Fate/Another Order   作:出張L

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第30節  黒い旋風

 テセウスからいきなり指揮権を放り渡された宋江だったが、伊達に始皇帝から副将を任じられた訳ではない。即座に軍を纏め上げると劉邦軍への総攻撃を開始した。

 カルナは公孫勝を、テセウスはアーラシュを相手にしている以上、両騎の助けは期待出来ない。

 

「こっちは俺一人。あちらさんにゃサーヴァントが二人にデミ・サーヴァントが一人。だがやりようやあるんだよ糞野郎が。人形共ォ! サーヴァントも将軍格も関係ねえ! 命令はたった一つだ。とにかく目についた人間を片っ端に殺せ! 質はどうでもいい! とにかく数を殺せ!

 あと傀儡将共ォ! テメエ等は人身御供だ。化物染みた猛将やサーヴァントの肉壁になって一分一秒でも長く足止めしなぁ! どうせ土塊の命だ、俺様のためゴミのように投げ捨てなぁ!! ヒャーハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

「宋江殿、なにを血迷った命令を……っ!」

 

「五月蠅ぇぞコラ。人形は『はい』か『分かりました』だけ答えてりゃいいんだよバッキャロウが」

 

「むむむ……」

 

「なにが〝むむむ〟だ!」

 

 一般的な傀儡兵とは異なり傀儡将には確固たる人格を持っているが、主人の命令には服従するという機構が備わっているのは同じだ。こればっかりは李信のような六虎将クラスですら変わらない。

 そしてテセウスによって指揮権が譲渡されているため、この場にいる全ての秦軍は宋江の命令には絶対服従しなければならないのだ。宋江の悪辣な命は全秦軍に伝わって、傀儡兵は機械的に傀儡将は狂った狼のように軍勢へ突撃していく。

 始皇帝さえ生きていれば幾らでも大量生産できる傀儡兵と違って、人的資源というやつは有限だ。特に今の劉邦の領土は沛だけ。如何に劉邦軍に天下の名宰相がいようと、徴兵して補填するのにも限界があるだろう。

 宋江が外道の悪漢なのは疑いようがないが、決して愚将ではない。残酷にして悪辣ではあるがその命令には一定の理が確かにあった。

 

「ゲロ臭ェサーヴァント戦なんざやってらんねえが、職責分の仕事しねえと皇帝陛下様にどやされっからな。山賊らしい狡いやり方で血ィ流させてやんよ。

 さーてと。じゃあ俺様は大将らしく一番安全な後方に引っ込むとしようか。サーヴァント戦に持ち込まれりゃ折角の素晴らしい作戦が水の泡だ」

 

 カルナと公孫勝の規格外の神話の戦い、軍同士の人間の戦い。その両方に背を向けて宋江は後方へ逃れる。

 本音を吐露すれば軍を率いる戦いはまだしも、直接戦う羽目になるのは避けたかった。時間を置いて小康状態にまで落ち着いてはいるが、既に宋江の内側にはもう一人の『宋江』が根付いてしまっている。対サーヴァント戦になれば百八星の力を借りることになるのは必至だ。そうすれば収まりかけた病は再び宋江の心を蝕み始める。

 そして善性という毒が全身に回ったその時、賊徒・宋江は消えるのだ。

 

〝消える〟

 

 そう、消えるのだ。死ぬのではなく、消える。宋江という器だけはそのままに、中身だけが入れ替わってしまう。

 生前は自分の命以上に大切なものなど何もなかった宋江だが、自分が自分でなくなるくらいなら死んだ方がマシだった。しかも成り替わる自分がよりにもよって『義理人情と人助けが大好きな好漢様』だなんて虫唾が奔る思いである。

 だが劉邦もカルデアも宋江の狙いに気付かないほど馬鹿ではなかったし、気付いて手をこまねくほど愚かでもなかった。

 群がる傀儡将には目もくれず一騎のサーヴァントが真っ直ぐ宋江目掛けて突っ込んでくる。

 

「逃がしません! 貴方を放っておけば罪もない人の血が流れ続ける……。ここで、絶対に倒します!」

 

 マシュ・キリエライト。以前自分を殺すほどに追い詰めてくれたデミ・サーヴァント。

 宋江は邪に破顔すると剣を抜き放った。

 

「くかっ! だから言ったろうがっ! 青いんだよぉ!!」

 

 大方自分の傍に傀儡将がいないのを見て今こそ好機と判断したのだろう。

 しかし自分の命が一番可愛い宋江は、自分の護衛を疎かにすることだけはしない。ちゃんと自分が襲われた時のために、不本意だが一番頼もしい護衛は控えさせているのだ。

 星主としての権限による百八星の宝具の借用ではない。星主たる宋江自身が保有する宝具を起動させる。

 

「目覚めろ、殺戮の凶星。天魁星(てんかいせい)鉄牛(てつぎゅう)ッッ!!」

 

 真名解放した瞬間、黒肌の獣が眠りより覚めた。

 

「待ってたぜ兄貴ぃ! やっと沢山殺していい時間なんだな!!」

 

「なっ――――!?」

 

 空間を突き破るように突如として出現した李逵が、嬉々としてマシュへと襲い掛かっていった。

 いきなりの李逵の出現に戸惑うマシュ。対して人を殺すために生まれてきた李逵は殺しに関して一切の躊躇がない。それがマシュのような見目麗しい少女であろうと李逵は平等に楽しんで殺戮する。

 二挺斧を風車のように回転させながら李逵は凶刃をマシュの柔肌目掛けて振り下ろした。

 

「避けろ、マシュ!」

 

 斧が柔肌を蹂躙する寸前、マスターの令呪による強制がマシュを逃れさせる。空しく空振りする二挺斧。李逵は一瞬だけ仰天するが、直ぐに殺意の笑みを浮かべながら追撃を仕掛けた。

 もし正規のサーヴァントとして呼ばれれば確実にバーサーカーのクラスを宛がわれるであろう李逵の猛攻は、仇名の黒旋風が示すように嵐の如きものだった。

 鍛え上げた人の技ではなく、天然に身に着けた獣の業。滅茶苦茶に振るわれる斧の一撃一撃が、サーヴァントの霊格ごと叩き殺す必殺だった。

 だが多くのサーヴァントが攻勢に秀でている中で、マシュ・キリエライトはシールダーという守勢に秀でたイレギュラークラスのデミ・サーヴァント。攻めでこそ李逵には及ばないが、逆に守りに関しては李逵の遥か上をいく。

 李逵の嵐の猛攻を、マシュは山の如く堅牢さで耐え凌いでいた。

 

「どうして李逵がいきなり。ドクター! 宋江の傍に他のサーヴァントはいないんじゃなかったのでは?」

 

 二挺斧を盾で捌きながらマシュが怒る。

 

『……いや、サーヴァント反応はなかったよ。だが李逵が出現する直前に宝具反応は確認できた』

 

「ということは、まさか李逵は土方さんの〝誠の旗〟と同系統のサーヴァントを呼び出す宝具で呼ばれた独立サーヴァント!?」

 

「いい勘してるじゃないか!」

 

 なにが嬉しいのか満面の笑みで応えたのは李逵だった。

 

「そうさ、俺は兄貴の一部として座へ昇った……兄貴の一番の子分なんだよ! だから死んだ後も兄貴の一兵卒! 兄貴のためなら誰だって何だって好き勝手一杯殺すんだよ!!」

 

 李逵が振り撒くのは子供のように無邪気な好意と殺意。

 百八星中で最も凶悪にして、最も宋江を慕い愛した男。それが李逵だ。それは宋江から後の憂いを断つために毒酒を渡されて尚も変わることはなかった。李逵の無垢な忠心は座にも通じ、彼は単独の英霊ではなく宋江の宝具(一部)として昇華された。

 故にこそ李逵は何よりも愛する首領の下で思う存分に暴威を奮う。

 

「ですが、それはおかしい。李逵……さん。貴方は、間違っている」

 

「あァ? 俺が兄貴を大事にする気持ちのどこが間違ってるっていうんだい!」

 

「前提です! 貴方が兄貴と慕うその人は『宋江』であって『宋江』ではありません! 貴方の兄貴分なのは水滸伝における好漢の宋江のはず。そこにいる男は好漢などとは程遠り悪漢です! 貴方が忠義を捧げた人じゃありません」

 

 李逵が仕えたのは梁山泊の首領たる宋江であって、例え同名同一起源の人物だろうと賊徒・宋江とは別人である。ならば態々従う必要もなく、親分と慕う所以もない。

 マシュの指摘は一分の好きもなく正論だった。真っ当な人間であれば反論の余地もなく納得するだろう。ただ生憎と狂乱と殺戮の申し子には人の論理など通じはしない。

 

「間違ってんのはお前ぇだよ、女ァ!」

 

「っ!」

 

「善だの悪だの下らねえ! 俺の魂が兄貴は兄貴だと言ってるんでい! それが全部だっ!!」

 

 理屈もひったくれもない無茶苦茶な解答に、正論を説いたはずのマシュの方が気圧されてしまう。

 李逵が宋江こそを唯一無二の親分として慕ったのは、なにも宋江が好漢だったからではない。そもそも李逵には物の善悪を考えるだけの頭などありはしないのだ。李逵にとって人を判断する基準があるとすれば好悪くらいである。マシュに間違いがあったとすれば、その事に気付かなかったことだろう。尤も李逵のような獣の心理を把握することなど、真っ当な倫理観を持つマシュには出来ないことだろうが。

 李逵から遠回しに水滸伝の『宋江』と同じ扱いをされた宋江は、不快感を露わにしながらも形勢の不利を悟っていた。

 

(チッ。どうやらあの糞餓鬼に憑いてやがる野郎、相当のサーヴァントらしいな。いざ平静を取り戻してみりゃ李逵の攻めがまるで通りやがらねえ。本体が消えた後の絞りカスの癖しやがって熟練の技量は健在ってどんな化物だよ)

 

 しかも李逵が全ての攻撃に全力を注ぎこんでいるのに対して、マシュはペース配分を考えて要所要所で力を抑えている。このまま続けば先に李逵がばてて負けるだろう。

 李逵は自分を好漢の『宋江』と同一視している事といい腹立たしい男だが、あれはあれで自分の可愛い子分であることには違いない。大切な護衛として以上にここで失う事は避けたかった。

 

「しゃあねえな」

 

 流石に自ら加勢に入るつもりはないが、李逵の背を押すくらいは親分としての務めだろう。

 使いたくはなかった『星主』の権利を己が内より引き出す。呼び起こす魔星()は天殺星。即ち李逵の宿星だ。

 

「風有大小、不辨雌雄、山谷之中、遇爾亦凶」

 

 宋江の宝具である李逵は、サーヴァントであっても英霊ではないので自らの宝具すら持っていない。

 だが主である宋江が『星主』としての権利を行使することによって、李逵に自身の宝具を使わせることは可能なのだ」

 

「天殺星・黒旋風」

 

 黒い風が李逵の全身を鎧甲冑のように纏わりついていく。

 触れるだけで生命を削り取る呪いの凶つ風。殺戮の化身が象徴とする宝具もまた殺戮の具現の如き代物だった。

 

「おお、おおおおおおおおおおっ!」

 

 英霊としての力を取り戻した李逵が、凶つ風を纏った事による昂揚感に身を震わせた。

 

「使いたくねえ力使って宝具をくれてやったんだ。さっさと盾女を殺しやがれ」

 

「任せてくれ兄貴! この力がありゃもっと沢山殺せるぜ!」

 

 マシュの融合元であるサーヴァントは最上級の存在だ。本人であれば李逵が宝具を使おうと勝てるような相手ではない。

 だが李逵の黒旋風の殺戮呪詛は肉体だけではなく精神すら犯す劇薬。マシュの純白とすら言えるほど無垢な精神は格好の獲物だろう。これで十分戦えるはずだ。

 宋江はマシュの事を李逵に任せて引き上げる。その刹那、

 

「逃がさん」

 

 乱戦から跳躍してきたのは緑色の槍兵――――ディルムッド・オディナ。その手に携えるは呪いの黄槍。

 

「いい加減に往生しろ、賊徒ッ!」

 

 渾身の力を込めて投擲された黄槍が稲妻のように迫る。宋江は慌てて馬を走らせるが、それはディルムッド・オディナの槍と比べ余りにも遅すぎる動きだった。

 心臓が破裂し、全身を巡る血が爆ぜる。ディルムッドの槍は正確に宋江の心臓に命中していた。

 


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