Fate/Another Order   作:出張L

11 / 77
第11節  姑息

「あっ……ぐぉぉぉおっ…………!」

 

 大盾の直撃を喰らった宋江は、血と一緒に潰れた内臓の破片を吐き出しながら地面をのたうち回る。

 人間であれば間違いなく致命傷であろう傷。でありながらまだ死んでいないのは霊体であるサーヴァント故だろう。だが致命傷一歩手前のダメージを与えることは出来た。

 

「あ、兄貴ぃぃぃぃいいいいいいいいい!!」

 

 自分の兄貴分をやられた李逵が悲痛な叫び声をあげる。だが二人のやった所業を思えば同情の余地はなかった。

 李逵を相手にしているディルムッドも兄貴分に駆け寄ろうとする李逵を、黄色い魔槍を自在に操って抑え込む。

 

「兄貴をよくもやりやがったな! 退けぇぇえええ!」

 

「悪いが通すことは出来んな」

 

 双つ槍を変幻自在に操るトリッキーな戦い方から、一本の槍を操る基本に忠実な戦い方へ。戦術をがらりと変えながらディルムッドの槍兵としての実力に欠片の衰えもなかった。むしろ槍が一本になったことで一撃の重みと速度が格段に増している。

 如何に李逵がバーサーカー級のスペックをもつ怪物だろうと、これでは宋江の下へ辿り着けないだろう。もし無理にでも突破しようとすれば、李逵は自らの命をもって己の過ちを知る事になる。この隙に自分達は負傷した宋江に止めを刺さねばなるまい。

 

「畜生、が……っ」

 

「逃がしません!」

 

 形勢不利を悟り逃げようとする宋江を逃がすまいとマシュが飛びかかる。

 宋江の敏捷はマシュより上だが、重傷を負っている宋江の動きは遅い。たちどころに追いついてマシュが止めを刺すため盾を振り被る。

 もしも宋江が『英雄』であれば、ここで終わっていただろう。しかし宋江は盗賊故に普通の英雄にはない生き汚さがあった。

 宋江は自分の吐きだした血反吐を掬うと、それをマシュに向かって投げつける。

 

「なっ!?」

 

 自分の血による目潰し。想像もしなかった行動にマシュの動きが鈍り、その隙に宋江は倒れる勢いで地面を走った。

 

「くっ、ひゃーはははははははははははははははははははっ! 甘ぇ! 爪が甘ぇんだよォォォオオオオ!」

 

 狂笑しながら走る宋江。その向かう先には――――宋江が脅迫していたあの少女がいた。

 宋江の狙いを反射的に悟ったマシュは、顔についた血反吐をぬぐうこともせず追うが、既に宋江は少女の首筋に刃を当てていた。

 

「動くなァーーーーーーッ! 動いたらこの餓鬼をぶっ殺す!!」

 

 下種な強盗犯そのものの醜悪さで宋江が怒鳴った。

 少女の命を人質にとられたマシュは、悔しげに顔を歪めながら盾を止める。

 

「再び形勢逆転だなぁ、カルデアの諸君。後一歩まで追い詰めておいて一転して王手飛車取りまで追い詰められた感想はどうよ? 人生のセンパイに聞かせてみ? なぁ、初心でバージン乙女な盾子ちゃん?」

 

「なんて、ことをっ」

 

 もし近くに壁があれば殴り砕いていたところだ。ありったけの怒りを込めて宋江を睨むが、当の本人は涼しい顔だ。

 

「卑劣漢め! 貴様は恥を知らないのか!?」

 

 李逵を抑えていたディルムッドも宋江の暴挙に殺意を剥き出しにしながら言う。

 誇り高い騎士であるディルムッドにとって、幼子を人質にとる事は自分やマシュ以上に許せぬ『悪行』なのだろう。

 

「ハッ! バッキャロウがっ。英霊(テメエ等)みてえなのと一緒にすんじゃねぇよ。俺は盗賊なんだぜ。生きる為なら親の肉だって食うし、官軍に土下座だってするんだよ。

 大体よう。どうせ餓鬼なんざ幾らでも作れんだ。人質にすることなんて大したことじゃねぇだろ。ほら、お前が今世話になってる高祖様だって自分の命惜しさに息子と娘放り出した口じゃねえか?

 つまり……俺の正しさは漢王朝の偉大なる祖が保証してくれるってわけだ。なら俺のやってることってわりと正義じゃね?」

 

「ふざけるな!」

 

 劉邦が史実においてやったことなど、宋江のやっている事と何も関係はない。

 はっきりしている事は宋江は自分の快楽の為だけにこの村で無用な殺戮を行い、追い詰められれば少女を人質にしたということだ。

 それに例え劉邦が自分の命の為に子供を犠牲にするような碌でなしだろうと、少なくとも好き好んで無辜の民を殺戮するような外道ではないだろう。

 

「女の子を離しなさい、宋江! さもないと――――」

 

「さもないと、なんだって? 人質無視して突撃でもするってか? そいつは困った、致命的だ。それやられちまったら俺もいよいよ詰みだなぁ」

 

 余裕綽々の態度は言外に『お前達には出来ないだろう?』と告げていた。

 だがそれは正しい。少女の命を無視すれば宋江を倒すことは出来るが、そんな事が出来る筈がない。

 

「大体よぉ。離せって言われて素直に人質解放するバッキャロウがいるわきゃねえだろ。大切な命綱なんだぜ」

 

「……もしその子を解放するなら、ここではお前達を見逃がす。これでどうだ?」

 

「悪くねえが保障がない。俺がこの餓鬼解放した瞬間、お前等が俺を襲ってくるかもしれねえだろ」

 

「俺達は、お前とは違う」

 

「青いねえ。だが俺は青くねえ。だからこういうのはどうだ? そこの盾女、マシュだったか。お前、足切り落とせ」

 

「なっ!?」

 

 余りにもふざけた物言いに反射的に宋江に殴りかかりにいきそうになるが、他ならぬマシュによって制された。

 

「足がなくなっちまえば追うことも出来ねえだろ? そしたら俺も鬼じゃねえ。こんな餓鬼くれてやるよ。足二本と命一つ。お得な取引じゃねえか」

 

 マシュの足を切り落として少女を助けるか、それとも少女を見殺しにして宋江を殺すか。こんなもの選べる筈がない。

 どうにかして宋江のふざけた要求を受け入れず少女を助ける方策を考えなければ。だが、

 

「分かり、ました」

 

 蒼白な顔で震えながらマシュは盾を持ち上げる。

 

「私が、足を落とします。それで」

 

「駄目だマシュ! そんなことしちゃいけない!」

 

「けれど先輩。あの子を助けるにはもうこれしか」

 

「まだ何か手はあるはずだ! なにか……なにか……」

 

「クククッ。退屈なボーイズミーガールズ実演してくれてるところ悪いけどなぁ。大人の俺は時間が押してんだよ。ここは一つ、耳でも軽く落としたら決心が固まってくれるかな?」

 

 宋江が邪悪に笑いながら少女の耳に剣を当てる。

 

「や、やめろぉぉおおお!」

 

 これから起こるであろう悲劇を想像し、叫ぶ。だがそんな叫びで宋江が心を揺らすはずもなく、それどころか嬉々として少女の耳を切り落とそうとした。

 けれど想像した悲劇が起こることはなかった。

 

「――――あ、」

 

 悲劇を止めたのは自分でもマシュでもないし、李逵を抑えているディルムッドでもない。ましてや劉邦軍の誰かでもなかった。

 宋江を止めたのは、他ならぬ『宋江』自身。少女の耳を落とそうと振り上げられた凶刃は、小刻みに震えながら停止していた。

 

「くそ、がっ……こんな時、にィ……っ」

 

 宋江は青筋が浮かび上がるほど憤激を露わにしながら、剣を振り落とそうともがく。

 これは一体全体なにが起きているというのか。これまでの言動から、よもや宋江がいきなり改心したなどというメルヘンな事はあるまい。だとすれば、

 

『――――そうか、そういうことなのか!』

 

「ドクター! 何か分かったのですか?」

 

『三国志演義の劉備、西遊記の三蔵法師。二人とも宋江と同じように物語の主人公になる過程で、良くも悪くも本来の人物像を歪められた存在だ。だけど彼等と宋江には決定的に違う点が一つある。それは、』

 

『劉備と三蔵法師は物語がなくとも英雄なのに対して、宋江は物語ありきの英雄ってことさ』

 

 ロマンの言葉をダ・ヴィンチが続ける。

 確かに二人の言う通りだ。劉備にしろ三蔵法師にせよ彼等は偉業を成し遂げた英雄だからこそ、物語の主人公として昇華された人物だ。

 故に三国志演義がなくとも劉備は英雄だという事実は揺らがないし、西遊記がなくとも三蔵法師は偉人である。

 だが宋江はそうではない。史実の宋江は王朝末に幾らでも湧いてくる盗賊の首領の一人に過ぎず、英霊たりうるほどの偉業を成し遂げた訳でもないのだ。

 

『二人と違って史実を創作が完全に凌駕している宋江は、史実上の存在として召喚されても創作上の善性の人物として反転する可能性を孕んでいる。

 史実の人物でありながら、水滸伝の好漢の宝具ばかり使うのもそのためさ。史実のあいつに宝具になるほど信仰を獲得した逸話なんてありはしないんだ』

 

『あの、ダ・ヴィンチちゃん。それが僕が言おうとした台詞なんだけど……いや、なんでもないです』

 

 だとしたらこれは千載一遇の好機かもしれない。

 善性の宋江が悪性の宋江を抑え込んでいる間ならば、人質の少女を助け出すことが出来る。

 

「うるせぇぇえええええええええええっ! カルデアの糞れ雑巾共がっ! 善人の俺なんていねぇ。つぅか良い子ちゃんの俺とか気色悪いんだよ……。

 こんな餓鬼なぁ。殺そうと思えば、簡単にぶち殺せんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「いやもう遅い」

 

「――――――な、」

 

 血走った目で宋江が振り上げた腕は、深紅のアーツを描きながらポトッと落ちた。

 そう、劉邦軍にはこの男がいた。夷人と幕臣の血に飢えた人斬りが跳梁跋扈する魔都を、暴力と暗殺の恐怖によって治めた人斬り集団の副長が。

 黒いロングコートが風に靡く。宋江の背後へ忍び寄り見事に腕を切り落としてみせたのは、嘗ての新撰組副長にして現劉邦軍諜報担当・土方歳三だった。

 

「て、テメエ! あの黒子野郎以外にもサーヴァ」

 

 問答無用。土方の繰り出す一閃は、宋江の胴体を真っ二つに両断した。

 




【元ネタ】水滸伝、宋史
【CLASS】アサシン
【マスター】なし
【真名】宋江
【性別】男
【身長・体重】177cm・54kg
【属性】中立・悪/秩序・善
【ステータス】筋力C(E) 耐久D(E) 敏捷B(D) 魔力C(A) 幸運C(E) 宝具A(EX)

【クラス別スキル】

気配遮断:D
 サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。

【固有スキル】

女神の寵愛:B
 九天玄女からの寵愛を受けている。
 魔力と幸運を除く全ステータスがランクアップする。

カリスマ:C(A)
 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力 を向上させる。
 カリスマは稀有な才能で、Cランクは賊の首領としては破格のものといえる。

星主:A+(EX)
 梁山泊に集った百八星の主としての権限。
 自身以外の百八星の宝具を、自分の宝具として使用することができる。
 ただし史実における賊徒としての召喚であるため、使用できるものは百八星のうち自身を除く三十五人の宝具だけである。

重複召喚:E
 一つのクラスに同姓同名の二種類の英霊が宿ってしまっている状態。
 単独のクラスで二つのクラスを兼ね備える二重召喚や、単独の英霊が複数の人格を持つ多重人格とは似て非なるスキル。
 宋江の場合〝星主〟スキルを発動する毎に判定を行い、失敗する事に重複召喚のランクが上昇していく。
 ランクがAを超えた時、賊徒としての人格は消え去り属性が反転。クラスが変貌する。






「後書き」
 とまあ漸くサーヴァントのパラメーター公開一人目です。
 FGO風のプロフィールとかは完結後のマテリアル的ななにかで出します。
 なお宋江のステにおける()内は水滸伝の宋江のステータスです。賊徒・宋江と比べると白兵などの戦闘力は下でも、戦術・戦略レベルでは上みたいな感じですね。総合的には水滸伝の宋江の方が数段上です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。