Fate/Another Order   作:出張L

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第23節  釈迦の掌

 絢爛な花火も終わる時は呆気ないもの。この中華にて一華咲かせてみせた新撰組の終幕もまた同じだった。

 核となる『旗印』が破壊されたのか、新撰組の隊士が現界できる魔力を失ったのか、もしくは召喚者である土方歳三が討ち取られたのか。もはや李信は愚か如何な名将すら把握不可能なほどに混沌と化した戦況では真実は分からない。

 しかしこうして新撰組が消え去り、土方歳三の気配もないということは、戦いは終わったという証左である。

 

「どれくらい減った?」

 

「半数ってところじゃねえですかい。騎兵ゼロの千にも満たねえ木っ端軍でよくもまあ減らしたもんだと敢闘賞くれてやりたい気分になりましたよ」

 

「逆敢闘賞が何を偉そうに言ってんだ」

 

 李信の問いに飄々と答えた宋江に、テセウスの振り下ろした鉄棒が炸裂する。

 

「痛っ! でけぇ鉄棒で頭叩いてんじゃねえよバッキャロウ! 頭蓋陥没しかけただろうがコラ!」

 

「サボってた罰だ。安心しろ、峰内だ」

 

「鉄棒に峰なんかねえだろ! ああくそっ! ちゃんと最低限の働きはしてただろうがっ!」

 

「狗コロの最低限と虎の最小限は違うんだよ」

 

 軍の副将という職にありながら、漫才めいたどつきあいを演じる宋江とテセウスを流し見て、李信は嘆息する。

 宋江とテセウス。出身も霊格も時代もまるで異なる二騎のサーヴァント。二人がこういう風に暴力混じりのやり取りをするのは初めてではないが、これはこれで上手く嵌まっているのだろう。

 同族嫌悪という言葉がある通り、人間というのは下手に性質が近いと逆に反発するもの。テセウスと宋江ほど性質が違う方が寧ろ上手く関係を築けるのかもしれない。

 

「二人ともそこまでにしておけ。いい加減にしないと帰還した後、陛下に報告せねばならんぞ。我が国の法の厳格さは予め教えたはずだが?」

 

 咳払いしながら李信が軽く叱責する。その顔付きは既に戦士から将のものへと戻っていた。

 

「へいへい。お宅の御国さんの法が厳しいのは重々承知してますから、労役は御免だから勘弁してくだせえよっと」

 

「刑罰なんてのは目には目を、で十分だと思うがなぁ。おっと政道批判も法律違反だったか。ははははははははは! これも聞かなかったことにしてくれ。サーヴァントの手前、マスターである皇帝を裏切る事も出来ないからな!」

 

 サーヴァントである二騎は本来俗世の法如きに縛られるような存在ではない。しかし此度においては例外が適用されるだろう。

 なにせ二人を召喚したのは始皇帝であり、この世の法の支配者もまた始皇帝。よって彼等は否応なく始皇帝の布いた法に従わねばならぬ制約を課せられているのだ。

 

「しかしまさか半数も獲られるとは。項燕の時もそうだったが将に心酔しきった兵ほど恐いものはないな」

 

 李信の目には土方歳三の指揮能力は優れてはいたが無理をしているようにも見えた。大方後世において身の丈以上の信仰を受けた影響だろう。自画自賛になるが将としての能力は自分と比べてかなり劣るだろう。

 しかしこと『配下の兵から慕われる』という能力に関して土方は李信と同等、いやそれ以上のものがあった。流石にあの項燕には劣るにしても、あれほど兵に慕われる将は中々いない。

 

「出きれば俺の副将にしたいくらいだったが、贅沢言っても仕方ねえか。宋江、テセウス! 少し時間をとられ過ぎた。急いで劉邦を追うぞ!

 俺達と違ってあっちはまともな人間の軍隊。休まず走ればまだ間に合うはずだ。ここから先の沛城に連中が着く前に片を付ける!」

 

 部隊の再編成のため李信が宋江とテセウスから離れる。その瞬間、

 

「大将軍李信、首級(みしるし)頂戴(ちょうだい)する――――っ!」

 

 地に伏した狼は黒影となって飛び出した。

 李信の獰猛な眼光と土方の鋭利な眼光が交差する。刹那、雷光のように李信は土方の最期の狙いを理解した。

 土方の『誠の旗』は強制解除されたのではなく、任意によるもの。李信の将器をもってすら状況の把握を不可能にするほどの混戦状態に持ち込んだのは、土方歳三の死を確認できないようにするため。

 全てはこの一瞬。秦軍の誰もが勝利を確信し、李信がテセウスと宋江から離れるこの刹那の好機を作りださんがための布石。

 李信は今更ながらに思い出す。土方歳三のクラスはアサシン。その本領は暗殺にこそあるということを。

 土方の刀が李信の心臓部を破壊するのと、土方の霊核を傀儡兵達が串刺しにするのはほぼ同時のことだった。

 

「ごほっ……これで、やっとお役目御免かな」

 

 激しく吐血しながら土方は壮絶に笑みを浮かべる。

 土方の狙いは勿論足止め最優先だったが、一つ獲れるならばと狙っていたのは李信の命だった。

 宋江では例の摩訶不思議な宝具の力で蘇る可能性があるし、テセウスほど格の高い英霊となると果たして自分の刀で奪えるか怪しかったというのがその理由である。

 なにより軍を率いる大将の首を撮るという事には、理屈以上の意義があることを土方は経験で知っていた。

 

「野良狼一匹と大将軍。到底釣り合う命じゃないが、これも戦の流儀。よくあることと諦めてくれ」

 

 霊核が破壊されたことで薄れゆく土方の体。サーヴァントが死ねば後には何も残らない。この時代にあるはずのない生命は、最初からなかったもののように幻と消えるが運命(さだめ)である。だが、

 

「確かに釣り合う命じゃあないな」

 

「――――なに? …………! そ、その体は……!?」

 

 李信の辿る運命は土方とは違っていた。土方と同じく心臓部を破壊され死んだ李信の体は、あろうことか土塊となり崩れていっていた。

 通常のサーヴァントでは絶対に起こりえぬこの現象。けれどそれは土方はこの時代で何度も目撃していた。

 それはそう傀儡兵を斬り伏せた時、彼等が辿る末路と寸分違わず同じものだったのである。

 

「まさか貴方はサーヴァントではなく……」

 

 サーヴァントと比して聊かも劣ることのない武勇と、卓越した将器を備えた英雄は、

 

「――――傀儡兵の一人に過ぎなかったとでもいうのか?」

 

「その通り。尤も通常の傀儡兵と違って傀儡将――――特に俺含めた六虎将は特別製だがな。ちゃんと生前の能力を完全に引き出せるよう調整されているし、宿っている魂もちゃんと本物さ。

 だが陛下からすれば俺達六虎将も傀儡兵も替えが効く上に再生産も可能な駒。俺やここにいる傀儡兵なんて陛下にとっては小指程度のものだろうな」

 

 李信は憐れむように目を細める。

 

「小指と命懸けで殺し合った気分はどうだ?」

 

 そう最期に言い残して李信の体は完全にただの土塊となった。これまでどれほど過酷な殺陣を繰り広げてもつかなかった土方の膝が、ゆっくりと地面へ落ちる。

 李信一人にサーヴァントである自分一人の命が必要だった。だが李信に匹敵する将はまだ五人もいる上、下手すれば復活すらするという。しかもそれは始皇帝という一人のサーヴァントの力の一部に過ぎないのだ。

 なんという出鱈目か。反則もいいところだ。

 これではサーヴァントが幾らいようと勝てる訳がない。最初からこの戦いには絶望しか残されていなかったのだ。

 

(いや……)

 

 そこで土方は思いなおす。

 この世に完全無敵の存在などいない。一見すると完全に映っても必ずなにか弱点や欠陥があるはずなのだ。

 ならばまだ希望はある。サーヴァント一人一人では及ばずとも、劉邦軍にはサーヴァントの力を束ねられるマスターがいる。

 そもサーヴァントとマスターは一心同体。二つ揃ってこそ真の力が発揮される。人類史最後のマスターである彼ならば、必ず始皇帝に対する突破口を見つけられるはずだ。

 

「頼んだぞ……カルデア」

 

 最後に淡い希望を胸に灯し、土方歳三は消滅した。

 そして後には将を喪失し沈黙する傀儡兵とニ騎のサーヴァントだけが残される。

 

「どうすんだよ。俺らの大将死んじまいやがったよ。これからどうすんだ?」

 

「李信が死んだ事は自然と始皇に伝わるだろう。なんたってあいつは始皇帝の宝具なんだからな。差し当たっては大将の最後の命令である劉邦を追えってのを実行するべきだろう」

 

「あいよ。んじゃ総大将は任せたぜ」

 

「なんだ? いいのか?」

 

「下手に大将やって失敗したら責任とることになるからな。俺様は気楽な副将でいさせて貰うぜ」

 

 宋江の狡い理由にもテセウスは嫌な顔一つせず笑うと、その巨体を傀儡馬に乗せる。

 

「んじゃま改めて…………全軍、行軍開始だ!!」

 

 大将を失っても軍は止まらない。テセウスと宋江率いる秦軍は、劉邦軍に迫ろうとしていた。

 




「ダンダラ羽織」
 新撰組の隊服として御馴染の浅葱色の羽織。
 現代でこそ格好良く見えるが浅葱色は田舎侍の象徴だったため、当時の隊士には相当ださく映ったらしく、土方さんは着ることをかなり嫌がったらしい。

「芹沢鴨」
 新撰組局長筆頭。新撰組のトップといえば近藤、土方が先ず思い浮かぶが事実上新撰組という組織の基盤を築き上げたのは誰であろう芹沢鴨である。
 伝わる話によると大層な乱暴者だったそうで、商家への強盗紛いの押し借りなど朝飯前。逆らう商家は焼き討ち、むかつく力士は斬り捨て、他人の妾はレイポォという水滸伝の好漢を思わせるような御仁。
 そんな乱暴さが災いしてか、最終的には近藤一派による暗殺で命を落とす。なおその際、レ○プして寝取った妾も一緒に殺されてたりする。新撰組ェ。
 新撰組からしたら一面ボスにして黒幕みたいな人。

「沖田総司」
 まんま桜セイバーです。

「斎藤一」
 悪・即・斬! 百回くらい牙突させて、百回くらい修正した。

「永倉新八」
 新撰組二番隊隊長にして、隊長としては数少ない明治維新後も生き延びた人物の一人。
 剣の実力もさることながら新選組顛末記の著者として有名で、これが新撰組再評価に繋がったことを思えば、新撰組の人気を作り上げた人物といっても過言ではないかもしれない。
 なお日清戦争が始まると55歳にして抜刀隊に志願して断られたというエピソードが残っている。

「御陵衛士」
 新撰組参謀の伊東甲子太郎が近藤との思想の違いから離脱し、分離独立した組織。
 最終的に斎藤さんの華麗なるスパイ作戦と、新撰組の卑劣な作戦によって粛清される。

「伊東甲子太郎」
 新撰組参謀にして御陵衛士の盟主。
 近藤を筆頭とする新撰組が佐幕派なのに対して、伊東は勤皇倒幕の思想を持っており、それが両者が道を違う原因となった。

「新撰組最強」
 みんな大好き最強議論。もちろん新撰組においても最強議論は盛んで、特に沖田、永倉、斎藤の三人がよく名前が上がる事が多い。
 これは数々の証言が根拠ではあるが、結局のところ三人が命懸けで斬り合いして白黒はっきりつけた訳ではないので、本当に一番強いのが誰かは不明である。
 ちなみにこの三人以外で名前が挙がるのが御陵衛士である服部武雄。彼は御陵衛士が新撰組の待ち伏せにあった際、三十人もの新撰組相手に味方を逃がすため一人で孤軍奮闘したという記録が残っている。
 この手の議論で勝手に最強を決めてしまうのも無粋なので、本作では四人全員最強の一人という扱いである。

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