殿を引き受けた土方は一人、広がる荒野にて秦軍を待ち受けた。
寡兵にて大軍を相手にする場合、軍勢が一度に通れない場所で戦うのがベストであるし、その方法で土方は生前白星を稼いだ事もある。だが今回同じ手は使えなった。これは土方の戦術力云々ではなく、単純に待ち受けるに適した地がないことが原因である。
これが神話の大英雄であれば地形を引き剥がすも塗り替えるも自在なのだろうが、生憎と土方歳三は英霊としての格は三流二流。そんな大層な宝具は持っていない。土方が頼りと出来るのは己自身と、後は口に出すと恥ずかしい限りだが『生前の繋がり』くらいだ。
対する敵は古の大将軍率いる強壮なる軍勢。更には百八の魔星を支配する偽りの星主。
「――――なんと。十分ではないか」
土方が回顧するのは英霊となる前の自分の生涯。
思い返してみれば行き当たりばったりな人生だった。将軍護衛と攘夷活動をするため上京した筈が、何故か京都で治安維持組織をやることになって、最期は蝦夷地で流れ弾に当たって死亡である。時代の流れに逆らい続けた癖に、その場の流れに流され続けてきた生涯といってもいいだろう。薩摩や長州を嘲笑うことなど出来ない。自分が唯一ぶれなかったのは精々が佐幕であるということくらいである。
こうしてサーヴァントという形で蘇っても自分の生涯を振り返り悩むばかり。お世辞にも創作で持て囃されるような大人物ではない。
だがそんな自分にもこの時代では確かな役目が与えられた。
漢王朝を開いた偉大なる高祖。豊国大明神をも凌駕する大出世を遂げた稀代の英傑。そして、
(カルデアの若きマスターにマシュ・キリエライト……。二人ともまだまだ未熟な限りだが、だからこそ無限の可能性がある。焼却された人類史において二人は人類の――――いや、この星に残った唯一の希望)
希望を守り、繋ぐ。それが土方歳三がこの時代に召喚された意味なのだろう。
地面が微かに揺れる。土方の三半規管には馬蹄が大地を蹴る音が聞こえてきた。秦軍のお出ましである。
漆黒の鎧で統一された傀儡兵は、生身の人間で構成された軍隊では有り得ぬ速度で地平線の彼方より出現した。傀儡兵は一人立ち塞がる土方など目もくれず、それこそ路傍の石ころのように眼中に入れず通り過ぎようとする。
「全軍、止まれ!!」
猛牛を思わせる秦軍の歩みは一つの怒号によって整然と停止する。
自然と重みの乗った声は万軍を指揮する将たる証。傀儡兵の中より馬を進ませてきたのは、雑兵とは及びもつかぬ見事な甲冑を装備した騎兵。
前回の戦いは夜だったせいで姿を見てはいないが。同じく人を率いた将としての本能で分かる。あの男こそが秦軍の大将であると。続いて宋江とテセウスも姿を見せた。
「黒いロングコートに脇差し。宋江、あれが?」
「ええそうですよ。あいつが俺を
こんな所に一人で突っ立ってるってことは感動的にも一人で俺達を足止めしようって魂胆なんでしょうし、さっさとぶち殺しましょうや。やられた俺が言っても説得力ねえかもしれねーですけど、あいつ大して強くないんで数で囲ってボコれば楽勝ですよ」
宋江の見下した発言に対して、言われた土方の心には小石が落とされたほどの揺らぎもなかった。
土方歳三は他者からの侮辱を平然と受け流せる立派な人物ではないが、事実を指摘されて怒るほどの小人ではない。宋江の言う通り土方歳三の個人的武勇などは、神話や古代の豪傑と比べれば実に細やかなものだ。大軍団を一人で相手取るなど夢想に等しいだろう。剣士としては格上の沖田、斎藤、永倉が出来なかったことを自分が出来る筈がない。
「さて、それはどうかな」
「は?」
「八割方お前の考えで正解だろうが、何事も決めつけてかかってはいかん。もしもということもある」
宋江の諫言を受けるまでもなく土方歳三の実力を李信は看破している。李信は電光石火の電撃戦こそ得意とする稀代の猛将だが、断じて考えなしの蛮勇の徒ではなく、その本質は戦場にいる一分一秒毎に戦いの空気を吸って成長する学習能力にこそあるのだ。一介の賊徒・宋江に分かる程の事が察せぬ筈がない。
だから李信が敢えて全軍に停止を命じたのは、土方歳三がこの場所に留まったもう一つの可能性について一応の確認をするためだった。
「念の為に問うが――――土方歳三。我が軍に降伏する気はあるか?」
「……それは
「降伏するために敢えて殿軍を引き受けた可能性もあるだろ。もし考えてなかったのなら良い機会だ。改めて考えてみるといい」
「冷酷非情で知られる始皇帝麾下の大将軍とは思えない発言だ。そうやって油断して刀を置いたところを襲おうという魂胆を疑うねえ」
李信は嘆息する。否定しないあたり自分の主君が冷酷な人物という認識はあるのだろう。
「確かに陛下は役に立たぬ人間や、己の意に添わぬ人間に対しては酷薄だ。だが有用な人材には寛容でもある。東夷の出身であるなどは関係ない。元より秦とは外国人を重用することで覇権を握った国。君の現在の主たる劉邦やカルデアでさえ降るというのであれば陛下は用いるだろう。
改めて勧告しよう。土方歳三、降伏し我が軍門に降れ。さすればお前はこの宋江と同じく秦将の一人として迎え入れられるだろう。後の創作で過剰に持て囃された結果の英傑ではなく、真の偉業を成し遂げた英雄になる最後の機会だぞ」
「秦の将か。悪くない」
土方歳三は一般に蝦夷共和国とも呼ばれる榎本政権下において閣僚ではあったが、それは新政府の閣僚職と比べればガラスの刀のようなものだった。見栄えは美しいが切れ味も実用性もなく、しかも脆く壊れ易い。
だが李信の誘いに乗ればサーヴァントの身である事実は変わらないが、押しも押されぬ大帝国の将の一人となれる。活躍次第では李信と同じ大将軍という天上の地位まで昇ることすら夢ではなくなるだろう。
鬼だなんだのと呼ばれようと土方とて人の子である。立身出世や名誉に興味がないと言えば嘘になる。
「が、その申し出は駄目だ。受け入れられない」
土方歳三は大人物ではない。なにを間違ったか後世では持ち上げられているが、長州の桂や薩摩の西郷のように真の偉業を成し遂げた英雄でもないだろう。
けれどそんな自分にも譲れぬものがある。真の偉業は成し遂げずとも、誠の生き様があったのだ。
「生憎と私は死ぬまで降伏しなかったどうしようもない馬鹿でね。自分でも賢くないとは思っているが、なんだかんだで死ぬまで貫いてしまったものを捨てたら私は自分を許せなくなる」
「分かった」
土方の決意に李信はさしたる反応を見せない。生前幾つもの国を自らの手で滅ぼしてきた李信にとって、この手の覚悟などは見飽きたものなのだろう。
「全軍、構えろ」
「やっとですかい。ゴキブリ掃除はちゃっちゃと済まして本命を追うとしましょうかねえ」
「油断するんじゃねえぞ宋江。相手が俺やお前と同じサーヴァントってのを失念するな」
「バッキャロウ。ヤクザが警察相手に油断なんかするわきゃねえだろうが。そいつはこっちの台詞なんだよ、大英雄様よぉ~」
傀儡兵が一斉に槍衾を揃え、宋江とテセウスの二騎も己の得物を出す。
李信は合理主義を指針とする始皇帝の配下。故に土方の覚悟に敬意を表して一騎打ち云々などという展開になることはなく、李信は冷静に数の暴力という最も信頼に足る力を動かしてきた。
何度も言うようだが土方歳三には大軍団を一人で相手する力などない。英霊化にあたって幾らか生前より肉体の
仮に傀儡兵だけはどうにかなったとしても、敵軍には李信、テセウス、宋江という実力者までいるのだ。これでは足止めどころか瞬殺されるのがオチだろう。
しかし土方は名将ではないかもしれないが愚将ではない。劉邦に一人で十分と啖呵をきったのは、きちんとした根拠あってのことである。
要するに一人で駄目なら皆の力を借りればいいのだ。
「――――大将軍李信、英霊テセウス。私には君達のように華々しい戦果や偉業がやるわけでもない。この人類史に影響といえるだけのものを残さなかった。
ああ、宋江。物語によって本来の人物像を完全に上塗りされたお前には共感すら覚えるよ。だが勝手に共感して勝手に否定してすまないが、私とお前は違う。何故ならばお前と違って俺には確かに誇れる誠があるのだから」
土方の纏っていた黒いロングコートが粒子となって雲散すると、変わりに装備されたのは新撰組の隊服として余りにも有名で、そのために確固たる信仰を得るに至った浅葱色の羽織だった。
「芹沢が持ってきた時はダサくて着る気がしなかったが、今となってはこれも懐かしい」
笑いながら掲げたのは新撰組の象徴たる〝誠〟の旗印。
出身も身分すら超えて多くの志士達がこの旗の下に集い、共に生き、語らい、戦った新撰組の誇り。
常勝将軍や幕末屈指の名将など後世の作り上げた虚飾の英雄像に過ぎないかもしれない。新撰組など人類史という大きな枠組みにおいてはあってもなくても変わらぬ路傍の石ころに過ぎぬのかもしれない。
それでも自分達が『誠の旗』の下で戦ったあの日々は嘘偽りない本物なのだ。例え神仏や帝だろうと、これだけは覆せない。させなどしない。
土方が掲げた『誠の旗』に秦軍は目もくれなかった。足の速い騎兵を先頭にして一瞬で踏み潰さんと土方に迫ってくる。
「情けない事を言ってすまないが、私一人じゃ殿軍の役目をこなせそうにない。頼む。もう一度、私と一緒に戦ってくれ」
迫りくる騎兵には目もくれず土方は虚空に向かって話しかける。
その瞬間。突撃してきた十体はただの一体の例外もなく解体された。
「水臭いじゃないか
「というか頼まれなくたって駆けつけますよ! 土方さんとまた一緒に戦えるなら」
サーヴァントである土方は自分の『宝具』がどういうもので、発動した場合どのような現象が起きるのかも予め知っていた。
けれど懐かしい声を聞いた瞬間、土方の胸中を満たしたのは喜びだった。思わず目から熱いものが流れそうになるのを、土方は副長として努めて抑え込む。
「近藤さん、沖田。私も同じ気分だよ。またこうして二人と『新撰組』として戦えるんだから……っ!」
「土方さん。近藤局長や沖田隊長と再会できて嬉しいのは分かるけど、俺達も忘れちゃ困るぜ。入隊時期は遅くたって俺達だってアンタに惚れぬいて誠を背負った隊士なんだから。
っていうか沖田隊長って本当に女の子だったんっスね。山野からは聞いてたけど酒の席の冗談と思ってたんで驚きましたよ」
「俺は隊長のことを冗談の種にするほど悪党じゃないぞ。あ、沖田隊長! またお会いできて光栄です!」
「拙僧も及ばずながら参上した。土方殿、終生を御供することは出来なかった身でよければ、どうかこの身を役立てて頂きたい」
大野、山野、それに斎藤一諾斎。一番隊隊士だった山野を除けば、京都を出てからの仲間達も『誠の旗』に集まった。
そして土方の掲げた旗をさも当然のように手にとって揚げた者が一人。
「俺の仕事とらないで下さいよ。旗持ちは俺の役目でしょ、土方さん」
そう言って悪童のように笑ったのは尾関雅次郎。
尾関の発言に土方も近藤も沖田も誰も異を唱えなかった、そう、やはり新撰組の旗はこの男が持っていてこそ〝らしい〟というものだろう。
「知らない顔に見ない顔が半々。私の死んだ後もなにかと大変だったそうだね」
「俺は気が進まないが人類史焼却なんて非常時じゃ仕方ない。手を貸してやる。それとも粛清組の手なんて無用か?」
「離反しておいて今更なにをと思うかもしれないですけど、どうかまた一緒に戦わせて下さい!」
次に土方の前に現れたのは意外な人物達。
山南敬助に武田観柳斎、そして藤堂平助。三人とも内部粛清によって新撰組自らの手で殺めてしまった隊長達である。
自分達を憎んで然るべき彼等までもが来てくれたことに、土方は感激を抑えきれず、副長として毅然としていなければならないにも拘らず破顔してしまった。
「ああ……ああ、勿論だとも! 一緒に戦おう!」
「んんっ? 山南さんや藤堂はさておき観柳斎まで許されたってことは俺達途中離脱組の参加も問題ねえよな」
「よく言うぜ原田。近藤さんと土方が揃って駄目って言っても勝手に参戦する癖によ」
「あったりめえだろうがっ! 史書で眺めるだけだった古の名将相手に戦えるなんて面白ぇ戦! 参戦しなきゃ男が廃るってもんよ!」
「そりゃそうだ。ああくそっ! 密航してでも露西亜との戦に出張ってりゃ良かったぜ!」
「新八。日露戦争時の自分の年齢をもう一度思い出してみろ」
「ちぇっ。いいよなお前ぇは。西南戦争で薩摩人共を殺しまくれたんだからな。流石は天下の新政府の警察官様だ」
「――――――新八。鼻の穴を三つに増やしたいのか?」
「おっ! 喧嘩か? いいねぇ! やれやれ、やっちまえ! お前等がやりあって白黒つけりゃ後世の最強議論が短縮されるぞ!」
「こらこら。永倉も斎藤も折角こうして皆が集まったのに早速身内同士でやり合ってどうするんだい? 原田も煽らないで」
「はは、は」
同じ旗に集えども重んずるべきものの違いによって袂を分かった斎藤、永倉、原田。もう会えないと思っていた三人に会えた嬉しさに土方の胸ははち切れんばかりだった。更には土方含めた全隊士に〝源さん〟と親しまれた井上源三郎。彼の丸っこい頬笑みを見るだけで、土方の口内には彼の漬けたタクアンの味が蘇ってきた。
近藤勇、土方歳三、沖田総司、井上源三郎、山南敬助、斎藤一、藤堂平助、原田左之助。これで初期新撰組の中核を担った試衛館組は全員が揃った。
そして最後に現れたのは土方亡き後の新撰組の幕を一身に承った相馬主計。
「こうして局長や副長や隊長達が勢揃いすると壮観ですね。一人の隊士としてこの光景の末席を汚せただけで新撰組に入って良かったと思える程に」
「〝末席〟なんて何を言ってる?」
土方は相馬主計の肩を掴むと、最前列に並ばせる。位置的にそこは近藤と土方に挟まれる――――見方によっては相馬主計こそが頭であるかのような場所だった。
当然そんな場所に引っ張り出された相馬主計は恐れ多いと慌てる。だが隊士の誰もそれに異議を唱えることはなかった。
近藤や土方のように頭として華々しい活躍をした訳ではない。相馬主計が最後の新撰組局長としてやったのは敗戦処理。賊軍の将としての責任をとることだ。だがそれが華々しい活躍などより遥かに過酷で厳しい戦いであったことを、近藤も土方も――――否、全ての隊士が知っていた。
相馬主計の目から一筋の涙が伝う。けれど誰もそれを指摘しない。それが男の礼儀だった。
「どうだ、真の英雄達。これが私の生涯。私が唯一お天道様に誇れるものだ」
集まった隊士はばらばらだ。隊服一つとってもダンダラ羽織や黄染め黒染めに洋装などなどが入り乱れている。本物の武士階級出身者もいれば商人出や農民出に坊主出までいた。
だが彼等にはたった一つだけ共通点がある。〝誠の旗〟の下で共に戦ったという繋がりが。
京を震撼させた最強の剣客集団は、この古の大陸にて再び集結した。
「行くぞぉぉぉおおおおおおおおおッ!!」
三局長による号令。敵軍総数が自軍の数十倍以上などもはや彼等の目には入らない。
壬生の狼達は我が意を得たとばかりに獲物の腹へ喰らい付いていった。
【元ネタ】新撰組
【CLASS】アサシン
【マスター】???
【真名】土方歳三
【性別】男
【身長・体重】168cm・58kg
【属性】秩序・悪
【ステータス】筋力C 耐久E 敏捷A 魔力C 幸運C 宝具B
【クラス別スキル】
気配遮断:A
暗殺者として自身の気配を断つ。隠密行動に適している。
自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。
【固有スキル】
拷問技術:A
拷問器具や日本刀を使ったダメージにプラス補正がかかる。
カリスマ:D(B)
大軍団を指揮する天性の才能。
隊士達から母のように慕われていたという。
軍略:E(C)
一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
土方本人の将才は並みよりやや上といった程度だが、後世のイメージと過大評価により名将に匹敵する指揮能力を獲得している。
【宝具】
『
ランク:C
種別:対人宝具
レンジ:1
最大捕捉:1人
浅葱色の羽織。幕末に京を震撼させた人斬り集団「新選組」の余りに有名な装束が宝具へと昇華されたもの。
装備することによりパラメーターを向上させ、カリスマと軍略のランクを上昇させる。
『
ランク:B++
種別:対軍宝具
レンジ:1~80
最大捕捉:300人
誠の一字を掲げる新選組の隊旗。この旗を掲げた一定範囲内の空間に新選組の隊士を召喚することが出来る。
各々の隊士は全員が独立したサーヴァントであるが、宝具は持たず戦闘能力はピンキリである。
他にも全員がランクE-相当の『単独行動』スキルを保有しているため、短時間であればマスター不在でも活動可能。
この旗は新選組の隊長格は全て保有しており、発動者の心象により召喚される隊士の面子や性格が多少変化する。
土方が使用した場合、試衛館から蝦夷地までの歴代隊士が一堂に会することになる。