Fate/Another Order   作:出張L

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第36節  サクリファイス

 鬼札(ジョーカー)を切ったことで威容を誇った『秦始皇帝陵』は消え、夢幻に取り込まれた者は現実へ帰還する。

 宮殿に現れたのは始皇帝、王翦。そして胴体が消し飛び、頭だけがどうにか残った蒼狼の死体。

 人類史上最大の征服面積を誇る大帝というのは伊達ではない。自らに並び立つ者などいない唯我独尊の始皇帝だったが、チンギス・ハンがその実力において己に匹敵したことは認めざるを得ない事実だった。

 疲労困憊。魔力体力を絞り切った始皇帝は、力なく床に膝をつける。

 初めて目にする光景に夢幻に取り込まれなかった群臣達はざわめくが、そのことに一々叱責する余力のないほどに始皇帝は消耗しきっていた。

 故に仕留めたとはずの蒼狼の死体が微かに動いたことに、始皇帝は気付くことができなかった。

 

「陛下ッ!」

 

「――――っ!」

 

 最初にそれに気付いた王翦が声を張り上げ、漸く始皇帝も異変を悟る。

 だがもう遅い。チンギス・ハンの命は消えども邪念は消えず。それに突き動かされて蒼き狼の頭が跳ねるように飛び、あの世への道連れにせんと始皇帝に喰らいかかってきた。

 

「おの、れ……おのれぇ! 往生際の悪い狼がッ!」

 

 精根尽き果てた始皇帝に蒼き狼の牙より逃れる術などありはしない。

 夢幻世界であれば始皇帝の夢である〝不死〟の護りがあったが、現実世界において始皇帝の肉体はただの人のそれである。神の牙が突き刺されば即死は免れない。それでも負けず劣らず往生際の悪い始皇帝は、血走った眼で剣を抜き放ち、額目掛けて投げつけた。

 無駄としか思えない始皇帝の足掻き。だがその生への執念が運命(さだめ)を覆したか、逃れようのない死の淵より始皇帝は突き飛ばされた。

 

「な、に?」

 

 体が壁へ叩き付けられる数瞬、始皇帝は見た。自分を庇うように突き飛ばした王翦が微かに笑っていたのを。

 

「龍体への御無礼、御許しを」

 

 王翦の体が蒼き狼に呑み込まれる。蒼き狼の牙は土塊に宿った魂すら噛み砕き――――そこで限界が訪れ、蒼き狼は今度こそ光の粒子となって完全消滅した。

 

「へ、陛下! ご無事ですか!」

 

 群臣が慌てて駆け寄ってくるが、始皇帝の耳には入らない。始皇帝の思考回路を埋め尽くしているのは、ひたすらの疑問だった。

 

「…………何故だ。何故だ解せんぞどうなっている。傀儡将である王翦が朕を守るのは当然。そういう絡繰りになっている。だがどうして笑う。笑う必要がどこにあった」

 

 傀儡将としての役目通りに始皇帝を守るため動いたのであれば、その表情に浮かび上がるのは作業をするように淡々としたもののはず。断じて笑みなどではない。

 王翦の人柄を知り人間感情の機微に敏い者がいれば、その疑問にはあっさりと答えたことだろう。最期の笑みはなんだかんだで幾度となく人類史を救ってくれた恩人であり、自らの名前を人類史に刻む切っ掛けを与えてくれた主君に恩返しを出来た充足感によるものだと。

 だが始皇帝は気付かない、いや気付けない。人間として極まった頭脳を持ちながら、始皇帝は感情の機微については子供より無知なのだ。故に答えは出ず、気持ち悪い疑問だけが頭に残る。

 

「……おい、■■■」

 

 不快感を振り払うと、始皇帝はあたふたとする群臣の中で一人憮然と佇む客将へ声をかけた。

 

「なんだい。言っとくが俺はチンギス・ハンを殺すまでって契約で客将になったんだ。そのチンギス・ハンも死んだことだし、さっさと令呪で自害を命じるなりしな。なんなら勝手に首掻っ切ろうか」

 

「雇い主に獲物を仕留めさせておいて、自分の手柄気取りとは滑稽だ。こんな様ではお前の手下共の程度も知れるというものだ」

 

「……痛いところをつくね。俺は兎も角、同朋まで貶されたんじゃ無視もできん。分かった、一度だけだ。あと一度だけ仕事をする。それで今度こそ終わりにしてくれよ。それで俺は何をすればいい?」

 

「函谷関の蒙武に合流しろ」

 

「そういやまだあの御仁が残っていたか」

 

 秦国六虎将筆頭にして最優の将は王翦だが、純粋な武勇において最強なのは蒙武だ。

 六虎将の殆どを出征させた始皇帝だったが、万が一のために蒙武だけは拠点の守りに残しておいたのである。

 

「劉邦軍に公孫勝が加わったことで戦いの前提が変わった。もし奴等の中にそのことに気付ける者が一人でもいれば、先ず間違いなく感陽へ進軍してくるだろう。

 お前は蒙武と共に一分一秒でも長く劉邦を足止めしろ。朕が快復する時間を稼ぐために身を挺せ」

 

「秦国最強の蒙武将軍に、カルナやテセウスなんて大英雄もいれば劉邦軍だけなら十分やれないことはないと思うがね」

 

「カルナとテセウスの二人は感陽まで引き上げさせる。戦うのはお前と蒙武の二人だけだ」

 

「なるほど、項羽対策か」

 

 チンギス・ハンが『聖杯』を所持していなかったことを鑑みて、現在この特異点の聖杯は項羽が所持している可能性が高い。そしてチンギス・ハンから聖杯を奪った項羽が次に狙うのは、先ず間違いなく始皇帝だ。

 カルデアと連合している劉邦軍もまた始皇帝の首級を狙っている。こちらには項羽ほどずば抜けた単騎はいないものの、かなりの数のサーヴァントが集まっていて侮れる敵ではない。

 項羽と劉邦。史実において秦国を滅ぼした両雄が、まるでそれをなぞる様に揃って敵対する現状は、迷信の類を信じない始皇帝をもってしても気味悪さを感じずにはいられなかった。

 だが逆に言えばこの両雄さえ倒してしまえば、この特異点は陥落するということでもある。

 定石に従うならば各個撃破するのが一番だ。単騎における武勇と将としての才覚がずば抜けている項羽が劉邦軍と合流すれば、下手したらチンギス・ハンのモンゴル軍を凌駕する脅威となるのだから。

 けれど劉邦は兎も角、単騎で行動している項羽は捕捉困難だ。項羽の愛馬の移動速度を踏まえれば、この両雄の合流は不可避に近い。

 故に始皇帝は『項羽と劉邦』が合流して連合するという最悪を前提とした上で、それを滅ぼすための用意をするつもりなのだ。

 

(カルナとテセウスだけじゃ項羽と劉邦軍を纏めて相手するのはきつい。だが始皇帝っていう鬼札が加われば戦力差は引っ繰り返る。そのためなら俺と蒙武を捨て駒にしても惜しくはないってことか。

 まぁ当然の判断だな。一人の英雄の力が万の人間を上回るように、一人の大英雄の力は百の英雄を凌駕する。項羽なんてその究極体だ。

 にしても初めて中華を統一した皇帝なだけはある。俺のように戦場を這いずり回った経験皆無の癖してこの采配。戦術はどうだか知らんが戦略眼なら俺以上だろうなぁ)

 

 捨て駒にされた事に不快感はなかった。元々人類史を守るという共通目的のために、使い捨ての傭兵として主従契約を結んだ身である。

 心情としてはカルデア側だが、始皇帝が魔術王を倒して野望を成就させるという未来もありといえばありだ。

 高祖と戦うのは少し気が引けるが、だからといって手を抜くのは男が廃る。少しだけ男の中にやる気が湧いてきた。

 

「あい分かった、ご要望通り身を粉にして働いてくるぜ。ただそのためにちょっとばかし手勢を分けて欲しいんだが」

 

「傀儡兵なら殆ど土塊にした。5000しか出せんぞ」

 

「傀儡は要らん。生きてる兵士をくれ。それなら一万は出せるだろう」

 

「普通の兵士ではサーヴァントを傷つけることは出来んぞ」

 

それがいいのさ(・・・・・・・)

 

「いいだろう、考えがあるのならばくれてやる。」

 

 始皇帝の了解をとった男は口端を釣り上げ壮絶に笑う。

 将である男もまた始皇帝の言う『戦いの前提』が変わったことを理解していた。だからこそ生きた兵士達が活きるのである。感情に疎い始皇帝は気付かないことだろうが。

 

「傀儡と違って人間は生産に時間がかかる。無駄遣いはするなよ、劉玄徳」

 

 三国志演義の主人公であり、下手すれば劉邦以上の知名度を誇る英雄。

 だが演義において〝大徳〟と称えられたこととは裏腹に、そこにあるのは冷酷無情な鬼の貌だった。

 

 




 水滸伝の主人公に引き続き、三国志の主人公の劉備です。これで四大奇書のうち二人の主人公登場ですね。ぶっちゃけると本当はプロット前の超初期段階で特異点が秦末じゃなくて三国志だった時のナビゲーターだったのを再利用しただけなんですけど。
 メインじゃないから三国時代であるはずだった孔明との絡みも、呂布との絡みもありません。すまない……。
 ちなみに三蔵法師は出ません。というか出せません。チンギス・ハンのせいで一回プロット書き換えているので、もう彼女を入れる余裕がないのです。すまない、お師さん……本当にすまない……。
 え? 金瓶梅はどうしたかって? Fateのようなバトル作品で西門慶のようなヤリチン出しても仕方ないので出ません。本当にすまない……。けど今思えば代わりに武松を出しておけば、と思ったり思わなかったり。

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