Fate/Another Order   作:出張L

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第2節  名も場所も知らぬ森

人理定礎値 EX

第αの聖杯:“大漢の高祖”BC.0208 混沌隔離大陸 ファースト・エンペラー

 

 

 

 

 空間に魂が沈んでいき、次に目を開くと――――そこは一面の緑だった。青々と茂る木々に、虫達の奏でる音色。むしむしする湿度と照りつける日光。

 考えるまでもない。ここは森の中だろう。レイシフトが成功していたのなら、自分は紀元前208年の中国の何処のはずだ。

 

「イレギュラーに発生した特異点でしたので、少々不安もありましたが肉体面(フィジカル)にも精神面(メンタル)にも問題はないようです。先輩は如何ですか?」

 

「大丈夫」

 

 試しにピョンピョンとその場で跳ねて、深呼吸してみるが肉体に不備は感じられない。至って健康体だ。

 

「フォウフォウ……フォーウ!」

 

 フォウが自分も元気だと主張するように鳴き声を出す。

 自分とマシュにもフォウにも問題はない。となると早急に解決するべきなのは、自分達がいる現在地が何処か知ることだろう。聖杯を見つけ出して定礎を復元するにしても、スタートラインが何処なのか知らなければ出発のしようもないのだから。

 

「ところでドクター。ここは中国大陸のどこら辺なのでしょう。恥ずかしながら中国の地理に詳しくないので皆目見当がつきません」

 

 自分の心中を察してくれたのか、マシュがロマンに質問する。

 つくづく出来た後輩――――いや、仲間だと思う。

 

『……………』

 

「?」

 

 しかしロマンの反応は芳しくない。というより黙り込んでいた。

 わりとお喋りなロマンが沈黙するとは只事ではない。これはマシュの質問が聞こえないほど思考に没頭しているか、もしくは答えたくても答えられないかだ。

 そして空間に投影されているロマンの渋い顔からするに、

 

「もしかして、何処か分からない……とか?」

 

「っ! そうなんですか、ドクター?

 

『すまない。不甲斐ないことにその通りだ。君達がいるのが紀元前208年で居る場所もしっかり観測できているんだけどね。どうやら第三特異点の時と同じ事がそこでも起きているらしい』

 

「第三特異点というと」

 

 反射的に思い出したのはフランシス・ドレイク、黒髭、イアソンといった船長達。そして一面に広がる大海原と点在する陸地だった。

 第三特異点は聖杯の影響で歴史どころか地形そのものが歪んでしまっていた。それと同じ現象が起きているということは、

 

「中国大陸の地形が、変わっている?」

 

『恐らくそうだろう。第三特異点ほどしっちゃかめっちゃかじゃないけど、中国大陸全体が目茶苦茶に繋ぎ合せたパズルみたいになっていて、地理がまったく把握できない』

 

 現在地も分からず森の中でマシュと二人きり。もしかしてこれは所謂遭難というやつではないだろうか。

 これまでも決して優しい戦いではなかったけど、初っ端からここまでお先真っ暗なのは初めてかもしれない。

 

『あ、けど安心して欲しい。この森は然程深くはないし、人の反応が近くにある。北に真っ直ぐ行けば着くはずだよ。反応の数と弱さからたぶん小さな集落か何かだね。

 都合が良いことにそこは霊脈の上にあるみたいだから、ターミナルポイントを設置できる。先ずはその集落を目指そうか』

 

「確かにここでこうしていても無為ですからね」

 

「ああ。それにこの時代の人と話せば、この時代に起きている異変について知れるかも」

 

 当面の目標は決まった。後はロマンの案内で集落を目指すのみ――――だったのだが、その一歩を踏み出す直前。ロマンが警鐘を鳴らす。

 

『待ってくれ。君達のいる場所に複数の気配が近づいている。これは……』

 

 ロマンが言い終わるのを待たず、その気配は自分達の前に姿を見せた。

 

「あぁ? なんだこいつ等。見ねえ格好(ナリ)してやがるな」

 

「匈奴だか何かの異民族だろう。けど綺麗な顔してやがるぜ。金目のものたんまり持ってそうだ」

 

「しかも一人は女だァ! 最近やってねえしたっぷり楽しませてもらわねえとなぁ」

 

 茂みから出てきたのはボロ服を纏った野卑な男達。もはや推理するまでもなく、どっからどう見ても山賊だった。

 

「ドクター……」

 

『うん。魔力反応は一切感じられない。ただの山賊みたいだ。取り敢えず適当に戦闘不能にしてからこの時代のことを聞き出そうか』

 

「分かりました。下がっていてください、マスター」

 

「頼むよ」

 

 マシュはサーヴァントの力を継承したデミ・サーヴァントとして、幾人もの敵サーヴァント達と戦ってきた。サーヴァントは人類史に名を残した英雄偉人達ばかりだったので、一度として楽な戦いなどなく、いつもピンチの連続だった。

 そのマシュが今更ただの山賊程度に慄くはずもなく、いつもの調子で山賊の前に立った。

 

「あぁ? なんだ女ァ。やけにでっかい盾なんざ構えやがって。まさか俺達とやるつもりかい?」

 

「だったらやめときな。俺達は嘗て周文将軍の指揮下で秦を後一歩のところまで追い詰めた歴戦の豪傑」

 

「テメエみてえな細腕じゃ――――」

 

「はっ!」

 

『ぷれら!?』

 

 二秒で戦いとも言えぬ殲滅は終わる。盾の一閃であっさり三人仲良く気絶した山賊は、大地に接吻する羽目になった。

 それにしても弱い。サーヴァントと比べるまでもないにしても、これまで戦ったどの時代の兵隊より弱かった。戦いの素人である自分がはっきり『弱い』と認識できるくらいなのだから相当だろう。

 

『陳勝王の将だった周文が率いていた兵士は、殆どが碌に訓練を受けていない農民や賊崩れだった。しっかり訓練を受けたローマ兵やフランス兵と比べちゃ弱くても当然だよ。周文将軍が武器にしたのは質じゃなくて数だったしね』

 

 ロマンが補足する。

 陳勝は中国史上初めての農民反乱を起こした英雄だ。だからなのか彼等の力の根源は上流階級出身の武士ではなく、最下層から空へ向かって突き出す泥だらけの拳だったのだろう。

 といってもこの連中を見る限り兵士のモラルはかなり低そうだが。農民反乱なんて一皮むけばこんなものといえばそれまでかもしれない。

 

『それよりどうする? この三人が起きるまで待つかい。医者としての見解を言わせてもらうと、結構きつい一撃を貰っちゃっているみたいだし、命に別条はないにしても当分起きそうにないけど』

 

「……すみません。気絶させるのではなく、動けなくする程度に力を弱めるべきでした。修行不足です。努力します」

 

「フォーウ」

 

「そんなことない。マシュは十分よくやってるよ」

 

 けど困った。この三人からも情報は入手しておきたいが、出来れば早く集落へ行ってターミナルポイントを設置したい。

 この三人を連れて行くにしてもマシュに運んで貰うのは色々と抵抗があるし、かといって大の大人三人を運べるほど自分は力自慢ではなかった。

 

「仕方ない。ここに置いて――――」

 

『なっ! この反応は……っ! 不味い!! 二人とも今すぐそこから離れるんだ!』

 

「!」

 

「ドクター?」

 

「フォウ!」

 

『君達のいる場所にランクEXクラスの超級サーヴァントが凄まじい速度で接近してる!!』

 

 ランクEX。それは通常規格に当てはまらない規格外の証だ。これまでも幸運値がEXのドレイクや、妄想力(宝具)がEXの清姫などのサーヴァントはいたが、サーヴァントそのものがランクEXクラスなんていう怪物と遭遇するのは、ソロモン王を除けば初めてのことだ。

 

『理由なんてさっぱりだけど兎に角早く! 今の君達じゃ単独で相手するのは厳しすぎる!!』

 

 ロマンの言う通り。今の自分とマシュでは相手にするのは厳しいだろう。悔しいがここは逃げるしかない。だが、

 

『駄目だ。もう遅い。もう逃げられない』

 

 カルデアのダ・ヴィンチが絶望的現実を突き付けた。

 瞬間、世界が漆黒の帳に覆われる。だがそれは本当に刹那のこと。刹那自分達の世界を暗闇にしたのは、余りにも巨大な烏のように馬だった。

 軽々と6mは跳躍した黒馬は地響きをたてて地面に着地した。

 恐る恐る視線を上げる。馬上には――――――孤高の〝覇者〟がいた。

 


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