Fate/Another Order   作:出張L

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第37節  劉邦強行

 宋江から重要な情報を聞き出す事に成功したものの、あの戦いで劉邦軍が失ったものは多かった。

 打って出た兵士の半数以上が戦死し、生き残ったほぼ全員が重軽傷。幸いサーヴァント達と樊噲や曹参のような一線級の猛将は無事だったが、史記に記された将の何人かも還らぬ人となった。

 戦いそのものは優勢だったというのに、こんな全滅に近い結果になってしまったのは、宋江が最期に使った無差別殺戮宝具〝天魁星(てんがいせい)及時雨(きゅうじう)のせいだろう。恵みの雨が反転した呪いの雨は、敵味方の区別すらなく死を撒き散らしていった。

 五体満足で無事な兵士は沛城の守りに残った少数の兵だけ。並みの指揮官ならここは軍の再編に専念するところだろう。しかし劉邦は違った。

 

「なっ! 無傷の兵士だけを率いて咸陽へ強行するなど……正気ですか義兄上!?」

 

 劉邦の決定に真っ先に驚愕を露わにさせたのは樊噲だった。他の諸将も樊噲ほど大袈裟なリアクションこそなかったが、彼と同じ内心であることは表情が告げていた。

 そんな反応も予想していたらしく劉邦は落ち着いた顔のまま飄々と言う。

 

「正気だよ。俺が酔ってるように見えるのか?」

 

「い、いえ……素面に映りますが、しかし……私には無謀としか……」

 

「樊噲の言う通りです! 陳勝王の周文将軍が十万以上の軍勢を率いても咸陽に至ることが出来なかったのです。ましてや今現在〝秦〟にいるのは暗愚な二世皇帝ではなく始皇帝……。咸陽どころか手前の函谷関で堰き止められ全滅するのがオチです」

 

 樊噲に続いて蕭何も口を酸っぱく反対意見を唱える。

 後方支援はさておき軍事における才能は皆無の蕭何だったが、だからこそその意見は誰もが納得する一般論でもあった。

 

「だろうな。これがまともな〝戦争〟なら、そもそも今の俺達じゃ戦いにすらならねえだろうよ。だがもう戦いの前提が変わったんだ」

 

「というと?」

 

「これは俺達よりも……『お前達』の方が分かり易いかもしれないな」

 

 劉邦の鋭い眼光がディルムッドを始めとするサーヴァント達からマシュへ、そして最後にマスターである自分へ注がれる。

 きっと劉邦は試しているのだろう。自分の協力者であって配下ではなく、かといって呑み込むのも難しいく戦力的に切り捨てる事も出来ないカルデアは、劉邦にとっては未だに扱い方を決めかねない存在だ。

 これまでは見逃されていたのは単純に戦力が少なかったからだろう。前は劉邦の配下に土方歳三というサーヴァントがいて、樊噲を始めとする猛将や数万の軍団がいた。対してこちらの戦力はマシュとディルムッドの二人だけ。この戦力差こそが共闘関係でありながら劉邦を上、カルデアを下というふうに分けていたのだ。

 だがそれはもう過去の話。公孫勝はカルデアの味方なのか劉邦軍の味方なのか良く分からないので除外するとしても、カルデアのマスターである自分の下にはアーラシュ、荊軻という二人のサーヴァントが加わった。

 うちアーラシュは弓矢生成スキルをフル活用することで、宝具を用いずとも対軍級の広範囲攻撃を行う事が出来る。軍略云々の次元ではなく、アーラシュ一人がいれば劉邦軍の兵力なんて何の脅威でもなくなってしまうのだ。流石に樊噲クラスの武将はそれだけでは倒せないが、そこは他のサーヴァントに任せればいい。

 ここにきてカルデアと劉邦軍の戦力比は逆転した。もしも自分がマスターとして劉邦軍の制圧を命じれば、きっと一日もかからずに完了するだろう。

 

(だから俺が、どれだけ知恵が回るのか試した上で、今後どうするかについて決めるつもりなのか)

 

 これまで一緒に戦ってきて劉邦の人格らしいものは少しだが掴めてきた。

 少なくとも一般的にイメージされる『本人は臆病で戦下手だが人を惹きつけるカリスマ性と憎めない愛嬌がある』なんていうのは完全に出鱈目だろう。

 まず戦下手どころか采配は中々見事だし、他の特異点で出会った王達のような強烈なカリスマ性も感じられない。臆病で生き意地が汚いのは確かにその通りだが、この男は自分が生き延びる為なら、困難にも立ち向かう決断力を持っている。

 同時に自分にとって不利益と判断した者であれば、自分の腹心だろうと粛清するほどの冷酷さも持ち合わせているだろう。

 

(劉邦は馬鹿じゃないし、たぶんここで俺が答えられなくても殺されたりとかはないかな。ここで俺が死ねばどうなるかくらい分かるだろうし。

 けど答えるのと答えないのどっちが正解なんだ? 答えられたら頭が回るから危険と思われそうだし、ここは答えられない風を装ったほうがいいかな? あ、でもそれだと良いように扱われるとか認識されそうだな。……頭がこんがらがってきたな。ぐちぐち悩んでも仕方ない。ともかく考えてみよう。戦いの前提が変わったってどういうことだ?)

 

 これまでで前提が引っくり返るほどの出来事といえば、やはり宋江から情報を入手したことだろう。

 あれのせいで始皇帝以外にもチンギス・ハンという第三勢力がいると分かって、どちらかが一方の聖杯を奪うまでに片方を倒さなければという話になったのだった。

 一瞬これが正解かと思ったが、どうも違うような気がする。違和感が拭えないのだ。そもそも凶悪な第三勢力がいるなら、それこそもっと戦力を集めてからの方が良いだろう。わざわざ少ない戦力で咸陽へ強行する必要などない。

 

(というより少数の戦力での強襲作戦なんて劉邦が一番嫌がりそうな戦術なんだよな。やらないと死ぬような状況で勝算があるならやるだろうけど、普通ならそんな無茶はしない。だけど劉邦はやろうとしている。ということは勝算がある? いや、そもそも…………戦力は本当に少ないのか(・・・・・・・・・・・)?)

 

 劉邦軍、兵力、サーヴァント、マスター、傀儡兵。

 それらのピースを一つ一つ繋ぎ合せて行き、それが頭の中で一つの絵柄になった。

 

「――――――そういうことか」

 

「先輩、沛公の言葉の意味が分かったんですか?」

 

「ああ。たぶん沛公は敵の軍団だとか城壁だとか、そんなことはもう問題じゃなくなっているって言いたいんだ」

 

「どういうことだ! 敵の傀儡兵共は脅威だし、函谷関は信陵君ですら突破できなかった要所だぞ。問題大有りではないか?」

 

「簡単なことですよ樊噲将軍。傀儡兵が一万いようと十万いようとアーラシュが矢を降らせれば簡単に殲滅できる」

 

 諸将の視線がアーラシュに集中する。当のアーラシュはなんでもなさそうに「ま、そんくらいは楽勝だな」と言った。

 それが世迷言ではない事は、この前の秦軍との戦いで目の当たりにしたばかり。反論する者は誰一人としていなかった。

 

「そしてどんな城壁だろうと公孫勝の呼びだした神兵なら、簡単に蹴り壊す――――いや、踏み潰せる(・・・・・)

 

 今度は道士の癖して肉を頬張る公孫勝に視線が集中した。公孫勝は「出来んことはないな、疲れるが」と平然と言ってのける。

 こちらも証拠は全員が目撃しているので反論は出なかった。

 

「なるほどな。軍団全員が英霊という常識外れならまだしも、ただの人間の兵士を幾ら引き連れて行ってもこれからの戦いでは大して役に立たない。それどころか行軍が遅くなる上に余計な兵糧を消費するだけ邪魔になる」

 

「だったら落とした拠点を維持するための最小限の兵力だけ引き連れ、咸陽へ強襲をかけるほうが良い、か」

 

「それにモタモタしていたら始皇帝かチンギス・ハンのどちらかが更なる聖杯の力を使い、手の出しようがない存在になってしまうかもしれません」

 

 ディルムッド、荊軻、マシュが説明するように言うと諸将も納得したようだった。

 どうやら『期待』には答えられたようで、劉邦がくつくつと笑う。

 

「ありがとうよ、カルデアの。お前さんが説明してくれた御蔭で説得力が増したべ。それで改めてお願いするんだが、これからも俺達に『協力』してくれるか?」

 

「はい。俺達の目的はあくまで特異点の修復ですから。こちらこそ『共闘』させて下さい。ただ軍の指揮とかは全然さっぱりなんでご迷惑かけちゃうかもしれませんけど」

 

 自分達は共に戦う仲間であって、配下ではない。そういう意味を含ませて言う。

 

「おう、任せときな。俺も戦なんざド素人だったが、場数はそこそこ潜り抜けた。実戦経験皆無の都の坊ちゃん将軍よりゃ出来ると思うぜ」

 

 こちらの意図を読み取ったのか劉邦はニヤリと口端を釣り上げた。この様子だと少なくとも自分達を捨て駒として切り捨てるようなことはしないだろう。

 どうやら自分はちゃんと正解を選ぶ事が出来たようだ。

 

 

 

 善は急げというやつで軍議が終わると劉邦軍は直ぐに出征した。付き従うのは曹参、樊噲を筆頭とする未来の英霊達と、僅かな兵士達だけ。言うまでもなく自分達カルデアとサーヴァント全員がこれに同道している。

 チンギス・ハンの『聖杯』と、始皇帝の『聖杯』。

 二つの異なる『聖杯』の影響で中国大陸の地理は目茶苦茶になっているが、咸陽に潜入していた荊軻が案内役を買って出てくれたため迷うことはなかった。

 途中蜀の桟道を通った際に劉邦が『死んでもこんなとこに住みたくねえな』とぼやいていたが――――敢えて何も言うまい。いずれ通る道だ。

 しかしこの行軍が想定外の敵兵だった。

 なにせ地理が目茶苦茶なため、山道を歩いていたかと思えば急に平野になったり、猛暑の中だったらいきなり極寒になったりするのである。兵士の何人かはこの急激過ぎる環境の変化に耐えられず脱落してしまった。嫌がらせのようにちょくちょく傀儡兵の一団が襲いかかってきたのもそれに拍車をかけた。

 御蔭で劉邦軍が函谷関に到着したのは、予定より一日遅れだった。

 

「さーてと。函谷関の将は荊軻殿の話じゃ蒙武だったっけな。おい、アーラシュ。お前さん、確か目が良いんだったな。ちっと旗を確認してもらえるかい?」

 

「お安い御用さ」

 

 劉邦に頼まれたアーラシュは持ち前の千里眼で、城壁の上ではためいている無数の旗を注視した。

 弓兵(アーチャー)が遠目が利くのは基本的なことだが、アーラシュの千里眼はアーチャークラスの中でも頭二つ飛びぬけている。

 未来視や心すら見透かす千里眼をもってすれば、遠方の旗に書かれている文字を読むなど屁の河童だ。

 

「旗の字は……『もう』が一番多いな。それに『劉』の旗も幾つかあるぞ」

 

「劉? 秦に俺と同じ劉姓の将がいるなんて初めて聞いたな」

 

「――――!」

 

「……先輩」

 

「分かってる、マシュ」

 

 確かにこの時代においては『劉』という姓はそう多くないかもしれない。

 だが劉邦が漢王朝を創り上げた事を切っ掛けとして、劉という姓は中華全体に広がっていった。

 つまりこの時代にはおらずとも、後の時代には大勢いるのだ。劉という姓を持つ将軍が、劉という姓をもつ英霊が。

 

「沛公。もしかしたら」

 

「マシュのお嬢ちゃん口閉じて。聞きたくない、現実から目背きたい。でも分かったべ。いるんだろう? 俺達の知らねえ新手のサーヴァントがよ。

 あのカルナとかいう化物にテセウスっていうデカブツに六虎将最強の蒙武だけでも厭なのに、もう一体サーヴァントがいるなんて笑えねえぞ糞!」

 

「その心配はねえみてえだぜ」

 

「どういうことだ?」

 

「ちっと千里眼で〝視〟たんだがな。サーヴァントらしい魔力が一つしかねえ。個人的な考えだがこの関所は時間稼ぎの捨て駒で、カルナやテセウスのような本命は咸陽で待ち構えてるんじゃねえのか」

 

「だったら話は早ぇ。公孫勝、籠城している奴等の城をいっちょ神兵で踏み潰して――――」

 

 劉邦が公孫勝にそう言った直後、函谷関の城門が開くと、中から一軍が飛び出してくる。

 軍団の先頭で他より一周り大きい黒馬に跨り、通常の二倍の体積がある戟を持っているのが蒙武だろう。猛虎のような迫力は、傀儡将でありながら並みのサーヴァントを軽く超えていた。

 

「全軍、突撃ィィィィィィィィィィィィイイイイ!! 道士の小細工なんぞ踏み潰せ、劉邦軍を血祭りにしろォッ!!」

 

 鼓膜が破れるのではないかと危惧する大音量。

 兵力はあちらが上だが、こちらにはサーヴァントや樊噲のような猛将達がいる。まともに戦えば十分勝てるだろう。

 

「籠城は無意味と悟って打って出たってか。だがどっちも間違いだぜ。ほらアーラシュ、お前の仕事だべ。さっさと出てきた傀儡兵共を纏めてぶっ壊してくれよ」

 

 アーラシュの矢生成による矢の雨。単純だがこれで敵の軍団は壊滅だ。

 それから残った蒙武を全員のサーヴァントで袋叩きにすれば、無傷で函谷関を陥落させられるだろう。

 

「……無理だ」

 

 しかしアーラシュから発せられたのは予想外の言葉。

 

「は? 無理って、なんで?」

 

「単純な話さ。幾ら俺でもないものを壊すことはできん」

 

「いや目の前にいるじゃねえか。近づいてきてるしさっさとやってくれよ」

 

「傀儡兵じゃない」

 

「じゃあなんだって…………そういうことか」

 

 土塊にしては血色が良すぎる肌、顔に浮かび上がった生々しいまでの死への恐怖感と敵への殺意。

 これらの符号がどうしようもない事実を告げていた。

 

「あれは全員、生きている〝人間〟だ」

 

 函谷関の城壁の上で、一人のサーヴァントが笑みを浮かべた。


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