使用者は違えど発動された宝具は同じである。そのため再び入ったラビリンスは以前のそれと変化はなかった。
ラビリンスを徘徊する髑髏のモンスター達。迷宮の奥から臭ってくる瘴気と、心を締め付けてくる閉塞感。オケアノスで体感したものと一切違いはない。
違いがあるとすればそれは迷宮ではなく自分達の方だろう。あの時は自分達以外にもランクにしてEXという規格外の幸運値をもつドレイクがいた。故に本来なら脱出不可能の迷宮も『運良く』攻略できたわけだが、今回はそうはいかない。
「ドクター。沛公と樊噲将軍……それとテセウスのいる座標とかは分かりますか?」
『すまない。ダ・ヴィンチちゃんと頑張ってはいるんだけどね。流石にその迷宮内ではサーチが上手く働かない』
「そうですか」
一度入れば脱出不可能だからこその大迷宮。その不可能を可能にしたからこそテセウスは英雄となったのだ。やはりというべきかカルデアの技術で一朝一夕でどうにかなるようなものではなかったらしい。
『けど朗報もあるよ。具体的な場所は不明でも、その迷宮内にはサーヴァント反応以外にも二つの生体反応がある。死んでしまえば生体反応は感知されないから、沛公と樊将軍の二人が生存しているのは間違いないよ』
「本当ですか! これで後はお二方を見つけるだけですね、先輩」
「それが難しいんだけどね。でも良かったよ」
死を賭して迷宮に入ってみれば、そこには躯となった二人が転がっていた――――なんて酷いオチは免れたようでなによりだ。
後は迷宮内を彷徨っている二人を発見すれば一先ずの目的は達成される。問題となるのは、どうやってこの迷宮から二人の人間を見つけ出すかだが。
「ディルムッド。なにか迷宮について良い攻略法とかは知らないか?」
困った時のサーヴァント頼み。この中で一番修羅場(女性関連のものではなく)を潜りぬけているディルムッドに尋ねてみる。
「有名な迷宮の攻略法としては壁に左手をつけながら進む『左手法』などがありますが、これは内部にスタートとゴールがある前提で有効な手法。この迷宮では使えないでしょう。
まして我等の目的は迷宮から出ることではなく、迷宮内にいる二人を発見すること。申し訳ありませんが俺に出来る助言など精々物音に注意を払い進むという常識的なことしか。
二人を発見できるよう大声を出しながら進むという手もありますが、こちらは迷宮に潜むテセウスに我等の居場所を教えているようなもの。余りお勧めは出来ません」
「むむむ……」
やはり現実にはゲームなどにはよくある裏技や手軽な攻略法などないらしい。こうなったら地道に足で探しまわる他ないだろう。
外では土方達が秦相手に防衛戦を繰り広げているので出来る限り直ぐに迷宮を脱出したかったが、他に手段がないのならばやむを得ない。
覚悟を決める。こうなれば一日でも一週間でも……いいや例え一カ月費やそうとも、絶対に二人を見つけ出して脱出するのだ。
「お。あのデカイのかと思えばカルデアの三人組がいるべ。おーい、樊噲! 助けが来たみてえだぞー!」
「って見付かるの早っ!」
余りの呆気なさに思わずツッコミを入れてしまう。
悲壮な決意を裏切るように余裕綽々といった様子で手を振りながらやって来たのは劉邦。一緒に取り込まれていた樊噲もいる。
これには難しい顔で迷路の蘊蓄を語っていたディルムッドの目が点だ。
「悪ぃな。あのデカいのの目的は俺みたいだし、察するにお前さん達は俺を助けにこんな所に来たんだろう? 外様だってのに迷惑かけたな」
「私からも礼を言わせてくれ。幸い義兄上と合流できはしたが、出口が見つからず困っていたところだ」
劉邦と樊噲は笑顔だが、こちらとしてはいきなり過ぎる展開についていけない。
「あ、あの。つかぬ事を尋ねますが沛公はどうして私達の場所が?」
「ん? どうしても何もお前たちを見つけたのは偶然だべ。いや流石の俺もいきなり始皇帝の墓みたいな所に閉じ込められて最初は混乱したぜ。けどちょっと歩いたら樊噲と合流できたし、こうしてお前たちとも会えたしなんとかなるもんだな。ははははははははっ!」
『……理屈も道理もまるで無視した迷宮攻略。これはあれだね。キャプテン・ドレイクと同じだ。出鱈目な幸運のなせる技だよ』
無知とは恐いものだ。呑気に笑う劉邦には自分が神話の迷宮を潜りぬけたなんていう実感はないのだろう。
戦闘で直接的な影響力があるわけではないが、勝利の女神を優先的に引き寄せる。幸運の重要性を改めて認識した。
「そんなことより沛公、外では秦軍が攻勢をかけています。今は土方さんや曹参将軍が指揮をとってますけど、敵にはサーヴァントの宋江もいます。直ぐに戻らないと」
「な、なにぃ! つぅことはデカいのの狙いは俺を閉じ込めてる間に城を落とすことだったのか……? やべぇな、急いで戻らねえと。三人とも、早ぇところ出口に案内してくれ」
旗上げから数々の困難を乗り越えてきた劉邦には、今がどれほど不味い状況なのか瞬時に分かったのだろう。冷や汗を流しながら急かしてくる。
だが心苦しいことに自分の口は劉邦の望む答えを言う事が出来ない。
「……………出口は、ありません」
「え?」
「俺達はドクターの開いたゲート――――空間の裂け目みたいなものから迷宮に侵入してきたから、明確な入口から入ってきたわけじゃないんです」
「だったらあの儒者みてえな道士にまた開けて貰えばいいじゃねえか?」
『無理ですよ、沛公。迷宮は中に入った者を逃さないための牢獄。入る事は簡単でも、出るのは難しい。こちらから沛公様達を脱出させるのは無理です』
「お、おいおい。おっかねえこと言わねえでくれよ。いやぁ、困っちゃうなぁ~。驚いちゃうなぁ~。そんな顔してちゃんと脱出方法はあるんだろ! な、な、な? こんな所に一生幽閉なんて死ぬことの次に御免だぞ」
「安心してください。脱出方法はあります。それはテセウスを――――この迷宮を発動した者を倒すことです」
「それって、俺を殺そうとしたデカいのを殺せってことか?」
「……はい」
アステリオスの迷宮はアステリオス自身の任意、またはアステリオスを倒すことで解除することが出来た。
所有者が別だろうと宝具が同じなら解除方法も同じなのは道理。迷宮の主であるテセウスがこの迷宮から消えれば、発動者を失った宝具は消滅するはずだ。
「しゃあねぇ。あんなのと戦うなんざ二度とは御免だが、戦わねえと死ぬってならやるしかねえ。カルデアの諸君、そして樊噲! 頑張れよ!」
「……………」
即座に戦う覚悟を決めたのは流石だが、自分自身でまるで戦う気がないのは如何なものだろうか。
君子危うきに近寄らずなんて諺もあるのである意味主君としては正解なのかもしれないが、そこはかとない駄目人間臭が漂うのは何故だろう。
「まぁ確かに義兄上を襲った――――テセウスと言うのでしたか? そのテセウスは中々の豪の者でしたが、目算ではディルムッド殿とマシュ殿の二人の助力を得られるのなら勝てない相手ではない」
「樊将軍。それは英雄テセウスを知らないが故の驕りというものだ。テセウスは彼のヘラクレスと並び称されたほどの大英雄。保有する宝具が迷宮だけとは思えない。まだ何か奥の手を隠し持っているはず。油断は禁物だ」
「むっ。ディルムッド殿にそうまで言わせるか。西方の事は知らないが、貴殿ほどの武人がそう言うのであれば頷こう」
「――――やだやだ。ヘラクレスと並び称される、なんて。どうせなら過大評価じゃなくて過小評価してくれたら楽なんだがねえ」
「っ!」
その時だった。柱のように巨大な鉄棒が、轟音をたてながら劉邦の頭蓋目掛けて振り下ろされた。
補足ですが劉邦の幸運値はドレイク姐さんと同じEXランクです。