公孫勝を味方に引き入れた一向は、直ぐに沛城へ戻ると軍の編成を急いだ。未だ虎視眈々と沛城を狙う秦軍を打ち破る為である。
「マスター、戻ったぞ」
劉邦の指示で敵軍の偵察に出ていた荊軻とアーラシュの二人が戻ってくる。
気配遮断スキルを持つ荊軻と、千里眼で遠目の聞くアーラシュ。偵察にはうってつけの人材だ。サーヴァントについて碌な知識を持たないというのに、こうも上手く人使うのは『将の将』と呼ばれた男の面目躍如といったところか。
「荊軻、アーラシュ。どうだった?」
「咸陽からの援軍が到着したらしくにわかに騒がしくなっていたよ。沛公の読み通り今日中に仕掛けてくるだろうな」
自分達が公孫勝を勧誘しに行っている間、敵軍は援軍要請をしていたらしい。
以前アーラシュが矢の雨を降らした際にあっさり軍を引いた事といい、テセウスと宋江の二騎は中々慎重な立ち回りをするようだ。
「援軍が来るのが俺達が戻った後で幸いだったぜ。お蔭でこっちも用意万端だ。碭での借りを返してやらねえとな。特にテセウスとかいうデカブツ。あいつには随分と恐い思いさせられたから絶対ここでぶっ殺してやる。ついでに小便でもひっかけてやらぁ! かっかっかっ!」
自分達が有利になってきた途端に下品な闘争心を発揮する劉邦。
後の漢王朝の高祖なのは分かっているが、相変わらず言動の方はとてもそうは思えないほどだった。アーラシュとディルムッドの二人など劉邦の言動に怒りを通り越して呆れ気味である。
劉邦といえば能力は低くても不思議な
「沛公。余りこのような事は言いたくないですけど、その言い方は余りにも大人げないというか狡いというか」
劉邦のセクハラ被害を一身に受けるマシュがおずおずと苦言を呈する。すると劉邦はあっさりと「悪ぃな」と謝った。
相手がマシュのような少女だと劉邦も気が柔らかくなるらしい。
『はは。まぁやる気があるのは良いことだよ。始皇帝のいる咸陽に攻め込むには目の前のテセウスと宋江をどうにかしないといけないからね。両方とも厄介な相手だし、出来ればここで二人とも倒してしまいたいところだ』
「確かにあの二人は強かった。そしてしぶとかった……」
宝具によって如何なる苦境からも瞬時に離脱する事を可能とするテセウス。致命傷を負ったとしてもその事実を夢にすることで復活してしまう宋江。
本人の戦闘力の高さは勿論だが、その生存力の高さこそが最も恐ろしい。
「大丈夫です。今は私達だけじゃなくアーラシュさんと荊軻さん、それに公孫勝さんが味方として一緒に戦ってくれますから。
敵が大英雄でもきっと勝てると確信します。私は直感スキルがないので法廷に持ち込める証拠品にはなりませんが、断言します」
デミ・サーヴァントであるマシュはただの人間とサーヴァントが融合した存在だ。だからマシュはサーヴァントの頼もしさを文字通り身を持って知っている。
故その声からは溢れんばかりの信頼と期待が込められていた。
「期待されたら応えるのが
頼もしく胸を張ったアーラシュだが、後半になると声のトーンを落として言った。
アーラシュ程の英雄が深刻な顔をするということは、余程の事があったらしい虎穴に入る気分で尋ねる。
「なにかあったのか?」
「ああ。とびっきり〝強い〟のが居たぜ、援軍の中にな」
『まさか新しいサーヴァントが!?』
アーラシュは頷いた。
「遠目にちらっと視ただけだがな。あの日輪が具現したが如き輝きは一度みたら忘れられん。しかも血肉と一体化した黄金の鎧とくれば真名にも察しがつく。
インド神話に語られし不死身の英雄。太陽神スーリアが子にして、
『か、カルナァ!? インド神話でも最強クラスの大英雄じゃないか! なんでそんなEX級サーヴァントが始皇帝についているんだい?』
魔術師であるロマンの叫びはもはや悲鳴にも近かった。なにせカルナといえば英霊としても最上級の格を持つ英霊中の英霊。これが敵に回るなど鬼神も裸足で逃げ出すほどの悪夢だ。
『おっと忘れたのかいロマニ。英霊カルナといえば一度請われればどんな難行でも快く引き受ける施しの英雄。だったらきっと請われたんだろうさ。味方になってくれとね』
ダ・ヴィンチの冷静な推察にロマンも少しだけ落ち着きを取り戻した。
『……カルナに秦より先に接触出来なかったのは痛手だな。仲間になってくれれば最高に頼もしかったろうに。
だけどこれは不味い事になったぞ。カルナは万全であれば単騎で三界を征すると謳われた武人だ。カルナが出張って来たとなれば数的有利なんて簡単に引っ繰り返るぞ。この城だってカルナの槍の一振りで吹っ飛びかねない』
「そ、そんなにやべぇのか?」
ロマンがあれほど大騒ぎをすれば、英霊に対して無知の劉邦にも恐怖は伝播する。劉邦の顔は見て分かるほど真っ青になっていた。
『ええ、そんなにやばいんですよ沛公。カルナ程のサーヴァントとなると、もはや天災のようなものと認識した方が適切です。人智が及ばない』
「人智が及ばない相手ならば、私が相手を務めるのが筋だな」
「公孫勝!」
ふらりと姿を現したのは仲間になったばかりの公孫勝。沛へ戻ってから「適当に街を散策してくる」と言ったっきり姿を消していたのだが、流石に戦の前に戻るくらいの協調性は持ち合わせていたようだ。
敵にカルナがいると知ったサーヴァントは一様に表情を強張らせたものだが、公孫勝の方は相も変わらず人を喰った慇懃無礼さを隠しもしない。けれど今はその態度が頼もしかった。
「任せていいのか? 敵はカルナ――――最強のサーヴァントだぞ」
「高祖と人類最後のマスターという大人物二人直々に勧誘されたのだ。それだけの働きをせねば梁山泊の名折れというものだろう。相手が相手だ。全力で掛かったとて殺し切れはすまいが、抑え込むくらいはやろうさ」
「分かった。それじゃあカルナは公孫勝に任せて、俺達はテセウスと宋江の二人をどうにかする事を考えよう」
「ほう。私が忠告するのも妙な話だが、信じていいのか? 私の実力をまだマスターは知らぬだろう。もしかしたら口ばかり大きいだけの小人かもしれんのだぞ」
「それでも信じる。俺みたいな凡人が出来るのは、信じることくらいだから」
自分にはマシュのように盾で皆を守ることは出来ない。ディルムッドのように真っ先に敵陣に斬り込むことも、アーラシュのように軍団を丸ごと相手するなど夢のまた夢だ。
だったら自分はせめて彼等を信じるべきだろう。自らは矢面に立てないなら、矢面に立つ者を信頼しなくては戦いなんて出来ない。
「――――クッ。合点がいったわ。初めて会った時からマスターは誰かに似ていると思っていたが、そうか。我等が首領・宋江殿の面影があるのだな」
「宋江というのは、もしかしなくても秦軍の将である宋江ではなく」
「ああ。水滸伝の主人公たる宋江殿のことだ。私が俗世において主と仰いだ二人目の男だよ。これは愉快なことになったな。宋江殿の面影あるマスターの下で、
これだから下界というのは面白い。こればかりは代わり映えのない仙界では味わえぬ悦楽よ。人に留まるため修行を止めた甲斐があったというものだ」
猪肉を骨ごと噛み砕きながら公孫勝は嗤う。
最強の〝援軍〟を得た秦軍は、今度こそカルデアと劉邦という脅威を消すべく動き始めた。
咸陽から新たに加わったものも合わせて傀儡兵の総数は十万。しかしテセウスと宋江の二将た頼りにしているのはそんな木っ端兵などではなかった。
こんな兵隊など単なる数合わせの端役。サーヴァント相手取るには心許ない。二騎のサーヴァントにとって真に〝援軍〟足りえるのは唯一人だけ。そしてその唯一人こそが百万の軍勢を上回る程の魔人だったのだ。
「まさかアンタが来てくれるとはな、太陽の御子殿」
テセウスが意外な目で横を歩く黄金のサーヴァント、カルナを見た。
けれどカルナはそうではない。カルナは始皇帝の召喚したサーヴァントではなく、ディルムッドや土方歳三と同じ野良サーヴァント。そのため王翦の遠征軍にも李信の公孫勝捜索軍にも加わらず、始皇帝の目が届く咸陽に留め置かれていたのだ。
それがこうして出張ってきたという事は、事態は刻一刻と動いているということだろう。それが良い方向か悪い方向かは分からないが。
「解せねえな。お前は俺みてぇな
まさか陛下が賄賂で揺れてくれるほど楽勝じゃあるめえし。なぁ後学のために教えてくれよ。どんな手ぇ使った?」
「どんな手と言われても、俺には父母より賜ったこの手しかないが」
「そういう意味じゃねえよバッキャロウ! 俺はあの冷血皇帝様の心を動かすような手練手管を知りてえんだよ。いざという時に役立つだろうが」
「オレは言うべきと思った事を甘さずに言い切っただけだ。勧めはしないぞ。鎧の護りのあるオレと違って、お前に棒打ち千は痛いだろう」
「ど、どんな説得したんだ……? まさか陛下ってそういう趣味が……。というかカルナ、もしかしてM?」
「カルナ殿に馬鹿宋江、お喋りはおしまいだ。敵さんも城から出てきたぞ」
劉邦軍も馬鹿ではない。サーヴァント相手に宝具でもないただの城で籠城戦を挑む事がどれだけ愚策か分かっているらしい。城から出て野戦での勝負をする算段のようだ。
斥候によって劉邦軍に新たにアーラシュと荊軻の二騎が加わった事は知っている。特にアーラシュの矢は対軍戦において極めて厄介だ。下手すれば軍が全滅する可能性もある。
しかしそれはカルナが軍に加わるまでの話。アーラシュが如何な大英雄といえどカルナには及ばない。カルナが加わった今、劉邦軍など一息に吹き飛ばせるだろう。
「そいじゃカルナ殿。早速だがお得意のブラフマーストラで城ごと吹っ飛ばしてくれよ~」
ブラフマーストラはインド神話の上位英雄の多くが共通して保有する宝具だ。特にカルナの炎熱属性を付与された一撃は、核兵器に匹敵する破壊力と規模を誇るという。
沛城も軍勢も矢の雨も核兵器と比べれば玩具のようなものだ。軍事技術が高度に発展すれば戦争はボタン戦争と化すものだが、カルナの宝具は正にそれを現すものだろう。
だがカルナはテセウスの命に首を横に振った。
「楽観だな。敵も案山子ではない。容易くはいかせてくれんぞ」
「らしいな」
テセウスの剛腕によって振るわれた鉄棒が、矢のように降り注いだ落雷を薙ぎ払う。その余波で味方の傀儡兵が何体か大破したが、その程度は些細な犠牲である。
「こっちがカルナ殿を得たように、敵もまた星を得たらしい」
劉邦軍の先頭。並み居る猛将豪傑を差し置いて、まるで我こそが軍団長とでもいうような高慢を放ちながら、一人の道士がこちらを睥睨している。
先の落雷は自然現象ではなく、あの道士によって引き起こされた術だ。
道術という西洋魔術とは思想体系も形態も異なる術理。されど大自然を自在に操る程の使い手となると、英霊の座にも僅かしかいまい。
「おい、宋江」
「ああ、間違いねえよ。俺の中の
始皇帝は公孫勝の命ではなく、身柄を欲している。よってブラフマーストラで纏めて抹殺という手は使えない。そしてこの中で公孫勝を生け捕りに出来る程の英霊は一人だけだ。
「カルナ殿、公孫勝は任せたぞ」
「承った。無理に捕えたところで星を繋ぎとめる事など出来はすまいが、それがあの男の望みでもある。ならばオレは星を縛る鎖となるまで」
日輪の灼熱と共にカルナの手に出現するのは神殺しの槍。神々の王すら扱えぬ窮極の神威だった。
劉邦にも他のサーヴァントにも目もくれず、一直線に自分に向かってくるカルナを前にして公孫勝は愉し気だ。
全身から生気を漲らせ、可視化した仙力が黒いオーラとなって立ち昇っている。
「沛公。先の約定通りカルナの相手は私がやろう。そちらに気を回す余裕はない。巻き込まれたくないのならば下がっていろ」
蒼天の雲が逃げるように去り、変わり黒雲が龍の如く蜷局を巻いた。
地表を焼きながら迫る日輪の御子たるカルナと、黒雲の中心に在る公孫勝。両者の視線が交錯すると天地がざわめき、黒雲から雷鳴が轟いた。
相手は単騎で三界を征する英雄。であれば小細工は無為無用。初手にて鬼札を出す事こそがこの場では最上。
「梁山泊天罡星三十六星序列第四位〝入雲竜〟公孫勝。どうか天帝も照覧あれ。未だ側まで昇れぬ未熟者の拙い芸ではあるが、無聊の慰めにはなりましょう。いざ、いざ―――――いざ!」
神速で九字の印を結び、公孫勝は己の奥義たる祝詞を唱える。
「
印を結び終えた。祝詞も唱えた。であれば後は真名を告げることによって、この心象を『根源』へと届かせるのみ。
「
両儀に別れ、四象と廻し、八卦を束ねた世界の理。
魔星が祈りは此れを逆転せしめ、その心象に描かれた祈りは全ての『根源』たる太極図によって形成される。
地が震え、天は嘶いた。黒雲が日輪を包み込み、黄泉路の歌が響く。
いつの間にか公孫勝は地表より消えていた。代わり聞こえたのは巨大な足音。
戦場にいる全ての命が――――人間ばかりではなく、虫や畜生すらが聳える光景に息を呑む。そこには荘厳な鎧を身に纏った山のような巨躯の神兵達が、地を這う人間達を見下ろしていた。
「さぁ、三界を征する太陽の御子よ。この地、出来るものならば征服してみせろ」
公孫勝の姿は神兵の肩の上に。
未だ神秘が色濃く残る紀元前の世。ここに神話の闘争が幕を開けた。
【元ネタ】水滸伝
【CLASS】キャスター
【マスター】なし
【真名】公孫勝
【性別】男
【身長・体重】180cm・66kg
【属性】中立・中庸
【ステータス】筋力C 耐久D 敏捷C 魔力A+ 幸運B 宝具A
【クラス別スキル】
陣地作成:B+
道士として、自らに有利な陣地を作り上げる。
防衛に優れた“要塞”を形成することが可能。
道具作成:B
魔力を帯びた器具を作成できる。
【固有スキル】
道術:A+++(EX)
西洋魔術とは異なる魔術体系である道術をどれほど極めているかのランク。
ランクA+++ともなれば神仙一歩手前といえる。
反骨の相:C
一つの場所に留まらず、一つの主君に殉じることのできぬ運命。
自らは王の器ではなく、また、自らの王と道を別つ運命を定められた孤高の星である。
同ランクの「カリスマ」を無効化する。
神算鬼謀:A+
軍師・参謀としてどれだけ策謀に秀でているかの数値。
大軍師たる智多星には一歩譲るものの、ランクA+ともなれば十分に名軍師たる器量である。
【宝具】
『
ランク:A++(EX)
種別:対国宝具
レンジ:2~99
最大捕捉:999人
公孫勝が師より授けられた五雷正法の奥義。
極まった内功により〝太極〟あるいは〝根源〟への回線を繋ぎ、
自らの心象風景に思い描いた魔神、神将、竜を具現化し使役する。
この宝具発動中、公孫勝は他一切の道術を発動できなくなる。