Fate/Another Order   作:出張L

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第12節  驚悪夢

 上半身と下半身を真っ二つにされては、どんな英霊であろうと死の運命から逃れられる道理はない。

 息もつかせぬ早業。土方歳三の一斬はあれだけしぶとく立ち回った宋江を一撃で黄泉路へと送ったのだ。

 ほっと胸を撫で下ろす。あのままだと本当にマシュが自分で自分の両足を切り落としかねない勢いだっただけに安堵は大きい。

 

「ありがとうございます。土方さー―――うっ!」

 

 感謝の言葉を言おうとして、思わず息を呑む。

 そこに少し前までユーモア混じりに語らった男の面影はなかった。李逵のような乱暴さも宋江のような悪辣さもないが、ディルムッドの高潔さも樊噲の猛々しさも何一つありはしない。

 土方歳三の面貌に浮かび上がるのは、ただひたすらの〝無〟のみ。

 非道に対する義憤、人殺しという咎に対する罪悪――――殺人を実行する上で余計となる感情の一切合財が失せた絶対零度の表情。それは正しく〝死神〟と渾名する他ないだろう。

 チャキッと音を立てて土方が刀を鞘に納める。

 瞬間、死神は消え去り自分やマシュが語らった土方歳三が戻ってきた。

 

「ふーっ。大丈夫だったかい二人とも。怪我はしてないかね?」

 

 驚きを通り越して見惚れるほど鮮やかな『暗殺』をやってのけた土方が、軽く息を吐き出しながら刀を鞘へ納めて言った。

 

「はい。多少のダメージはありますが、デミ・サーヴァントですので問題ありません。一時間も経たずに回復する程度です」

 

「俺も大丈夫です。傷一つないです。そもそもマシュと違って直接戦ってる訳じゃないし」

 

「いやいや。直接戦わなくても戦場にいる以上は戦死の可能性は付き纏うものさ。こんな乱戦まがいじゃ特に。これは経験則だから気を付けた方がいい」

 

「経験則?」

 

「ああ。恥ずかしながら私も流れ弾で死んだ口でね。予期せぬ一撃は本当に恐いよ。はっははははははははははははは」

 

 本人は笑っているが、生憎と自分もマシュも一緒になって笑えるほど図太くはなかった。もし一緒に笑える者がいるとすれば、死者である他のサーヴァントくらいだろう。

 ともあれ大将である宋江を倒したことで戦いの趨勢は決まった。傀儡兵は大将が死のうとまったく動きを鈍らせないが、それに対峙する劉邦軍は大将首を獲ったことで士気は鰻登りである。

 劉邦軍には既に『英霊の座』に昇る豪傑がかなりの数揃っているので、秦軍を完全に撃滅するのも時間の問題だろう。唯一残った懸念事項は、

 

「あ、兄貴……ウォォォォォオオオアアアアアアアアアーーーーーッッ! 兄貴が、兄貴が死んじまったァァァアああああアアアアアアアっっっ~~!!」

 

 濁流のような涙を流しながら、泣きじゃくる子供のように斧を振り回す李逵。溢れん悲しみが肉体のリミッターを外しているのか、その動きは旋風を通り越して竜巻だった。

 ディルムッドもここまでの馬鹿力を発揮するのは予想外だったようで、少しだけ汗が滲んでいる。

 宋江が倒れた今、李逵は秦軍で唯一サーヴァントや劉邦軍の豪傑と戦える存在だ。或は彼が兄貴分の死を乗り越えて冷静に部隊指揮をやれば話は変わってくるのだが――――幸いなことにあの様子を見る限りその心配はなさそうだ。

 幾ら李逵が限界以上の力を発揮しようと所詮は一兵卒の勇。戦略全体に影響力を与えることは出来ない。

 

「最後の一働きだ。暴れ牛を宥めてこよう。手伝ってくれるかい?」

 

「は、はい! お供します」

 

 それに宋江が倒れたならば、マシュと土方も対李逵に回ることができる。

 李逵は相当の武勇の持ち主だが、ヘラクレスのように三騎のサーヴァントを同時に相手取れる出鱈目な強さはない。これで決着はつくはずだ。

 

『あれ?』

 

 その時。ロマンが首を傾げた。

 

「……ドクター。また何か嫌な報告ですか?」

 

『あ、ごめんごめん。不安にさせちゃったみたいだね。けど安心していいよ。別に悪い報せじゃない。ここからの観測でなんだか李逵の反応が薄まってきているみたいでね』

 

「李逵の?」

 

 視線を向けると当の李逵は変わらず大暴れしていた。だがよくよく目を凝らすと体が薄まっていっているような気がする。

 

「特に致命傷を負った様子はないみたいですけど、どうなってるんですか?」

 

『今のところはなんとも。まぁ敵が弱まってるなら良いことさ。もう一押しってところだからね』

 

 気になるが、だからといってお喋りで時間を浪費している場合でもない。

 こうしている間にも劉邦軍兵士の誰かが死んでいるかもしれないのだ。疑問は後回しにして早く李逵を仕留めるべきだろう。

 しかし、

 

「くっくっくっくっくっ。三人して李逵に余所見してばっかなんてツレねぇな。妬けてくるねえ」

 

「なっ!? 宋江、まだ生きてたのか!」

 

 地獄の底から響いてくるような声に振り返る。

 広がる血溜り、切断面から零れだす臓器、青白く変色した頬。そこには上半身だけとなって尚もしぶとく現世にしがみ付く宋江の姿があった。だがそんなにも無残な姿に成り果てながら、不敵な笑みとらんらんと輝く瞳は健在だった。

 咄嗟に身構える。一方で死体を見慣れた土方の反応は冷ややかなものだった。

 

「死体が喋るな。私は墓前以外で死人と語らう趣味はない」

 

『土方副長の言う通りだよ。その宋江は消滅寸前とかじゃなくて消滅していく途中の状態だ。つまり……もう死んでいる』

 

 死ぬ寸前でも直前でもなく、死にゆく最中。本来ならばもう消滅している筈なのを、本人の強靭な意思で現世に留まる時間を眺めているだけに過ぎない。

 こうなってしまえばオケアノスにいたキャスターの『修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)』をもってしても癒せないだろう。

 

「……無駄に苦しむだけだ。さっさと消滅した方が良い」

 

 宋江は情けをかけるに値しない男だったが、地獄の苦しみを味わいながら生にしがみつく男を放置するというのも、それはそれで後ろ髪を引かれるものがある。

 だからせめてもの情けとして忠告した。そんな宋江の返答は、

 

「くくくくくっ、ヒャーハハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 狂笑。夥しい血を吐き出しながら宋江は邪悪な笑い声をあげる。

 皮肉にもそれが完全な駄目押しとなり、みるみる宋江の体が薄まっていった。

 

「俺みてえなクズで下種な畜生にまで憐れみかけてくれるなんざ、お前等は大したお人好しだよカルデア。感動するねぇ、お涙頂戴ものだねぇ。だからお前等は――――爪が甘ぇんだよ」

 

「っ!」

 

 猛烈に嫌な予感がした。根拠はないが宋江をこのままにしておくのは不味い。

 

「お返しに魔法の言葉を教えよう」

 

「マシュ、土方さん! 宋江を――――」

 

天罡星(てんこうせい)驚悪夢天下泰平(きょうあくむてんかたいへい)

 

 死にゆく宋江は己の全魔力・全生命力を宝具を解放する動力へ変換する。文字通りの命懸け。宝具を解放した瞬間、宋江は完全にこの世から消滅した。

 そう、その筈だったのだ。最後に解放された宝具が全てを引っくり返す。悲劇は喜劇に、現実は夢に。

 刹那の暗転。

 変わったものは何もない。景色も、時代も、自分自身も、マシュも、土方も。全てが暗転する前と変わらずそこにあった。唯一つの例外を除いて。

 

「〝ハッ! 夢か!〟ってな」

 

 自分達の目の前には死んだはずの宋江が、五体満足でさも当然のように立っていた。

 これには自分やマシュ、サーヴァントである土方さえも驚愕の余り言葉も出ない。ただ絶句する。

 

『し、信じ、られない……。再生能力だとか死者蘇生だとかそういう次元じゃないぞ……。宋江が致命傷を負ったという事実自体がなかったことになってる……!』

 

「起きた事象をなかったことにした? 信じられません。まさか歴史を書き換えたとでも言うんですか!?」

 

 過去改変。不可能と知りつつも人が求めて止まない禁断の果実。(三次元)を生きる人間では届かぬ、次元を超える奇跡だ。2015年になり人類の叡智は殆どの奇蹟を魔術へと堕としたが、未だにそれ(時間旅行)は魔法の一つとして存在し続けている。

 そんな聖杯を用いなければ出来ないような奇跡を、宋江はやってのけたとでもいうのだろうか。幾ら宋江が百八星の宝具を全て使う権利を持っているからといって滅茶苦茶だ。

 

「どうよ? やっぱり最高の手品は最後までとっておかねぇとなぁ! 理解したかバッキャロウ共。テメエ等が幾ら俺を焼こうと煮ようと無駄だ。俺は自分が死んだという事実だってなかったことに出来る。つまりテメエ等に最初から勝ち目なんざなかったんだよ」

 

 悔しいが宋江に言い返してやることは出来ない。死んだという事実すらなかったことに出来るなら、比喩ではなく宋江は無敵だ。どうやったって勝てっこない。

 

「それはどうかな」

 

「なに?」

 

 しかし絶望的事実を振り払うように、土方歳三は冷静に反論した。

 

「起きた現実をなかったことにする宝具。なるほど恐ろしい。実にインチキ臭いものだ。だがもし本当に自由に過去を好き勝手改変できるなら、お前のような下郎が誰かの配下に収まっている筈がない。呼保義の渾名通りとっくに至尊の座へ昇っているだろう。そうしていないという事はその能力、穴があると見た」

 

「ほー。東の方にある島国の小僧にしちゃ敏いじゃねえか」

 

 関心したように宋江が手を叩く。嘘を吐いているようにも見えないので、土方の読みは正しかったらしい。

 宋江は手を叩きながら鋭く周囲を見回す。話している間に全体の戦いは完全に決着がついているようだった。もう直ぐにでも劉邦軍の猛将たちがここに駆け付けるだろう。盗賊の首領だけあって宋江の決断は素早かった。

 

「李逵! 撤退だ、ずらかるぞ!」

 

「あ、兄貴!? うわっ!」

 

 瞬間。ディルムッドと戦っていた李逵が忽然と消滅する。本当に一瞬の出来事に最速の槍兵をもってしても追撃は出来なかった。

 令呪による空間転移か、また妙な宝具でも使ったのか。ともかく李逵は消え、残るは宋江のみ。そしてその宋江も既に逃げるための殿を用意していた。

 

「気張れよ連環馬ァ! 俺が逃げ切るまでなぁ!」

 

 宋江が呼び出したのは鋼鉄の騎兵部隊。宋江を追おうとする自分達に、頑強な騎兵が城壁のように立ち塞がる。

 そして騎兵達を掃討し終えた時、既に宋江の姿は何処にもありはしなかった。

 

 




「原本水滸伝」
 大本である水滸伝の原作には最初に作られた百回本と、百回本に田虎・王慶との戦いを加えた百二十回本、そして梁山泊に108の好漢が集結したところで終わる七十回本の三種類が存在している。
 日本で一番認知されているのは百二十回本だが、本場中国では七十回本が一番人気がある模様。

「七十回本」
 清時代の批評家・金聖歎が梁山泊が招安を受けて官軍になる七十二回以降の話は、面白くない『蛇足』であるとして、七十二回以降を切り捨て全七十回の七十回本を復刻版と主張して世に送り出した水滸伝。金聖歎はかなり宋江のことが嫌いらしく――――気持ちは分かる――――宋江の事をかなり批判的に描いている。その批判ぶりはアンチ小説と呼んでも差し支えない。
 ラストには百八星全員が官軍にとっ掴まって処刑される――――という夢を副首領・盧俊義が見て、驚いて目を覚ますと『天下泰平』と記された額がかかっていたというエピソードで物語は締めくくられる。要するに賊徒である好漢達の死=天下泰平であると暗示しているわけである。まぁ好漢達の中には李逵とか李逵とか李逵みたいに、どう考えても好漢じゃない奴も結構いるので的外れということでもないが。それに招安後の水滸伝はそれ以前と比べてあんまり面白くないのでぶった切りたくなる気持ちも分かる。
 今話で宋江が使用した宝具は、この夢オチENDが元ネタ。

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