Fate/Another Order   作:出張L

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第29節  日輪の神威

 山のような巨体を誇る神兵が身の丈に比例した大盾と大矛を手に戦場を闊歩する威容は、もはや巨神が荒れ狂う神々の闘争であった。

 公孫勝という一人の道士が心中にて思い描いた神兵達は、この世の外側たる『太極図』によって具象化されている。よって呼び出された神兵は一体一体が〝神〟を冠するだけの神話を内包していた。

 神の兵たる巨人に人間の力は無力。傀儡兵の放つ矢はその全てが弾き返され、神兵が歩く度に大地は震え、傀儡兵は押し潰される。

 

――――されど神兵の威容に怯むことなく、真っ向から立ち向かう英霊が一騎。

 

 神代を生きたカルナにとって、神の巨兵などとっくの昔に乗り越えた偉業だ。

 インドラすら対決を回避したほどの武人であるカルナが、今更神兵如きに怯む道理などなく、膝を屈する筈もない。

 カルナの握る神殺しの槍に宿りしは、太陽神の神性を示す炎熱の魔力。

 太陽の翼を背から噴出させるその姿は一筋の光線のようですらあった。神兵も雷にも並ぶ速度を捕捉出来ず、彼等が振るう矛は悉くが空を切る。

 大きいものが必ずしも小さいものを凌駕するとは限らない。確かに大きければ大きいほど単純に(パワー)防御(ガード)も上がるだろう。だがその代償として小回りはきかなくなってしまう。

 無論カルナ程の大英雄であれば単純な力押しで神兵を倒すことも出来るだろう。だがカルナの強味は圧倒的宝具やスキルのみならず、その極まった武芸の技量にこそある。

 黄金の鎧による無敵の防御性能による不死性。

 ブラフマーストラや魔力放出スキルによる馬鹿げた火力。

 鎧を失う代償はあるものの、一度解き放てば全てを決する神殺しの槍。

 そして他の追随を許さぬ超人的技量。

 おおよそ英霊が強味とする全ての要素において最上級を誇るが故にこそ、英霊カルナは〝最強〟のサーヴァントなのだ。更に言えば大英雄らしからぬ謙虚さと、心を丸裸にしてしまうほどの眼力を持つカルナには油断慢心の類とも縁がない。

 だから相手が一介の道士が生み出した幻想(神兵)が相手だろうと、カルナは己が持ちうる全てを用いて最善最良の戦いを実行するのだ。

 魔力放出は飛翔以外は抑え、神兵の懐に入ることを狙い――――ここはという瞬間にだけ魔力を攻撃に回して、槍の一薙ぎによって一刀両断する。

 神兵を操る公孫勝にもカルナの戦法は分かった。けれど分かるからといって対策がとれるわけではない。

 彼を知り己を知れば百戦危うからず、とは孫子の兵法書にある有名な言葉だが、それだけで勝てるほど戦いとは甘いものではないのだ。世の中には対策してもどうしようもない敵というものがいて、カルナはそういう類の敵だった。

 

「フッ――――やはり、物が違う。まるで天に向かって唾を吐いている気分だぞ。こうも私が苦戦するなど生前では師以外は有り得なかった。これは白旗をあげるべきかな」

 

「嘘を吐くならマシなものを吐け。貴様の顔は降参しようとする者のそれとは程遠い」

 

 灼熱の槍で神兵の腕を切り飛ばしながらカルナが鋭く言った。

 これには公孫勝も苦笑する。道士として心を閉ざす術は体得していたのだが、カルナの目はそれすらも突き破ってしまうらしい。

 

「お天道様に嘘は吐けんな。ならば私も、もっと気張ろうか」

 

 神兵ではカルナに太刀打ち出来ない。幾ら〝神〟を冠しようと所詮はただの兵。人々の記憶にも残ることなき無貌無名の巨人では、大英雄を殺すことなど夢のまた夢だ。

 ならば公孫勝が己が心象に形作るのは、名もなき兵士などではなく確固たる名を与えられた伝説。

 東方には緑色の鱗の龍を。南方には紅蓮の羽根をもつ不死鳥を。西方には白い体毛の虎を。北方には蛇を体に巻き付けた亀を。

 公孫勝の内にある心象風景を一つの宇宙(中心)として成立する四神相応。

 太極に通じる祈りは、人々の集合無意識に記憶された神獣を地上に顕現させる。即ち、

 

「起きろ、木偶の坊共。中華を犯す日輪のお出ましだ。我が身を護れよ。青龍、朱雀、白虎、玄武」

 

 公孫勝が乗っている者を除いた全ての神兵が消え去り、代わりに現れるのは四方を司る霊獣達。天の四方を護る霊獣は、天たる公孫勝を守護すべく異国の(日輪)に牙をむく。

 如何に公孫勝が道術によって呼び出したものとはいえ、人々の確固たる信仰を受けた四神は一体一体が魔術王の魔神柱に匹敵する怪物だ。並みのサーヴァントなど一息で蹂躙してしまうだろう。

 だが今更言うまでもなくカルナは並みから著しく外れた英霊。敵が四神だろうと怯むことはない。

 神兵とはまるで違う神威の出現にもカルナはリアクションを起こさず、手始めとばかりに神殺しの槍を容赦なく玄武の甲羅に叩きつけた。

 真名を解放していないとはいえカルナの槍は世にも珍しい対神宝具。神の名を持つ霊獣にも正しく作用し、ただの一撃で玄武の甲羅には罅が入った。だが、

 

「――――罅が、消えた」

 

 これまでどんな事にも動じなかったカルナの眉が、初めて微かに動いた。

 

歩兵()なら幾らでもくれてやるが、金将は易々とはとらせぬよ」

 

「破損した霊獣を更に己の想像で補填したか。素晴らしい腕前だな。これ程の術者でありながら人に留まる男も珍しい」

 

「御身ほどの称賛であれば素直に受け取るよ。情け容赦はしないがね」

 

 青龍、朱雀、白虎、そして再生した玄武が一斉にカルナに喰らい付いてくる。

 カルナは神速の飛翔で四神の攻撃を回避していくが、幾ら槍を叩きつけようと四神は即座に再生してしまう。

 不死身の四神が相手ではさしものカルナも圧倒的不利――――のように傍からは見えるかもしれないが、術者たる公孫勝からしてみれば寧ろ形勢は自分の方が不利だった。

 なにせこれまで公孫勝の生み出した神兵と四神は、ただの一度もカルナに有効打を与えることが出来ていない。これまで何度か四神の爪牙がカルナを捉えた事はあったが、それも黄金の鎧が齎す理不尽なまでの回復能力によって即座に癒されてしまう。

 それに四神の再生力はあくまで公孫勝自身の内力を用いてのもの。いずれ底がつく。カルナの方も魔力が無限ではない以上、このまま続けば先に燃料が尽きた方が自然敗北することになるだろう。

 

(だがまぁ、これはこれで悪くない。良い塩梅だ)

 

 公孫勝は元々自分がカルナを倒せるとなど思っていないし、その動きを封じる事が出きれば良いとすら思っている。ならばこの状態は好ましいものとすら言えるのかもしれない。

 とはいえカルナ程の英霊がこんな消耗戦に付き合ってくれるかと問われえば、そんな筈もないのだが。

 

「――――父よ、威光を!」

 

 これまで抑えられていた炎熱の魔力が、その一言によって一斉解放される。

 最大出力の魔力放出は火山の噴火にも等しかった。カルナを襲う四神が弾き飛ばされる程には。

 しかしカルナが狙うのは四神ではなく、術者たる公孫勝。

 

「意外とせっかちだな。こうも早くから王将狙いとはな……!」

 

 四神にせよ神兵にせよ共通するのは公孫勝が呼びだした夢幻に過ぎぬということ。よって公孫勝が消えれば自然と夢も消える運命にある。

 いや何も殺す必要性すらない。この奥義は公孫勝が己の内功を全て注ぎ込むことによって成立しているのだ。ならば痛手を受けるなりして内功が僅かにでも乱れれば奥義は終わることだろう。そして最悪な事に術の影響で公孫勝本人の戦闘力は女子供にすら劣るほどに低下していた。

 

「悪くない選択だが少々迂闊ではないかな。私の渾名を忘れたのか?」

 

 カルナの行く手を塞ぐように、黒雲より現れ出でるは金色の龍。

 公孫勝は東西南北を司る四神を呼び出した。ならば中央を司る黄龍を呼び出しているのが道理というものだろう。

 人智を超えた術を操り、時に嵐を起こし、雷を落とし、雲を動かし、そして龍を呼ぶ。

 故に公孫勝の渾名は〝入雲竜〟。梁山泊に迫る敵の悉くを払いのけた鬼神の銘である。

 

「呉用には負けるが私も〝軍師〟なのでね。本陣の守りを疎かにするほど抜けてはいないさ。どうかね日輪の御子よ。楽しめているかな?」

 

 金色の龍の咆哮は地平線の遥か彼方まで震わせ、それに呼応するように四神は荒れ狂う怒りを叫んだ。

 これが命を掛けた全身全霊の全力。生前もこれ程までに術を全開にした事はなかったが、カルナはそれだけの価値がある相手と判断した。

 

「ここまで披露したのだ。私も足止めなどとせせこましい事は考えまい。獲りにいくぞ、カルナ」

 

 カルナは始皇帝の命令で自分を殺す事が出来ない。そうと分かりながらも公孫勝はカルナの命を奪うことに遠慮はない。

 元よりこれは戦争。史上まったく同条件で行われる戦争などありはしない。ならば手心を加える必要もありはしなかった。

 

 

 

 劉邦軍は公孫勝、秦軍はカルナ。二人ともが一騎で戦局を左右する実力をもった戦略級サーヴァントだ。だが両軍ともが全く同じタイミングで戦略級サーヴァントを戦線に投入したせいで、両騎の力が相殺されて戦局に与える影響力がゼロになってしまっているのは皮肉だろう。

 カルナと公孫勝の戦いが決着がつかないのであれば、戦いを決するのは神話ではなく人の戦い。それを素早く認識した劉邦は全軍に総攻撃を命じた。

 数は秦軍が勝るが、劉邦軍はサーヴァントの数で勝る。更に言えばサーヴァント以外の将も粒揃いだ。これならば十分勝ち目があると計算した上での命令である。

 

「さーて。二番煎じとは芸がないがこれも役目だ。もう一雨降らすとしようか」

 

 前線から離れた城壁から秦軍を睥睨しながら、アーラシュは自らの得物たる弓を構える。

 単騎にて万の矢を降らす矢生成スキルに、自ら放てば一軍を吹き飛ばすほどの威力を発揮する矢。アーラシュほど対軍戦闘能力に秀でたサーヴァントは稀だろう。

 劉邦が秦相手に勝算ありと見たのも、アーラシュの存在によるところが大きかった。

 

(あちらさんは凄まじい勢いで突っ込んでくるな。乱戦に持ち込んで矢の雨を防ごうって魂胆だろう…………単純だが良い手だ。味方を射る(フレンドリーファイヤ)云々以前に英霊(既に死んでいる身)の俺が今を生きる人間を殺すのは御免だ)

 

 英霊である己が討つのは同じサーヴァントと、そして傀儡兵や魔獣のような人外のみ。それが英霊たるアーラシュが自らに課した誇りだった。

 だから屋の雨を降らすのは乱戦に持ち込まれる前の一度きりで打ち止め。そこからは自ら弓を引いての狙撃に徹することになる。

 とはいえそれだけでも十分に敵兵の数は減らせるだろうし、マスターや劉邦も一々文句は言わないだろう。マスター辺りは寧ろ賛同してくれそうだ。

 

「行くぜぇ! お人形さんの軍隊はさっさと土塊に戻りな」

 

 アーラシュのスキルによって矢が宙に生成されていく。だが生成される矢が千に達したところで、アーラシュは視界の端に小さな赤糸があるのを見た。

 マスターより聞いた敵の情報、秦軍に味方している怪物殺しの大英雄の真名が雷光のように脳内を駆け巡る。決断は一瞬だった。敵への一斉掃射を放棄したアーラシュは、猫のようにその場から飛び跳ねた。

 落雷めいた爆音が響き、城壁の一角が粉砕される。

 

「弓兵だけあって目端が利くようだな、ペルシャの大英雄殿」

 

 赤い糸を辿った空間転移による奇襲を仕掛けてきたのは、アーラシュが睨んだ通りテセウスだった。

 自分が破壊した城壁の破片を踏み砕きながら、山のような大男はぬっと土煙から姿を現す。

 

「そう言うお前こそ大した剛腕じゃねえか、ギリシャの大英雄殿。にしても不意打ちなんて随分と姑息な挨拶じゃないか。ヘラクレスと双璧をなす英傑とは思えんぞ」

 

「英雄ってのは往々にして汚れ役なもんさ。お宅の大将の一人程じゃねえが俺も随分と生前は汚れた身でね。今更こんくらいはどうってことない。

 それにアンタを放っておくと痛い目合いそうなんでね。先んじて潰しに来させてもらった」

 

「クラス通りだが総大将が暗殺って、いいのか?」

 

「いいんだよ。王だなんだつっても指揮なら宋江の方が上手ぇ。上手ぇ方が指揮した方が勝率は上がるだろう」

 

「そりゃそうだ。だがな、サーヴァント一人でどうこう出来るほど弱くはねえぞ。劉邦軍もカルデアも」

 

「質は数で埋めるだろうよ。それに――――」

 

 噎せ返るほど濃密な闘気がテセウスから立ち昇る。

 

「お前をさっさと潰せばあっちの加勢にもいけるだろう」

 

「面白ぇ。やれるもんならやってみな」

 

 弓兵の本領は長距離からの狙撃であって、面と向かい合っての白兵では不利。ましてや相手は神話に名高い怪物を真っ向から破った程の英雄(かいぶつ)である。如何にアーラシュとて厳しい戦いを強いられるだろう。

 だが英雄にとって困難とは立ち向かい乗り越えるものであって、尻尾撒いて逃げるものではない。壁が高ければ高いほど心は震えるというものだ。

 鉄棒を手に駆けるテセウス。アーラシュは久方ぶりの昂揚感を覚えながら、弓を引いた。

 


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