Fate/Another Order   作:出張L

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第33節  賊徒、散る

 目覚めた時、宋江の目に最初に飛び込んできたのは、自分を見下ろす無数の目だった。

 

「あぁ? こりゃァ…………」

 

「気付いたみてえだな」

 

「ン? テメエは劉邦に……カルデアの青っちいマスターちゃんとお供のサーヴァント達、かぁ。目覚めし時計にしちゃ随分と豪勢だなぁ……っと」

 

 立ち上がろうとして気付く。足がない。膝から先が何かに圧し潰されたようにグチャグチャになっていて、骨だけが突き出ている。

 ないのは足だけではなく両腕もだった。どうやら自分は所謂達磨にされているらしい。

 連中が自分のような外道を前にしてまったく警戒心がない理由が分かった。なるほどこれでは文字通り手も足も出ない。おまけに魔力も枯渇とくれば宋江に出来ることなど呼吸することくらいだろう。

 

「なぁ。宝具を発動してから脳内麻薬やらアドレナリンやらが分泌しまくってテンションがおかしくなっちまってよぉ。途中からの記憶が全然ねえんだけど、一体なにがどうして俺はこんなことになってやがんだ?」

 

「見捨てられたってより見限られたんだよ」

 

「あぁ?」

 

「例の『黒い雨』が降ってから、カルナとテセウスが戦い放り出してお前を止めに行ってな。で、邪魔者がいなくなったアーラシュがその隙に李逵って黒瓢箪の脳天吹っ飛ばした。

 後は狂ったように暴れてたテメエをうちの樊噲が足潰して、荊軻殿が腕削ぎ落して、ディルムッドが槍で切り刻んでしめえだべ。お仲間の二人はテメエが達磨になった後、さっさと残った軍隊と一緒に逃げてったよ」

 

 劉邦の説明は成程納得できるものだった。

 宋江の『及時雨』は敵味方区別なく呪いの雨を降らせる無差別殺戮宝具。呪いの影響を受けないのは宋江自身と子分である李逵くらいだ。その無差別性を懸念した李信とテセウス両方から、使用は固く禁じられていた。

 主君である始皇帝からの命令があった――――というのは言い訳にならない。始皇帝はあくまで『死ぬまで戦え』と命じただけで、宝具の開帳を命じた訳ではないのだから。よって宋江がテセウスから見限られたというのも極々当然の話だった。及時雨の事を知らなかったカルナにまで見限られたのは、彼がテセウス以上に高潔な英霊故だろう。あの手の輩は無辜の民への被害というものを何よりも嫌うものだ。

 

「だろうな。副将の俺がこんな様で寝転がってんだ。勝ちじゃねえってことは分かるさ。だがな、俺が一番気になっているのは戦いの経過じゃねえ結果だ。なぁ、教えてくれや。俺はなんで生きているんだ?」

 

 劉邦軍にとって宋江は因縁ある敵将だ。怨みも憎しみも積もる程にあろう。

 だというのに宋江は生きている。しかも本来ならとっくに死んでいるところを、公孫勝が術を使って強引に延命させているのだ。

 

「決まってんだろう」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべた劉邦が合図をすると、見るも悍ましい拷問器具を持った役人が近づいてくる。

 汚職と不正に塗れた北宋末期を生きた宋江だ。これから自分が何をされようとしているのか直ぐに分かった。

 

「死ぬ前にテメエにゃ吐いて貰わねえとならねえことが山ほどあるんだよ」

 

「ククククッ。おいおい〝拷問〟かぁ? よせよせ、俺はサーヴァントなんだぜぇ。そんなもんで口割らねえよ。さっさと殺っちまいな」

 

「それはどうかな」

 

 宋江の嘲りに『否』を告げたのはディルムッド。

 本来なら倒した敵にも敬意を忘れない騎士道の担い手も、下種相手にかける情けはないらしく、拷問を止める気はさらさらないようだった。

 

「確かに〝英霊〟たるサーヴァントが拷問などで易々と口を割る事はない。英霊という精霊域まで魂を昇華させた〝人間〟の精神は、苦痛で折れるほど軟弱ではないからな。

 ただしそれは我等〝英霊〟に限っての話だ。貴様のような薄汚い小悪党には当て嵌まらない」

 

「……!」

 

 図星だった。

 

「土方が逝っちまってたのが惜しかったなぁ。あいつなら目玉が飛びですほどエグい拷問やれたんだが。ま、土方にゃ及ばねえがあいつのお礼参りって意味も含めて盛大にやるか」

 

「待て。冷静になろう、俺は冷静だ。落ち着いて紳士的に話し合おうじゃないか。俺、人を痛めつける趣味はあっても痛い目に合うの嫌なんだよぉ~。靴もぺろぺろ舐めるからさぁ、許して?」

 

「清々しいまでに腐りきっているな、貴様。もはや怒りを通り越して呆れを覚える」

 

「なんだか相手にすんのが馬鹿らしくなってきたぜ」

 

 ディルムッドとアーラシュは二人して疲れたように嘆息した。

 しかし宋江はへらへらと笑いながら、

 

「ヒヒヒヒヒヒ。最高の褒め言葉だね。根っこから腐ってるからこそ、変に正義の英雄様に討伐されることもなくのうのうと生き長らえたんだよ。

 あれだよなぁ。俺が思うに反英雄とか怪物とかいう連中は、変な所で誇りとかプライドがあるから英雄相手に殺されんのさ。尻尾撒いて逃げたり、媚び諂って命乞いすりゃ助かったかもしれねえのに」

 

「無駄口はいい。最初の質問だ。お前の親玉は始皇帝……間違いねえべ?」

 

「違います。僕ちゃんの上司は英雄王ギルガメッシュちゃまでちゅ」

 

「公孫勝」

 

 劉邦が言うと、公孫勝が高圧電流を流し込んだ。

 

「ぎょぉぉおおあがあああああああああああああああ!! 始皇帝です始皇帝、間違いないです」

 

「じゃあ次の質問だ」

 

「ったく公孫勝よぉ~。李逵はあんなにも従順だったのに、お前ときたら遠慮ねぇなぁ。一応俺も〝宋江〟なんだぜ」

 

「知っているとも。李逵は図体ばかりが立派な小児だが、だからこそ本質を素直に見抜く。貴方の『子分達の幸せを願っている』という唯一の人間的美点は、我等が首領と仰いだあの御方とまったく同じものだ。

 だから私はマスターや他のサーヴァントと違って、貴方の非道に対しての怒りはない。けれど私はカルデアのサーヴァントであり、劉邦軍の一員でもある。故、怨みはないが貴方を傷つける。怨め、そしてすまないが遠慮もしない。覚悟はしてくれ」

 

「おっかねえな」

 

 流石は道士でありながら梁山泊の頭領を務めたヤクザ者だ。いい具合に殺伐としている。

 痛いのが厭なら大人しく質問に答えるが吉だろう。

 

「宋江」

 

「なんだい、お次は青いマスターちゃんかい。なんだよ小僧。痛いの嫌だからおじさん何でも答えちゃうよ?」

 

「……この特異点に〝聖杯〟は二つあるのか?」

 

「ヒュー。そこまで分かってんのか。意外と劉邦軍の情報力も馬鹿に出来ねえな」

 

 劉邦軍などどうせ始皇帝が聖杯持っているラスボス、などという誤った情報しか持っていないだろう。これまでそう思っていた宋江は、敵が予想外に現状を理解していたことに素直に感嘆した。

 

「じゃあやっぱり!?」

 

「おうよ。この特異点には聖杯が二つある。一つ目の聖杯の所有者は〝蒼い狼〟チンギス・ハン」

 

「チン……ギス・ハンだって?」

 

 この時代の人間を除く全てが、宋江の出した名前を聞いた途端に動揺を露わにした。

 

「アレクサンドロス大王と唯一並び立つ最悪の征服王。征服した領土なら大王の倍だ。中華の歴史をぶち壊すのにこれほど打ってつけの人選はねえだろうよ。

 そう。本来なら魔術王によって使わされた〝蒼い狼〟に中華の地は喰らい尽くされる……筈だったんだよ。そこに待ったをかけたのがもう一つの聖杯を持っている陛下だ。いや正確に言や最初に一つだけだったところを、うちの陛下が別の特異点から殴り込みを駆けたんだがな」

 

『待ってくれ! 別の特異点だって!? そんなのカルデアスからは観測してないぞ!』

 

 宋江の発言が余程信じられないのか、ロマンが顔面を蒼白にして叫ぶ。

 

「そりゃそうだろうさ。なんてったってお宅らが観測してマスターを派遣するよりも早く、その特異点に召喚された陛下が所有者をぶっ殺して聖杯を確保しちまったんだからな」

 

 始皇帝が呼ばれた特異点がカルデアに浮かび上がったのは、丁度マシュ達が倫敦でニコラ・テスラや魔術王と戦っていた最も過酷だった時のこと。

 ロマンがそちらに気を取られて新たな特異点の出現に気付けなかったのは無理もないことだろう。あの時は他の事に気を回している余裕などありはしなかったのだから。

 しかし記憶には残らずとも一度でも特異点として浮上したのならば記録が残っているはず。その事に思い当たったマシュが言う。

 

「ドクター、カルデアスの履歴を!」

 

『もうやってるよ! …………本当だ。1189年の日本に極短期間だけ特異点が浮上した記録が残ってる……』

 

「ちっちばかし前のことなのに懐かしいねぇ。わりと大変だったんだぜ。とち狂った坊主が聖杯使って義経とその郎党を蘇らせててよぉ。

 魔術王としちゃ義経に兄殺しでもさせて人理崩壊させる算段だったんだろうが、よりにもよって『始皇帝』なんてもんが呼ばれっちまった時点で全部ご破算だ。

 強かったぜぇ、陛下は。百万の軍勢を率いる古今無双の六虎将。義経一党もこれにゃ敢え無く打ち首獄門。当時義経側だった俺様は一度ぶっ殺されてからの再召喚再契約って裏技で生き延びたがな」

 

「ちょっと待ってくれ! それじゃ始皇帝は魔術王の配下じゃなくて、ディルムッド達と同じ人理修復のために呼ばれたサーヴァントなのか!?」

 

「ハッ! だから前にも言ったろうが。『そんな野郎に仕えた覚えはねえ』ってな。人理焼却? ふざけんじゃねえよ。酒も女も子分も燃やしっちまった世界なんざ面白くねえだろうが。

 生き延びる為ならわりと何でもする俺だが、人理焼却なんて糞ふざけたことしやがる小便野郎に仕えるのだけは御免だね。だから天地が引っ繰り返っても有り得ねえが、陛下が魔術王に跪くことがありゃ俺も縁切りだよ」

 

「独力で聖杯を奪還して特異点を修復するなんて……なんていう規格外」

 

 特異点の修復はそう易々と成功できるものではない。多くの仲間の力を借りて、知恵を凝らして力を絞って漸く成し遂げられる偉業なのだ。

 その偉業をたった一人で成し遂げてしまった始皇帝に、マシュは戦慄を隠せない様子だった。

 

『けどそれなら始皇帝は自身が召喚された上での役目は終えている筈だ。なのにどうして新たな特異点に乗り込んだりしたんだ?』

 

 ロマンが当然の疑問を尋ねる。

 

「さぁな。俺は所詮陛下にとっちゃ駒の一つ。陛下の最終的目的まで知らされてねえよ。興味もなかったし。ただこれは勘だがな。きっと陛下の望みってのは、お前等カルデアの望みの先にあるんだろうよ」

 

「俺達の先……」

 

「クククククッ。話は尽きねえが残念ながら延命も流石に時間切れみてえだな」

 

 体が透けていき、存在感が希薄になっていく。

 元々達磨にされた時から霊核はボロボロで死んでいないのが不思議なほどだった。如何に術による延命があったとはいえ、ここまで保ったほうが不思議なくらいだろう。

 

「……公孫勝」

 

 劉邦の視線に公孫勝は黙って首を振る。如何に彼の技量をもってしてもこれ以上の延命は不可能だった。

 

「おぉ、小僧。気紛れに最後に一つだけアドバイスしてやる。青い感情で陛下に挑むのは止めておけ。ありゃ法家の権化、合理と数理の化身だ。愛やら友情やら義理人情だのじゃ『理屈』しかねえ始皇帝には絶対に勝てねえ。

 始皇帝を倒すものがあるとすりゃ、それは数字だ。始皇帝に関しちゃ番狂わせは起きねえ。1は1のまま0は0だ。じゃねえと矛盾するからな。もしも〝矛盾〟したならば、きっとそれが――――」

 

 最後に呟いた言葉は泡沫に消える。

 こうして最もカルデアに憎しみを植え付け、最も下種らしい振る舞いをした賊徒は消えていった。

 

 




 やっと宋江死んだ……

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