Fate/Another Order   作:出張L

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第27節  侠者

 三十分にも渡る議論で自分と劉邦と同行するサーヴァントはマシュとディルムッドの二人に決定した。

 アーラシュと荊軻の二人には悪いが、彼等は留守番である。特にアーラシュは味方サーヴァントでは唯一の対軍戦を得意とするサーヴァント。沛を守るためにもアーラシュには残って貰わなければならなかった。劉邦軍からは樊噲を始めとした腕自慢の将が何人か。だが曹参を筆頭とした将軍の殆どは沛を守るため居残りである。

 アーラシュが言った通り沛城から公孫勝のいるという山までは然程距離がある訳ではない。大軍での移動でもないので出立して直ぐに目的の山に到着した。

 

「ここが公孫勝のいる山、かぁ。道士がいるっていうからもっと霊験あらたかな山をイメージしたんだけど、普通の山だな」

 

『そうだね。でもミスター・カマンガーが言ってたことは確かだよ。この山の頂上付近にサーヴァント反応がある。それもレイシフトした直後に会った例の道士とまったく同じ波長だ』

 

「じゃあやっぱりあの時の道士が――――」

 

「〝入雲竜〟公孫勝、だったんですね」

 

「このまま案山子になってても仕方ねえ。道士様とやらに会い行こうや」

 

「はい」

 

 護衛の樊噲とディルムッドを先頭にして山を登り始める。

 どうやら山には道術による結界が張られているらしく、途中でエネミーの類に出くわすような事はなかった。

 然程大きな山ではなかったので程なくして頂上に着いた。そこに――――その男はいた。

 洒落に着崩した道士服と、夜闇を流し込んだように艶やかな黒髪。間違いなくその男は、馬上の豪傑と共に自分達の前に現れたサーヴァントだった。

 

「これが公孫勝か。しかし……眠っていますね、マスター。無礼にも」

 

 直ぐ近くにサーヴァントとマスターがいるというのに、公孫勝は岩の上で寝転がったまま一向に起きる気配がない。これにはディルムッドが渋い顔をした。

 しかしそれは公孫勝が来訪者に気付かぬほど抜けているからではない。来訪者に気付いているというのに知らぬ存ぜぬとばかりに敢えて目覚めようとしない事に対してだ。

 サーヴァントは同じサーヴァントの気配を察知できる。無能者ならいざ知れず座に〝英霊〟として祀られたサーヴァントが、例え寝ていたとしてもここまでの距離に近付かれても気付かないなんて事は有り得ないのである。

 だからこれは寝ているのではなく単なる狸寝入り。公孫勝は来客と知っていながら知らぬ存ぜぬを決め込んでいるだけなのだ。

 ディルムッド・オディナのような礼節こそを信望するサーヴァントにとって、これは侮辱にも等しいことだろう。

 

「如何されますか? マスターの御下命あれば直ぐに叩き起こしますが?」

 

「落ち着いてディルムッド。その勢いで叩き起こしたら目を覚まさせるどころか永眠するから。二度と起きなくなるから」

 

「そうそう。こういうのは信陵君に倣って根気が大事だぜ」

 

「では沛公はこのまま待つのが正解だと?」

 

「おうよ。賢者を招くには相応の作法が必要ってやつさね。ま、太公望を気取りたいってんなら望み通りにしてやろうじゃねえか」

 

『――――ははは。これは手厳しいな、沛公――――』

 

「!」

 

 現実からではなく、夢の底から響いてくるような声。白い霧があたりに立ち込めると、岩の上で寝ていた公孫勝が枯葉となって消える。

 

「だがそう虐めてくれるな。男子たるもの憧れる英雄偉人の真似をしてみたくなるもの。盾持ちの少女は兎も角として、我が同輩たる男性諸君ならば覚えがあろう? 童心が顔を出したが故の悪戯。許されよ」

 

「どうやら嘘っぱちじゃなく本物の道士みてえだな」

 

 道士と一口に言っても玉石混合だ。公孫勝のように神仙一歩手前の規格外の怪物もいれば、道士とは名ばかりの単なる詐欺師の類までいる。

 だが公孫勝が挨拶代わりに見せつけた『白霧』だけでも手品などではない本物の道術だった。劉邦の公孫勝を見る目が露骨に変わった。

 

「何において『本物』とするかにもよるがね。道術を扱う者を道士と言うならその通りだが、師から課せられた修行をほっぽりだして神仙にならず人界でぐーたらしている私が果たして真に道士と呼べるかは疑問だ。

 西洋魔術世界においては私のような人間を〝魔術使い〟と呼称するらしいが、それに則るなら道術使いとでも呼ぶのが適切だろう」

 

「道士でいいだろう面倒臭ぇ。んな細かな違いなんて俺みてえな俗人にゃ分からねえよ」

 

「然様か。して沛公に人類最後のマスターよ。何用で参った? よもや私みたいな浪人と世間話に興じに来た訳でもなかろう」

 

 公孫勝の黒真珠の双眸がこちらの心を見透かすように向けられた。

 アーラシュの千里眼が人の心すら透視するように、この道士もまた同格の『眼』を持っている可能性がある。ここは下手な小細工は不要、玉砕覚悟で本音をぶつけるべきだろう。

 

「……単刀直入にお願いします。俺達と一緒に戦って欲しい」

 

「念の為に聞いておくが、それは始皇帝とか?」

 

「はい」

 

「アンタも道士だってんなら知っているだろう。秦軍はどういう訳か知らねえがアンタの事を血眼になって探してやがる。秦ってのは捕まりゃ基本死刑、良くて強制労働な虎狼の国だ。秦に捕まるくれえなら、いっちょ俺達と一緒に秦をぶっ潰してみねえかい?」

 

 自分の直球なお願いに、劉邦が理屈に合った勧誘を添える。

 客観的に吟味して悪い話ではないはずだ。公孫勝にとっても人類史焼却は阻止したいことだろうし、始皇帝に抵抗する者同士が手を結ぶ事は身を護る事にも繋がるだろう。

 

「フフフフフ。彼の劉邦の麾下に入り始皇帝と戦う、となぁ。男子として中々に心惹かれるが、生憎と体は惹かれんな。私を安眠から引きずり出すには足りんよ」

 

 しかし公孫勝の口から出たのは、はっきりとした拒絶の意だった。

 

「秦と始皇帝を倒したいなら勝手にやれ。私はこの山で惰眠を貪りながら高みの見物をさせて貰おう。なに、応援くらいはするさ」

 

「そ、そんな……」

 

 マシュが信じられないといった顔をする。人類史が焼却すれば、必然的に水滸伝という物語も燃え尽きる。それは公孫勝にとって己の死よりも許し難い事柄のはずだ。

 よもや公孫勝程の男がそれを分かってない訳ではあるまい。全て分かった上でこの男は拒否したのだ。

 これに同じサーヴァントであるディルムッドが進み出ると、怒気すら滲ませて公孫勝に視線を向ける。

 

「公孫勝。お前もまた特異点へのカウンターとして呼ばれたサーヴァントの一人だろう。だというのにその責務を捨て自らの安楽に浸るというのか?

 このような事は言いたくはないが、もしもマスター達が始皇帝に敗れる事があれば、それは人類史の終わりを意味する。もし貴公に英霊としての誇りがあるのであれば、力を貸してくれはすまいか」」

 

「気持ちの良い台詞だ。裏表もなく純粋にマスターと人類史を救おうという義務感がお前にそう言わせているのだろう。女垂らしの双槍使いなのは同じというのに、つくづくどこぞの誰かとは大違いだ。だからこそ余計に心苦しい。私からの解答は変わらず『否』だよ、輝きの一番槍殿。

 サーヴァントなのだからサーヴァントとしての責務を果たせ。至極尤もだ。だが私は既に私がやるべき責務は済ませてしまったのでね。こうして今も現界しているのは余暇のようなものなのだよ」

 

「責務を、果たしただと?」

 

「ともかく私は戦うつもりはない。私のような者のために足を運んでくれて悪いがお引き取り願おう」

 

 呑気に欠伸をしながら岩の上に身を投げ出すと、最初の時のように寝っ転がる。

 

「アンタを追ってる秦軍はどうするつもりだ? 俺達がやられりゃ直にこの山にも秦が来るぞ」

 

「その時は尻尾撒いて退散するだけさ。これでも魔星の生まれ変わりだ。流石に一人で始皇帝を倒すなんて出来ないが、逃げ回るくらいなら出来る」

 

「ちっとばかし始皇帝舐めてねえか? 秦の始皇帝ってのはテメエが考えている以上に恐ぇぞ」

 

 生前の始皇帝を目の当たりにした劉邦の言葉は真に迫るものがあった。それでも公孫勝は動かない。

 

「そうなれば大人しく自刎しておさらばするよ。幾ら始皇帝だって死んだ人間を追ってはこれないだろう? なにせあの御仁は『死』を最も疎んじた皇帝だ」

 

 この調子では梃子でも動かないだろう。入雲竜・公孫勝、初めて言葉を交わした時から一筋縄ではいかない予感はしたが、これ程までとは想像もつかなかった。

 嫌がるサーヴァントを無理矢理に仲間に引き入れたって仕方ない。ここは一旦帰ろう――――と、普段ならば言う所なのだが、今は一刻を争う状況だ。これは根拠のない直感だが、もしここで公孫勝に味方になって貰わないと全部が台無しになる気がする。

 なんとか公孫勝を味方にする『材料』はないだろうか。そう脳味噌を働かせていると、ふと思いつく事が一つだけあった。正直気が進まないが、手段を選んでいる場合ではない。

 

「……公孫勝。貴方が桃をとっていった村を覚えていますか?」

 

「うん? それは覚えているとも。あの桃は中々に美味であったからな。それがどうかしたか?」

 

「襲われました。貴方がいると思った秦軍によって。多くの人が、犠牲になりました」

 

 今でも思い出せる。公孫勝の情報を得るというただそれだけの為に虐殺された人々の事を。殺された人の中には年端もいかぬ少女や妊婦、赤子だっていた。

 もしも公孫勝に人の死を悼む心があるのならば、

 

「だから?」

 

「!」

 

「あの村が襲われたのは私のせいだとでも? とんだ責任転嫁だ。ある男が包丁で人を刺し殺したとして、君はその責任を男に包丁を売った店にまで求めるのか?

 違うだろう。例え私があの村を訪れた事が原因となったとて、あの村を襲った全ての責任は秦軍のものだし、その罪過も全て秦軍のものだ。私は何も悪くない。だから贖罪の為に共に戦ってくれと言う提案は受け入れられないな」

 

「……分かりました」

 

 今度こそ、終わりだ。ここまで言って駄目なら、もうどうやったって無理だろう。

 仕方なく山を下りようと踵を返すと、何故か素知らぬ顔で一番に下山しようとしている公孫勝がいた。

 

「何をしているんだ? 早く山を下りるぞ。秦を潰すのだろう」

 

「って、ええぇえええ!?」

 

 意味が分からない。どうしてあれだけ説得しても無反応だった公孫勝が、いきなりやる気になっているのか。

 

「公孫勝さん!? 共闘は嫌なのでは?」

 

 自分の驚きを代弁するようにマシュが訊いた。

 

「ああ、嫌だとも。自分の犯した罪を償うならまだ我慢もするが、自分のせいでもない罪を贖罪するなんて真っ平御免だ。これでもヤクザ者なのでね。だがな、あの村で私は村人の好意で二つの桃を頂戴した。であればこの駄賃は払わねばなるまい」

 

「贖罪に命を張るつもりはなくても、桃の駄賃の為ならば命張る、か。騎士が奉じる〝忠〟ではない。つまるところこれこそが――――」

 

 自らの信ずる〝義〟に命を賭ける侠の精神なのだろう。

 そう、自分は荊軻の助言を思い出すべきだった。公孫勝という男は道士である前に、梁山泊に集いし侠客。この男を動かせるのは利でも忠でもなく、ただ義のみだったということを。

 

「これで役者は揃った。じゃあ一つ秦の奴らを」

 

「――――殴りに行こうか」

 

 そこに浮世離れした道士は何処にもいなかった。

 獰猛に笑いながら殺意を剥き出しにしているのは、梁山泊の頭領が一人〝天間星〟公孫勝だ。

 




 ジャンヌ・オルタが遂に実装されました。ルーラーからアヴェンジャーにクラスチェンジしたのは予想外でしたが、確かにルーラーより”らしい〟クラスなので納得といえば納得です。
 しかし五章ピックアップで自重しておいて正解でした。お蔭で万全の状態でガチャという名の地獄にカミカゼアタックできます。ジャンヌ・オルタは第三次のssのためにも絶対手に入れなければならないので玉砕覚悟でいきます。では読者の皆様。また逢う日までお元気で。

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