Fate/Another Order   作:出張L

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第32節  勅命

 脳回路という深海に散らばる幾多もの記憶の破片(ピース)。それらが加速度的に圧倒的なまでの〝白〟に浸食され、砕け散っていく。

 頭の天辺から指先、つま先まで。ゆっくり、ゆっくり、だけど着実に塗り替わっていく。

 止まらない。止める事が出来ない。そんな意思、もうドロドロになって溶けてしまっているから。

 抵抗を止めれば、沈むのは一瞬。器に注がれる白酒は、心地よい陶酔感を伴いながら醜い賊徒の魂を浄化していく。

 体中の汚れが剥がれ落ち、透明な水面へと落ちていく。

 足から、胸へ、そして頭の天辺まで。底へ、底へ沈んでいく。なんて心地よいのだろうか。

 

「ああ――――そうだ」

 

 世界が欲しているのは自分ではない。大衆が求めているのは自分ではない。

 所詮は賊徒たる宋江など人類史において毛ほどの価値もない小物だ。英雄たるに相応しい高潔さも義侠もなく、かといって天地を喰らう程に豪快な欲望すら持ち合わせない。英雄としても反英雄としても中途半端な、歴史という舞台を騒がせるエキストラ。それが宋史に語られる〝宋江〟という男だ。

 だから変わる、いや代わらなければ。

 有り触れた下らない小人物たる宋江はさっさと舞台から永久退場して、梁山泊首領にして義侠の魔星たる大人物である宋江に出番を明け渡すのだ。

 きっとそれが世界が、大衆が、自分以外の全ての人間が望んでいることだろうから。

 

「……るか……ろ」

 

 小指が微かに震えた。全ての人間が退場を願う中で、たった一人で続行を願う者が在る。

 

「……かぁ……よ……」

 

 記憶の砕け散った深海の底で、剥き出しの悪性が咆哮する。

 

「知るかよ、バッキャロォォオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 視界が開け、意識が急速に現実へと浮上した。

 

「知るかよ……知らねぇよ知るかよテメエ等の望みや大衆娯楽なんざ知らねえんだよバッキャロウ!」

 

 汚物を口から撒き散らし、ドロリと濁った眼で目の前にいる本物の英雄(ディルムッド)を睨みつけた。

 

「百八の魔星が主に梁山泊首領だぁ? なんだそりゃ? 妄想も大概にしろ聞いた事ねえぞバッキャロウッ! 水滸伝だと? ンな小説なんざ俺ぁ聞いたことねえよ糞がっ!」

 

 よろよろと剣を杖にして立ち上がる。もう何が何だか分からない。生前の自分の記憶なんてとうに全部砕け散っていて、もはや断片的映像しか浮かんでこなかった。

 けれど叫んでいるのだ。宋江の脳味噌や心臓とも異なる、けれど胸の内にある何かが〝違う〟と。自分はこんなものではないと。

 

「俺は――――俺だ。俺だけが――――俺だ。王朝末期にゃ吐いて捨てるほどいる雑多な賊の木っ端親分。英霊の末席すら汚せねえ候補にすらなれねえ石ころ。それが俺だ。それだけが俺なんだよ!!」

 

 必要とあれば親兄弟だろうと殺すし、姑息なことや卑劣なことも平然とやる。女は犯すし、金は奪うし、弱い物虐めが日々の仕事というロクデナシの外道の屑だ。

 そして生き残る為ならいけ好かない官軍に降伏し、首輪で繋がれた狗にでもなろう。

 だが誰がなんと言おうと自分だけは譲ってやらない。

 

「世の民草共が水滸伝の宋江を望もうが渡さねえよ。テメエ等と違って俺ぁ他人のことなんざどうでもいいからなァ。ククククククッカカカカヒャーヒャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 雄叫びのように笑いながら宋江は総身から鬼気を立ち昇らせる。

 

「剥き出しの悪性が己が内にある善性に打ち克ったか」

 

 追い込み反転させたと思った敵が、予想外にも己が善性に打ち勝つ様を目の当たりにしたディルムッドは嘆息する。これが善と悪が逆ならば素直に尊敬に値するのだが、結果が真逆では純粋な英霊であるディルムッドとしては反応に困るところだった。

 だが思い直す。反転しなかったとしてもやるべき事は変わらない。目の前の邪悪、賊徒・宋江を消し去る。それが騎士としての使命の筈だ。

 ディルムッドは玲瓏な闘気を滲ませながら双槍を向ける。

 頭上で聖獣が一つ、玄武が日輪の灼熱に焼かれ爆ぜた。その爆発の残光がスポットライトのように宋江の邪悪な笑みを照らし出しす。

 笑っているが、実のところ宋江は限界だ。既に反転現象は不可避なほどに進み、星主の浸食は霊核まで達している。謂わば崖の端っこに爪先だけ引っかけて落ちないよう踏ん張っているような状況なのだ。

 意識を保ち立ち続けるだけで精一杯。戦闘など以ての外、宝具の発動など論外である。ディルムッドが槍を放てば、抵抗することも出来ないまま宋江の命は絶たれるだろう。けれど、

 

〝勅を下す〟

 

 されど宋江の脳内に直接響いてきた傲岸なる声が、その未来を覆す。

 

〝『死ぬまで』『戦え』〟

 

 今主の主君(飼い主)から令呪をもって下されたのは、一人でも多くの敵を道連れにして玉砕しろという遠まわしな死刑宣告。

 普段の宋江ならば何がなんでも突っぱねたい命であるが、今の宋江にとっては福音だった。

 二画の令呪による強制力が宋江に再び戦う力を――――最期を飾る力を与える。

 

「ヒヒヒヒヒヒ、ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハ!! さっすがは始皇帝!! 俺の時代にいた馬鹿とは何もかもが比べ物にならねえなぁおい!! ゴミのリサイクルから処理まで全部が合理的だなぁ!!

 いいぜぇ、殺ってやる! 旅は道連れ世は情けってなぁ!! どうせ死ぬんなら賑やかな方が上等だぁ! 李逵ィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 

「なんだい兄貴? 俺、今いいところなんだけど」

 

 笑いながらマシュを殺そうと斧を目茶苦茶に振り回していた李逵だが、宋江の声が聞こえると殺戮の手を止め距離をとった。

 そんな李逵に宋江は言ってやる。李逵がもっとも好きな命令を。

 

「最期の命令だ。人間を殺せ、出来る限り沢山。遠慮せず思いっきりやれ」

 

 好漢の兄貴分を持ち、自身も好漢という縛りに囚われたため出来なかった無差別殺戮。その禁断の果実が悪漢たる宋江によって李逵に与えられた。

 一瞬面食らっていた李逵だったが、直ぐに無邪気に破顔する。

 

「はは、ははははははは! やったやった! じゃあもう皇帝だろうが官軍だろうが民百姓だろうが遠慮せず殺していいのかい!?」

 

「おうよ」

 

「くぅ~! こうしちゃいれねえ! こんな機会は二度とねえんだ! こんな女一人じゃなく、もっと一杯いる所を殺しに行こう!」

 

 李逵が目を向けたのは先程まで戦っていたマシュでもなければ劉邦軍でもない。沛の城だった。

 沛城内には当然ながら民が住んでいる。それも数でいえば劉邦軍の総数よりも多くだけの人間がいるのだ。より沢山の獲物がいる場所を見た李逵は、劉邦軍など放り出して沛城へと向かっていった。

 

「いかせません! あそこへは決して!」

 

 それを許すマシュではない。李逵の行く道をマシュが必死になって塞いだ。

 だが李逵は止まらない。マシュに道を遮られても、呼吸するような自然さで取り敢えず適当に近くにいる命を奪う。

 例えそれが味方の傀儡将だろうと、或いは人間ですらない犬畜生だろうとお構いなしだ。

 

「いいねぇ。やっぱ男の花道は派手じゃねえといけねぇなぁ」

 

「くっ! 貴様……!」

 

 李逵の暴走を止めるべく、ディルムッドが鬼の形相となって宋江へ襲いかかってきた。しかし宋江とて自分の最期をあっさりと終わらせるつもりはない。

 宋江が己の内より引き出すのは百八魔星の力ではない。宋江が保有し、それが賊徒たる〝宋江〟の魂によって歪んだ事で誕生した正真正銘〝宋江〟だけの宝具。

 梁山泊首領たる宋江が渾名は『及時雨』。宝具にまで昇華された信仰は一度真名を解放すれば、傷は愚か病や呪いすら癒す恵みの雨となって降り注ぐだろう。

 

「不假稱王、而呼保義、豈若狂卓、專犯忌諱」

 

 しかしここにいるのは好漢に非ず、卑劣畜生な悪漢である。であれば人々を癒す『恵みの雨』は、あらゆる傷や病を悪化させる『呪いの雨』となって降り注ぐだろう。

 

天魁星(てんかいせい)及時雨(きゅうじう)

 

 果たして真名は解放され、宋江を中心とした半径数kmに毒でも溶かしこんだような黒い雨が降り注いだ。

 五体満足で健康な無傷の兵士は「妙な雨が突然降るものだ」という感想を抱く。だがちょっとでも傷を負っていた兵士は直ぐに雨の異常を身を持って知った。

 

「あ、ああ! 俺の指が……指がぁぁああああああああ!」

 

「ゲホッ……グァ……胸が、痛ぇ……助けてくれぇえええ!」

 

「な、なんなんだこれ……!? 傷がどんどん広がって……ぎぃあああああああああああああああああ~~~!」

 

 ある者は傷を負った指がなくなり、ある者は持病が急速に悪化して死に絶え、ある者は傷が開いて死んだ。

 惨劇は止まらない。土台ここは戦場。無傷で健康な人間など極僅かだ。そしてそれ以外の殆どの人間にとって『呪いの雨』は致命的だった。

 しかも恐ろしいことに、この『呪いの雨』は敵のみならず味方であるはずの秦軍にすら猛威を奮っていた。完全なる無機物である傀儡兵は流石に影響がないようだったが、仮初の命を与えられている傀儡将達は宋江への呪詛を吐きながら死んでいく。その様はさながら地獄の釜が開いたようであった。

 

「あの馬鹿め、言い付けを破りやがって」

 

「……!」

 

 アーラシュと戦っていたテセウス、公孫勝と戦っていたカルナも一時攻撃を止めて、呪いの雨の発生源を睨む。

 

「敵味方お構いなしとは……なんという下種な宝具を。もはや許さん! 貴様はサーヴァントとしてではなく、悪鬼として殺す――――!」

 

「俺みてぇな小物をテメエみたいな英雄様が悪鬼呼ばわりたぁ嬉しいねえ!! けど近づかせねえよ! 地軸星(ちじくせい)轟天雷(ごうてんらい)ッ!」

 

 ディルムッドの接近を阻むように、宋江の背後から出現した無数の砲が火を噴く。

 狙いはお世辞にも正確とは言えないが、余りにも膨大な数の砲による弾幕に、俊足のディルムッドをもってしても潜り抜けるのは至難だった。

 

「これは……天星ではなく地星の宝具。反転が限界まで進んだのが原因か」

 

 恐らく自分が現界するのに必要な魔力すら惜し気もなく注ぎ込んで、宋江はやたらめったらに砲撃を放ちながら、戦場の呪いの雨を降らし続ける。

 その間にも敵味方どころか人間非人間の区別なく、あらゆる命が消えていく。

 刻一刻と失われていく無数の命。最期の断末魔は交響曲のように響き渡った。

 劉邦軍やカルデアどころか、テセウスやカルナといった秦側のサーヴァントまでもが目の前の敵を忘れて宋江を止めるため駆ける。

 

「ククククッ、ヒャーハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 呪いと殺戮の渦。その中心にあって宋江だけが地獄の王のように狂笑する。

 その命が果てる瞬間まで。

 

 




【元ネタ】水滸伝、宋史
【CLASS】アサシン
【マスター】なし
【真名】宋江
【性別】男
【身長・体重】177cm・54kg
【属性】中立・悪/秩序・善
【ステータス】筋力C(E) 耐久D(E) 敏捷B(D) 魔力C(A) 幸運C(E) 宝具A(EX)

【クラス別スキル】

気配遮断:D
 サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。

【固有スキル】

女神の寵愛:B
 九天玄女からの寵愛を受けている。
 魔力と幸運を除く全ステータスがランクアップする。

カリスマ:C(A)
 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力 を向上させる。
 カリスマは稀有な才能で、Cランクは賊の首領としては破格のものといえる。

星主:A+(EX)
 梁山泊に集った百八星の主としての権限。
 自身以外の百八星の宝具を、自分の宝具として使用することができる。
 ただし史実における賊徒としての召喚であるため、使用できるものは百八星のうち自身を除く三十五人の宝具だけである。

重複召喚:E
 一つのクラスに同姓同名の二種類の英霊が宿ってしまっている状態。
 単独のクラスで二つのクラスを兼ね備える二重召喚や、単独の英霊が複数の人格を持つ多重人格とは似て非なるスキル。
 宋江の場合〝星主〟スキルを発動する毎に判定を行い、失敗する事に重複召喚のランクが上昇していく。
 ランクがAを超えた時、賊徒としての人格は消え去り属性が反転。クラスが変貌する。

【宝具】

天魁星(てんがいせい)及時雨(きゅうじう)
ランク:A
種別:対軍宝具
レンジ:1~72
最大捕捉:300人
 好漢序列第一位、宋江の宝具。
 本来の効果は味方全員を癒す恵みの雨を降らせるものであるが、
 悪漢たる宋江が人格の主導権を握っている影響で効果が反転。
 傷や病、呪詛などを悪化させる呪いの雨を降らせる効果となっている。

百八魔星(ひゃくはちませい)梁山泊(りょうざんぱく)
ランク:―(A++)
種別:対軍宝具
レンジ:???
最大捕捉:???
 固有結界。百八星の宿命の地にして彼等の魂が還る場所。即ち〝梁山泊〟を形成し、百八の好漢達を連続召喚する。
 好漢達の中で星主にして首領たる宋江だけが発動できる固有結界だが、その心象は宋江のものではなく、水滸伝を愛した全ての人間が思い描いた夢現である。
 そのため水滸伝における好漢ではなく、史実における宋江には発動できず失われている。


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