Fate/Another Order   作:出張L

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第14節  腸の蛇

 集落から撤退し、自軍の陣に戻った宋江は荒れに荒れていた。

 外道でもなんだかんだで一軍の将たる器量はあるため配下に八つ当たりこそしていなかったが、それでも顔に浮かぶ不機嫌さは隠しようもない程である。

 それに『配下』にこそ当たらなかったが『所有物』に対してはそうではなかった。宋江の幕舎には首を刎ねられたり、胴体を引き裂かれたりして惨殺された女の死骸が数体ほど転がっている。彼女達は宋江が方々の村で略奪した〝戦利品〟だった。

 

「ああくそっ……腹立たしい……っ! 忌々しいんだよ……糞がっ!」

 

 唾を吐き捨て、宋江は足元に転がっていた石ころを踏み砕く。

 しかし石を砕き、女を惨殺しようと宋江の表情は一向に曇る事はなかった。

 

「兄貴ぃ~。そんなピリピリしないでもっと気楽にいこうよ」

 

「あぁ?」

 

 兄貴分の苛立ちを見兼ねて李逵が宥めるように言った。

 

「今回は劉邦に邪魔されたけど、百八の魔星は巡り合う運命にあるんだ。今の兄貴は知らないかもしれないけど、呉先生が言ってた事だから間違いない! だからいつかあの皇帝の言った通り公孫勝と会えるって!」

 

 李逵としては足りない頭で精一杯に絞り出した言葉なのだろう。しかしながら李逵の慰めは宋江の苛立ちに油を注いだだけだった。

 

「宿命だって?」

 

 血管を浮かび上がらせる程の怒気を発し、宋江は剣を李逵に突き付けた。

 

「何度言えば分かるんだバッキャロウがッ!! 百八星も梁山泊も知らねえ! 宿命なんざ俺とは一切合財関係ねぇ!」

 

「わわわ。落ち着いてくれよ、兄貴。別に俺は兄貴を怒らせるつもりはなくて……」

 

「だったら黙って寝てろ! テメエに出来ることなんざ斧振り回して敵ぶっ殺すだけだろうがっ! 余計なことしてんじゃねえ!」

 

「ご、ごめんよ」

 

 敵軍には悪鬼の如き殺戮ぶりで鉄牛と恐れられた李逵も、宋江相手には借りてきた猫だった。

 身長2mの巨漢が幼子のように怒鳴られしゅんとする様は一見シュールだったが、李逵が子供がそのまま大きくなったような性格をしているだけあって違和感はない。

 

「っていうかテメエ。俺が陛下の言いつけを守れなかったことに苛々しているだとか、そんなお目出たい勘違いしてるんじゃねえだろうな?」

 

「え? 違うの?」

 

「バッキャロウ。上品な英雄様と違って俺様は下品で下劣で下種な盗賊なんだぜ。自分より強ぇ相手に逃げ出すなんざ日常茶飯事。自分が助かる為なら役人の足だって舐める男だぜ。任務放棄して逃げることなんざどってことねえっての」

 

「じゃあ何に怒ってるんだ?」

 

「決まってんだろうが。これだ……忌々しい『宋江』だ」

 

 宋江が指さしたのは自分自身。より正確には宋江の中に存在するもう一人の『宋江』だ。

 賊徒の宋江と水滸伝の宋江。

 オリジナルなのは前者であるが、信仰と知名度は圧倒的に後者が上回る。宋江が賊徒としての宝具を一切持たず、水滸伝における伝承を具現化した宝具ばかりを保有するのもそれ故だ。

 中国四大奇書の主役格だけあって『宋江』のスキルと宝具は実に優秀だ。相性が良ければ宝具を使い分けて、相手を完全に封殺することだってできるだろう。

 だが水滸伝の『宋江』を、本来の担い手ではない賊徒・宋江が利用すれば当然ながら負債を支払わなければならない。宋江にとってそれは創作による自己の塗り潰しという形で現れる。

 百八星の宝具を昨日だけで三連続での使用。そのせいで宋江の精神に創作の『宋江』の意識が芽生えつつあった。

 今日自分の所有物を処分しようとした時や、人質とした少女を殺そうとした時に手が止まったのも、宋江の内の『宋江』が足を引っ張ったせいである。

 

「自分の肉体を内側から食われている気分だ……。気色が悪い……気分が悪い……頭がどうにかなりそうだ……俺じゃない俺が、俺に成り替わって俺になろうとしてやがる……」

 

 生前から宋江は自分が幸せに生きる為ならなんでもやってきた。

 村が飢饉になれば自分を食おうとした親を返り討ちにして食い物にしたし、盗賊に襲われた時はこれも返り討ちにして自分の子分にしてやった。盗賊の首領になってからは殺人、略奪、密売、強姦と大抵の悪事はやった。

 百人に聞けば百人が、千人に聞けば千人が。宋江の事を生きる価値のない外道と蔑むだろう。だがところがどっこい。宋江は正義や法の裁きなんて受けることなく、招安を受けてほどほどに活躍した後はのんびりとした老後を送り、大宋国滅亡を眺めながら家族に見守られる中で死んだ。しかも水滸伝なんていう創作物の影響で今や昭烈帝と並ぶ英雄扱いである。

 しかし、

 

「正義や法からも逃れてきた俺も、流石に自分の中にいる奴をどうこうできねえ……。形のねえ奴ってのは殺せねえのが胸糞悪ぃ」

 

 宋江が出来る対処法といえば『気をしっかりと保つこと』くらいである。

 対処法と言うには余りにもチープだが、これ以外に大した打開案がないのだから仕方がない。

 

「兄貴も大変なんだな。よし! じゃあ俺が一肌脱ぐよ! 任せておいてくれ!」

 

「テメエが?」

 

「応! 〝いじゅつ〟とか〝まじゅつ〟はさっぱりだけど、肉を解体するのは得意なんだ! 兄貴のために猪でも捕まえてきて捌いてやるよ! 困った時は美味い物と美味い酒を飲むに限るぜ! そうすりゃ病も怪我も一発で治る!」

 

 無邪気に笑う李逵に宋江は自然と頬が緩み、無意識のうちに口が動いていた。

 

「ははは、李逵。素晴らしいが説だが、もしそれが本当なら安道全はお役御免になってしまうぞ」

 

 宋江は李逵の提案をすげなく却下したと思いながら水を一気に煽る。

 李逵相手に怒鳴り散らしたからなのか、一時は吐きだしたくなるほど騒がしかった心は落ち着きを取り戻していた。

 これでこれ以上は八つ当たりをせずに済みそうである。

 

「危なくなりゃ使うしかねえが、そうじゃねえ時は百八星共の宝具を使うのは控えねえとならねえか。特に関勝の宝具は負担が強ぇ。叶うなら二度と使いたくねえな」

 

「大丈夫だって。宋江の兄貴はどれだけ追い詰められてもなんだかんだ生きてきたんだ。なんとかなるって」

 

「テメエの知る『宋江』と俺を一緒にすんじゃねえ」

 

「一緒になんかしてないって! 今の兄貴が前の兄貴と違う事は馬鹿だけど分かってるよ。けど俺は今の兄貴も昔の兄貴も好きだから、やっぱり宋江の兄貴は兄貴な訳で、だから俺も兄貴が今だろうと昔だろうと兄貴で…………あれ? 俺は何を言おうとしてたんだ?」

 

「俺が知るかよ」

 

 途中で文章が脳のキャパシティーを超えてしまい、ショートした李逵はキョトンとしていた。

 だが李逵は「とにかく!」と前置きすると、

 

「俺は死んだ後だって兄貴の一兵卒さ。兄貴の行く先ならとことん付き合うぜ!」

 

「…………そうかよ」

 

 宋江はどうして自分に李逵が盲目的な深愛を向けるか欠片も理解できなかったが、私情を抜かせば李逵は頼もしい戦力である。

 カルデアの連中がよりにもよって劉邦軍と共同戦線を張っていることもあるし、李逵にはこれまで以上に働いて貰わなければならなかった。

 

『宋江将軍』

 

 伝令の傀儡兵が幕舎に入ってくる。

 また都の皇帝からの追加命令かもしれない。げんなりしながら宋江は口を開く。

 

「どうした?」

 

『李大将軍がお目見えです』

 

「なんだとっ!」

 

 李というのは中華では有り触れた姓だが、傀儡兵が大将軍という役職つきで呼ぶ李姓の持ち主は一人しかいない。

 つまり秦帝国六虎将が一人、李信だ。

 その時だった。大秦帝国を象徴する黒揃えの甲冑を装備した男が、まるで我が家にでも帰ってきたかのような堂々とした佇まいで幕舎に入ってきた。

 黙して尚も万軍を従えるに余りある風格は正に大将軍のそれ。宋江にとっては上官でもある人物の来訪に、宋江は普段の野卑さを包みこむように礼をする。

 

「これはこれは李将軍。感陽の守護の任についておられる筈の貴方がどうしてここに?」

 

「その様子だと公孫勝は見付かってないようだな」

 

「…………残念ながら。して、軍規に則り首でも斬りますか?」

 

 もしそうならば李信は上官ではなく敵だ。率いている傀儡兵も全員敵に回るが、こちらには李逵がいる。殺せずとも逃げることは出来るはずだ。

 逃げた後は身を隠すか、劉邦軍にでも降伏するのがベストだろう。カルデアの連中は自分に敵愾心をもっているが、劉邦ならば自分が『使える』と判断すれば受け入れるはずだ。

 

「一銭にもならんお前の首など欲しくはない。だから逃げる算段なんてする必要はないぞ」

 

「おや、なんのことだか」

 

「まぁいい。それより陛下の方針が変更になった。公孫勝探しは一時中断。まずは劉邦軍とカルデアを潰すのを先とする」

 

「劉邦を始めとした抵抗勢力潰しは、王大将軍率いる本隊が役目を終えて帰還してからの筈では?」

 

 六虎将最強にして最優の名将である王翦。彼は始皇帝にとってこの時代で何を置いてでも果たさねばならぬ役目のため出兵中である。

 他の六虎将のみならず聖杯を用いて呼びだしたサーヴァントを多数揃えての軍勢は、秦帝国の本隊と言えるだろう。

 その本隊を出せば劉邦軍など羽虫のようなもの。楽に踏み潰せる。だから今は劉邦軍は泳がせておいて、公孫勝捜索を優先。掃除は本隊が帰還してからというのが秦の、というより始皇帝の方針だった。

 だというのにいきなりの方針転換。

 宋江は始皇帝とは付き合いが長い訳ではないが、少なくとも自分の意見をコロコロと翻すような生易しい男ではなかった。

 つまり方針転換するには相応の理由があるのだろう。

 

「カルデアだ」

 

 そして李信は簡潔に、これ以上ないほど的確に理由を告げた。

 

「劉邦軍だけならまだしも、カルデアまでもが加わったとあれば泳がせたままにはしておけん。カルデアの戦力は盾のデミ・サーヴァントが一人だけだが、これまでの特異点でも連中は無数の野良サーヴァントを仲間に引き入れ定礎を復元させてきた。放置しておけばこの時代でも一大戦力を築き上げる可能性がある」

 

「だから今潰すと?」

 

「鎮火するなら小火のうちにやっておきたいからな。……だから先んじて仕掛けてもある」

 

「ほう」

 

 王翦の影に隠れがちだが、李信もまた六雄のうち燕と斉の二国を滅亡させた名将の一人。

 その行動は風のように迅速だった。

 

 




「六虎将軍」
 秦国においてその勇壮さを称えられた六人の将軍。
 王翦、蒙武、桓騎、李信、王賁、蒙恬の六人がこれに該当する。

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