身をとる間すらなかった。ディルムッドは迅速に二人の喉元を槍で突き刺し、止めを刺す。

 邪魔者の始末を終えたディルムッドは改めて蒙武の下へ急ぐが、遅れたディルムッドに先んじて大将首を狙う騎兵が一影。劉邦軍の武官筆頭、曹参だ。

 

「蒙武、死人はいい加減に……墓へ帰れ!」

 

 劉邦軍の猛将といえば樊噲がまず浮かぶが、史実において数十箇所の傷を負いながら前線で戦ったと語られる曹参も負けてはいない。腕力では樊噲に勝てないが、技の冴えならば曹参が上をいく。

 蒙武が無造作に振るった戟を軽く槍でいなすと、お返しとばかりに高速の突きを放った。

 

「俺の戟をこうも容易く捌くとは、貴様も後々の英雄か。名乗れ」

 

「劉邦軍武官筆頭、曹敬伯」

 

「ほう。貴様が〝曹参〟か」

 

 名を聞いた蒙武が合点がいったように笑みを深める。

 曹参はこの時代はまだ劉邦軍の一武官に過ぎないが、後には数々の大功をあげ漢王朝建国の英雄となる男だ。しかも子孫には三国志最大の英雄の一人である曹操がいるときている。主君・始皇帝の影響で時空を超えた知識を持つ蒙武が興味を示すのは当然といえよう。

 

「面白い。力を晒せ、この俺に――――っ!」

 

 だが蒙武の興味を引くということは、猛虎の如き武威を真正面から浴びるということと同義である。曹参からしたら溜まったものではないだろう。

 大の大人三人がかりでも持ち上げられないであろう戟を軽々と振るいながら、蒙武は嘗て中華最強と畏怖された武勇を容赦なく曹参に叩き付けてきた。

 

「くっ……! 六虎将最強、これほどか……っ!」

 

 想像を軽く超える武に曹参は自分を守るだけで精一杯だった。もし少しでも攻撃する素振りを見せれば、その瞬間に蒙武の戟は曹参を抉り屠るだろう。

 そんな曹参を助けるため幻影兵達が背後から蒙武を襲うが、

 

「邪魔をするなァッ!!」

 

 思わず呼吸を止めるほどの大括。傀儡兵と同じく心を持たぬ筈の幻影兵が気圧され、硬直する。木偶となった幻影兵を蒙武は容赦なく斬り屠った。

 

「次は貴様だ」

 

「っ!」

 

 爛々と輝く眼に囚われ、曹参からすれば生きた心地がしなかっただろう。

 理屈ではなく本能で自分の死を感じ取った曹参は一騎打ちを投げ出すと、たまらず後方へ引いていった。

 

「逃がさん」

 

 蒙武にとっては敵将、それも未来の英雄を屠る千載一遇の機会を逃す筈がない。蒙武は馬を全力で疾走させ、逃げる曹参の背中を追う。

 しかしふと蒙武は途中で馬足を止め、曹参を追うのを止めてしまう。

 一体何があったのかと訝しんでいると、疑問に答えるようにロマンが低い声で言う。

 

『…………気を付けてくれ。サーヴァントが一騎、とんでもない速度でここに近付いてきている。僕達がこの特異点で最初に観測したのと同じ反応だ』

 

「同じって、それって」

 

 瞬間だった。轟音と共に数十人の秦兵が土煙と共に吹き飛んだ。

 天地を呑み込むほどの雄大な氣が、将のみならず敵味方の一兵卒にまで伝播していく。間違いなく、いる。ロマンをしてランクEX級とまで評された底知れぬ存在が――――遂に現れたのだ。

 

「項……将軍」

 

「項羽殿、なのか……」

 

 素顔を知る劉邦軍の兵士達がどよめく。劉邦の宿敵として知られる項羽だが、今の劉邦軍にとっては項羽はまだ頼もしい味方の筈である。だが劉邦軍を包み込んだ感情は歓喜ではなく畏怖。

 そしてそれは劉邦軍のみならず敵対している秦軍もまた同じ。故郷を守るという大義すらが、項羽という一人の武将が醸し出す覇気によって凍て付いていた。

 さっきまであれだけ激しい戦いが繰り広げられていたのが嘘のようである。寒々しいほどの静寂の中を、項羽だけが悠然と馬首を進めていった。

 

「秦国六虎将が一人、蒙武じゃな」

 

「如何にも。そういう貴様は項燕の孫の項羽だな。なるほど面影がある」

 

 蒙武がそう言うと、項羽は白い歯を剥き出しにして壮絶に嗤った。

 

「何が可笑しい? いや何がそんなに嬉しい」

 

「嬉しいともさ! 王翦と共に楚を犯し、我等が父母を殺した憎い怨敵がッ! 殺して怨み晴らす前に寿命なんぞで勝手にくたばった腰抜けがッ! 土塊とはいえ生きて俺の前にいるんじゃからのう。クカ、カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッ! これが嗤わずにおられるかい!! 貴様等に殺された楚人も歓喜で震えておるわ!!」

 

 項羽の総身から漏れ出す絶するほどの復讐心に、固唾を飲んで見守っていた兵士の何人かがたまらずショック死する。

 なんとも甘い蜜の味を噛み締めながら笑う様は、もはや鬼と評することすら躊躇われる〝魔〟の類だった。

 

「復讐か。それもまた将が背負うべき業よ。貴様が滅ぼした六国の怨嗟を叩きつけてくるなら、真っ向から叩き返してやる」

 

「心意気は天晴よ! じゃが許さん、死んでも許さん。王翦は逃がしたが貴様は逃さんわい。そっ首落として(ころ)す」

 

 純黒の鬼氣を噴出させる項羽と対照的に、威風堂々とした清廉な闘気を発する蒙武。戦場を包み込むような山のような雄大な氣は、項羽の殺氣に心を圧し折られていた秦兵の心をも立ち直らせた。

 項羽は矛を、蒙武は戟を。己の得物を目の前の敵へ向け、視線が交錯する。戦場の誰も、サーヴァントですら割って入る事の出来ない、ある種の神聖な闘技場の気配が二人の周囲にはあった。

 これぞ戦場の華。一対一の殺し合いが万軍の決着を左右する大一番、一騎打ちだ。

 戦国時代末期において〝無双〟の域に達した武人と、この時代において〝無双〟の域に達した武人。異なる時代で〝最強〟を謳われた二人の豪傑が正面より激突する。

 すとん、と納得した。

 咸陽を強襲するという劉邦の決断も、函谷関における苦難も、もしかしたらこの特異点での全ての戦いすらが。

 この一騎打ちを実現するために、神が作り上げたものなのだと。

 

「征くぞ、項羽」

 

 蒙武が進軍する。一人なのに〝進軍〟など奇妙なことだが、蒙武には一個にして軍を思わせるほどの圧力があった。

 項羽は動かない。蒙武が攻めてきたのに対して、項羽は待ち構える事を選んだのだ。矛を握る手を強め、項羽は待ちの姿勢を崩さない。

 そして遂に蒙武が死闘の始まりを告げる一斬を振り下ろし、

 

――――天を裂く雷霆のような爆音が轟いた。

 

 土塊を撒き散らしながら、馬ごと真っ二つに両断された蒙武の死体が大地を転がる。

 両軍が静寂に包まれた。劉邦軍からの歓喜も、秦軍の悲鳴すらあがらない。

 一騎打ちへの燃えるような期待、運命的ですらある神の用意した対戦カード。それら全てが項羽の振った一斬で全て終わった。たった一撃で決着してしまった。

 現実に起こったのは血沸き肉躍る死闘でも、身を削り合う血戦でもなく、ただひたすらの圧倒だった。

 蒙武の死体を項羽は冷酷に見下ろすと、

 

「まずは一つじゃ」

 

 嗜虐的に口端を釣り上げた項羽は、劉邦軍と秦軍の中心で堂々と言い放つ。

 

「我等が父母の仇が一人、蒙武! この項羽が討ち取ったーーーーッ!」




【元ネタ】史記
【クラス】ライダー
【マスター】???
【真名】項羽
【性別】男性
【身長・体重】196cm・81kg
【属性】秩序・中庸
【ステータス】筋力A+ 耐久A 敏捷B(EX) 魔力E 幸運C 宝具―

【クラス別スキル】

対魔力:D
 一工程シングルアクションによる魔術行使を無効化する。
 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

人馬一体:A++
 馬を操ることに特化した騎乗の才能。
 騎乗するのが馬であれば、呼吸を同一化させ自分の体のように操ることができる。
 通常の騎乗スキルとしてはランクB程度の効果を発揮する。

【固有スキル】

空の境地:EX
 〝武〟の深淵に到達した証であり称号。武という概念における〝究極の一(アルティメット・ワン)
 残念ながら、純然たる武芸において項羽を凌駕する者は地球上には存在しない。
 このスキルを保有するものがサーヴァントとして召喚された場合、混じり気のない武を披露するため全ての宝具はオミットされる。

カリスマ:C++
 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において自軍の能力を向上させる。
 項羽のカリスマ性は戦場においてこそ真価を発揮する。

勇猛:A+
 威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
 また、格闘ダメージを向上させる効果もある。

【Weapon】

『烏騅』
 項羽の愛馬。人の身で大陸と天地を畏怖された項羽に付き従った烏騅もまた、名馬でありながら神馬を超えるほどの頂きに上り詰めている。
 なお項羽のパラメーターにおける敏捷値EXは、項羽ではなく烏騅のものである。

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