Fate/Another Order   作:出張L

15 / 77
第15節  疑心

 公孫勝を見つけ出すという目的を遂げられなかった劉邦軍は、一先ず拠点である碭の城へと戻った。

 カルデアには劉邦軍から離れて独自に公孫勝捜索を続行するという道もあったが、それはロマンとディルムッドの二人が反対したことで却下となった。

 中国大陸は広い。しかも加えて特異点化の影響で地理が滅茶苦茶になっているのである。大陸を駆けずり回って虱潰しに探すなんていうのは現実的ではない以上、ある程度の情報力を備えている劉邦軍と共に拠点へ戻るのがベストだというのがロマンの考え。そして敵の戦力が分からない以上、戦力分散の愚を犯すのは宜しくないというのがディルムッドの考えだった。

 ディルムッドの指摘は正しい。あの始皇帝が聖杯を握っているのであれば、支配下にあるサーヴァントが宋江と李逵の二人だけというのは考え難い。確実に他にもサーヴァントがいるはずだ。これまでの特異点を踏まえるに最低でも後二人以上いるのは固い。

 対してカルデアのサーヴァントはマシュと、現地で契約したディルムッドの二騎だけ。土方はあくまで劉邦軍の将だ。

 宋江と李逵の二人だけでも手古摺ったというのに、他のサーヴァントまで一緒になって襲われれば一溜まりもないだろう。

 理由は違えどもカルデアの司令官(仮)と一向で最も修羅場を潜り抜けてきているディルムッドの意見が合致すれば、それに異を唱える者は誰もいない。こうしてカルデアも劉邦軍と一緒に碭へ向かう事になった。

 軍を伴っての移動である。傀儡兵のように休みなしで行軍できる筈もなく、丸一日を費やして碭へ到着した時には既に日は落ちかけていた。

 

「昨日は色々あってお前さん達も疲れたべ。無理して体調崩されでもしたら俺達にとっても大損なんだ。今日はゆっくり休むといい。土方、部屋を案内してやれ」

 

 デミ・サーヴァントであるマシュはそうでもないが、マスターの方は生身の人間である。慣れぬ時代と国にきてからの激戦に次ぐ激戦。疲労は溜まりに溜まっていた。それ故に二つ返事で頷き、用意された部屋に案内されて行った。劉邦の瞳に潜む冷たい色に誰一人として気付かぬままに。

 そして夜の帳が落ち、カルデアの面々が寝静まった頃。

 

「沛公。土方歳三、戻りました」

 

 カルデアの面々を『劉邦の命令』で見張っていた土方が、報告の為に劉邦のいる部屋へ入ってきた。

 

「入れ」

 

 土方が来ることを事前に知っていた劉邦は、平時であれば親友と弟にしか踏み入らせない自室へあっさりと入る許可を出す。

 入室すると劉邦の他に樊噲と夏侯嬰の二人が控えていた。両名とも挙兵以前から劉邦と付き合いのあった側近中の側近である。武勇もさることながら『忠誠心』という点でも劉邦軍でトップクラスの人物といえるだろう。

 

「おう、御苦労。それでカルデアの連中はどうだった? 裏切りの相談でもしてやがったか?」

 

「――――」

 

 危ないところを助けられ、つい先刻には気遣う言葉をかけた相手に対して、劉邦は臆面もなく疑いを口にする。

 土方はカルデアに見せた『気の良い歳さん』でも『冷血な死神』でもない事務的表情で淡々と答えた。

 

「いえ。気配を殺して監視していましたが、少し今後のことを相談しただけで直ぐに眠りにつきました。純粋なサーヴァントであるディルムッド・オディナは眠らず主人の護衛に務めていましたが、少なくとも裏切りや内通の様子は欠片も」

 

「そうかい。あの色男はまだ良く分からねえが、坊主と嬢ちゃんは狡い真似できそうにねえ面構えだったから予想通りだわな」

 

 劉邦の記憶に新しいのは、公孫勝の情報を聞き出す際にマシュが少女を庇ったことだ。それからのやり取りも実に清く美しいものだった。

 ああいう人間は裏切りや内通などの『外れた』真似はやらないだろう。仮に理由あって裏切るにしても真っ向からやってくるはずだ。

 

「義兄上。余り言いたくはないのですが、警戒し過ぎでは? 確かに彼等は異国……それどころか異なる時代の人間だそうですが、我々を助けてくれたのですよ」

 

「そうだぜ、兄貴」

 

 樊噲の意見に同調したのは夏侯嬰。

 

「二人だけじゃねえ。腹を割って話せばあのディルムッドも中々良い奴だったぜ。もうちっと信用していいと思うがな」

 

「――――まぁ、一理あるな。だが二人とも忘れてるべ。あの連中はうちの将になった土方と違って、あくまでも客将。もっといや一時的な共闘関係に過ぎねえんだぜ。今は目的が一緒だから一緒に戦ってるが、もし俺達の目的が変わったら敵に回ってもおかしくねぇんだ」

 

「目的が変わる……義兄上は秦打倒を止めるおつもりなのですか!?」

 

「声がでけぇよ」

 

「し、失礼しました。しかし反乱を起こした我々が今更になって矛を収めるなど出来るのですか?」

 

「さぁな。だが俺はあの項羽と違って特に秦に怨みがあるってわけでもねえ。ぶっちゃけ秦が天下を牛耳ろうと過去と未来が焼却されてようと『今』の俺がそこそこ幸せに生きてられるんならそれで良い」

 

 劉邦がこれまで秦相手に命懸けの戦いを繰り広げてきたのは、なし崩し的に反逆者になった自分が生き延びるには、秦を討ち滅ぼす以外に道がなかったからだ。

 もし始皇帝復活により状況が変わりつつあるのならば、態々秦を倒さずとも生き延びる道が見つかるかもしれない。だったらそちらの道に移るだけだ。

 生憎と劉邦は世の英雄のような大層な正義なんてありはしない。天下を統べる大望なんて欠片もないし、民草が苦しもうと自分に関りがないなら激しくどうでもいい。だからこんな英雄らしからぬ選択肢も普通に考慮に入れるのだ。

 

「まぁ始皇帝つったらガチガチの法家で有名だ。都合よくそんな道が見つかるとも思えねえし、となるとやっぱ戦うしかねえんだろうが。

 その為にもカルデアの連中とも良い関係を築いていきたい。あいつ等の戦力は大きいし、敵に回すことだけは避けたいからな。

 ただ口を酸っぱくして言っておくが、お前等も『信用』はしても『信頼』まではするなよ。あいつ等は所詮は外様。最低限離反の可能性は頭に入れておけ」

 

「「…………」」

 

 二人の忠臣は神妙に頷く。知恵者という訳ではないが地頭はそれなりの二人は、共に劉邦がどうして自分達にだけその話をしたかも弁えていた。

 

「土方も悪かったな。新参のお前にこんな仕事させて」

 

「気遣いは不要です。私も生前は新撰組――――治安組織の副長だった身。内を固める意義は理解しているつもりです」

 

 それなりの知名度を得た組織で新撰組ほど内ゲバの多かった組織は珍しい。脱走者なんて数えるのが馬鹿らしくなる程であるし、幹部級の隊士や果ては先代局長までもが粛清によって命を落としている。土方も副長として内部粛清を行ったことも一度や二度では済まない。

 そんな土方だからこそ劉邦から与えられた命令に文句などつけず従ったのだ。恐らく劉邦はそういう性質を見抜いたからこそ、新参である土方にこういった仕事を任せたのだろう。

 

「治安組織ねえ。そういやお前はこの時代より千年以上も先の未来の英雄だったな」

 

「はい。大ざっぱには二千年ほど先の未来で生まれました。といっても自分が〝英霊〟なんてものに祀り上げられていることには違和感を感じますが」

 

「だったら正しい人類史における俺の未来も知ってるってわけだ」

 

「知りたいのですか?」

 

「どうだろ。知りたいような気もするし、知りたくねえ気もする。知れば未来に対する覚悟は出来るんだろうが、知っちまったら最後もう未来が確定しちまいそうでなぁ」

 

 更に言うなら人類史は焼却されているとのことなので、特異点修復をしない限り未来を知ったとしても無意味だ。

 しかも修復したら修復したらでこの会話も『なかったこと』になるので、やはりどちらにしても無意味である。

 

「やっぱやめとくわ。下手に聞いたら藪をつついて蛇を出しそうだ。祟り神には触らないのが吉ってもんだべ」

 

 過去と現在でさえ重い荷物だというのに、未来まで背負うなんて御免蒙る。劉邦はあっさりと未来を振り払った。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。