Fate/Another Order   作:出張L

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第26節  竜の行方

 アーラシュと荊軻、二人のサーヴァントは喜びと、それに勝るほどの恐れをもって劉邦軍に迎え入れられた。

 無理もない。サーヴァントであっても同じ国と時代出身の荊軻とは違い、アーラシュは異民族的容貌をしている上にあの矢の雨だ。

 迷信が強く残っているこの時代の人間からすれば、アーラシュは鬼神のように映るだろう。その証拠に沛城の会議場に並ぶ文武官達の目には明らかな警戒心が宿っている。

 そんな雰囲気に耐えられなくなったマシュは、空気を変えるべく口火を切った。

 

「アーラシュさんと荊軻さんは一緒に行動されてたんですか?」

 

 敏いアーラシュはマシュの心中を察してか、こちらを安心させるような穏やかな笑みを浮かべる。

 

「いいや。俺は現界してからこっち秦軍から民を守りつつ適当にフラフラしていた口でな。彼女とは俺がこの辺りを流れている時にパッタリと出くわしてな。マスターのあてもなかったんで、そっから行動を共にしたというわけさ」

 

「そうだったんですか」

 

 サーヴァントであるマシュが会話しているのに、マスターの自分がだんまりしてられない。

 アーラシュの隣にいるサーヴァント、荊軻に目を向けながら口を開く。

 

「じゃあ荊軻もアーラシュみたくフラフラと?」

 

「フフフ。風の吹くがままに流れるのも悪くはないがな。私はこれでも始皇帝を狙った刺客。だったらやることは一つだろう?」

 

 荊軻のサーヴァントとしてのクラスは暗殺者。そして彼女は刺客(アサシン)として歴史に名を残した人物。

 必然的に自分の脳裏にはあの二文字が思い浮かぶ。

 

「まさか暗殺……!?」

 

「ああ。そのつもりで咸陽へ潜入した」

 

「つもりで、ってことは出来なかったのかい」

 

 やはり同時代の人物だけあって劉邦は荊軻に興味津津らしい。どことなく子供めいた顔でそう尋ねた。

 

「恥ずかしながらな。潜入中、ざっと五百ほど暗殺計画を経ててみたんだが、どれも上手くいきそうになくてね」

 

「へぇ。傍若無人で知られる義侠が弱気じゃねえか」

 

「僅かな可能性にも命を賭けられるのは勇者だが、勝ち目のない戦いに命を賭けるのは匹夫の勇だ。私は匹夫になるつもりはない」

 

「道理だな。だが勝ち目がないと分かっていても、戦わねばならぬ時もある」

 

 実直な声が会議場に染み入るように響く。

 自分の横に控えていたディルムッドは回顧するように両目を瞑っている。果たしてその目蓋の裏に映るのは己自身か、それとも生前の主君の姿か。

 そんなディルムッドの姿に、天下の義侠も感じ入るところがあったらしく楚々と笑う。

 

「話せるじゃないか色男。どうだい、今夜あたり酒でも付き合わないか? 私もこれでも女人なのでな。どうせ飲むなら良い男とがいい」

 

「貴婦人からの誘いであれば騎士として断る訳にもいかん。が、今はより優先すべき事があろう。酒は事が終わってからでお願いする」

 

「焦らし方を心得ているな、悪い男め」

 

「おーい、お二人さーん。俺達放っておいて勝手に乳繰り合う約束たててんじゃねえべ。ただでさえ俺もここ最近はご無沙汰で溜まりに溜まってんだからよ。

 今日辺り適当に女見繕って抱かねえと勢いでマシュの嬢ちゃんにいけない夜襲かけっちまいそうだ」

 

「っ!」

 

 劉邦のストレートなセクハラ発言に、反射的にマシュは盾を翳す。

 

「マシュに手を出すなら、流石に怒りますよ」

 

「冗談だべ。おっかない顔しねえでも寝取ったりしねえよ。つぅか襲ったところで返り討ちになりそうだし。

 いや、そんな話はどうでもいいんだ。で、荊軻殿。アンタほどの人物が暗殺できねえって匙を投げるって事は、そんなに始皇帝の守りは厳重ってことなのかい?」

 

「そうではない。護衛の兵など寧ろ秦王時代より減っているくらいだ。だが始皇帝はランクA以上の気配感知スキルがある。気配遮断のランクがそれ以下の私では、迂闊に近づけば途端に見付かってしまうだろう。

 ましてや始皇帝は私を始めとした数々の暗殺者に狙われ、そしてその悉くから逃れたという事実がある。三人目である〝張良〟については、私より沛公の方が詳しかろう」

 

「ああ。話の種に聞いた事があるぜ」

 

 三人目の暗殺者こそは、後に劉邦の軍師として天下に名を轟かす張良。太公望、諸葛孔明に並ぶ中国三大軍師の一人だ。

 この時代、彼はまだ正式に劉邦の家臣となってはいないが、既に面識はあり何度かの戦を共闘したこともある。劉邦にとっては親しみすらある人物だろう。

 

「だが暗殺から逃れまくったからってなんなんだ? 人間、死ぬ時になりゃ死ぬだろう」

 

「生前であればそうなのだがな。生憎と始皇帝は英霊だ。三度、暗殺から逃れたという事実はある種の概念防御となって奴を護っている。恐らく百人の名だたる暗殺者が力を合わせたところで、あの男の命を奪う事は叶うまいよ。

 強いて可能性をあげるとすればあげるとすれば、奴が玉座から立ち上がり自ら剣を抜いた時だな。アサシンの気配遮断スキルが戦闘に移るとランクダウンするように、戦闘に移れば奴の気配感知スキルもランクダウンするやもしれん」

 

「スキルだなんだのってのは詳しく知らねえが、アンタがそう言うんなら暗殺は無理かぁ。正直それで解決したら一番楽だったんだがなぁ」

 

「そう気落ちするな。確かに暗殺こそ出来なかったが、幾つか情報は仕入れてきた。聖杯についてな」

 

「聖杯? 始皇帝が持っているんじゃないのか?」

 

 あの李信は傀儡将だった訳だが、テセウスと宋江は確実にサーヴァントだ。

 サーヴァントを自らの支配下として操っているということは、秦が聖杯を握っているという証拠だろう。

 

「いや。恐らく始皇帝が聖杯を持っているのは間違いない。遠目だが一度奴が聖杯を使ってサーヴァントを召喚する所を目撃したからな。

 しかしこれは知っているか? 秦国六虎将筆頭にして最高の名将。軍神・王翦がサーヴァントと傀儡将と共に六十万の兵を率いて北方へ向かった」

 

「ろ、六十万!?」

 

「…………おーし、野郎共ぉー! 乞食に身をやつして逃げるぞー!!」

 

 戦国時代に終止符(ピリオド)をうった将軍が、サーヴァントと一緒に六十万の兵を率いている。

 この絶望的報告に劉邦は素早く夜逃げの準備を始めていた。この対応の迅速さ。仲間としては情けないと嘆くべきか、逞しいと褒めるべきなのか。

 

「早まるな。ここは感陽から南方にある地。北方は逆だ」

 

「え? そうなの?」

 

 溜息混じりに荊軻が言うと、漸く劉邦は夜逃げの支度を止める。

 

「それは安心しましたけど、どうして沛公を無視して北方へ? まさか北方にも沛公のように秦に抵抗する勢力が残っているんですか?」

 

「それは分からない。生憎と敵勢力の名までは聞けなかった故な。だが一つだけ興味深い話を聞けた。なんでも王翦将軍の遠征の目的は『聖杯』を手に入れることらしい」

 

「え、け、けれど聖杯は始皇帝が持っていると――――」

 

『そういうことか』

 

 これまで黙っていたロマンが、深刻さを露骨なほどに感じさせる深い声色で呟く。

 

「ドクター、何か分かったんですか?」

 

『第三特異点の時と同じだよ。あの特異点にはドレイク船長の聖杯と、もう一つの聖杯があっただろう? そしてこのα特異点も第三特異点のように地形が目茶苦茶になっている。ということは』

 

「聖杯が二つ存在している証拠、ということか」

 

 この特異点がオケアノスと同じように地理が目茶苦茶になっていた原因が漸く分かった。

 始皇帝の聖杯と、第三勢力の聖杯。二つの聖杯が同時に存在するという矛盾が、今回の異常を引き起こしていたのだろう。

 

『不味いことになってきたね。秦だけでも厄介なのに、もう一つの聖杯だなんて。第三特異点じゃ聖杯の所有者だったドレイク船長が味方だったから良いけれど、この特異点もそうだとは限らないし。これは始皇帝を倒すのを急がないと取り返しのつかない事になるかも』

 

「良く分からねえが俺達の知らねえ第三勢力がいるってことなんだべ。だったらそいつ等と始皇帝が殺し合ってボロボロになったところを襲えば大勝利じゃねえのか?」

 

『そう単純な話じゃないんですよ沛公。始皇帝でもその第三勢力でも、どっちが勝とうと聖杯は勝者の物になる。そして聖杯一つあればその過程で失った損失を埋めるなんて朝飯前』

 

「つまり勝った方は確実に強くなっちまうと。今ですらひーこら言ってんのに更に強大化しちまったらお手上げだな」

 

『はい。だからその前に始皇帝を倒さなければなりません』

 

 咸陽に潜入していた荊軻がいるので幸い道は迷わずに済む。

 それにアーラシュと荊軻が仲間に加わったことで戦力は増強している。これならば宋江とテセウスも倒せるし、始皇帝を討ち取る事も不可能ではないのかもしれない。

 だがそこでアーラシュが待ったをかけた。

 

「そう急くなよ、カルデアの魔術師。強いては事を仕損じるぜ。こういう時こそ急がば回れだ」

 

「アーラシュ。何か考えがあるのか?」

 

「秦軍が血眼になって〝公孫勝〟って道士を捜してるのは知っているだろう? 咸陽を攻めるならそいつを味方に引き入れてからの方がいい」

 

「けど居場所が……」

 

「アーチャーの千里眼を舐めるなよ。ここから東に5kmほどの山で惰眠を貪っている道士服着たサーヴァントがいる。たぶんそいつが公孫勝だろう」

 

「!」

 

 これまで散々探しても見つからなかった公孫勝。その居場所が漸く分かった事に目を見開く。

 

「やっとこさ見付かったか。ったく人騒がしな道士様だぜ。そいじゃ公孫勝とやらのいる山に行くとするかねえ」

 

「まだテセウスと宋江の軍は虎視眈々と沛を狙っています。念の為にもサーヴァントの方々はここに残って頂くべきでしょう。大した距離ではありませんし、なんなら私が一っ走り行ってきますが」

 

「――――待て。公孫勝という男は道士だが、同時に侠者でもある。〝太公望〟を迎えに行くならばそれなりの礼があるだろう」

 

 太公望というのは比喩だろう。古の文王は太公望を得る為に自ら彼が釣りをしている所に足を運び、のみならず釣りが終わるまで嫌な顔せず待った。

 賢者を迎えるには相応の礼を払わねばならない。この手の逸話なら『三顧の礼』が特に有名だろう。

 荊軻の諫言に劉邦は頬を掻きながら、

 

「太公望が公孫勝だとすると、俺が文王かぁ? 公孫勝はどうだか知らねえが、俺みてえなのが文王たぁ随分と過大評価してくれるじゃねえか」

 

「……これでも過小評価なのだが」

 

「は?」

 

「こちらの話だ。沛公と、それにカルデアのマスターであるお前も行くべきだな」

 

 劉邦軍のトップである劉邦が行くのであれば、サーヴァント達のマスターである自分が行くのが道理というもの。

 荊軻の言葉に黙って頷く。

 

「分かった。けど念の為にサーヴァントの誰かが一緒に来てくれると嬉しいんだけど」

 

「はい。サーヴァントと会うのであれば当然そうした方がいいでしょう。問題は誰が残り、誰が共をするのかですが。もし許されるならばこのディルムッド。マスターの御供をしたく」

 

「……秦軍対策にそこのアーラシュって兄ちゃんには残ってて貰いてえな」

 

 誰が残り、誰が行くのか。事がサーヴァントという超常存在が関わるせいで、劉邦軍の将達も簡単には決められない。

 結局、話が纏まったのは三十分後のことだった。

 


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