水滸伝における『宋江』は人望が高かったが腕っ節は大したことはなかった。首領として修羅場を潜り抜けてきたことを踏まえれば一兵卒よりは強いかもしれないが、三騎士のような白兵に優れたサーヴァントと戦えば一瞬で殺されるのがオチだろう。
一方で賊徒・宋江は数万の配下を率い大宋国を荒らした首領だけあって、それなりの武勇をもっている。兵隊百人程度なら一人で相手取れるかもしれない。
だが所詮はそれまでだ。一人で百人を相手取れると聞けば成程それは凄まじいだろう。あくまで常人の範疇では。
サーヴァントの中でも特に戦いに秀でたセイバー、ランサー、アーチャーの『三騎士』に選ばれる英霊からすれば、百人を一人で相手取れるなど何の自慢にもなりはしない。上位の三騎士になれば一人で軽く万軍は相手取れる。
そして
李逵という厄介なボディーガードのいない今、宋江を倒す絶好のチャンスである。
「はぁああああっ!」
裂帛の気迫でマシュが大盾による一閃を繰り出した。
相当の重量と質量を備えた盾の一撃は、岩石すら容易く粉々にするだろう。盾としては間違った使用法のような気もするが、そこはそれ。勝てば官軍だ。
「舐めんなよ、小娘ぇえええ!!」
が、敵である宋江が棒立ちして攻撃を受けてくれる筈もない。まともに剣での勝負を挑んでも力負けすると悟った宋江は、受けるのではなく逃げをとった。無様に地面を転がりながら盾を避けると、ニヤリと笑い星主としての言霊を唱え始める。
敏感に悪寒を感じ取ったマシュは宋江が詩を唱え終わるよりも早く、盾で頭を叩き割ろうとするが――――無情にも勝利の女神は宋江に微笑んだ。
「――大刀関勝、豈雲長孫、雲長義勇、汝其後昆――」
宋江が謳うは関帝の末裔たる好漢・関勝を称える詩。五虎将筆頭、天勇星の力は偽りの星主へと降りる。
「
宋江の肉体を覆うように出現するは、見事な鬚髯をたくわえた青白い武者像。放出された魔力が形となったかのような像は、マシュの盾を青龍偃月刀で豪快に弾き返してみせた。
新たに協力な護衛を得た宋江はこここそが勝負所だと見たか、逆に攻勢を仕掛けてくる。バーサーカー級の膂力で大刀を振り回す像に、厭らしいタイミングで宋江が剣で引っ掻き回すというセルフ連携にマシュの額に汗がにじみ出した。
これが宋江の強味だ。自分が白兵戦で劣ることなど何の問題にもなりはしない。自分が弱くても彼は彼以外の好漢の力で幾らでも補うことが出来るのだから。
マシュを信じたいがこのままでは敗北は必至。ならばマスターである自分がなんとかするしかないが、悔しい事に自分の頭をどれほど捻ろうと、あの像を打ち破る方策が見つからない。
自分の頭が駄目ならば、他の頭を頼るだけ。カルデアに残った唯一のマスターは、凡人であるが故に人の助けを借りる事を躊躇わなかった。
「ドクター! あれをどうにかする方法に心当たりは!?」
『難しいね。宋江が使ったあれはもしかしなくても大刀・関勝の宝具。先祖である関帝の力の一部を自らに降ろす一種の降霊術だ。
像を動かしているのは宋江だから、本物の関勝が使うより随分と単調な動きにはなっているけれど、あの像にはそれを補って余りあるパワーとスピードがある。単純計算で二対一になったようなものだし、今のマシュ一人じゃ厳しいかもしれない。
誰か他に劉邦軍の誰かはいないのかい? サーヴァントである土方さんや、樊噲将軍や曹参将軍ならあの像とも互角に戦えるはずだ』
慌てて周りを見回すが、近くに彼等の姿はなかった。いるのは傀儡兵とそれと戦う劉邦軍の兵士だけだ。頼みの綱のディルムッドも李逵を相手取っていて、マシュの助けに入れそうにない。
この特異点での何度目かに分からぬ窮地。なにか手はないかと考えに考え、ふと天啓のように閃くものがあった。
「……ドクター。宋江が発動している宝具は『降霊術』みたいなもの、なんですよね?」
『あ、ああ。そうだけど』
「それとディルムッドと契約した時に、主従間のラインも結ばれましたよね?」
『結ばれたけど、一体何を――――?』
ディルムッドは李逵と戦っていて、こちらの援護に入るのは不可能。しかしマスターには不可能を可能にする武器が備わっている。
手の甲に視線を落とすと、そこにあったのは自身のサーヴァントに使える三度の絶対命令権たる令呪。
本来はサーヴァントを従えるための〝楔〟たる令呪だが、サーヴァントの意思に合致する命令であれば、魔法の如き奇跡すら実現させるマスターの切り札。
これがあれば、マシュを助けられる。
「ドクター。ディルムッドとの念話のバックアップお願いします。俺一人じゃちょっと自信ないんで」
『良く分からないけどアイディアがあるみたいだね。分かった、バックアップは任せてくれ!』
なんだかんだでやはりロマンはいざという時には頼りになる人だった。数秒と経たずにディルムッドと念話が可能な状態になる。
「(――――ディルムッド。戦っている最中にすまないけど、一つ頼まれてくれるか? マシュが危ないんだ)」
『フッ。遠慮は無用です。騎士たる者、主の命であれば如何様な艱難辛苦も踏破する所存』
「(ありがとう)」
ディルムッドに『作戦』の事を手短に説明すると念話を切る。後はタイミングだ。三画ある令呪だが作戦の都合上、チャンスは一度だけ。失敗すれば次はない。
今にも大刀に切り伏せられそうなマシュを見ながらタイミングを測るのは精神が締め付けられる思いだったが、逸っては逆にマシュを追い詰めるだけだと自らを抑える。
そして――――
『今です、我が主!』
ディルムッドからの合図。それを待ちに待っていた。
肉体の全魔術回路を隆起させる勢いで魔力を流し込み、生成された魔力を全て令呪に注ぎ込む。
「カルデア第四十七番目のマスターが令呪を以て命ず。――――投げろッ!」
余りにも簡潔なただ一言の命令は、令呪という莫大な魔力によって奇跡へ昇華される。
瞬間、李逵と正に熾烈な戦いを繰り広げていたディルムッドは、戦いの手を一切緩めることなく呪いの朱槍を背後に投擲した。
猛牛の如き勢いで疾駆する槍は、吸い込まれるようにマシュを追い詰める宋江へと飛んでいく。対象をまったく見ないでここまでの正確無比な投擲をやってのけたのは、令呪のバックアップだけでは説明がつかない。
これはディルムッドの超人的技量と令呪、二つの要因があってからこそ実現した奇襲だった。
その奇襲に真っ先に反応したのは、生前命を狙われ慣れていた宋江。
宋江は関菩薩像に青龍偃月刀で槍を迎撃させようとするが、
「――――ごッ、ぐぁっっ!」
槍は関菩薩像を擦り抜け、宋江の左肩を穿った。
宝具殺しの朱槍、
「く、ひゃは……。こっちを一度も見ずに……やるじゃねぇかよ。流石は……天下の英霊様だ……。俺みてぇな木っ端盗賊とは物が違うねぇ。だがなぁ、俺はサーヴァントなんだぜぇ!! こんな傷くれぇ魔力さえありゃ簡単に治っちまうんだよォ!
しかもこいつを投擲しちまった以上、二度目はねえ。惜しかったなぁ~、命中したのが肩じゃなくて眉間なら今ので終わりだったのによぉ~。
この盾女を縊り殺したら、李逵と一緒にテメエを血祭りだ。三対一じゃさしもの騎士様も――――」
「いや、終わりだよ」
「あン?」
その時、宋江を守っていた関菩薩像が雲散する。
「なっ――――なん、だと……!?」
最大の武器を唐突に喪失した宋江は絶句する。
これが
炎を発する剣だろうと、魔術を反射する盾だろうと、必滅必中の槍だろうと――――
そして関菩薩像は『降霊術』の一種。術の発動者である宋江が穿たれた以上、像が消滅するのは当然の帰結だった。
「マシュ、今だ! 止めを!」
「はい! この機は逃しません!」
「糞がッ! 金不可――――」
激昂しながら槍を引き抜いた宋江は素早く次の宝具を発動させようとするが、勝利の女神は二度も彼に微笑んではくれなかった。
「はぁぁあああああっ!}
マシュの突貫を遮る者はなく、大盾は宋江の胴体に突き刺さった。
「宋江三十六人賛」
南宋時代に作られた宋江含めた三十六人の仲間を讃える文章。水滸伝の源流の一つ。
そのため水滸伝における設定と食い違う文章もある。例をあげると関勝は関羽の子孫ではないとはっきりと言われている。また讃える文章のはずなのに、中には普通に貶されている好漢も何人かいたりする。
「関菩薩」
三国志の英雄、関羽が神格化された存在。関帝、関帝聖君とも。
中国において最も信仰を受ける神の一柱であり、英霊としてサーヴァント化すれば確実にえらいことになりそうな御方。
なお作者は祟りが恐いので本作に御本人は出しません。